企業買収の成否はコーポレート・ガバナンスに依拠する(大杉論文を読んで)
東証ジャスダックのソレキア社をめぐって、上場会社オーナーのS氏と、富士通がTOBバトルを繰り広げておりましたが、すでにご承知のとおりTOB価格の引き上げ合戦、TOB期間の引き延ばし合戦の末、富士通が「これ以上の買収価格は無理・・・」としてソレキア社の100%子会社化を断念しました。マスコミでは「S氏の勝利!」と報じられておりますが、むしろ富士通の勇気ある撤退として、今後のM&A時における取締役の善管注意義務を考える上でも参考になる事象になったのではないかと思われます。
ところで、2007年の商事法務論文「監査役制度改造論」ご執筆以来、大杉謙一教授(中央大学)のご論稿はいつも楽しみにしておりますが、法律時報最新号(2017年6月号)に「法律時評-東芝問題を考える」なる同氏のご論稿が掲載されましたので、すぐに拝読いたしました。もちろん紙幅の関係上、東芝問題すべてに教授が触れているわけではございません。むしろ、論稿のターゲットが散漫にならないように、東芝事件の概要⇒東芝のガバナンスの問題点⇒M&Aの成否⇒まとめ、といった流れで構成されています。毎度ながらたいへん勉強になりますが、印象に残った点をひとつだけ書かせていただきます。
大杉教授がなぜ、上記のような流れでご論稿をお書きになったのか、単に関心テーマがガバナンスとM&Aだったのか。私だったら、東芝の会計不正問題を取り上げて、単純に「ガバナンスは形式ではなく、やはり実質だ」といった締めくくり方で終わっていたかもしれません。しかしガバナンスのお話が、東芝のM&Aのお話と「つながっている」のです。国内・海外を問わず、M&Aを成功させることはむずかしいが、なぜむずかしいのか、それは買収価格を決定するだけでなく、買収後のPMI(買収後の統合計画とその実行)こそむずかしいからである、と述べておられます(ここは本日の日経法務面でも同様の特集記事が掲載されていましたね)。
つまり、M&Aの成否を握るのは、価格決定もさることながら、PMIに従って、買収後のPDCAがきちんと回せるかという点が重要である、だからこそM&Aの成否は買収企業のガバナンスに大きく依存しているのだ、というご主張が示されています。これまでの「ガバナンスとM&A」の議論といえば(私が単純だからそうなるのかもしれませんが・・・)社外取締役がモニタリングの役割を果たして、買収対象企業の選定や買収価格をどう決めるか・・・という点が中心です。しかし、大杉論文では「撤退条件を含めて、長期間にわたる買収プロセスを、どのようにチェックしていくか」という点にガバナンスの役割を期待しています。
したがって、大杉教授は「PMIがしっかりとしている買収であれば、価格競争になったときに、高値掴みになりそうになれば買収合戦から撤退することも必要、とのこと。なるほど、つまりソレキア社の買収合戦においては、情緒的にはなんとかホワイトナイトとして貢献したい、といった富士通の意図はあったとしても、PMIがしっかりとしていたからこそ撤退ができた、ある意味では富士通のガバナンスの勝利であり、言い換えれば「勇気ある撤退」ではなく、富士通のガバナンスに起因する「当然の撤退」なのかもしれません。
もちろん、これまで述べたところは私なりの大杉論文の読み方にすぎないので、大杉教授の真意とは異なる可能性があります(ぜひ、ご興味のある方は法律時報をお読みください)。ただ、ガバナンスとM&Aの成否を関連させて、しかもPMIとの関係でガバナンスを考察するという視点は、私にとってとても新鮮であり、考えていて楽しいものでした。PDCAがしっかりできる会社、自信のある会社は、「多少のリスクがあっても早く意思決定できる」わけでして、そういった意味でも最近のガバナンスの議論にもピッタリのお話ではないかと思いました。
| 固定リンク
コメント
ソレキアに泣きつかれてTOBした富士通側としては、PBR0.8程度が払える限界だったという話に過ぎません。
当初の富士通によるTOB価格が安すぎたこと(純資産倍率0.5倍)、そして、安すぎるTOB価格の時点で賛同していたソレキア経営陣のガバナンス問題の方が、大きいはずです。言及する程に重要なガバナンス上の問題点はソレキア経営陣の側にしか存在しません。
富士通は、買う側ですから買収メリットのある価格以上を出せないのは当然ですし、合理的な経営判断をしたに過ぎません。当たり前のことをしただけなのに褒める必要はないでしょう。
そもそも、富士通はホワイトナイトと呼ぶほどの存在ではなく、ソロバン勘定をしっかり持って、既存株主に特別なプレミアムを払おうとしてたわけじゃないんですよ。
投稿: 傍観者 | 2017年6月 1日 (木) 11時51分