監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代?(その2)
ちょうど1年前の2016年5月30日、「監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代?」なるエントリーをアップしまして、スチュワードシップ・コードの精神とされるフィデューシャリー・デューティーについて私なりの考え方を書かせていただきました。当時のエントリーに対して、元監査役である「法律しろうと」さんから、以下のようなコメントをいただきました。
私は、監査役であったものですが、専門性を有する受託者と受益者のように信認関係に立つ場合の受託者としての監査役の専門性をどの様に磨いてゆくのか(どのような人が監査役に適任なのか)、あるいは、その専門性の有無をだれが判断するのか(監査役候補の選任は、社長なのか、監査役なのか)が、忠実義務ないし信認義務を負う監査役制度を作ってゆくときの課題ではないかと思っています。
個人的には「監査役の信認義務」というものを会社法の枠内で捉えることは、なかなかむずかしいかな・・・というのが正直なところです。ところで今年の4月30日、株式会社安愚楽牧場の倒産によって損害を被った和牛オーナーら(原告・控訴人ら)が、同牧場の役員らに対して損害賠償請求訴訟を提起した裁判において、大阪高裁は同社の監査役の責任を認めない判決を言い渡しました。昨年5月30日に言い渡された大阪地裁(原審)の判決では、同監査役の責任が認められていましたので、監査役さんにとっては逆転勝訴判決、ということになります。
おおざっぱに説明しますと、同社の監査役は会計限定監査役です。もともと同社は有限会社だった(平成17年改正会社法施行後は「特例有限会社」のままだった)のですが、その後商号変更によって株式会社になり、機関形態は特例有限会社の時と同様「取締役+会計監査限定監査役」でした(つまり会社法上の監査役設置会社ではありませんでした)。その後、同社は決算確定時200億円以上の負債を抱えることになったため、会社法上の「大会社」となりました。ちなみに「大会社」には会計監査人が強制設置されることになりますので、監査役も会計限定監査役ではなく、業務監査を行う通常の監査役が必要となります(特例有限会社のままであったなら、最終事業年度の負債が200億円を超えても「大会社」規制にはひっかかりません)。
原審(大阪地裁)は、同社の会計限定監査役は、会社が「大会社」となったことを知っている(知りえた)のだから、業務監査も行う必要があった、会計監査だけではわからなかったかもしれないが、業務監査(調査業務)を適切に行っていれば経営者らの不正を見抜き、これを止めることができたのだから、これを怠ったことに会社法429条の「重過失」あり、として損害賠償責任を認容しました。いっぽう、高裁判決では、たしかに「大会社」になったのだから、監査役は業務監査を行う必要があるが、そもそもこの監査役は会計監査限定で就任し、その契約もしている、いくら会社が大会社になったからとはいえ、会計監査に限定した監査役に業務監査をせよ、というのは酷ではないか、だから調査不足の点があってもやむをえない、との理屈で責任を否定しています(まだ、ニュースを参考にしたもので、控訴審判決を読んでいないので、本当におおざっぱですいません)。
安愚楽牧場は、有限会社安愚楽牧場から株式会社安愚楽牧場に商号変更後は、会社法2条6号所定の大会社となっており、同法328条2項・337条1項、389条1項により、会計監査人及び業務監査を行う監査役を置かなければならなかったのはその通りです。この高裁判決は、会社法上、会計監査人及び業務監査を行う監査役を置くべき株式会社の監査役について、その監査の範囲が会計監査に限定される場合があり得るとの結論となっていて、やや違和感があるかもしれません。
しかし、小さな株式会社では、経営を監視するのは株主であることが原則ですし、監査役の職務を全うできる人を探すのに苦労することから、会計監査だけを行う監査役という職務を認めています(ただし定款+登記が必要)。また、会社と監査役との間の委任契約関係も、そのような趣旨で理解すべきです。「大会社」になったからといって、小さな会社に仮監査役や一時会計監査人の選任を求めるのも酷ですし、監査役と会計監査人が選任されるまでの間、会計限定監査役がその双方の職責を全うすることには無理があると思います。なので、会社法の考え方からみれば大阪高裁の判断が合理的かと思いました。
ただ、和牛オーナーを最終受益者、会社を受託者とみるならば、同社の役員は善管注意義務を越えて、和牛オーナーのために行動すべき義務(会社法429条の基礎となる注意義務)が認められるのではないか、といった見解も決して誤りとはいえないようにも思えます。日常的には会計監査だけの職務を全うすべき監査役ではありますが、その会計監査によって不正の兆候を発見した(容易に発見しえた)場合、さらに負債の状況から会社法上は「大会社」に該当することを知った(知りえた)場合には、会社との委任関係(善管注意義務)を越えて、最終受益者たる和牛オーナーのために信認義務を尽くすことが「法的義務」として認められるケースもあるのではないか、といったところかと。
たしかに機関設計違反については、過料によるペナルティを会社に課す、という意味で強制力を持つわけで、それ以上に会計限定監査役が通常の監査役の役割を担わねばならない…という理屈は少しむずかしそうですが、一定の状況にある監査役が、会社や株主に対して負う善管注意義務・忠実義務を越えて、最終受益者に対して法的責任を負うということも、まさにフィデューシャリー・デューティーとして検討されるのかもしれません。ちなみに安愚楽牧場事件における監査役は税理士さんなので、(「法律しろうと」さんがおっしゃるように)そういった専門的資格からみても、信認義務のようなものを、少なくとも会社法429条の解釈の範囲においては検討してみるのもおもしろそうです。
最近は経営の効率性を重視するために、上場会社のグループ企業でも、「取締役+監査役」「取締役会+監査役」という機関形態(いずれも会計限定監査役でOK)をとる企業も増えているようなので、この安愚楽牧場判決も実務上の参考になるものと思います(何度も申し上げますが、判決全文を読めば、また少し意見が変わる可能性がありますので悪しからず。おそらく最高裁に上告受理申立てがなされていると思うので、最高裁での判断にも注目したいですね)。
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