監査法人を悩ます新たなIESBA「違法行為への対応」指針
昨年10月ころから「先生、またこんな新しい指針ができるんですよ。どう対応したらよいものか・・・」と大手監査法人の幹部の方々からご相談を受けていたのがIESBA(国際会計士倫理基準審査会)の「違法行為への対応」という国際倫理規程の新設問題です。今年7月15日から倫理規程の適用開始(その後、倫理規程の改正を受けた国際監査基準の改訂)ということが決定しておりますが、あまり世間で話題にならないなぁと思っておりましたところ、ようやく最新の中央経済社「企業会計」2017年6月号に特集座談会記事が掲載されました。IESBAの前ボードメンバーでいらっしゃる加藤厚先生や国際会計に詳しい法律学者の弥永真生先生をはじめ、豪華なメンバーでの座談会です。
公益通報者保護法(および今後の法改正)への対応といった、私自身が関心の深い項目への議論もなされ、たいへん興味深く拝読させていただきました。ここで座談会の内容についてご紹介することは避けますが、これは「倫理規範」とはいえ、監査法人の方々は、またまた悩みの種がひとつ増えるのではないでしょうか。財務報告の信頼性に関わる違法行為だけでなく、たとえば労働基準法違反、性能偽装行為、燃費偽装行為、その他消費者の安全を害する違法行為を見つけたときには、これを報告しなければならないといった問題、報告すべきは違法行為だけでなく、その「おそれ」も含まれているという問題、さらには作為だけではなく、「見て見ぬふりをする」といった経営者らの不作為の違法についても対応しなければならない問題など、公認会計士、監査法人を悩ます多くの課題が浮かび上がります。
オリンパス事件をきっかけとして、平成25年に「不正リスク対応監査基準」が策定されましたが、そのときにも「この基準は確認的なものであり、新たな義務を会計士・監査法人に課すものではない。きちんと誠実に仕事をしている会計士は今まで通りやればよいのだ。やっていない会計士への警告的な意味合いが強いのだ」といった意見がたくさん出ていました。このたびの座談会のご議論を拝読していて、「なるほど、今回の『違法行為への対応』倫理規程についても、4年前と同じような議論がなされるのだろうな・・・」との予感がいたします。ただ、今回の国際倫理規程の新設、それに続く国際監査基準の改訂は、監査を担当する会計士だけでなく、一般の民間企業で勤務する企業内会計士の方々にも(国際基準の改訂を通じて)遵守が求められますので、そのあたりの解説はきちんとされる必要はありそうですね。
「企業会計」という雑誌が会計専門職、経理担当者を対象としたものである以上、会計士・監査法人の立場での対応だけが話題になっていますが、私はこの倫理基準は会計士向けではあるものの、市場関係者全体に強い要請が含まれていると考えています。このたびの東芝さんとPwCあらた監査法人さんとのやりとりをご覧になってもおわかりのとおり、投資家に有益な情報を提供して市場の健全性を確保するためには、財務報告のサプライチェーンに関与するすべての人たちが違法行為への対応について協働する必要があります。だからこそ、この倫理規程には何度も「公共の利益」なる文言が登場します。これは平成25年の不正リスク対応基準が策定したときに何度も解説されていたはずです。とりわけ監査の対象となる上場企業、(企業内会計士であれば)ご自身が財務報告の作成責任者や監督者となる上場企業において、ガバナンスや内部統制の健全化が図られていなければ、会計士・監査法人による違法行為への適切な対応など困難です。
東芝・PwCあらた(ひょっとしたら次の監査人?)問題を契機として、この守秘義務の解除問題ともかかわる新たな国際基準への関心が高まると思いますが、これは単なる監査法人だけの問題ではなく、財務報告のサプライチェーンに関与するすべての関係者の問題として捉える必要があります。なお、老婆心ながら本規程は会計監査以外のアドバイザリー業務を担当されている会計士の方々、企業内会計士の方々にも適用されますので、その適用開始日についてはご注意されたほうがよろしいのではないかと思います。
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