« 出光興産公募増資差止却下決定-どうなる即時抗告の行方? | トップページ | 監査法人のローテーション制度導入のために必要な前提条件 »

2017年7月20日 (木)

満身創痍で社長と闘い続けた監査役の姿勢が垣間見える判決

出光興産公募増資差止仮処分事件の即時抗告決定が告知されたようで、地裁決定と結論も理由もほぼ同じだったようです。理由では本件が「公募増資」である点を地裁よりも重視されていたようですが、やはり実質審理という面いおいて時間切れの感は否めません。さて、第1ラウンドはこれで終わりましたが、次は何が出てくるでしょうか。ところで全く本件とは関係ありませんが、出光興産さんでは、相談役制度を廃止して、指名報酬委員会の諮問を踏まえて今後は顧問制度を作るとか(なかなか最先端を行っていますね)。

(ここからが本題ですが)判例時報の最新号(2331号)に、フタバ産業さんが元社長、元事業部門担当取締役を被告として損害賠償請求訴訟を提起し、14億ほどの賠償判決を得た事件の判決全文が掲載されました。関連会社への不正融資で損害が出たとして、同社と個人株主らが訴えていたもので、昨年3月ニュースでも取り上げられました(たとえば時事通信ニュースはこちら)。

判決では「融資先の経営状態などを確認しなかったのは、代表取締役として無責任」と元社長を批判し、また融資先の非常勤取締役だった元取締役についても「実情を調査し、報告すべき義務があったのに果たさなかった」と指摘しています。ちなみに、フタバ産業さんが2007~08年、グループ外の会社を経由するなどして、ロボット開発会社へ金融支援を実施し、その結果として多額の資金が回収できなくなった事件です。元社長さんは、真剣に会社の次世代の柱事業としてロボット開発を推進していました。他の取締役の方々も、その元社長さんの熱意を忖度して、なんとか成功させたいとの思いで不正に走ったり、これを見逃していたようです。今風に言えば「攻めのガバナンス」の典型例です。

この事件は元監査役さんが6年半かけて、会社を代表して元社長の責任を追及しつづけたもので、ご自身も株主代表訴訟の被告になりながらも、会社の損害回復のために闘った裁判です。たいへんなご苦労だったと思います。その裁判の判決全文がようやく読めるようになりました。

判決全文を読んで(たいへん長いので、流し読みもありますが)、ようやく元監査役の方が株主代表訴訟で負けなかった理由がわかりました。常勤監査役、社外監査役とも、社長に何も言えない取締役会において、毅然とした対応を何度もとっておられました(裁判所も「どうやら社長に対してモノが言えない雰囲気だった」と取締役会を評価しています)。取締役会で事前の承認を得ていない取引先への緊急支援について、監査役は内部統制に関する取締役会決議違反を主張して、すぐに取引先への対応を検討するよう社長に指示するのですが、社長さんは「とりあえず事後承認」ということで不正を黙認してしまいます(他の取締役さんも、なにも文句は言わず賛成しています)。ちなみに監査役の方々が経理担当取締役による無断不正融資に気づくきっかけは、会計監査人との連携(会計監査人が気づき、その対応を監査役に求める)でした。

監査役から「無断融資が実行された件、担当者だけでなく融資責任者も処罰しないのか」と指摘されても、社長さんは「検討する」といっただけで何ら対策はとられませんでした。監査役の方々が「無断融資が行われた経緯についてきちんと取締役会に報告し、再発防止策をすぐに示すべきである」と提言しても、その場では元社長さんも了解しているものの、何らの調査・防止策検討はなされませんでした。つまり、完全に監査役の意見は長い間にわたり無視され続けたことから、この執念の裁判が始まったようです。

フタバ産業さんといえば、昨年から自動車部品業界の中でも業績は好調です。ここ10年ほど、いくつかの不祥事が続きましたが、トヨタさんとの関係強化もあり、健全なガバナンスが構築されつつあるのではないでしょうか。もしそこに功労者がいるとすれば、何名もの裁判官が変わる中で、判決をもらうことにこだわり、「俺は知らない」と責任を否定する元社長さんに責任追及の手を緩めなかったこの元監査役さんではないかと。

最近は「監査役など、何もしていないのに『退職慰労金』を出すというのはいかがなものか」とよく話題になります。ただ、外から見て不祥事が発生(発覚)していないように見えるのは、その裏で常識的な監査役さんの並々ならぬ尽力があるからこそ・・・という企業も存在すると思います。あまり表に出ていない事例だけに、「自己保身に走りたい状況の中で、それでも会社と株主の利益を思って満身創痍で会社を救おうとされた監査役」がいらっしゃったことを少しでも多くの方に知っていただけたらと思い、ご紹介しました。

 

|

« 出光興産公募増資差止却下決定-どうなる即時抗告の行方? | トップページ | 監査法人のローテーション制度導入のために必要な前提条件 »

コメント

本件のような事例を見ると、リスクを背負いながら誠実義務を果たそうとする監査役もいるのだな。。。と感銘を受けます。
一方で、他の社内・社外の取締役・監査役のイエスマンぶりが顕著にあぶりだされたわけです。
社長だけでなく、複数の社外取締役・監査役に通報するルート・窓口を推奨するコーポレートガバナンスコードの意義が、もっと注目、評価されても良いと考えます。
長い間、完全に無視されていた(まさか全否定もか。。。)満身創痍ぶりには、さぞ苦しかっただろうと、自分のことのように思います。
粘り強く、執念深く不正通報・調査進言していった方の御尽力を紹介するエントリーを今後もお願いします。
「外から見て、不祥事が【発覚】していない企業」がまだまだ存在しています。
ところで、発売中の週刊ポストにて「内部告発者」に関する記事(山口先生もよく御存じの方から連絡いただきました)が掲載されているようで、こちらにも興味を感じています。

投稿: 試行錯誤者 | 2017年7月22日 (土) 20時37分

いつもありがとうございます。
この監査役の方は、「もう一連のことは忘れたい」とのことで、あまりブログで取り上げるのもどうかな・・・と思いましたが、やはり多くの監査に関わる方に知っていただきたく、思い切って書かせていただきました。私自身もたいへん尊敬しております。
週刊ポストですか?きょうは時間がありそうなんで、まだ発売中でしたら読んでみたいと思います。

投稿: toshi | 2017年7月25日 (火) 12時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 満身創痍で社長と闘い続けた監査役の姿勢が垣間見える判決:

« 出光興産公募増資差止却下決定-どうなる即時抗告の行方? | トップページ | 監査法人のローテーション制度導入のために必要な前提条件 »