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2017年6月30日 (金)

創業家と対峙して株主総会で解任を阻止した「モノ言う監査役」

コーポレートガバナンス改革も4年目となり、今年の株主総会はいろいろと話題が多かったようですね。機関投資家の議決権個別開示の結果を見なければ総括はできませんが、とりあえず6月総会は本日でほぼ終了です。なかでも出光興産、大戸屋HD、タカタ、ロッテ、ユニバーサルエンターテイメント、大王製紙(サプライズ?)をはじめ、多くの上場企業で創業家株主の議決権行使が注目されました。ただ、そんな中で「創業家の乱」に「モノ言う監査役」が対決した証券コード5277さんの事例は、監査役制度に関心のある方には注目していただきたいところです。

5277さんの創業家株主の方(元取締役で現在は顧問に就任)が、なんと他の取締役ではなく監査役3名の解任に関する株主提案をしておられました(5月23日付け会社側リリースはこちらです)。この会社側リリースの添付書類には、なぜ株主が監査役を解任する提案をしたのか、その理由が記載されています(6月23日開催の定時株主総会の招集通知のほうにも記載されています)また、ヤフー掲示板情報によりますと、この株主の方は一般株主宛てに解任議案への賛同を勧誘する(規則との関係がありますので『推奨』でしょうか)書面も交付されていたようです。そして株主総会における議案賛否の結果については、6月28日付け臨時報告書(EDNETで閲覧可能)に公表されました。

株主提案の内容を精査しますと、取締役に問題行為があるにもかかわらず、これを阻止しないことや独立性に問題があり、監査役としての職務を執行することが期待できない、といったことが解任理由とされています。たとえば、同社取締役が、会社の財産状況を調査しようとしたところ、他の取締役から書類開示を拒否され、これを監査役に報告したところ、監査役は何もせずに放置したこと、監査役であるにも関わらず会社の業務執行を行ったこと等、かなり具体的に理由が述べられています。

そして、6月28日付けの同社臨時報告書によりますと、(会社側は反対意見を表明しているにもかかわらず)監査役3名解任議案については、賛成票が(3名とも)約48%にも上りました。監査役解任は特別決議(67%以上の賛成票が必要)ですから、ギリギリ・・・というわけではありませんが、かなり一般株主の「解任すべき」との賛成票が集まった可能性があります(分析してみる価値はありそうです-このあたりは同社監査役の皆様の名誉・信用にも関わりますので、株主構成等、詳細にご存じの方がいらっしゃったらご教示ください)。

現経営陣と創業家が対立している可能性が高いので、会社側は創業家株主の提案に反対意見を表明しているわけですが、反対の理由のほかに、監査役それぞれが「私への解任が正当でない理由」を詳細に述べておられるところが特徴的です。結果的にはこの「モノ言う監査役」の姿勢によって、創業家による解任提案を阻止したといえます。大株主の方も、かなり会社法に詳しい法律家の支援を受けておられるようですが、さて、法律に詳しい方も含めて、株主提案、そして監査役側の反対意見、いずれに賛同すべきか(ぜひとも検討してみてはいかがでしょうか)。けっこう「ドキ!」っとされる方もいらっしゃるかもしれませんね。たしかに解任理由については、かなり企業法務(裁判例を含めて)に精通していないと理解しにくい内容も含まれていますが、株主の方々がどう受けとめるか・・・、とても悩ましいところです。

なお、取締役選任議案への反対比率は10%未満です。きちんと分析しなければわかりませんが、創業家株主の保有比率は10%前後だとしますと、かなりの一般株主が監査役解任を支持した可能性があります。または、会社のガバナンスに対する問題を大株主さんが指摘したのであれば、ひょっとすると、一般株主だけでなく、機関投資家も解任議案に賛成したのかもしれません。このあたりこそ、議決権行使の個別開示が機能することになるのではないかと。

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2017年6月29日 (木)

タカタ のどこを批判するのか?ー私の素朴な疑問

(追記あり)

昨日は、私が社外取締役を務める会社の定時株主総会が開催されまして、株主の皆様より再任をご承認いただきました。「当社は役員60歳定年制を維持しているが、社長後継者をどのように選定しているのか、ガバナンス委員会の委員長である社外取締役の●●氏から説明してほしい」との株主からのご質問がありました(やはりガバナンスに関連するご質問は増えていますね)。新たに第一三共さんの元社長さんも社外取締役として選任されました。総会終了後は、ガバナンス・コードに従って、3時間半ほど取締役研修を受講いたしましたが、その内容がとてもおもしろいものでした(また別途エントリーでご紹介したいと思います)。

さて、タカタ社の民事再生法申請、株主総会の開催ということで、マスコミでは同社に対する厳しい論調の記事がたくさん掲載されています。私もコンプライアンス経営の実現を支援する立場として、なにかコメントを・・・と思っているのですが、情緒的な批判になってしまいそうで困惑しております。

私は2年半ほど前に、「エアバッグリコール問題-タカタ側の言い分を考える」なるエントリーを書きまして、タカタ社としての正論(と思われる主張)をいくつか掲載しました。しかし、この私の疑問に対して、この2年ほどの間、合理的な反論(もしくは反論になりそうな記事)に触れたことがありません。タカタ社の日本社員の方による内部通報や内部告発もまったく報じられていないのも、このあたりに原因があるのではないかと思います。私としては、このタカタ側に立った主張へ合理的な反論が見つからなければ、堂々とタカタ社を批判することができないのではないかと考えています。

今年になってタカタ社が欠陥を認めたとありますが、それは紛争終結に向けた和解的解決のためであり、エアバック事故の根本原因は未だ明らかにされていません。ぜひとも、反論になりそうなご意見があれば、コメントもしくは私へのメールにてご教示いただければ幸いです。

(追記)

ある方から、さっそくメールを頂戴しました(どうも、ありがとうございます!)

タカタがことし1月になって、虚偽の試験データで顧客を騙したとされる電信詐欺の罪状を認めた、ということはこの「合理的な反論」にはならないのでしょうか。米司法省の起訴状によれば、顧客に提供する検査データについて、都合の悪いものを取り除いたり改竄したりする行為について、タカタ社内では「XXする」という隠語を使っており、2005年2月に「XXするしか選択肢がない」と相談しあったり、同年4月に「XXして」と若い技術者に指示したりした、そうです。

タカタの幹部社員が故意にホンダやNHTSAを騙していたのだとすれば、申し開きができない、と思います。1月に司法省からこれが発表されて、タカタがそれを認めて以降、タカタをめぐる状況は一挙に変化した、というふうに私などは見ています。でも、タカタはこれについて説明しようとしません。

そういえば今年1月に、米国でタカタ社の幹部社員ら3名が刑事訴追を受けた、とする報道がありましたね。欠陥があるにもかかわらず取引先や政府当局に虚偽の試験データを提出した、とされる件です。トヨタやVWの事件でも、情報開示が適切でなかったとしてペナルティを受けていましたが、そのような「虚偽申告」への批判という意味であれば糾弾されることは納得がいきます。またこのたびの会長さんの説明不足が批判される点も納得いたします。ただ、そこから組織風土の問題や創業家が60%の株を保有していて「モノが言える雰囲気ではなかった」といった最近の報道とが結び付くのかどうかは、ちょっと私自身もよくわからないのです。

タカタの場合はエアバックに欠陥があったことを知っていて、組織ぐるみでこれを10年以上も隠していた、ということに結び付くのでしょうか。もしそうだとすると、その「欠陥」の中身はどのようなものだったのでしょうか。それともごく一部の幹部社員による独断の虚偽申告だったのでしょうか。また、欠陥というのはタカタ社が制御可能なものだったのでしょうか。制御不能な不具合だから「助けて」と声を上げる必要があった、ということでしょうか。

それともミスがなくても「危険なもので利益を上げている企業は、原因は不明のままでも損害賠償の責めを負うべき」という考え方(危険責任法理)を、日本の企業もとらねばならない、という結論になるのでしょうか。さらに、情報を適切に開示していれば、このたびの経営破たんを防ぐことができたのか(できるとすれば、その処方せんはどのようなものか)。いったいどのあたりが「悪質」とされるのか、もうひとつよく整理できないところがあります。そのあたりのご意見がありましたら、ぜひともお聞かせくださいませ<m(__)m>

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2017年6月28日 (水)

取締役会の経営判断プロセスを刻銘に記載した監査役会報告書

本日もJリーグ運営組織の経営トップに近い方がパワハラで辞任されたという記事が出ていました。国内外を問わず、経営トップや政治家がパワハラで一発アウトとなる時代になりましたね。先日、ある講演で「どんなに仕事ができる方でも、パワハラで一発退場になる時代になりました」とお話したら、ある大きな派遣会社の女性役員の方から「その言い方はパワハラを許容している人の典型的な表現ですね。パワハラをする人は、それだけで『仕事ができない』ということです」と指摘されました。

さて、本日は会社側上程議案(監査役への退職慰労金支給議案)が否決された件、基準日をずらして総会開催日を7月以降にずらす定款変更決議がなされた件等もありまして(?)、またしても株主総会関連のお話です。

コメント欄にて「金融関係」さんから教えていただきましたが、アークン社(マザーズ上場)の監査役会報告書がなかなか素晴らしい(?)内容なので、タカタ社の話題に関するエントリーを用意していたのですがこちらに変更。昨年5月に同社からリリースされた「平成 29 年3月期通期業績予想値と実績との差異及び特別損失の計上に関するお知らせ 」記載のとおり、同社が引受けた社債の実質価額が著しく低下したため、減損処理を行い、同社は約2億円の投資有価証券評価損を計上しました。そして、社債引き受けを決定した経営判断に問題がなかったのか、監査役会が監査報告においてコメントしています。以下、監査役会報告書より引用-

なお、事業報告に記載のPPC社発行の転換社債2億円を引き受け、今期中に特別損失となった件については、平成28年12月の臨時取締役会で転換社債の購入議案が上程された時に監査役会として準備、調査不足を理由に議決に反対の意思を表明しました。しかしながら、当社として低迷する営業成績を回復させるために中長期的な新しい事業の柱を模索していること、多少のリスクを取らなければ現状を打開できないこと、またPPC社に取締役を派遣し資金決済もチェックするなど統制を効かせることで当社のリスクを低減させるという取締役会の判断に一定の理解を示すこととしました。-引用終わり

監査役の方々が、ここまで踏み込んで監査意見を書くというのも珍しいですね。取締役会としては「イチかバチかの勝負に出た」というのではなく、一応リスク管理をしたうえでの判断だったということの弁明でしょうか。しかし監査役会は、準備や調査が不足しているから反対の意思を表明した、と述べておられます(ちなみに同社にはおひとり、社外取締役さんがいらっしゃいます。常勤監査役の方は「システム監査や金融庁検査などの被検査部門の責任者として対応した経験を有する。システム管理、システム監査、内部統制などについて知見がある」方だそうです)。とりあえず取締役の方々には重大な善管注意義務違反はなく適法と判断した、監査役の意見が無視されたとしても問題はない、ということかと。それとも、これは「モノ言う監査役」としての抵抗の姿勢なのでしょうか(そうとれるようにも思えます・・・)。

経営判断の法的判断は読者の皆様におまかせするとして、いずれにしましましても「攻めのガバナンス」の時代、このようなたいへん透明性のある監査役会報告書には、とても興味がございます。

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2017年6月26日 (月)

敗軍の弁護士、急増する監査等委員会設置会社を語る

いよいよ日本でも監査報告の長文化が実現するようですね(監査基準の改正作業が始まるそうです)。情報開示や「株主との対話」における会計監査人の責任が重大となるだけでなく、連携を図るべき監査役や監査委員の方々の役割にも光があたることになります。

さて、すでにご承知の方も多いかもしれませんが、6月24日の日経夕刊一面に「監査等委員会設置会社、3割増-企業統治を強化、社外取締役確保」と題する記事が掲載されていました。監査役という制度が海外からわかりにくいこと、監査を担当する社外取締役を増やすべきとの投資家の要望が強いことから、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社に移行した(移行予定を表明した)会社が800社程度に上ったと解説されています。

平成26年改正会社法が施行された頃から、私は「監査等委員会設置会社への移行なんて、役員の責任が怖くて、とても500社なんて増えないですよ(笑)。まぁ、移行にあたって監査委員の社外取締役の報酬を(社外監査役と比べて)2倍くらいにしてくれたら増えるかもしれませんけどね(笑)」と(いろんなところで)話まくっておりました。その間、東京の大手法律事務所の先生方は「けっこう、監査等委員会設置会社は使い勝手が良いのではないか。おそらく700~800社程度は移行するものと思われる」と予想を立てておられました。そして結果として、私の予想は当たらず、東京の先生方の予想がズバリ的中ということになりました。とりあえず、私なりの敗因を以下のように分析してみました。

ひとつは、なんといってもコーポレートガバナンス・コードへの上場会社の実施率が極めて高いという点です。とりわけ複数の社外取締役を選任すべき、との原則を多くの上場会社が遵守することになり、結果として社外監査役さんが「横滑り」によって社外取締役さんに就任されることが急増しました。ただ、これは担当役員さんの一存で決定できるものではなく、社長さん自身が決定したものと思われますので、ガバナンス改革への上場会社の本気度を高めるという意味ではかなり効果があったものと評価できます。

ふたつめは、これはかなり私の「負け犬の遠吠え」的な言い訳になりますが、議決権行使助言会社が「監査等委員会設置会社では、社外取締役を4名以上選任しなければ、取締役の選任議案について反対を推奨する」といった方針を先送り(様子見)したことが大きいと思います。たしかISSさんは、日本法人代表の方が、このあたりを旬刊商事法務の論文でも説明されていたようです。社外取締役4名以上もしくは取締役会構成員の3分の1以上という条件を方針として決定していれば、移行を検討していた上場会社さんも断念されていたのではないかと思います。

そして最後が「攻めのガバナンス」というガバナンス改革の流れです。成長戦略を推進するためのガバナンス改革ということで、監査等委員会設置会社のメリットとされる迅速な意思決定、モニタリングモデルの推進(執行と監督の分離)という点だけが強調され、デメリットである監査機能の衰退の懸念という点がほとんど語られてこなかった点です。日本監査役協会のアンケートでも、「監査等委員会の意見によって取締役会の意見が変更されたことはあるか」「株主総会において、取締役の選任議案や報酬議案について、監査等委員が(株主から)質問を受けたことがあるか」との質問に対して、「はい」との回答は0または1でした。リスク管理の面で、監査等委員会の適切な運用がなされている形跡はほとんど見受けられないといえます。

以上のとおり、私の読みが甘かったといえばそれまでですが、ただ「監査等委員会設置会社の不正リスクへの脆弱さ」という点では、3年前と今とでは全く意見は変わっておりません、といいますか(相談案件などを通じて)ますます確信を強めております。ガバナンス構築に熱心な企業が増えることによって1000社を超える上場企業が監査等委員会設置会社に移行するのであれば、それは好ましい傾向だと思います。ただ、そうであるならば、監査等委員会設置会社に移行した800社のうちの80社程度はすでに指名委員会等設置会社に移行しているはずです。しかし、800社のうちの1社も指名委員会等設置会社へ移行する企業がないということは、やはり「ガバナンスは実質よりも形式」という企業が多数を占めていることの証左ではないか・・・と思うところです。

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2017年6月23日 (金)

リコー役員賞与議案の賛成比率にみる報酬ガバナンスへの教訓

出ましたね。「東芝の遺言」(日経ビジネス来週号)。とくにパート2はまた、いろいろと話題になるものと思いますが、また来週コメントさせていただきます。

リコーさんが6月22日に関東財務局に提出した臨時報告書によりますと、16日に開催した同社定時株主総会で、取締役の賞与支給に関する議案の賛成比率が51.94%、かろうじて承認可決されたようです。昨年の同議案は87%の賛成比率だったそうですから、日経新聞の分析では「業績不振に対する株主の不満が低い賛成比率につながったとみられる」とのこと。7名の取締役で合計3800万円ということですが、私的にはかなり衝撃的な出来事です。

もちろん、役員賞与も(平成17年改正会社法以降)「報酬」ですから、すでに株主総会によって「報酬枠」「役員賞与枠」について承認をもらっている範囲内であれば、とくに株主総会議案として上程する法的義務はありません。したがって、役員賞与議案を上程するかどうかは個々の会社の判断によります。しかし、リコーさんの議案賛成比率をみますと、いくら日本企業の役員報酬が(海外諸国と比べて)低いといっても、業績との関係において株主の関心が高い傾向にあることがうかがわれます。

このリコーさんの株主総会決議の教訓として、①インセンティブ報酬を拡大すること、②取締役会、または独立社外取締役による役員報酬への監督機能を高めること、のいずれか、もしくは両方の検討が必要だといえそうです。いずれもコーポレートガバナンス・コードによる要請事項ですが、やはり取締役会による監督機能、社外役員による監督機能の強化が喫緊の課題ではないでしょうか。役員報酬の決定に関する実務は、ガバナンス・コードの理想とは大きくかい離しているのが現実だと思います。(社長さんではなく)一部の担当役員さんが、コンサルタント会社と相談しながらインセンティブ報酬制度を設計して導入する・・・ということは、なんとか実現可能だとしても、「取締役全員で、社長を含めた個々の取締役の具体的な報酬額を決める」という実務を運用することには(社長さん自身の関与が不可欠なので)かなり抵抗があるはずです。

個々の取締役の具体的な報酬金額は、株主総会において「取締役会に一任する」という承認をとりつけ、さらに取締役会では「社長に一任する」(再一任)といった承認をとりつける方法が適法なものとして実務慣行になっているようです。しかし、最近は「たとえ報酬枠の範囲であったとしても、『社長一任』による報酬額決定方法は、取締役間の利益相反状況にあることから、取締役会の監督職務を阻害するものとして違法」との見解も有力に出されています。ましてや、経営トップの指名と報酬決定は「取締役会改革」の目玉とされており、投資家の関心の高いところです。独立社外取締役の「報酬決定過程への関与」も含め、取締役会や指名・報酬委員会が、報酬決定過程にどのように関与しているのか、その具体的な方針を開示する必要性は高いものと思います。

このたびのリコーさんの賛成比率をみて、報酬決定過程をできるだけ透明にするのか、それとも批判が出ないようにできるだけ見えないようにするのか、各社の対応は分かれるかもしれません。いくら中長期の価値向上を目指す「業績連動型報酬制度」を設計したとしても、短期的な業績に連動する部分も含んでいるわけですから、ここは大きな「取締役会改革」が断行されるかどうかの試金石になりそうですね。

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2017年6月22日 (木)

企業による学術・文化への貢献寄付と取締役の善管注意義務

日経ビジネスの来週号では富士フイルムさんの子会社会計不正事件の続報が詳細に報じられています(有料会員のみ事前閲覧可能)。社債発行との関係で「有価証券虚偽記載」の疑惑があることやキヤノンさんとの東芝メディカル争奪戦との関係など、(真実かどうかはわかりませんが)野次馬的には興味をそそられる内容です。-以下、本題です。

6月19日の日経朝刊(関西地域版)に、「万博誘致活動が本格化」という特集記事が掲載されています。経済団体が大阪への万博誘致に積極的ですが、いざ「資金ねん出」となりますと、個々の企業が前向きではないために、なかなか困難な状況に陥っているそうです。大阪の大手企業経営者の方は「自社に明確なリターンがあることを株主に説明できなければ、巨額の寄付はむずかしい」とのこと。関経連会長さんも「ほとんどの企業が(資金拠出に)ノーと言っている」と回答されています。

たしかに「巨額」の寄付はむずかしいとしても、会社法上の法的責任という視点からいえば、会社の規模、経営実績、相手方等を考慮して「応分の金額」のものであるならば、「明確なリターン」など気にせずとも取締役の善管注意義務違反になることはないと思います(たとえば江頭憲治郎「株式会社法 第6版」23~24頁参照)。たしかに「モノ言う投資家」の力が強くなったことは事実ですが、企業が地域の活性化や学術研究の向上を目的とした事業に資金支援をすることは、たとえ個々の会社のリターンに直接的に結びつかなくても問題はない(役員の法的責任は発生しない)と考えています。

むしろ、万博誘致については、なんらかの別の理由があって「見返りのない社会貢献では株主への説明がつかない」といった言い訳が活用されているのかもしれません。大阪本社の大企業でも、実質的な本社機能は東京に移転してしまったところが多いので、いまひとつ企業側でも「盛り上がりに欠ける」のかもしれません。

逆に、「なんでこんなに社会貢献に積極的なの?」と不思議に思えるのが上場会社による非営利団体(学術・研究を目的とした非営利の一般財団法人)への自己株式の拠出ですね。時価3000円程度の自己株を(自ら設置した)学術・研究財団に1株1円で譲渡して、その配当原資を財団運営費用に充当するというもので、これも実質的には社会貢献寄付に該当します。財団の保有する株式は無議決権化するのかと思いきや、議決権は(信託されているものの)存在します。「巧妙な経営陣の保身手段ではないか」とマスコミ報道もされていますが、ここのところ多くの上場会社で活用されていますね。株式の希薄化を招かないように、会社資金によって自己株式を市場から取得して、これを第三者割当によって有利発行するわけですが、企業は「業界の技術水準を高めることへの貢献であり適法です」とのこと。

私からみれば、こちらは「社会貢献寄付」にしてはずいぶんと寄付金額は高額ではないかな・・・と思うのですが、絶対に企業は「いやいや、社会貢献です!!」とおっしゃる。しかし財団が保有する議決権の割合は、「経営者の保身」に影響が及ぶほど多くはないのでして、実はこちらも企業に「それなりの」ホンネのおいしい理由があるようです(また、そのあたりは別のエントリーで書きたいと思います)。

ということで、「企業のCSR活動と取締役の法的責任論」というものは、どうも会社にとって都合の良いように活用されている気がしているのは私だけでしょうか。先日のエントリーで「会社法など、ごくごく一部の人たちのマニアックな話題にすぎない」と自戒しております、と書きましたが、このような局面をみても「一般の方々は、それほど会社法への関心は高くないから、会社は『やり放題』だろうなあ・・・」と感じるところです。私のような場末の弁護士には「法化社会」など論じる資格も能力もありませんが、このような論点こそ、(会社と機関投資家が「呉越同舟」ということでないかぎり)会社と株主との建設的な対話によって会社の真意が明らかにされるべきだと思います。

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2017年6月21日 (水)

株主総会における回答とインサイダー取引規制

ここのところ株主総会関連の話題ばかりで恐縮です。経営再建中の某電機メーカーさんの定時株主総会(及び普通株主による種類株主総会)が本日(6月20日)に開催されました。その株主総会の実況中継(日経ビジネスさん)の内容をみますと、議長さんが「(現在は東証2部だが)東証1部への登録換えの申請を検討している」ではなく「6月29日か30日に申請します」とおっしゃったそうです。これを受けて当該会社の株価が高騰し、前日比7%の値上がり。

すでに掲示板等では話題になっていますが、これはインサイダー規制上問題はないのでしょうか(以下は私個人の判断・参考意見にすぎませんので、株式取引にあたっては皆様の懇意にされている法律家のご意見をお聴きくださるようお願いいたします)。

社長さんの株主総会における説明(質問への回答)は、インサイダー規制における「公表」には該当しないので、もし「東証1部への登録換え申請の決定」が「重要事実」だとすれば、当日、これを会場で聞いた株主の皆様は「情報受領者」に該当し、株式の売買ができない(禁止される)状況に置かれてしまいます。ちなみに登録換えは取締役会決定事項だとしても、社長さんの判断は単なる「つぶやき」ではなく、「決定(に準じるもの)」とみなされるでしょう。

登録換え申請に関する会社の意思決定は、金商法で具体的に規定されている「重要事実」(決定事実、発生事実、業績予想修正事実)には該当しません。「決定事実」の類型中に「上場廃止申請」が含まれていますので、その反対解釈としてそれ以外の上場申請については重要事実には該当しない、といった考え方もあるかもしれません。しかし、過去の最高裁判決は、重要事実に列記されていないとしても、安易な反対解釈は許されず、これに準じるような投資家の投資判断に重要な影響を及ぼし得る事実についても「重要事実」に該当しうるとの立場をとっているようです。したがって包括禁止条項(バスケット条項)の適用ということが検討されるところです。

結局は個別事案ごとに判断されると思いますが、株主総会に実際に出席していた株主さんと、総会終了後のマスコミ報道で「東証1部への登録換え申請の事実」を知った株主さんとで、どれほどの不公平感があるでしょうか。そこに看過できないほどの不公平感があるとすれば、インサイダー規制が問題となる場面であったといえるかもしれません。いずれにしましても、昔から株主総会での会社側説明の場面では、インサイダー情報を公表することのないよう細心の注意が必要と言われています。総会直後に株価が乱高下するという事態になりますと、株主の皆様にご迷惑をおかけすることになりますので、総会を運営される側においてはあらためてご留意ください。

もし、株主総会前に、説明が困難な重要事実があるならば、速やかに適時開示するほうが妥当かもしれません。本日の東京都知事の緊急会見を受けて、築地魚市場さん(東証2部)は、さっそく今後の経営方針をリリースされていますね(野次馬的な感想ですが、東京都知事の豊洲・築地移転問題の基本方針は、社外取締役的に判断すれば、うーーーん・・・・・笑)

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2017年6月20日 (火)

相談役・顧問制度に関する株主質問への回答例-武田薬品に学ぶ

株主総会リハーサルのシーズンですね。今夜、いろんな上場会社の社外取締役さんが集まる会食に参加しましたが、「今年の株主総会のブームってなんだろう?」という話になりました。ガバナンス・コード、議決権行使結果の個別開示、お土産廃止、社外取締役への直接質問、そしてマニアックなところでは財団への自己株式の拠出(1円譲渡を取締役会に一任?)といった項目が出ましたが、多くの方が挙げていたのが「相談役・顧問制度への質問」。

総会を仕切る総務部門の皆様にとっては、「なにをいまさら」かもしれませんが、たしかに相談役・顧問制度について株主から質問が出てもおかしくない状況ですね。想定問答集にも模範回答が掲載されているのかもしれませんが、ひとつのモデルとしては武田薬品工業さんのHPに掲載されている「第141回定時株主総会に関連する事項について」と題する一枚の書面がとても参考になるのではないかと。

武田薬品工業さんは6月28日に定時株主総会を開く予定ですが、株主15人による株主提案が議案になっています。その株主提案の中身は、「元最高責任者の相談役や顧問(就任)は経営面で強い影響力を持つ」として、相談役らの原則廃止を定款に盛り込むことを要望する、というものです(議決権行使助言会社も、株主提案への賛成を推奨されています)。上記書面は、その株主提案に対する会社側の回答、という位置づけです。

もちろん定款変更に関する株主提案、事前の書面による株主質問、総会における一般質問など、それぞれの形式への対応は異なるものだと思います。しかし、「当社の相談役制度を廃止せよ、とまでは言わないが、内容を開示せよ」といった風潮が強まる中で、どのような内容を開示すれば説明責任を尽くしたといえるのか、いろいろと迷うところもあると思います。上記武田薬品さんの書面では、そのあたりが過不足なく説明されているのではないでしょうか。ただ、本当は「その相談役さんは専用の個室があるのか、個室は経営陣と同じフロアにあるのか」といったことも質問される可能性はあるかもしれません(この点は、私の過去の経験からいうと、相談役の方が結構こだわるのです)。

なお、相談役制度は廃止しても「社友」なる名称で実質的には相談役待遇を残したり、また「最高顧問」なる名称を対外的に使用することを許容する会社もありますので、相談役という名称よりも、元経営者がどのように接遇されているのか、その実質を株主側としては質問したほうが良いかもしれませんね。東芝さんの例で代表されるように、相談役制度は「院政を敷く」ことが問題視されていますが、中間幹部の方々が、企業倫理・企業文化を尊重するという意味において「求心力を維持する」ことへの相談役制度の効用も、もちろん大きなものがあります(社長解任事件では、この求心力をよく活用させていただきました)。このあたりは、海外の機関投資家の皆様に説明することはむづかしいところですね。

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2017年6月19日 (月)

会社法改正審議と中小会社への改正法適用問題について

4月から始まった法制審議会会社法制部会の審議につきまして、先週末、第1回会議の議事録が公開されました。第1回は審議事項に関する論点の頭出し、各団体からの改正要望などが中心ですが、学者委員の方々の個別意見なども垣間見えて勉強になりますね(ちなみに日弁連提案も、第3回会議には提出されるものと思います)。

個別意見の中で、個人的にとても重要だなぁと思いましたのは、上智大学の松井智予先生、京都大学(大学院)の斎藤真紀先生(いずれも幹事)のご意見。このたびの会社法改正は、政府のガバナンス改革をバックアップする形で進むはずで、上場会社や非上場の大企業のガバナンスにはそれなりの影響が及ぶものと予想しています。しかし、そういった大企業向けの法改正が、中小企業にとってどのような影響が及ぶのか、中小企業にも適用を強制することがそもそも適切なのか、そのあたりもきちんと議論すべき、とのご意見を述べておられます。

たしかに委員の方々の御意見は、(改正審議の趣旨を忖度すればそうなるのでしょうが)大企業における企業統治のあり方を念頭に置いたものがほとんどを占めています。しかし、従業員がほとんどいないような家族経営の会社、大企業を実質的に支配する創業家の資産管理会社、大企業のグループ会社(M&A、分社化、等いろいろ)、他の大企業と株式を共同保有するJVなど、会社法の改正によって、それらの中小会社にどのような影響が及ぶのか、これは実務家にとっては興味のあるところです。

大塚家具さんや出光興産さんのように、資産管理会社のガバナンスの在り方が、上場会社の支配権を決定してしまうケースもありますし、松井(智予)先生が懸念されているように、上場会社向けのシステムを小規模会社が活用することで、少数株主を株式会社の経営から排除してしまう(会社経営の実態を見えなくしてしまう)ような「会社法の合法的悪用(濫用?)」も可能になります。また「働き方改革」は中小企業にも待ったなしで適用される時代であるにもかかわらず、人的資源に乏しい中小企業に、大企業と同等の会社法上のデュープロセスを要求することはとてもできないでしょう。

企業法務に関わる者としていつも自戒しているところですが、「100年ぶりの民法大改正!!」といっても、実際にはごくごく一部の人たちだけが関心を寄せているのが現状です。ましてや会社法改正というものは、さらにごくごく一部のマニアックな人たちの話題にすぎません(残念ながら「法化社会」という視点からいえばこれが現実かと)。中小企業の経営者の方々、少数株主の方々に、会社法改正の趣旨を伝えていかなければ、最高裁上告件数の半分が本人訴訟という現実、そしてそこに由来する最高裁の法形成機能の低下を是正することはむずかしいのではないかと。

その現実を踏まえたうえでの話として、(日本の株式会社の)わずか0.3%にしかすぎない会社法上の大会社(上場会社を含む)だけを念頭に置き、99.7%を占める中小会社への影響を考えないような会社法改正はありえないと思います。とくに最近は「裁判所におけるめんどうな実質判断を増やす方向での改正」には難色を示す最高裁の姿勢をみると、「誠実に経営をしているにもかかわらず、法律に無知だったために支配権を失ってしまった」といった中小会社関係者が増えることを危惧します。

上記第1回会議の議事録において、斎藤幹事が「法改正を必要とする(強制する)のであれば、これを受け入れる社会インフラの整備にまで目を向けるべき」とのご意見は、まことに正鵠を得ているものと思います。会社法の国策支援機能も大事ではありますが、やはり基本は会社関係者の利害調整機能なので、そのあたりを学者委員(幹事)の方々にぜひ頑張っていただきたいと思うところです。

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2017年6月15日 (木)

コーポレート・ガバナンスは最低限のリスク管理の手段である

一昨日のエントリーはココログブログ記事ランキング12位(6月14日過去最高)となりまして、たいへん多くの方にお読みいただきました。企業不祥事への関心の高さをあらためて認識いたしました。

さて、今週号の日経ヴェリタスは、時節柄「株主総会特集」が組まれていまして、「パッシブ運用の機関投資家も株主と積極的に対話を行う」とするアセットマネジメントoneの社長さんの記事が印象的でした。しかし、ガバナンスに関心を持つ者として、もっとも興味深かったのが議決権行使助言会社ISSの石田氏(日本法人代表)の小稿(インタビュー記事?)です。金融庁の有識者会議でも議決権行使助言会社の役割が審議の対象とされていますが、日本企業のガバナンス改革に、もっとも責任と影響力を持つ方の発言はたいへん重い。以下要旨をご紹介しますと、

日本企業のガバナンス改革は、CGコードの導入によってめざましい変化を遂げている。しかし、海外と比べると周回遅れだ。役員の女性比率も低いし、社外取締役の人数も少ない。最近よく「攻めのガバナンス」という言葉を耳にするが、疑問を感じる。企業が能動的にガバナンス改革を進めたからといって、すぐに業績が好転するわけではない。あくまでも、最低限度のリスク管理の手段のひとつと捉えるべきだ。(以下、役員報酬制度、相談役・顧問制度への考え方など詳細に語られていますが省略)

この特集記事の中でも「ガバナンス・コード3年目、社外取締役の実効性に課題がある」とされていますが、そもそも社外取締役さんが何らかの役割を果たしているとしても、その効果を実感できるのは、その社外取締役さんが退任して何年も経過してから、ということだと思うのです(そもそも社外取締役を導入する目的が中長期の企業価値の向上を目指している、ということであれば当然かと)。導入後2,3年で「社外取締役が導入されて、当社はこんなに変わった」というのは信用性に乏しい発言のような気がします。「攻めのガバナンスは疑問だ」とISSの代表者の方が発言されることには大きな意味があると思います。

また、「ガバナンスは最低限のリスク管理の手段である」と言い切る点には共感を覚えます。石田氏は相談役・顧問制度については厳しい意見をお持ちですが、ここまで言い切ることが前提であれば納得できるところかと思います(なお、私は、相談役・顧問制度にもそれなりの長所がある、もし短所が長所を上回るようなことがあれば、それこそ社外取締役が廃止を訴えるべきであると考えています)。「監査等委員会設置会社への移行には懐疑的だが、今しばらく様子をみてみよう」との気持ちで、監査等委員会設置会社への4名以上の社外取締役導入推奨をペンディングにされたあたりの感覚も納得できます。

スチュワードシップ・コードが改訂され、機関投資家の議決権行使結果の個別開示が進む中で、ますます議決権行使助言会社の発言の影響力は高まるわけですが、誰かが「王様は裸だ」と叫ばなければならない時期に来ていると思います(先日ご紹介した関経連の提言も、そのひとつだと認識しています)。海外から投資資金を呼び込むための政府施策に企業が協力すべき、ということは理解できるのですが、ガバナンスのベストプラクティスは「コード」へのコンプライではなく、個々の企業が(置かれた経営環境の中で)独自に考えるべきものです。「ガバナンスは最低限度のリスク管理の手段のひとつにすぎない」と割り切ることによって、ようやくガバナンスに関する話題が株主との建設的な対話の俎上に上ることになるものと考えます。

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2017年6月13日 (火)

富士ゼロックスはいつか東芝みたいになって、みんな辞職ね(笑)

(6月13日午前 追記)

富士フイルムHDさんは、本日(6月12日)、子会社である富士ゼロックス社(以下「ゼロックス社」といいます)の海外販売会社等で発生した不適切会計事件に関する第三者委員会報告書を公表しました。公表を急いだからでしょうか、伏字が不十分で、会社関係者の個人名がそのまま残っている箇所もありますが、あまり気にせず全文を拝読させていただきました(追記:「差し替え版」に変更されたようです)。フォレンジックによって明らかにされた事実には、海外M&Aに勤しむ日本企業にとって教訓となることがとても多く含まれており、たいへん感銘を受けました。

ゼロックス社副社長さんの暗躍(?)が衝撃的・・・という意味では、5年ほど前の沖電気さんの海外子会社不正を想起させます。コンプライアンス経営にご関心のある方は、ぜひとも「要約版」ではなく、報告書全文をお読みになることをお勧めいたします。ちなみに、タイトルは私の感想ではなく、本報告書に出てくるゼロックス社(アジア統括会社)の内部監査部員の間で交わされたチャットの内容(和訳)です(全文版112頁 なお、和訳文では「(笑)」となっていますが、私は「(泣)」が正しい和訳ではないかとひそかに思っております)。海外社員が、日本本社のことをこのように嘆いていることが本事件のすべてを物語っています。しかし「監査法人からお墨付きもらってるんだから、何か文句あるのか!?」というフレーズは、経営者がからむ会計不正事件では毎回登場しますね(笑)。

当ブログで本報告書のすべてをご紹介することは到底不可能なので、私の視点で少しだけコメントさせていただきます。これまでの報道では、2015年7月に「内部通報」によってゼロックス社が海外販社の会計不正を知ることになったと報じられていましたが、これは「内部通報」ではなく「内部告発」でした。正確には同年5月に、まずオーストラリア販社の会計不正に関する匿名通報がゼロックス社株の25%を保有する英国企業に届き、その後、7月にニュージーランド販社の不正について、ゼロックス社の副社長個人と、先の英国企業に通報が届いたそうです(後者は仮名を用いた匿名通報)。副社長は、英国企業からの要請があったために「しぶしぶ」これらの通報内容を調査することになりましたが、調査を担当したアジア統括会社の内部監査部が「通報内容は真実」と確信するに至りました(そこでタイトルのような嘆きが監査部員から出てきます)。

しかし、ゼロックス社副社長、専務らが「通報内容は事実ではなかった」として隠ぺいを図るため、今度はニュージーランドの新聞社に告発がなされます(ここは報告書では明確にされていませんが、この新聞社の報道の中で「元社員の証言によると」と出てきますので、おそらく同じ方による内部告発があったものと推測されます)。私は以前のエントリーで「内部通報がもみ消されたので監査法人に告発がされたのでは?」と書きましたが、現地新聞社のスクープに監査法人が反応して調査が開始された、というのが事実のようです。いずれにしても、このたびの富士フイルムHDさんの会計不正事件も、やはり内部通報、内部告発が端緒だったわけでして、第三者委員会も、原因究明、再発防止策の中で、(グループ内部統制の機能不全とともに)内部通報制度の不備・改善についても詳細に検証しています。

このたびの会計不正を受けた社内人事で、会長、副社長、専務さん達は「退任」されますが、社長さんはそのまま残ることになりました。ではなぜ社長さんは更迭されずに残るのか?その理由は本報告書(全文版)をお読みになると明らかになります(たとえば全文版135~136頁)。監査の重要性を説き、早期に不正の根を摘もうとされた社長さんと、「監査など業務執行のジャマ者」としかみておられなかった副社長さんとの対立がとても好対照です。不正に迫ろうとして、副社長さんにいじめられてションボリしている経営監査部員(社長直轄の3名)に対して、社長さんの激励の言葉はなかなか感動モノです(こんな社長さんが日本にたくさんいればいいなぁと。。。)。おふたりとも代表権を持ち、ゼロックス社プロパーである点では同じですが、副社長さんのほうが8年ほど社長さんよりも年次が上、という点が、この対立に大きな影響を及ぼしているのではないでしょうか。

ところでニュージーランド捜査当局も立件に向けて動いていたのですから(最終的にはクロとはならずに終了しますが)、富士フイルムHD、富士ゼロックス社の監査役の方々の活躍を期待しながら読み進めていましたが、残念ながら監査役さんの活躍はどこにも出てきませんでした。報告書は「監査役機能の不全」とバッサリ断言しています。ゼロックス社の監査役の方々は、前任監査法人からも、かなり情報を入手していたのではないかと思われますが、そのあたり、なんとか行動できなかったのかと、やや疑問が残ります。また、ゼロックス社のアジア統括会社の内部監査部門が2009年に社内ルール違反の契約形態の是正を要請したにもかかわらず、営業部門からは無視されてしまいます。是正ができていれば今回のような不正は未然に防止できたわけですから、やはり内部監査の重要性(海外ではリスペクトされているようですが)を日本企業がどれだけ理解できるか、という点も大きな教訓です。

親会社である富士フイルムさんは、今後「ゼロックス社を徹底教育する」と謝罪会見で述べておられますが、本当にできるのでしょうか?富士フイルムさんと言えば、新規事業によって脱皮を図った優良企業というイメージが強いのですが、最近のグループにおける連結売上比率でいえば新規事業(医療、素材、化粧品)は38%、コピー機の販売・サプライ用品が48%です。つまりフイルムさんが研究開発や海外M&Aに打って出るキャッシュリッチな状況は、ゼロックス社が地味な営業活動によってHDの屋台骨を支えているからと言えるのではないでしょうか。富士フイルム社監査部からの要請に対して、ゼロックス社副社長さんが「ゼロックスは独立した会社だ!俺がそう言っているとHDに伝えろ!」と声を荒げるシーンが出てきますが、それがゼロックス社5万人の社員の方々のホンネかもしれません。

また、会計不正を発生させた海外販社は、いずれも元々ゼロックス社の25%(かつては50%)を保有する英国企業の傘下にあった会社です。ゼロックス社を教育したからといって、海外子会社まで教育が浸透するのかどうかはまた別のように思われます。今までも古森さんが取締役としてゼロックス社の役員会に出ておられたわけですが、会長に就任されることで何が変わるのか・・・。いずれにしましても、海外を含めた企業集団内部統制の構築は、日本企業にとってはたいへんな苦行(苦業?)であることは間違いありません。

 

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2017年6月 8日 (木)

これぞ上場企業経営者のホンネ?-関経連「未来投資会議」への意見書

旬刊商事法務の最新号(2135号)に、いよいよエフオーアイ事件に関する判例評釈論文が掲載されました。千葉大学の堀田准教授による「主幹事証券会社の引受審査義務」と題する巻頭論文です。事件内容も詳しく紹介されているようなので、じっくりと拝読させていただきます。

さて、一昨日に引き続き、コーポレートガバナンス改革に関連するお話です。こけしさんがコメント欄でお書きになっておられるように、いよいよ相談役・顧問制度の存否についてきちんと開示する上場会社も登場してきたようですね。ガバナンス改革のさらなる深化、企業と投資家の建設的な対話は、政府の未来投資会議でも推進されていますし、経済団体もこれを後押しするのが当然のような雰囲気が漂っております。コーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コード改訂版の実施率はますます高まりそうです。

ただ、5月24日に公表された関西経済連合会「未来投資会議における企業関連制度改革に関する意見」は、経営者の皆様のホンネが如実に反映されているものとして、個人的にはとても共感するところです。よくここまで意見表明できたものだなぁと。。。

⑴株主総会に対する機関投資家の議決権行使結果の一律開示については、開示されることによって機関投資家と企業との建設的な対話が阻害されるおそれがあるので慎重に検討されるべきである

世間の関心が、議決権行使結果の個別開示だけに集まっているが、それは機関投資家と企業との信頼関係の形成にはマイナスである、と主張しています。機関投資家が実質株主との「利益相反排除」「フィデューシャリー・デューティー」を意識すればするほと、「建設的な対話」よりも「行使方針に準拠した議決権行使」や「議決権行使助言会社の推奨を重視した議決権行使」に重きを置くのが現実です。(時間的余裕のない機関投資家にとっては)むしろ当然の流れかと思います。関経連としては、ここではあえて政府の方針に慎重論を唱えています。

⑵すべての企業に一律で適用するコーポレートガバナンスには反対である。

日本の上場会社は、これまで投資家や株主以外のステークホルダーの利益も配慮しながら社会に貢献してきた。企業によって事情は異なるのであるから、中長期的な企業価値向上のためには、政府は一律の適用を求めべきではない、とのこと。ここでは後継者選任制度、取締役の機能強化、インセンティブ報酬制度、相談役・顧問制度の見直しなどが挙げられています。要は、ガバナンス・コードの存在を、自社の長所・短所を見直すきっかけとして活用することが大切であり、自社に取り入れることで自社の長所を見失うようであれば、堂々と「取り入れない」ことの理由を述べるべきと思います。ガバナンスで大切なことは短所を補強することよりも、今自社に存在する長所を伸ばすことです(意外と、この「長所」を確認しておられない企業が多いと感じています)。

⑶中長期保有株主との建設的な対話のために、四半期開示制度の廃止、非財務情報を中心とした中長期的な企業価値向上に関する情報開示を促進し、中長期保有株主の優遇策を検討せよ。

中期経営計画で株主の皆様にお約束していることの進捗状況は、短期の数字では把握できず、研究開発、人材投資、設備投資への取組状況をわかりやすく説明することが大切とされています(内部統制の重要性は、この現場の進捗状況を、どれほど正確にトップが把握できるか、という点だと思います)。種類株式の発行も、長期株主優遇のために活用されるべきとのこと。

経団連さんに所属している企業のトップの方々も、ホンネでは同様の意識を持たれているのではないでしょうか。「おひざ元」ではない関西の経済団体だからこそ、ホンネでモノが言えるのかもしれません。もちろん、「日本の株式市場を関係者全員で盛り上げることが、市場に資金をもたらし、その結果として個々の企業にも還元される、だからこそ、自社の利益を越えて、コードはできるだけ実施すべきである」といった意見も承知しています。ただ、そん考え方では、どうしてもガバナンス改革を形式だけに終わらせてしまって、実質的な深化は図られないように思います。この意見書にもあるように、「全社横並び」ではなく「個々の会社の創意工夫」を関係者一同が盛り上げることが必要ではないでしょうか。

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2017年6月 6日 (火)

相談役・顧問制度の廃止が経営の停滞を助長する

毎月第一土曜日に20数名の会員が集まり、白熱した議論が展開されるコーポレートガバナンス・ネットワークの関西勉強会ですが、今回も、大手製薬会社の元役員の方によるご発表は、会員からの活発な意見がたくさん飛び出す見事なものでした(大手食品メーカーの元社長さんのガバナンス改革に関するホンネの厳しいご意見なども拝聴できました)。ちなみに今回のテーマは「企業価値創造とコーポレートガバナンス」。

なかでも発表者の「相談役・顧問制度を廃止し、その代わり役員経験者を社外取締役になってもらうことは、有効活用につながり、総論としては賛成だが、経営の停滞を招くおそれがあり注意すべきことがある」との意見に関心が湧きました。理由のひとつめは、相談役・顧問制度を廃止することで、社長として居座る人が出てくる、つまり社長在任期間が長くなりはしないか、結果として経営が停滞しないか、という点です。社外取締役が本当に社長退任を要求できるほどの役割を果たせるのであればよいのかもしれませんが、相談役・顧問による目付がないと社長は「後継者がいない」といって居座ってしまうおそれがあるそうです。

そしてもうひとつが、「社外取締役に経営経験者が増えれば増えるほど、持ち合い取締役が増える」ということで、こちらもやはり経営の監督機能が薄まり、現経営陣に対する安定をもたらすというものです。以前、当ブログでも問題視しましたが、日本取締役会協会が公表しているガバナンス指針からすれば、「持合い取締役(相互選任取締役)」は独立取締役ではない、とされています。しかし、実際の株主総会での議決権行使結果を観察してみますと、持ち合い取締役さんの選任については機関投資家の方からも全く反対票が投じられることはないようです(招集通知を見れば、持ち合いかどうかはわかるのですが・・・)。社外取締役が増えたとしても、相互に就任しあっている会社同士で現経営陣が安定基盤を持つわけですから、これもほかの独立社外取締役さんが異議を留めなければ今後は次第に増加していくことになりそうですね。

社外取締役制度にたいへん厳しい意見が毎回出されるのですが、そんな厳しい意見をお持ちの方々も、「監査役制度をもっと活用したらいい、監査役こそ、社長がリスペクトする気概を持てば機関投資家が期待する役割を発揮できるのに」という意見でまとまり、個人的には元気が出ました。グループ会社を歩き回って(往査して)、非業務執行者として社長が知らない事実をたくさん知っている監査役が存在することは脅威だそうです。元CFOといった肩書で監査役に就任している方、監査役室で部下をたくさん持てる方であれば別ですが、社内の人事政策で監査役に就任された方が、社長にモノを言えるようになるためには、やはり「歩き回る監査役」としての評判が必要かもしれません。

 

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2017年6月 5日 (月)

M&A第三者委員会に求められるのは「攻め」か「守り」か

土曜日(6月3日)の日経朝刊(投資情報)に、「買収『お目付け役』設置増-第三者委員会、初の5割超」と題する特集記事が掲載されています。買収される企業で、少数株主の利益を守るお目付け役である第三者委員会を設置する例が増えており、社外取締役や外部有識者で構成される第三者委員会の設置率が、公開買付け事例の5割を超えたそうです。また、支配株主やMBOに限れば、最近はほとんどの事例で買収される側の上場会社が第三者委員会を設定している、とのこと。

昨年、このような第三者委員会の委員長を務めた経験や、第三者委員会の支援を務めた経験からひとこと申し上げますと、上記日経記事で紹介されているような第三者委員会(いわゆるM&A第三者委員会)は、支配株主による買収、MBO(マネジメント・バイアウト)の場面では、買収される側の上場会社(そしてその会社の少数株主)にとって不可欠と言ってもよいのではないでしょうか。ただ、その第三者委員会が、最近は事案によって「攻めの委員会」と「守りの委員会」に二極化する傾向が進んでいるように感じています。

上記日経記事に登場する第三者委員会は、いずれも積極的に第三者委員会が買収交渉の前面に出ているパターンです。いわゆる「攻めの第三者委員会」です。買収価格にノーをつきつけ、取締役会といえども、この第三者委員会の意見に拘束されるといったものや、支配株主以外の対抗TOBの相手方を探したり、さらには直接、買収提案先との価格交渉に乗り出す、というものです。少数株主にとっては、少数株主保護の姿勢が「見える化」しますので、とても独立性・公正性のある第三者委員会のように見えます。ただ、実際には業界のことをよくわからない有識者が、ここまでM&Aの交渉の中心に出てきて、本当に買収による企業価値判断ができるのか、といった疑問が生じます。

いっぽう、数の上では多いと思われるのが「守りの第三者委員会」です。交渉主体はあくまでも買収企業と買収対象企業の取締役会ですが、その交渉過程に問題がないか、同時並行的に詳細にチェックを行うという姿勢で臨みます。もちろん「チェック」に必要な範囲において、買収企業側の経営陣と第三者委員会との交渉、面談は行います。ただ、それはあくまでも少数株主の利益保護のために買収される側で公正な手続きが行われているかどうかを監督するために行われるものです。第三者委員会がオモテに出ない分、外部の株主からみれば「本当に公正・中立な第三者委員会なのか」と疑惑の目を向けられる可能性が高くなります。

攻めであろうと、守りであろうと、M&A第三者委員会の活動にとって最も重要なのは、審議するための十分な時間が確保されているかどうか、という点です。つまりM&Aが適時開示されるどれくらい前に委員会が設置されるか、ということです。十分な時間が確保されていれば、「守りの第三者委員会」であったとしても、実質的には「攻め」に近い活動ができますね。なお、昨年7月のJCOM(ジュピターテレコム)価格決定申立事件に関する最高裁決定以降、経営判断過程への司法判断の傾向が「プロセス重視」に向いていることから、「守りの第三者委員会」に徹するのも一理あるかな、と思ったりしております。もちろん、最終的には会社側と委員との諮問事項に関する協議次第、ということになるかとは思いますが。

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2017年6月 2日 (金)

監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代?(その2)

ちょうど1年前の2016年5月30日、「監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代?」なるエントリーをアップしまして、スチュワードシップ・コードの精神とされるフィデューシャリー・デューティーについて私なりの考え方を書かせていただきました。当時のエントリーに対して、元監査役である「法律しろうと」さんから、以下のようなコメントをいただきました。


私は、監査役であったものですが、専門性を有する受託者と受益者のように信認関係に立つ場合の受託者としての監査役の専門性をどの様に磨いてゆくのか(どのような人が監査役に適任なのか)、あるいは、その専門性の有無をだれが判断するのか(監査役候補の選任は、社長なのか、監査役なのか)が、忠実義務ないし信認義務を負う監査役制度を作ってゆくときの課題ではないかと思っています。

個人的には「監査役の信認義務」というものを会社法の枠内で捉えることは、なかなかむずかしいかな・・・というのが正直なところです。ところで今年の4月30日、株式会社安愚楽牧場の倒産によって損害を被った和牛オーナーら(原告・控訴人ら)が、同牧場の役員らに対して損害賠償請求訴訟を提起した裁判において、大阪高裁は同社の監査役の責任を認めない判決を言い渡しました。昨年5月30日に言い渡された大阪地裁(原審)の判決では、同監査役の責任が認められていましたので、監査役さんにとっては逆転勝訴判決、ということになります。

 

おおざっぱに説明しますと、同社の監査役は会計限定監査役です。もともと同社は有限会社だった(平成17年改正会社法施行後は「特例有限会社」のままだった)のですが、その後商号変更によって株式会社になり、機関形態は特例有限会社の時と同様「取締役+会計監査限定監査役」でした(つまり会社法上の監査役設置会社ではありませんでした)。その後、同社は決算確定時200億円以上の負債を抱えることになったため、会社法上の「大会社」となりました。ちなみに「大会社」には会計監査人が強制設置されることになりますので、監査役も会計限定監査役ではなく、業務監査を行う通常の監査役が必要となります(特例有限会社のままであったなら、最終事業年度の負債が200億円を超えても「大会社」規制にはひっかかりません)。

 

原審(大阪地裁)は、同社の会計限定監査役は、会社が「大会社」となったことを知っている(知りえた)のだから、業務監査も行う必要があった、会計監査だけではわからなかったかもしれないが、業務監査(調査業務)を適切に行っていれば経営者らの不正を見抜き、これを止めることができたのだから、これを怠ったことに会社法429条の「重過失」あり、として損害賠償責任を認容しました。いっぽう、高裁判決では、たしかに「大会社」になったのだから、監査役は業務監査を行う必要があるが、そもそもこの監査役は会計監査限定で就任し、その契約もしている、いくら会社が大会社になったからとはいえ、会計監査に限定した監査役に業務監査をせよ、というのは酷ではないか、だから調査不足の点があってもやむをえない、との理屈で責任を否定しています(まだ、ニュースを参考にしたもので、控訴審判決を読んでいないので、本当におおざっぱですいません)。

 

安愚楽牧場は、有限会社安愚楽牧場から株式会社安愚楽牧場に商号変更後は、会社法2条6号所定の大会社となっており、同法328条2項・337条1項、389条1項により、会計監査人及び業務監査を行う監査役を置かなければならなかったのはその通りです。この高裁判決は、会社法上、会計監査人及び業務監査を行う監査役を置くべき株式会社の監査役について、その監査の範囲が会計監査に限定される場合があり得るとの結論となっていて、やや違和感があるかもしれません。

 

しかし、小さな株式会社では、経営を監視するのは株主であることが原則ですし、監査役の職務を全うできる人を探すのに苦労することから、会計監査だけを行う監査役という職務を認めています(ただし定款+登記が必要)。また、会社と監査役との間の委任契約関係も、そのような趣旨で理解すべきです。「大会社」になったからといって、小さな会社に仮監査役や一時会計監査人の選任を求めるのも酷ですし、監査役と会計監査人が選任されるまでの間、会計限定監査役がその双方の職責を全うすることには無理があると思います。なので、会社法の考え方からみれば大阪高裁の判断が合理的かと思いました。

 

ただ、和牛オーナーを最終受益者、会社を受託者とみるならば、同社の役員は善管注意義務を越えて、和牛オーナーのために行動すべき義務(会社法429条の基礎となる注意義務)が認められるのではないか、といった見解も決して誤りとはいえないようにも思えます。日常的には会計監査だけの職務を全うすべき監査役ではありますが、その会計監査によって不正の兆候を発見した(容易に発見しえた)場合、さらに負債の状況から会社法上は「大会社」に該当することを知った(知りえた)場合には、会社との委任関係(善管注意義務)を越えて、最終受益者たる和牛オーナーのために信認義務を尽くすことが「法的義務」として認められるケースもあるのではないか、といったところかと。

 

たしかに機関設計違反については、過料によるペナルティを会社に課す、という意味で強制力を持つわけで、それ以上に会計限定監査役が通常の監査役の役割を担わねばならない…という理屈は少しむずかしそうですが、一定の状況にある監査役が、会社や株主に対して負う善管注意義務・忠実義務を越えて、最終受益者に対して法的責任を負うということも、まさにフィデューシャリー・デューティーとして検討されるのかもしれません。ちなみに安愚楽牧場事件における監査役は税理士さんなので、(「法律しろうと」さんがおっしゃるように)そういった専門的資格からみても、信認義務のようなものを、少なくとも会社法429条の解釈の範囲においては検討してみるのもおもしろそうです。

 

最近は経営の効率性を重視するために、上場会社のグループ企業でも、「取締役+監査役」「取締役会+監査役」という機関形態(いずれも会計限定監査役でOK)をとる企業も増えているようなので、この安愚楽牧場判決も実務上の参考になるものと思います(何度も申し上げますが、判決全文を読めば、また少し意見が変わる可能性がありますので悪しからず。おそらく最高裁に上告受理申立てがなされていると思うので、最高裁での判断にも注目したいですね)。

 

 

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