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2017年5月31日 (水)

改正個人情報保護法の施行と内部通報制度実務への影響

本日(5月30日)は、大阪OMMビル会議室にて、消費者庁主催「内部通報制度に関する民間事業者向けガイドライン説明会」が開催されまして、「企業経営における内部通報制度の重要性」なる講演をさせていただきました(消費者庁担当官の方の講演の前座です)。東京の追加説明会と同様、大阪も満席(というよりも予定満員数をかなり超えていました)という盛況ぶりでして、ご来場いただきました方に厚くお礼申し上げます。なお、質問の時間がとれず、終了後に個別のご質問をお受けしただけでとなり、失礼いたしました。

ところで、本日は改正個人情報保護法の施行日です。公益通報者保護法と個人情報保護法との関係、内部通報制度と個人情報保護法との関係を若干知っていただきたく、3つほどの事例を「頭出し」程度に紹介させていただきました。内部通報制度の支援や内部告発人の支援をしておりますと、「これって個人情報保護法が改正されたらどうなるのだろうか?」と疑問に感じることがたくさん出てきます。説明会でも述べましたが、公益通報者保護法の解釈、内部通報制度の適正な実務運用には労働法的視点、行政法的視点、消費者法的視点そして会社法的視点が交錯しているので、実務に落とし込むには工夫が必要ですね。

たとえば、①「個人情報」「個人データ」「保有個人データ」と内部通報事実、公益通報事実の取扱い、②グループ内部通報制度を採用する親子会社間における通報事実の通知と「第三者提供」「共同使用」の概念、③外部窓口業務と「従業者・委託先への管理・監督」、④従業員による服務規程に違反した情報提供行為と「データの不正取得」、⑤通報対象者による保有個人データ開示請求とその対応などなど、内部通報実務に及ぼす改正個人情報保護法の影響はかなり大きいと思います(内部通報制度に関する民間事業者ガイドラインも、改正個人情報保護法も、中小規模会社の事業にも適用されます※)。本日は時間の関係で詳細な解説はできませんでしたが、内部通報制度の運用上の留意点として、きちんと整理をしておいたほうがよろしいかと思います。私自身もまだ試案程度しか持ち合わせておりませんので、同業者の方と意見交換をさせていただく予定です。

※・・・ただし、改正個人情報保護法では、「安全管理措置」について「中小規模事業者」について通則指針による軽減措置あり。

本日の私の講演レジメ及び講演録は、また後日消費者庁HPに掲載されますのでご参考いただければ幸いです。さて、ガイドライン説明会が終わりますと、今年の後半以降は公益通報者保護法改正に向けての「第2ラウンド」ですね。審議は消費者庁から内閣府(消費者委員会)に移り、いよいよ経済団体や消費者団体、中小企業代表等の方々との意見交換も始まるものと予想します。個人情報保護法が改正されたような「風」が吹くとは思っておりませんが(そんなに甘くないことは承知しておりますが)、企業コンプライアンスの実現に向けた施策が前進することを祈るばかりです。

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2017年5月30日 (火)

企業買収の成否はコーポレート・ガバナンスに依拠する(大杉論文を読んで)

東証ジャスダックのソレキア社をめぐって、上場会社オーナーのS氏と、富士通がTOBバトルを繰り広げておりましたが、すでにご承知のとおりTOB価格の引き上げ合戦、TOB期間の引き延ばし合戦の末、富士通が「これ以上の買収価格は無理・・・」としてソレキア社の100%子会社化を断念しました。マスコミでは「S氏の勝利!」と報じられておりますが、むしろ富士通の勇気ある撤退として、今後のM&A時における取締役の善管注意義務を考える上でも参考になる事象になったのではないかと思われます。

ところで、2007年の商事法務論文「監査役制度改造論」ご執筆以来、大杉謙一教授(中央大学)のご論稿はいつも楽しみにしておりますが、法律時報最新号(2017年6月号)に「法律時評-東芝問題を考える」なる同氏のご論稿が掲載されましたので、すぐに拝読いたしました。もちろん紙幅の関係上、東芝問題すべてに教授が触れているわけではございません。むしろ、論稿のターゲットが散漫にならないように、東芝事件の概要⇒東芝のガバナンスの問題点⇒M&Aの成否⇒まとめ、といった流れで構成されています。毎度ながらたいへん勉強になりますが、印象に残った点をひとつだけ書かせていただきます。

大杉教授がなぜ、上記のような流れでご論稿をお書きになったのか、単に関心テーマがガバナンスとM&Aだったのか。私だったら、東芝の会計不正問題を取り上げて、単純に「ガバナンスは形式ではなく、やはり実質だ」といった締めくくり方で終わっていたかもしれません。しかしガバナンスのお話が、東芝のM&Aのお話と「つながっている」のです。国内・海外を問わず、M&Aを成功させることはむずかしいが、なぜむずかしいのか、それは買収価格を決定するだけでなく、買収後のPMI(買収後の統合計画とその実行)こそむずかしいからである、と述べておられます(ここは本日の日経法務面でも同様の特集記事が掲載されていましたね)。

つまり、M&Aの成否を握るのは、価格決定もさることながら、PMIに従って、買収後のPDCAがきちんと回せるかという点が重要である、だからこそM&Aの成否は買収企業のガバナンスに大きく依存しているのだ、というご主張が示されています。これまでの「ガバナンスとM&A」の議論といえば(私が単純だからそうなるのかもしれませんが・・・)社外取締役がモニタリングの役割を果たして、買収対象企業の選定や買収価格をどう決めるか・・・という点が中心です。しかし、大杉論文では「撤退条件を含めて、長期間にわたる買収プロセスを、どのようにチェックしていくか」という点にガバナンスの役割を期待しています。

したがって、大杉教授は「PMIがしっかりとしている買収であれば、価格競争になったときに、高値掴みになりそうになれば買収合戦から撤退することも必要、とのこと。なるほど、つまりソレキア社の買収合戦においては、情緒的にはなんとかホワイトナイトとして貢献したい、といった富士通の意図はあったとしても、PMIがしっかりとしていたからこそ撤退ができた、ある意味では富士通のガバナンスの勝利であり、言い換えれば「勇気ある撤退」ではなく、富士通のガバナンスに起因する「当然の撤退」なのかもしれません。

もちろん、これまで述べたところは私なりの大杉論文の読み方にすぎないので、大杉教授の真意とは異なる可能性があります(ぜひ、ご興味のある方は法律時報をお読みください)。ただ、ガバナンスとM&Aの成否を関連させて、しかもPMIとの関係でガバナンスを考察するという視点は、私にとってとても新鮮であり、考えていて楽しいものでした。PDCAがしっかりできる会社、自信のある会社は、「多少のリスクがあっても早く意思決定できる」わけでして、そういった意味でも最近のガバナンスの議論にもピッタリのお話ではないかと思いました。

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2017年5月29日 (月)

「見えざる改革」-フィデューシャリー・デューティーは資産運用を変えるか

Hisanunyo_5月28日の日経ヴェリタスセレクト(WEB版)記事によりますと、最近、投資信託の売れ行きが低調だそうです。2016年度は14年ぶりに資金流出となり、とりわけ「毎月分配型」が売れなくなった今、次なる魅力商品を現場が模索している、とのこと。3月末に金融庁が公表した「顧客本位の業務運営に関する原則」に基づいて、金融業界に対してフィデューシャリー・デューティーへの取組み強化を要請したことが大きな影響を与えていることは間違いないと思います。

私のようなド素人が今さらご紹介するまでもないベストセラーですが、話題の「捨てられる銀行2 非産運用」(橋本卓典著講談社現代新書800円税別)を読みました。さすがベストセラーです。金融行政の「いま」を理解するうえで、とてもトクした気分になりました。森長官といえば(たいへん失礼ながら)「地銀泣かせ」のイメージしかありませんでしたが、市場改革への並々ならぬ決意があることを知り、さらにコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードとフィデューシャリー・デューティーとの関係理解も深まりました。

以前、当ブログでも「フィデューシャリー・デューティー」については触れたことがありますが、私個人としては学術的な関心(法的な位置づけ等)に注目していました。本書は(法的な位置づけ、といったことよりも)なぜ金融業界にフィデューシャリー・デューティーの強化が提唱されるに至ったのか、また実現のために、具体的に何をすればよいのか、といった実務的な面に対する理解を深めるには最適な一冊です。先日、野村アセット・マネジメントさんが「いの一番」で議決権行使結果の個別開示に踏み切りましたが、本書を読みますと「なるほど」とナットクいたしました。(私の「なるほど」は、著者ご自身も5月26日付けのこちらのニュースでご論稿を書いておられますので、そちらをご覧いただけばおわかりになるかと)。さらには議決権行使結果の個別開示が進むことによって、ISSさん、グラスルイスさんのような議決権行使助言会社自身の「利益相反管理」⇒行政規制の必要性も課題になることがわかります。

私的に最も興味があったのは第3章「フィデューシャリー・デューティーとは何か」ですが、著者が読者に一番読んでほしいのは第4章「年金制度の変化と資産運用改革」ではないかな・・・と推測します。アメリカの市場改革(見えざる改革)の歴史をたどり「アメリカ市民だって最初は今の日本と同じように資産運用にそれほど関心を持たなかった、失敗もした、しかし、20年で家計金融資産がなぜ3倍以上も増えたのか(なぜ日本とこれほど差がついてしまったのか)」を丁寧に解説しておられます。この第4章で語られているところが、少子高齢化を迎える日本に残された「伸びしろ」を活用できるかどうか、そのポイント(分岐点)になるのでしょうね。松下幸之助氏が50年前に証券市場の在り方として目標としていた政策を、皮肉にもアメリカが実行し、その成果を遂げているというのも、皮肉に聞こえてきます。

著者の意見にわたる部分には異論・批判もあるかもしれませんが、取り上げられたファクトの部分については素直に学ぶべきところが多いと考えます。ガバナンス・コードと同様、フィデューシャリー・デューティーへの取組も、アリバイ作りのための「外向け工作」ではなく、顧客との信頼関係を形成するための「内向きの構築」が大切ですね。そして顧客本位の事業活動の「見える化」が進んだときに、これを評価する金融リテラシーを我々がどれだけ備えることができるか、その具体的な実践方法も議論すべき点だと思います(私は、この著者に代表されるような「紐付きでない通訳」をされる方がたくさん増える必要があると考えています)。

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2017年5月25日 (木)

上場会社は監査法人の「監査の品質」を見極めよ

本日のタイトルは私の意見ではなく、旬刊商事法務最新号(2133号)のコラム(スクランブル)「企業からみた監査法人ガバナンス・コード」での論者のご主張です。監査法人版ガバナンス・コードが策定され、すでに4大監査法人および準大手の8つの監査法人がコードを実施することを表明しているそうです。各監査法人のWEBサイトでは、いわゆる透明性報告書も開示されていて、「高品質の監査」「深度ある監査」が謳われているとのこと。

このような状況において、上場企業側がぜひとも検討しておきたい点として、①監査法人の選任・評価への取り組み強化(「透明性報告書は監査法人の評価・選別のための新たな判断材料なので活用されたい)、②監査法人の「監査の品質」を見極める努力を怠らないことだ、と上記コラム論者の方が指摘しておられます。監査品質の向上のために努力する監査法人を前に、企業としての対応(心がまえ?)としてはまことに正論かと思います。

ただ、これは私の意見ですが、「監査の品質」を見極める目的はどこにあるのか?ということも議論すべきです。最高品質の監査法人さんに会計監査人をお願いする、ということが目的なのでしょうか、それともとんでもない欠陥品質かどうかを見極めて、「少なくとも並」の監査であることを選択材料にすることが目的なのでしょうか。

もし前者とした場合、一般の上場企業が監査法人の品質を見極めるだけのスキルを持っているのでしょうか?長年お世話になっている監査法人がありながら、どうやって比較対照のうえで別の監査法人さんと相対順位をつけることができるのでしょうか?また、一般常識で考えれば、品質の高い監査を行う監査法人さんであればあるほど報酬は高くなると思うのですが、厳しい意見を持ち、かつ高額報酬であっても監査の品質の高さを求める動機を上場会社は持ち合わせているのでしょうか?

また仮に後者とした場合、監査の品質を理解できる能力については前者と同じ問題がありますが、そもそも「とんでもない品質の欠陥」が問題となるのであれば、それは会社法340条(会計監査人の解任事由)の問題とされるべき客観的な事由ではないか(わざわざガバナンス・コードを持ち出すまでもないのでは?)、とも考えられます。「少なくとも並」の監査の品質を評価する、というのも、せっかく監査法人版ガバナンス・コードに取組む監査法人を前にして、なんだかあまり前向きな目的とはいえませんね。

結局のところ、上場会社が「高品質の監査法人を評価して、選定する」ためのインセンティブがなければなにも変わらないように思います。たとえば「高品質な監査」とは、相対評価であって、企業との相性で評価されるのではないでしょうか?日立と向き合う●●監査法人は高品質だけれども、東芝と向き合ったときにはそうではない、といったことです。会社側の協力なしに高品質の監査は生まれない・・・という考え方を市場関係者が共有することが大切ではないかと思います。

「いやいや、ガバナンス・コードは監査法人としての客観的なレベルの向上を目指すものであって、選別する企業にとっては絶対評価が必要なのだ」といった考えが正しいのであれば、たとえばこのたびのPwCさんのような意見や結論を表明しない監査法人の姿勢、昨年の某監査法人さんのような金商法193条の3の通知を積極的に発信する姿勢、会計不正は認められないが、内部統制の不備を指摘して社会に警告を発する姿勢、厳しい意見は持ちつつも、できるだけ内内に処理して適正意見を出す姿勢等をみて、上場企業はどう評価するのか、あらかじめ社会的な評価基準を最低限度そろえる(すり合わせをしておく)必要があります。また●●監査法人さんが会計監査人なんだから、この会社の株価は高いとか、借入金利の優遇を得られるとか、一般入札の条件をクリアできるといったことが一般的に認識されることも必要かと。東洋経済さんあたりで毎年「品質の高い監査法人ランキング」を公表することも検討すべきではないでしょうか。

わざわざ高い報酬を払い、厳しい監査意見を承知のうえで、それでも優良企業が優良監査法人を評価し選択する、ということは、これくらい市場の変革がなければ実現困難ではないかと思う次第です。

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2017年5月24日 (水)

実質株主に総会出席の機会を付与する上場会社は増えるか?

(5月24日午後 追記)

先週「7月開催の株主総会は増えるか?」といったエントリーに対して、杉山さんから「過去の成績総括はスピーディーにやるべき。7月総会は攻めのガバナンスに逆行する」といった有益なご意見をいただきました。7月総会問題だけでなく、ガバナンス・コードを真剣に実施しようとすると、「これってホントに企業価値向上に結び付くのか、他のコードを実施する趣旨と矛盾することが起こらないか」といった疑問も湧いてくると思うのです。だからこそ、「実施よりも説明」することが必要となる場面も出てくるのでしょうね。

さて、総会シーズンなので、もうひとつ話題のネタを取り上げます。明日(5月25日)はJフロント・リテイリング社の定時株主総会が開催されるようですが、「定款の一部変更の件」として、実質株主(機関投資家)が定時株主総会で議決権を行使できるよう、定款の一部を変更する議案が上程されます。実質株主の議決権行使を正面から認める定款変更は日本で初めてのようです(経産省関係者)。なお、実質株主とは、名義株主(株主名簿上の株主)ではなく、その背後で企業に資金を投下している機関投資家のことを、ここでは表現しています。

ところで、コーポレートガバナンス・コード補充原則1-2⑤は

信託銀行等の名義で株式を保有する機関投資家等が、株主総会において、信託銀行等に代わって自ら議決権の行使等を行うことをあらかじめ希望する場合に対応するため、上場会社は、信託銀行等と協議しつつ検討を行うべきである。

と規定しています。また、東証の調査結果(昨年末現在)によると、本則市場に上場している会社のうち93%はこの補充原則1-2⑤を「実施する」と報告しています。したがって、多くの上場会社は、名義株主(信託銀行等)から代理権を得た実質株主(機関投資家)が、総会に出席して議決権行使できる環境を整備する必要があると思われます(ここまで言い切れると思うのですが、これは私が言い過ぎですかね?「なんちゃってコンプライ」の典型がこの1-2⑤に如実に表れているように思うのですが・・・)。

(お詳しい方はご承知のとおり)もちろん、定款変更を経ずとも、実質株主から総会出席の要望がある場合に、実質株主が(名義株主から)委任状や「実質株主証明書」をとりつけて、実質株主(法人)の従業員が現実出席する方法も例外的には認められています(このあたりは全株懇ガイドラインをご参照ください)。ただ、なんといっても「株主でない者が株主総会で権利行使をした場合には、決議取消事由に該当する」といった会社法解釈がありますので、会社としても法的安定性を強く求めたいところです。したがって、今回のJフロント・リテイリング社の定款変更議案は多くの会社の参考となるところかと思います。

ちなみに、上程議案が承認可決されることを条件として変更される定款規定の文言は、

第18条 株主は、当会社の議決権を有する他の株主1名を代理人として、その議決権を行使することができる。
前項の規定にかかわらず、取締役会において 定める株式取扱規程に定めるところにより、信託銀行等の名義で株式を保有し自己名義で保有していない機関投資家は、株主総会に出席してその議決権を代理行使することができる。
ただし、株主または代理人は、株主総会ごと に代理権を証明する書面を当会社に提出しなければならない。

というもので、全株懇モデルとほぼ同じ文言のようです。文言からはハッキリしませんが(Jフロントさんの株式取扱規程を確認しないとわかりませんが)、実質株主が総会に出席するためには、委任状のほかに、実質株主証明書も必要ということではないかと思われます(受付での混乱を避けるためにも、実質といえども「代理人は株主に限る」という趣旨で、たとえば機関投資家の代理人弁護士では出席不可、あらかじめ伝えられている従業員のみ可、ということになるのでしょうね)。他にも、どの範囲を「機関投資家」とするのか等、この「株式取扱規程」の中身にも興味が湧きますね。

なんか「横並び」したくてウズウズしている上場会社、とりわけ外国人保有比率が高い会社がたくさん存在するような気がしてなりません。

追記:「実質株主の株主出席問題のむずかしさ」については、旬刊商事法務2068号(2015年5月25日号)の巻末「スクランブル」に問題点が要領よくまとまっている、とのご連絡をいただきました。そちらもご参考にしてください。

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2017年5月23日 (火)

パワハラが公益通報の対象となる日は来るか?ー厚労省検討開始

昨日は、インサイダー取引規制関連のエントリーにおきまして、誤った情報を提供してしまい、関係会社にご迷惑をおかけいたしました(すでに該当箇所は訂正しております)。申し訳けございませんでした。同じようなミスを繰り返さぬよう、刑事事件を取り扱う際には注意をしてまいりたいと思います。

さて、(本日は短いエントリーですが)厚生労働省は、職場でのパワーハラスメントを防ぐため、パワハラ行為を法律で禁止することなどを視野に入れた検討を始めたそうです(5月22日の日経ニュースより)。私もニュースで初めて知りました。規制手法については、ガイドライン行政となる可能性もありますが、もし本当に法律でパワハラ規制が実現するとなれば、さらに法違反や行政処分違反に刑事罰が盛り込まれることになれば、いよいよパワハラ行為も公益通報者保護法上の「公益通報」に該当することになります。

もちろんパワハラ行為といっても、刑法犯に該当するような悪質なものは現在でも公益通報事実に該当しますが、精神的ないじめや事実上の嫌がらせといったものは対象外です。民事賠償の対象だけでなく、取締り規定による規制が厳しくなれば、それだけパワハラ行為の明確性も要求されることになります。そうなるとパワハラ認定もさらに難しくなりますが、企業の関心が高まることは間違いないと思います(内部通報窓口の業務において、悲惨な状況を目の当たりにしている私としましては、ぜひとも法規制を推進していただきたいと願っております)。

一昨日のNHKスペシャルでは「発達障害」の三形態が紹介され、その実態に私も衝撃を受けました(紹介記事はこちらです)。外見的には普通であるがゆえに、職場では「性格が悪い」とか「能力が乏しい」といった評価を受けてしまう方々がたくさんいらっしゃるそうです。「普通」であることを強要するのではなく、いろいろな考え方を許容できる企業社会がなければパワハラもなくならないだろうなぁと感じた次第です。

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2017年5月22日 (月)

事件の広がりを予感させる東芝インサイダー取引事件の調査

東京都内の40代の男性医師が、2015年に発覚した東芝の会計不正事件に関連してインサイダー取引を行っていた疑いがあるとして強制調査を受けているそうです(5月19日産経新聞ニュースはこちらです)。そういえば昨年8月、免震ゴム偽装の対策本部から情報を入手した東洋ゴム子会社の取引先の方がインサイダー取引によって課徴金処分を受けましたが、企業不祥事に関する情報を知った役職員、役職員から情報を得た第三者もインサイダー取引規制の対象になるのがあたりまえになってきた、ということでしょうか。

ところで、2015年4月、最初に東芝会計不正事件がリリースされたこちらの適時開示書面をあらためて眺めてみますと、「これって、株価に影響があるような問題なのか?」と感じます。このリリースを読んだだけでは、「特別調査委員会って、なんぞある!?」とは感じるものの、「粉飾」はおろか「不適切な会計処理」がなされた、ということも断定できません。かりに当該リリースに関連する未公表の内部情報を得ていたとしても、東芝全体の売上規模からみれば公表する程度の問題かどうかもわからず、株を借りて「空売り」までしてインサイダー取引を行うような「おいしい重要事実」とも思えないはずです。2年後の現在だからこそ「東芝粉飾事件」「東芝会計不正事件」といいますが、2015年4月の時点に戻ってこの開示書面を読んでも、その後、東芝さんの事件がこんな展開になるとは、当時はだれも予想もできなかったのではないかと。

ただ、この当時、実は東芝事件の真相(奥の深さ)を知っている人がいたとすれば、たしかにその人から情報を受領した者にとっては、インサイダー取引はおいしいと感じることができたかもしれません。本件強制調査の一番の目的は、情報受領者に対する強制調査を端緒にして、当時「東芝事件の真相」を熟知していた「その人」を特定することにあるのではないでしょうか。そして「その人」を通して、「検察庁vs金融庁」で話題になっていた「金商法違反容疑での東芝歴代経営者に対する立件問題」の最終判断が下されるのではないかと(個人的には勝手に)予想しております。

本件に関連するマスコミ報道をいくつかチェックしましたが、まだ未公表事実の情報伝達者や情報伝達ルート、そして伝達された情報の内容が明らかになっていない模様です。もし、このあたりが明らかになるようでしたら、東芝会計不正事件も、新たな広がりをみせるかもしれません。本件は「重大な不祥事を公表することまでを知ってインサイダー取引を行った」とされる東洋ゴム工業子会社取引先の事件とは、様相が異なるように感じるのは私だけでしょうか。このインサイダー取引疑惑が今度どのような展開をみせるのか、注目しておきたいと思います。

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2017年5月19日 (金)

労働基準監督業務に関する民間委託の実効性について

9784532263355 当ブログでは政治の話はしないつもりですが、どうも「ロシアゲート事件」は深刻な事件になりつつありますね。ただ、トランプ氏が辞任しても、かつてニクソンさんが辞任したときほどのショックはないだろう・・・との見方が強いようなので、リスク管理の面からも、日本企業としては静観するところが多いのではないでしょうか。

さて、政府の規制改革推進会議の作業部会が、労働基準監督官の業務を補う役割を民間の社労士さんに委託するよう求める提言をまとめたそうで、厚労省もこれを受け入れる方針と報じられています(たとえばこちらの朝日新聞ニュース)。監督業務に民間人を活用することは、ILO条約違反ではないかと指摘されていますが、働き方改革が推進される中で、「正直者が馬鹿をみない」ためにも、監督官不足を補うことは喫緊の課題ということのようです。

「労働基準監督官の仕事って、いったいどんなものなのだろうか?」・・・・

こういった素朴な疑問を抱く方にお勧めしたいのが「労基署は見ている」(原論著 日経プレミアシリーズ 850円+税)です。本のタイトルには「労基署」なる用語が使われていますが、これは一般の方のために使用されているものであり、専門家の方は「労基署」とは言わないそうです。「監督署」「監督官(労働基準監督官」というのが通例とのこと。

上記民間委託の実効性を考えるにあたっても、この本を読むといろいろと理解が進みます。監督官の仕事として(電通事件に代表されるような)労基法違反の摘発に光があたっていますが、実際には労働安全衛生法違反事件の調査が多いこと(労災事故現場の立会等)、つまり警察や消防など公務員間の信頼関係・守秘義務が前提となる業務が多いことがわかります。

また、民間に業務を委託するにしても、監督官のどのような仕事であれば可能なのか。労働時間調査といったことが、民間委託の対象になるのでは、とマスコミでは報じられていますが、実際にたいへんなのは行政処分後の指導業務なので、おそらくそのあたりが委託の対象になるのではないかと思われます。この指導業務を民間委託できれば、監督官は多くの時間を臨検に割くことが可能となり、調査対象の事業所も増えるのではないでしょうか。

さらに民間委託反対論者の方々から、「監督官が不足しているのであれば増員すればよい」との意見が出されていますが、本書をお読みになるとおわかりのとおり、熱意がないと摘発はできないようです。筆者自身が、命の危険を感じながらもなんとか摘発に至った事例が紹介されており、失礼ながら、このような身の危険を承知のうえで事業者摘発に尽力する方がどれほどいるのだろうか・・・と。労災事故の現場で家族が悲しむ姿をみて、次第に「許せない」という気持ちが涵養されていくのかもしれません。

監督官を退職された筆者が(本書の末尾で)提唱されていますが、監督官不足を補い、監督業務の実効性を上げるためには、そもそも事業者が労務コンプライアンスの体制を構築することが大切だそうで、この点は私も共感するところです。いわば厳格な事後規制ではなく、事業所を活用した事前規制的手法です。どうすれば監督署から目をつけられない事業所になるのか、事業所自身が真剣に考える。そのためには現場の常識と労務行政の常識をつなぐ「通訳」が必要なのでしょうね。大切な人的資源を劣悪な労働環境から守るためには、この「通訳」をどう育てるかがポイントになるものと個人的には考えています。

あと、「民間委託」といっても、もちろん社労士さんだって「費用対効果」ですよね(当然といえば当然ですが)。そのあたりの議論は全くされていないようですが、ホンネで考えますと、委託料こそ実効性を考えるうえで一番大きな課題のような気がいたします。

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2017年5月17日 (水)

株主総会7月開催困難→進む株主総会手続きの電子化

世間では「経営法務」を大学院で専攻されている方が話題になっておりますが、本日(17日)から、いよいよ本年度の司法試験が始まりますね。法律選択、憲法、行政法・・・、皆様、日曜日まで、体調を崩さずにぜひ頑張ってください!!

経産省「持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進研究会」でも推進されていた3月決算会社による株主総会7月開催ですが、上場会社をみるかぎり、本年度に7月開催を決めたところは全くないそうです(5月16日日経朝刊「一目均衡」より)。やはり決算日と基準日を一致させる、という企業慣行はなかなか崩れません。7月開催が進むと、深度ある監査の実現、金商法会計と会社法会計の一元化なども図れるとして、やや期待感はありましたが、やはり企業実務への影響が極めて大きいということですね。

ところで、「株主総会関連の日程の適切な設置」が要請されているコーポレートガバナンス・コードの補充原則1-2③については、本則市場に上場する会社の98%が「実施する」(コンプライ)と表明していますので、7月開催をしない、ということになりますと、株主との対話の促進のために、上場会社は招集通知の早期発送や議決権行使の電子化に向けて対策をとる、ということになるのでしょうね。おそらく株主総会手続きの電子化がかなり進むのではないかと予想しています(ちなみに、ガバナンス・コード1-2③は、かならずしも株主総会の7月開催を求めているわけではない、というのが金融庁立案担当者の説明です)。

また、来年に予定されている会社法改正ですが、株主の同意なくして招集手続きを電子化できるよう、法改正も行われるものと思います(この点は、おそらく会社法制部会での審議も、それほど異論なく進むのではないかと)。海外の法制度がすぐに取り入られれる分野もありますが、株主総会実務の分野はずいぶんと諸外国とは異なる法制度が生き続けますね。運用会社(機関投資家)による議決権行使結果の個別開示が進む中で、対話すべき株主にとってはますます忙しくなりそうです。

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2017年5月15日 (月)

ウラから眺める日本郵政の野村不動産HD資本提携報道

本日のエントリーは勝手な推測が入っておりますので、「ああ、こんな見方もあるもんなのか…」程度に割り引いてお聴きください(お忙しい方はスルーしていただいて結構です)。

先週、日本郵政さんが、野村不動産HDさんと資本業務提携を進める(もしかしたら買収まで?)といった報道がありました。驚いたことに、日経さんがスクープしたのではなく、なんとNHKさんのニュースが第一報スクープとして取り上げました。提携するのが郵便屋さんと不動産屋さんという組み合わせの妙とは別に、

「スクープで日経が抜かれたって!?」

「日経の担当の記者さん、えらい面目まるつぶれじゃない!?」

といった話があちこちから聞こえてきました。私も以前なら同じような印象を持ったはずです。

ただ、これだけ大きな上場会社さんどうしの資本業務提携話に日経さんが絡んでいない、ということはないと思います。こういったM&Aは情報管理や情報収集のためにも日経の記者さん、あるいは記者さんとつながりの深いキーマンの方がいらっしゃるはず。インサイダー取引のリスクもあるので、日本郵政さんとしては、自社及び野村不動産さん周辺の情報漏えいリスクには細心の配慮をしていたはずです。したがって、当然のことながら日経の記者さんは情報を持っていたはずであり、提携や買収を決める取締役会の開催日の早朝に第一報が日経スクープとして出てくるというのが通常の流れではなかったかと思います。

ところが今回はNHKさんが第一報を出したわけですから、(かつて公企業的な立場にあった)日本郵政さんとお付き合いが深いNHKさんに誰かが情報をリークした、ということが考えられます(もちろん推測にすぎませんが・・・)。したがって、とくに日経の記者さんが「どんくさかった」というわけではなく、情報をコントロールできなかったということが事実だとすれば、むしろ日本郵政さんのガバナンスや内部統制にどこか問題があったのではないでしょうか。もちろんNHKの記者さんが熱心だったことを否定はいたしませんが、こういったことは社内が一枚岩になっていないことを推測させたり、インサイダー取引を誘発させたりしますので、とても注意が必要です。

さらに、もし情報管理、情報収集のために日経記者さんのお世話になっていたとしたら、「江戸の仇を長崎で討たれる」ようなことにだけはならないように心がけておきたいところです(すいません、私自身の失敗経験、後悔、反省から得た教訓であります・・・)。

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2017年5月12日 (金)

労働関連法違反企業名の公表とサプライチェーン・コンプライアンス

4月3日の日経法務面で、ANAさんや伊藤園さんのCSR活動の一環として、人権デューデリジェンス(人権DD)への熱心な取組みが紹介されていました。とりわけANAさんの「取引先企業の労務コンプライアンスに関する法令遵守体制の整備等に協力する具体的な取組み」が印象的でした。

ところで5月10日から、厚労省では労基法違反、労働安全衛生法違反等で書類送検された企業名の公表を開始したそうで、過去1年間の全国監督署で送検された330件に関する企業名が閲覧できるようになりました。監督署の取扱いとして、重大事故につながらなければ送検されないのが原則です。したがって、社名を公表された企業は、重大な法令違反が認められた企業のうちのごく一部ということになります(また、法令違反状況が是正された企業さんは社名が削除されるそうです)。

メディアでは、厚労省による「ブラック企業の公表」と報じられていますが、年間の件数でおわかりのとおり、全国の監督署において毎日のように送検されており、企業名も労働新聞社のこちらのHPで毎日閲覧可能になっていますので、公表することがどれほど法令遵守への意識向上に役立つのかは不明です。他の監督官庁とは異なり、労働基準監督署は、いくらブラックといえども事業を停止させる権限はなく、むしろ送検後にも法令遵守体制の整備に向けて更なる監督を行うわけです。労働者の安全確保に向けた労使の取組みを実現するためには、監督署の監督体制を整備することのほうが重要ではないかと。

さらに、このような痛ましい労災事故を少しでも減らすためには、先の日経法務面でも紹介されていた人権DDの取組みが必要ではないでしょうか。労働力不足に悩む日本企業にとって、サプライチェーンにおいて重大な労災事故を発生させてしまった企業と取引を継続するわけですから(エシックス・コード違反で契約解消になるような悪質な場合は別ですが)、取引先企業の人権侵害状況に目をつぶるわけにもいかないと思うのです。

今回の厚労省HPでの重大事故を発生させた企業の公表は、世間に対して「さらし者にして制裁を加える」ということではなく、公表された企業を必要とするサプライチェーンの関係会社が、当該企業の状況を知り、そのコンプライアンス経営を一緒に支える、というところに意義があるのではないでしょうか(公表された事案には、ほんの少しの単純ミスを防止すれば重大事故を回避しえた事案がたくさんあるのです)。

以前このブログでも書きましたが、電通さんの過労自死社員の方が担当していた過酷な作業を、「これではうちがブラックになってしまう」とのリスク感覚から下請会社に丸投げして「うちは関係ない」と知らぬ顔をされている広告代理店さんもあるのです。それはそれで経営戦略のひとつの選択肢かもしれません。しかし、「当社はCSRに熱心です」と宣言しながらグレーな部分をサプライチェーンに押し付けてしまう、という姿勢は海外ではとくに批判の的になります。

人権DDを通じてサプライチェーンでコンプライアンスを考える、といった姿勢を、多くの企業が示すことも(実際にはなかなか外から見えないかもしれませんが)、持続的成長につながる立派なCSR活動ではないかと考えます。

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2017年5月10日 (水)

フジ・メディアHD株主総会決議取消訴訟の意義は提訴リスクにあり

今年も株主総会のシーズンが近づいてまいりました。今年の総会関連の話題といえば、やはり機関投資家の議決権行使結果の個別開示でしょうね。そしてもうひとつ、最近の判例として話題になっているのがフジテレビの親会社であるフジ・メディアHDさんの株主総会決議取消訴訟の東京地裁判決(平成28年12月15日)だと思います。山口三尊さんのブログでも即日取り上げておられました。私も法律誌(資料版商事法務4月号)に掲載されている判決全文を読みました。いろいろと論点がありますが、以下では「ヤラセ質問」に対する裁判所の判断に触れてみたいと思います。

元従業員の方お二人が原告(株主)となり、平成26年度の定時株主総会で「ヤラセ質問」があったとして、会社を被告として同株主総会の役員選任決議の取消を求めていた訴訟です。(「ヤラセ質問」という文言は裁判所も判決文で使っているので、そのまま使用します)。同株主総会では、合計16名の株主が質問をしたそうですが、そのうち8名は同社社員であり、前日までのリハーサルと同じ質問をするよう、同社総務部長さんから指示をうけていたそうです。このヤラセ質問によって一般の株主の質問権が侵害され、著しく不公正な方法で総会決議がとられたとして、原告株主は同株主総会決議の取消しを求めています。

判決では、ヤラセ質問が

「従業員株主もまた株主であることを考慮したとしても、多数の一般株主を有する上場会社における適切な議事運営とは言い難いものというべきである」「現場で本件株主総会を統括する地位にある●●総務部長が上記のような依頼をすること自体、株主総会の議事運営の在り方として疑義がないとはいえない」

と、指摘しています。ただ、

ヤラセ質問に費やした時間と一般株主からの質問に費やした時間の比率からみると質問権侵害の程度がそれほど大きいとはいえない、一般株主の質問を誘引するため、といった目的もそれほど悪質なものではない、時間の経過とともに、一般株主からの質問も議題と関係ないことが多くなり、打ち切り直前に手を挙げていた株主も5名ほどになっていた

といったことから、議事運営に問題はあったとしても、決議を取り消さなければならないほど決議の方法が不公正とまではいえないとして、最終的には原告の請求を棄却しています。

この判決について、商事法務さんの解説では「裁判所からイエローカードを突き付けられた」株主総会だと評されていますが、控訴審ではどうなるのでしょうかね?16問中の8問のヤラセ質問はほとんどが質問時間の前半に集中しているのですが、この判決理由からみて、もし後半の一般株主からの質問がなかったとしたらどうなってしまったのでしょうかね(^^;;たとえばこの判決を教訓として、他社が一般株主の質問を誘引するために最初にどっとヤラセ質問を繰り出したところ、その後に一般株主からの質問がなかったとしたら・・・。うーーん、ゾッとします(笑)。どうもこの判決理由にはツッコミドコロがあるような気がします。

あと、争点とは関係がないので感想として申し上げますが、この●●総務部長さんは、裁判所の証人尋問で、一般株主が質問しやすい雰囲気を出すことと、株主による不規則発言に対応するために企画した、と証言しておられます(判決文より)。ただ、株主総会においては、社長(会社)には総会指揮権はなく、定款に従い総会議長だけに議事整理権、秩序維持権があります(会社法315条)。「議事運営」=「議事整理、秩序維持」ではありませんが、上記●●総務部長さんの証言内容からみると、どうも議事整理、秩序維持に関する企画としてヤラセ質問を検討されていたものと思われます。そして取締役である議長は、株主総会の議事を公正かつ円滑に指揮運営し、合理的な時間内に株主の総意を確定する職責を負い、そのために善管注意義務を尽くさなければなりません(新基本法コンメンタール「会社法2 第1版」49頁)。

そこで、従業員株主が一般株主の質問を誘引する、不規則発言を抑止するといった目的でヤラセ質問を行う(あらかじめ準備する)というのは、そもそも会社法上の権限を持たない会社(社長)が、議事整理権、秩序維持権の一部を従業員株主に委任したことにならないでしょうか?効果の面、つまり決議取消効からみた議事運営としては「イエロー」で済むかもしれませんが、役員の法的責任という効果からみた議事運営としては、どうなのかなぁ・・・という気がいたしました(いえ、もちろん個人的な意見にすぎません・・・)。

このように、法律家はどうしても「敗訴リスク」つまり、このような事件が裁判で争われますと、どういった行動があれば決議取消につながるのか、という点に関心を向けるのですが、私は会社にとってもっと大切なことがあると思います。それは「提訴リスク」つまり、どうしてヤラセ質問がバレちゃって裁判まで至ってしまったのか?という点です。良い悪いは別として、ヤラセ質問がバレなければ、今回ような裁判さえ起きていなかったわけで、また、この判決を読んで多くの上場会社の総会担当者が「ドキ!」っとする事態にもならなかったわけです。

すでに報じられているとおり、バレた理由はフジ・メディア社員による(原告株主に対する)内部告発だったわけです。ヤラセ質問企画を知っている社員からすれば「有給とって、指定された席に座って、先陣きって拍手したり、『異議な~し!!』とか声を上げるくらいなら我慢するけどさ、ヤラセ質問?俺が?これはヤリスギじゃないの??」といった意見をお持ちの方がいたということですね(疑問を抱いたのが依頼を受けた従業員株主だったのか、企画した側の総務部社員だったのかはわかりませんが・・・私もヤラセ質問はさすがにヤリスギだと思います)。2011年7月、私は(内部告発で発覚した)九州電力のやらせメール事件を最初にエントリーした際(九電やらせメール事件にみる組織力学とコンプライアンス)、同じことを申し上げましたが、内部告発に至る社員の気持ちがなかなか経営幹部には理解できないのかもしれません。

フジ・メディアHDさんは、平成27年の総会以降はヤラセ質問を一切廃止されたそうですが、そもそも一番考えないといけないのは、どうすれば内部告発者を社内から出さないような経営をするか、という点ではないでしょうか。つまり「敗訴リスク」を低減させることよりも、いかに「提訴リスク」を低減させるか、これが法務リスク・マネジメントを安くすませるための企業の知恵だと確信しています。

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2017年5月 8日 (月)

監査法人を悩ます新たなIESBA「違法行為への対応」指針

昨年10月ころから「先生、またこんな新しい指針ができるんですよ。どう対応したらよいものか・・・」と大手監査法人の幹部の方々からご相談を受けていたのがIESBA(国際会計士倫理基準審査会)の「違法行為への対応」という国際倫理規程の新設問題です。今年7月15日から倫理規程の適用開始(その後、倫理規程の改正を受けた国際監査基準の改訂)ということが決定しておりますが、あまり世間で話題にならないなぁと思っておりましたところ、ようやく最新の中央経済社「企業会計」2017年6月号に特集座談会記事が掲載されました。IESBAの前ボードメンバーでいらっしゃる加藤厚先生や国際会計に詳しい法律学者の弥永真生先生をはじめ、豪華なメンバーでの座談会です。

公益通報者保護法(および今後の法改正)への対応といった、私自身が関心の深い項目への議論もなされ、たいへん興味深く拝読させていただきました。ここで座談会の内容についてご紹介することは避けますが、これは「倫理規範」とはいえ、監査法人の方々は、またまた悩みの種がひとつ増えるのではないでしょうか。財務報告の信頼性に関わる違法行為だけでなく、たとえば労働基準法違反、性能偽装行為、燃費偽装行為、その他消費者の安全を害する違法行為を見つけたときには、これを報告しなければならないといった問題、報告すべきは違法行為だけでなく、その「おそれ」も含まれているという問題、さらには作為だけではなく、「見て見ぬふりをする」といった経営者らの不作為の違法についても対応しなければならない問題など、公認会計士、監査法人を悩ます多くの課題が浮かび上がります。

オリンパス事件をきっかけとして、平成25年に「不正リスク対応監査基準」が策定されましたが、そのときにも「この基準は確認的なものであり、新たな義務を会計士・監査法人に課すものではない。きちんと誠実に仕事をしている会計士は今まで通りやればよいのだ。やっていない会計士への警告的な意味合いが強いのだ」といった意見がたくさん出ていました。このたびの座談会のご議論を拝読していて、「なるほど、今回の『違法行為への対応』倫理規程についても、4年前と同じような議論がなされるのだろうな・・・」との予感がいたします。ただ、今回の国際倫理規程の新設、それに続く国際監査基準の改訂は、監査を担当する会計士だけでなく、一般の民間企業で勤務する企業内会計士の方々にも(国際基準の改訂を通じて)遵守が求められますので、そのあたりの解説はきちんとされる必要はありそうですね。

「企業会計」という雑誌が会計専門職、経理担当者を対象としたものである以上、会計士・監査法人の立場での対応だけが話題になっていますが、私はこの倫理基準は会計士向けではあるものの、市場関係者全体に強い要請が含まれていると考えています。このたびの東芝さんとPwCあらた監査法人さんとのやりとりをご覧になってもおわかりのとおり、投資家に有益な情報を提供して市場の健全性を確保するためには、財務報告のサプライチェーンに関与するすべての人たちが違法行為への対応について協働する必要があります。だからこそ、この倫理規程には何度も「公共の利益」なる文言が登場します。これは平成25年の不正リスク対応基準が策定したときに何度も解説されていたはずです。とりわけ監査の対象となる上場企業、(企業内会計士であれば)ご自身が財務報告の作成責任者や監督者となる上場企業において、ガバナンスや内部統制の健全化が図られていなければ、会計士・監査法人による違法行為への適切な対応など困難です。

東芝・PwCあらた(ひょっとしたら次の監査人?)問題を契機として、この守秘義務の解除問題ともかかわる新たな国際基準への関心が高まると思いますが、これは単なる監査法人だけの問題ではなく、財務報告のサプライチェーンに関与するすべての関係者の問題として捉える必要があります。なお、老婆心ながら本規程は会計監査以外のアドバイザリー業務を担当されている会計士の方々、企業内会計士の方々にも適用されますので、その適用開始日についてはご注意されたほうがよろしいのではないかと思います。

 

 

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2017年5月 2日 (火)

不正を発見した従業員の内部通報義務について(過去の判例)

先日は「もうひとつのエフオーアイ事件判決」として、民法719条2項(共同不法行為のほう助)に該当する事案をご紹介しましたが、こちらはもうひとつの共同不法行為のほう助を認めた事案です。

安西愈先生の労働法に関するご著書を拝読していて知ったのですが、過去に不正を発見した従業員について信義則上の内部通報義務を認めた判例があるのですね(恥ずかしながら存じ上げませんでした)。ネット情報からのコピーですが、以下のような概要です。

コンビニにおける同僚の商品盗取に対する従業員らの損害賠償責任--さえき事件・福岡地裁小倉支部判決の研究(福岡地裁小倉支部 平成10.9.11)

自らの店の商品を盗取するなどの不正行為をしないことはもとより、他の従業員による不正行為を発見した時は、雇用主にこれを申告して被害の回復に努めるべき義務をも負担するものと解するのが相当である。←コンビニにおける友人の不正取得を黙認していた従業員が会社から訴えられた事案です。

そして、従業員自らが商品を盗取するなどの不正行為をした場合にはこれが不法行為を構成することは明らかであるが、更に、他の従業員による不正行為を発見しながらこれを雇用主に申告しないで被害の発生を放置した場合には、その不作為が前記内容の誠実義務に違反する債務不履行を構成するのみならず、その不作為によって他の従業員による不法行為(不正行為)を容易にしたものとして、不法行為に対する幇助が成立するというべきである。

労働契約法も公益通報者保護法も存在しなかった頃の判例ですが、信義則上の内部通報義務が、公益通報者保護法に基づく第三者への情報提供(内部告発)まで制限するような労働契約の存在まで肯定するものではないとも思いますが、少し気になる判決です。

そこで、本日、労働法律旬報1483号(2000年7月10日号)17頁以下を取り寄せて、浅野高広氏(北大大学院:当時)のご論稿を拝読いたしました。⑴どのようなことがあれば抽象的な通報義務が、「不作為の違法性」を認める根拠となる具体的な通報義務に変わるか、⑵通報対象事実を具体的に特定できない程度にしか不正事実を知らない場合でも通報義務がなぜ認められるのか、という点がかなり理解できました。

いままでは、「内部告発は企業にとって不利ですよ、だから内部通報制度をしっかり作りましょう」といった説明をしていましたが、これだけでなく「これだけ会社がしっかり内部通報制度を作っているのだから、あなたは内部通報をしないと不法行為責任を問われますよ、だから内部通報しましょう」といった説明もありうると思いますね(注・・・ただし上記判決も信義則上の義務としていますので、あくまでも事案によりますが・・・)。

消費者庁の公益通報者保護制度の実効性向上検討会では、法改正に向けた議論が進みましたが、(某委員の方から主張されたとおり)、実は通報後の調査との関係は、あまりつっこんだ意見交換がされませんでした。ただ、雇用契約上のいろんな論点を検討していますと、通報者や通報対象者と「調査協力義務」との関係でも、内部通報制度を構築するにあたって留意すべき論点が存在することに気がつきます。今後またいくつかご紹介したいと思います。

 

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2017年5月 1日 (月)

産地偽装米騒動-いよいよプレジデント社が動き出した!

先週4月26日にこちらのエントリー「産地偽装米騒動-マスコミはなぜ消費者の食の安心に無関心なのか?」におきまして、以下のとおりマスコミへの期待を書かせていただきました。

この状況を受けて、せめてダイヤモンド誌と同じくらい信用性の高い記事を書かれているマスコミの方々が、「ファクト」(事実経過)だけでも報じるべきではないでしょうか?これは、米卸事業者の信用を回復するために、というわけではなく、消費者に及んでいる「食の安心」への脅威を少しでもなくすためです

4月30日、プレジデント・オンラインにて「ダイヤモンド誌『面白いネタ至上主義』に重大疑惑」と題する特集記事が組まれまして、この産地偽装米騒動に関する一連の経緯について、まさに「ファクト」が掲載されています(私自身が知らなかった事実も、この記事で初めて知りました)。

上記プレジデント・オンラインが問題視しているダイヤモンド誌の4月27日掲載座談会記事も拝読しました。私個人の考えとしては、けっして「面白いネタ至上主義」が悪いとは思いません。米卸事業者、JA京都中央会側の方々には叱られるかもしれませんが、メディアが国民の知る権利に呼応するものである以上、面白いネタ至上主義によって、企業不祥事が取り上げられ、その結果として法人がターゲットとされることもありうると思います。

ただ、米の産地偽装は消費者の食の安全・安心と密接にかかわります。信用性の高いメディアが面白ネタで報道するにしては、重すぎる。信用性の高いメディアによる報道で「南魚沼産として販売されているお米には、実は中国産米が混じって流通している」「でも、販売した業者は農水省から何のお咎めもない」ということになれば、お米って産地を偽装するのが当たり前なの?と世間の不安を誘引することになります。私は面白ネタでも、真実性に疑惑が生じた場合には、すぐにでも消費者の「食の安心」を取り除くためのメディアの動きが必要だと思っていました。

そこに、速やかにダイヤモンド社と同様、信用性の高い記事を書かれるプレジデント社によって検証記事が掲載されました。本件産地偽装米事件の背景事情をみるに、このような検証記事が出された真の思惑がどこにあるのか、私は存じ上げません。ただ、今目の前にある消費者の不安を除去するために、「食の安全」を裁判で争うのではなく、「食の安心」をメディアが伝えることで、最終的には安全性を消費者の自己判断にゆだねる(ひいては多様化するメディアの質を消費者に知らせる)機会を付与すべきと考えます。そのような意味において、このたびのプレジデント社による検証記事を高く評価いたします。

ダイヤモンド社による取材が開始されたことで、農水省はいち早く調査に動きました。しかし、2カ月以上が経過しても、何の回答も出てきません。このまま農水省の沈黙が続きますと、ターゲットとされた米卸事業者の風評被害を飛び越えて、ダイヤモンド社の記事が真実であるとの認識を前提として「産地偽装なんて、どこでもやっているのでは?」「国産米には普通に外国産米が混じっているのでは?」といった風評(世間の認識)が出始めて当然です。築地移転問題に関連して議論されているところですが(たとえば雑誌WEDGE5月号「築地移転問題にみる日本の病巣」)、果たしてコンプライアンスで守るべきは「食の安全」なのか「食の安心」なのか、産地偽装米騒動でも議論が求められています。

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