フジ・メディアHD株主総会決議取消訴訟の意義は提訴リスクにあり
今年も株主総会のシーズンが近づいてまいりました。今年の総会関連の話題といえば、やはり機関投資家の議決権行使結果の個別開示でしょうね。そしてもうひとつ、最近の判例として話題になっているのがフジテレビの親会社であるフジ・メディアHDさんの株主総会決議取消訴訟の東京地裁判決(平成28年12月15日)だと思います。山口三尊さんのブログでも即日取り上げておられました。私も法律誌(資料版商事法務4月号)に掲載されている判決全文を読みました。いろいろと論点がありますが、以下では「ヤラセ質問」に対する裁判所の判断に触れてみたいと思います。
元従業員の方お二人が原告(株主)となり、平成26年度の定時株主総会で「ヤラセ質問」があったとして、会社を被告として同株主総会の役員選任決議の取消を求めていた訴訟です。(「ヤラセ質問」という文言は裁判所も判決文で使っているので、そのまま使用します)。同株主総会では、合計16名の株主が質問をしたそうですが、そのうち8名は同社社員であり、前日までのリハーサルと同じ質問をするよう、同社総務部長さんから指示をうけていたそうです。このヤラセ質問によって一般の株主の質問権が侵害され、著しく不公正な方法で総会決議がとられたとして、原告株主は同株主総会決議の取消しを求めています。
判決では、ヤラセ質問が
「従業員株主もまた株主であることを考慮したとしても、多数の一般株主を有する上場会社における適切な議事運営とは言い難いものというべきである」「現場で本件株主総会を統括する地位にある●●総務部長が上記のような依頼をすること自体、株主総会の議事運営の在り方として疑義がないとはいえない」
と、指摘しています。ただ、
ヤラセ質問に費やした時間と一般株主からの質問に費やした時間の比率からみると質問権侵害の程度がそれほど大きいとはいえない、一般株主の質問を誘引するため、といった目的もそれほど悪質なものではない、時間の経過とともに、一般株主からの質問も議題と関係ないことが多くなり、打ち切り直前に手を挙げていた株主も5名ほどになっていた
といったことから、議事運営に問題はあったとしても、決議を取り消さなければならないほど決議の方法が不公正とまではいえないとして、最終的には原告の請求を棄却しています。
この判決について、商事法務さんの解説では「裁判所からイエローカードを突き付けられた」株主総会だと評されていますが、控訴審ではどうなるのでしょうかね?16問中の8問のヤラセ質問はほとんどが質問時間の前半に集中しているのですが、この判決理由からみて、もし後半の一般株主からの質問がなかったとしたらどうなってしまったのでしょうかね(^^;;たとえばこの判決を教訓として、他社が一般株主の質問を誘引するために最初にどっとヤラセ質問を繰り出したところ、その後に一般株主からの質問がなかったとしたら・・・。うーーん、ゾッとします(笑)。どうもこの判決理由にはツッコミドコロがあるような気がします。
あと、争点とは関係がないので感想として申し上げますが、この●●総務部長さんは、裁判所の証人尋問で、一般株主が質問しやすい雰囲気を出すことと、株主による不規則発言に対応するために企画した、と証言しておられます(判決文より)。ただ、株主総会においては、社長(会社)には総会指揮権はなく、定款に従い総会議長だけに議事整理権、秩序維持権があります(会社法315条)。「議事運営」=「議事整理、秩序維持」ではありませんが、上記●●総務部長さんの証言内容からみると、どうも議事整理、秩序維持に関する企画としてヤラセ質問を検討されていたものと思われます。そして取締役である議長は、株主総会の議事を公正かつ円滑に指揮運営し、合理的な時間内に株主の総意を確定する職責を負い、そのために善管注意義務を尽くさなければなりません(新基本法コンメンタール「会社法2 第1版」49頁)。
そこで、従業員株主が一般株主の質問を誘引する、不規則発言を抑止するといった目的でヤラセ質問を行う(あらかじめ準備する)というのは、そもそも会社法上の権限を持たない会社(社長)が、議事整理権、秩序維持権の一部を従業員株主に委任したことにならないでしょうか?効果の面、つまり決議取消効からみた議事運営としては「イエロー」で済むかもしれませんが、役員の法的責任という効果からみた議事運営としては、どうなのかなぁ・・・という気がいたしました(いえ、もちろん個人的な意見にすぎません・・・)。
このように、法律家はどうしても「敗訴リスク」つまり、このような事件が裁判で争われますと、どういった行動があれば決議取消につながるのか、という点に関心を向けるのですが、私は会社にとってもっと大切なことがあると思います。それは「提訴リスク」つまり、どうしてヤラセ質問がバレちゃって裁判まで至ってしまったのか?という点です。良い悪いは別として、ヤラセ質問がバレなければ、今回ような裁判さえ起きていなかったわけで、また、この判決を読んで多くの上場会社の総会担当者が「ドキ!」っとする事態にもならなかったわけです。
すでに報じられているとおり、バレた理由はフジ・メディア社員による(原告株主に対する)内部告発だったわけです。ヤラセ質問企画を知っている社員からすれば「有給とって、指定された席に座って、先陣きって拍手したり、『異議な~し!!』とか声を上げるくらいなら我慢するけどさ、ヤラセ質問?俺が?これはヤリスギじゃないの??」といった意見をお持ちの方がいたということですね(疑問を抱いたのが依頼を受けた従業員株主だったのか、企画した側の総務部社員だったのかはわかりませんが・・・私もヤラセ質問はさすがにヤリスギだと思います)。2011年7月、私は(内部告発で発覚した)九州電力のやらせメール事件を最初にエントリーした際(九電やらせメール事件にみる組織力学とコンプライアンス)、同じことを申し上げましたが、内部告発に至る社員の気持ちがなかなか経営幹部には理解できないのかもしれません。
フジ・メディアHDさんは、平成27年の総会以降はヤラセ質問を一切廃止されたそうですが、そもそも一番考えないといけないのは、どうすれば内部告発者を社内から出さないような経営をするか、という点ではないでしょうか。つまり「敗訴リスク」を低減させることよりも、いかに「提訴リスク」を低減させるか、これが法務リスク・マネジメントを安くすませるための企業の知恵だと確信しています。
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