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2017年4月20日 (木)

上場会社は金商法193条の3、1項による監査役通知を開示すべきである(後編)

先週、東芝さんの3Q四半期報告書に関連するエントリーをアップしましたところ、たいへん多くの方々に閲覧いただきました。そして会計・監査実務のご専門家の方々からも、何通かメールにてご意見をいただきました。東芝さんの会計監査人であるPwCあらた監査法人さんはなかなか自身のご意見を出せない立場であることも、よくわかりました(それが良いか悪いかは別として)。これは私の単なる邪推ですが、あれだけ日経ビジネスさんやAERAさんに内部社員の「叫び」が届いているわけですから、PwCさんのところにはもっと多くの内部告発が届いていることは間違いないと思っています。そのような内部告発の内容は、日本公認会計士協会さんや金融庁(公認会計士・監査審査会)さんのほうから調査をかけなければ守秘義務の関係で外部に情報提供することはできないのでしょうね。このたび公表されました監査法人版ガバナンス・コードでも、内部通報や内部告発を受領した監査法人さんの守秘義務に関する定めがありますし、おそらくかなり慎重な対応をされているのではないかと推測されます。

さて、その監査法人の守秘義務を解除する法的根拠といえば、代表的なものに金融商品取引法193条の3があります。この「監査法人の伝家の宝刀」について、ようやく後編を書かせていただきます。前編のエントリーを書いてからすでに1か月が経過してしまいました(この1か月、コンプライアンス関連の話題が豊富だったので、なかなか続編を書く時間がございませんでした<(_ _)>)。監査証明業務の過程において、監査法人が被監査対象会社の法令違反等の事実を発見したときは、まずは当該会社の監査役(監査役会)に対して法令違反等事実の是正を求め、それでも会社が何ら対応しない場合には、(重大な法令違反等事実に限定されますが)守秘義務を解除して金融庁に当該事実を報告しなければならない、というものです。前回のエントリーにて、一老さんから「これは抜かずの宝刀ではないか」といったご質問を受けましたが、法律家の間でも積極行使説と消極行使説に分かれているのが現実です。

いままで193条の3は行使されたことはほとんどないのでは?とのご疑問もありますが、某省庁の幹部の方の講演などを拝聴しますと、これまで会計不正が疑われる上場会社に対して、金商法193条の3(法令違反等行為の是正要求通知制度)1項に基づく監査役への通知が6~8回程度発信されているようです(この点は弥永教授もビジネスロージャーナル9巻2号のご論稿の中で「知られていないものがあと数件ある」と触れておられます)。オリンパス会計不正事件の際、当時の会計監査人が「193条の3をちらつかせた」と第三者委員会報告書で報告されていましたが、あれは「ちらつかせた」だけですので、ここではカウントされておりません。

外から伺い知れる3件は、春日電機、セラーテムテクノロジー、JFLA(ジャパンフード&リカーアライアンス)ですが、本当に会社と監査法人とのガチンコで通知が出され、会社側も開示をしたのはおそらくJFLAだけだと思われます。JFLA社の会計監査人(当時)が、財務報告内部統制の不備を理由に193条の3に基づく法令違反等是正通知を監査役に発し、会社側には理由も含めて開示を要求しました(実際にも適時開示されました)。その後、さらなる会計監査人による調査過程において、実際に「粉飾」が発見されているわけですから、やはり「全社的内部統制に重要な不備」→「粉飾の発見」という図式をみれば、193条の3の有用性は高いと思います。

私個人としては、同社監査法人は(現場に「やってみなはれ」と許可を与えた同法人トップを含め)とても胆力があったと評価しています。いや、気合だけの問題ではなく、むしろ193条の3、第1項に基づく監査役への通知は適時開示の対象だと解釈しています。これを受領した上場会社は監査法人から通知を受けたこととその通知理由を適時開示すべきですし、このJFLAの会計監査人の行動のほうがむしろ当然だと考えています。通知を受領しながら開示しないことは、不適切(開示規制違反)ではないでしょうか。

東芝事件が「会計不正事件」→「事業売却による分社化」といった一連の流れをたどっていることをみますと「もっと早く『助けて』と叫んでいれば、もっと別の流れがあったのでは」と思わざるをえません。実際、JFLA事例では、早期に193条の3を通知したことで、監査法人も(社内取締役全員が交代した)会社も元気に活動を続けています。また、弁護士兼公認会計士でいらっしゃる中野竹司氏のご論稿「なぜ『法令違反等事実』通知規定は活用されないのか -JFLA事例を契機に考える」(月刊企業会計2016年5月号)でも同様の指摘がなされ、早期における193条の3の活用が提言されています。

さらに、今年2月に発刊された江頭憲治郎先生古稀記念論文集「企業法の進路」(有斐閣)901頁以下に堀田佳文先生(千葉大学准教授)の「会計監査人の義務と責任-金融商品取引法193条の3を手掛かりとして」と題する論文が掲載されています。そこでもJFLA社のように、早期に193条の3を会計監査人が行使すれば早期是正を図れるにもかかわらず、なかなか活用されないという問題点が指摘されています。監査法人が「期待ギャップ問題」を放置することによって(193条の3を行使しないままで)、権限を行使すべき責任を回避し続けていると、今後は司法が会計基準の解釈を通じて会計監査人の責任問題に深く関与することになる、というジレンマに陥ることを指摘されていて、私もまったく同感です(このたび、日本公認会計士協会近畿会さんが会計士アンケート調査結果に基づく提言書を公表され、その中で「会計審判所の創設」を提言されていますが、会計士協会と金融庁による別々の処分の交通整理が主たる目的とはいえ、司法の介入防止のためにも会計審判所制度はひとつのアイデアかと思います)。たしかに金融庁への通知(193条の3、第2項)は「抜かずの宝刀」でもよいのかもしれませんが、監査役通知についてはもっと活用されるべきだと考えます。これこそまさに「監査法人改革」の第一歩です。

昨年12月20日に東京地裁で出されたエフ・オー・アイ損害賠償請求事件判決(判決理由)によると、同社では平成16年から三様監査は続けられており、また会計監査人と監査役会との連携にも問題はなかったとされています。それでも監査役の皆様は同社の不正を見抜くことはできず、結果的には業務監査の面で任務懈怠責任を問われています。裁判の上で会計不正で問題となる監査役の職務は、会計監査ではなく、業務監査の不適切な運用です。過去の判例を調べましたが、これまで監査役さんの任務懈怠が裁判上で認められた事例はすべて業務監査が問題とされています(例外は平成11年の大和銀行株主代表訴訟のみ)。だからこそ会計監査人が自ら手を突っ込むことができない被監査対象企業の業務監査を促すためにも、この道具(金商法193条の3)が活用されなければならないのです。また、投資家を含めて、会計監査人はリスクをとってゲートキーパーとしての役割を担っているという意識(会計処理には解釈問題がつきまとうのであり、結果として粉飾とは評価されない場合もある、という意識)を持たねば、監査法人が健全なリスクテイクはできないと思います。

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コメント

ようやく後編が公表された事に安堵し、拝読しました。①監査制度の更なる発展形を思考・試行する提案は元より大賛成です。(40年以上前に米国の教授が「会計裁判所」設立を主張していた事を思い出させるに充分です。)②監査人がここに言う法193-3をより深く知悉し、これを取り入れ、その実務的対応を具体化させるべきであるとする先生の「ご声援」は、監査業界において感涙物のご指摘であると思われますし、勿論、経済社会のガバナンス強化において改革の一歩たり得る提言である事を否定いたしません。これらの議論が現実性を伴い発展する事を望んでおります。・・・193-3は、監査業務をビジネスとする業界の「駆け込み寺」ではなく、為すべき術を使い果たした上、「松の廊下」で切掛る脇差であるとの自覚が求められる「前提」において・・・

投稿: 一老 | 2017年4月20日 (木) 14時59分

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