東芝の会計監査(意見表明)問題は「三方よし」で終結するか?
今年4月12日の当ブログにて「東芝四半期報告書-なぜ『限定付適正意見(結論)』がもらえなかったのか?」と題するエントリーを書きましたが、なんだか最近のマスコミ報道によりますと、ホントにそんなところで終結しそうな雰囲気になってきたような気がいたします。ただ、当時は東芝さんの四半期報告書が問題視されていましたが、現在は有価証券報告書への意見表明が問題になっていますので、当時よりもさらに当事者の方々には深刻な問題ですね。さらにロイターさんが報じているように有価証券報告書は「限定付き適正」だが内部統制報告書は「不適正」という意見が出された場合、東芝さんとしては特設注意市場銘柄からの解除が困難になる可能性もあるため、予断を許さないように思います。
さて、またまた大手町や内幸町あたりの会計専門家の方々から怒られそうな(実際、怒られてます-笑)話題で恐縮ですが、どうも素朴な疑問が湧いてきてしかたがありません。東芝さんの元会計監査人である新日本監査法人さんと、現会計監査人であるPwCあらた監査法人さんとで、WHの61億ドルに上る損失を17年3月期に計上すべきだったのか、16年3月期までに計上すべきだったのか、壮絶なバトルが繰り広げられているとのニュースが報じられています。
つまり、新日本さんが正しければPwCさんが間違っていて、PwCさんが正しければ新日本さんが間違っている、もし新日本さんが間違っている場合には会計不正の共犯か、もしくは監査見逃し責任を問われる、PwCさんが間違っていたら監査放棄の責任を問われる・・・といった構図になるのでしょうか。しかしどうもこの構図は解せません。
たしかに東芝さんが「不正とわかっていて隠した」のであれば、会計事実の存否を巡ってこのような構図が語られることもナットクするのですが、会計処理に関する見解の相違というところの問題であれば、会計上のミスというところはあったとしても少し違った構図になるような気がいたします。会計基準は法律ではないので、基準の解釈に相違があったとしても法的責任には直結しません。つまり、新日本さんも正しいけど、PwCさんも正しい、という結論はありうるだろうなぁと。いくら投資家に迷惑をかけたとしても、一定の時間内に、一定の報酬で、つまりリスクアプローチを所与の前提として相対的真実を追求するわけですから、会計監査の性(さが)としてやれることには限界があるだろうなぁと。
そのように考えておりましたところ、7月25日の朝日新聞さんの記事あたりから最近にかけて、PwCさんが「これは会計上の誤謬だ」と主張を少し変えていることが気になりっております。これまではPwCさんが「不正会計」と主張されていたのが「会計上の誤謬(ミス)」と指摘するように変わったのは、とりあえず限定付き適正意見を表明する余地を残しているという意味合いだと推測されます(ただ投資家側からみて61億ドルという巨額の損失計上の可能性が「そこさえ注意して開示情報をご覧になっていただければ安心ですよ」と言えるものなのかどうか、これはかなり微妙な気がしますが・・・)。
ただ、ここからは会計素人の素朴な意見ですが、会計不正を主張してしまうと(法的責任を問われる可能性のある)新日本さんも「引っ込みがつかなくなる」ので、PwCも正しい、新日本も(当時の東芝の状況からすれば)正しい、といった着地点を当事者が模索しているのではないかと推測(邪推?)しております。会計処理方法の誤り(会計上の誤謬)ということであれば、今後はどっちからでも「相手が誤っている」と主張しておけば(とりあえずは)済む話であり、法律上は注意義務違反を問われる可能性も極めて低い、というところに着地できるからです。
これでPwCさんが「限定付き適正意見」を表明することになれば、東芝さんも(内部統制報告書問題は残るものの)とりあえずは上場廃止を免れることになりますし、PwCさんも新日本さんも、当局や業界内での裁定は別として、世間的に法的責任を追及されるリスクは極めて低くなりますし、まさに「三方よし」ですね(こういうことを言うから怒られるのですよね・・・笑)。ただ、これはあくまでも日本人的感覚であり、「俺が会計基準だ」と言って憚らない欧米の会計監査人もこの理屈にナットクされるかどうかはわかりません。いずれにしても8月10日にはどのような意見が表明されるのか、またまた世間の関心が高まるところです(両方の監査法人さんからはふだん、アドバイザリー業務を含めてとてもお世話になっているにもかかわらず、ブログネタにしてしまってゴメンナサイ・・・<(_ _)>)。
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コメント
先生がご賢察のような展開が直ぐ其処まで(やっと)来たようです。会計「監査の限界」をこれほど見事に示し続けた経済事件?は無かったと思えます。この間、各方面から様々な見解が出され憶測や将来の企業運命まで、まるで占い?お告げ?のような意見まで・出尽くし、この経緯を注視してきた者でさえ(不遜な表現ながら)食傷気味となりつつあるのではと思われます。監査制度の姿、つまり監査手続きの有効性、監査意見の表明方法、上場基準の適用実務、等々・・今までの「有り方」全てに疑問符を付けただけでなく、我が国の二つの監査法人の組織を挙げた意見は、終盤においてPwc VS EYの代理戦争と見える様相を映したまま決着する事になりそうです。日本企業のグローバル依存の歴史的流れの中で、新たに大きな課題―独立国としての監査法人制度が確立されるのか!-が見えてきたのです。
投稿: 一老 | 2017年8月 9日 (水) 12時29分
監査法人間 の意見が対立しているのではなく、あくまでも監査人と会社の意見が対立してたのではないですか?「監査法人間意見対立説」は、東芝側が流した印象操作の匂いがします。(監査法人側は、守秘義務により、情報源にはならないと思いますので、報道は全て東芝側からの情報提供に基づいていることを頭に入れておく必要があります。)
あと、監査意見と上場維持をダイレクトに結び付ける報道も目立ちますが、これもちょっとおかしいです。東芝は既に2014/3期までの虚偽表示でアウトになっており、東証が「市場の秩序維持が困難」と判断すれば、上場廃止になります。今回の監査意見が、どのようなものであれ、既にトリガーは引かれています。後は東証の判断次第です。
投稿: Beaver | 2017年8月 9日 (水) 19時46分
2017/7/25の朝日新聞に掲載された「青学大・八田教授に聞く」を読んだとき、こういう結末になると確信しました。
「限られた時間で合理的な判断プロセスを経て、入手できた証拠の範囲で意見を述べる。それが監査人としての見識と覚悟だ。(中略)本当に東芝の決算に問題があるのなら、その根拠と金額を具体的に示し、限定意見を出すこともありうる」
名門監査法人としてのプライドがあるだろうが、あの八田先生に言われると会計士協会も調整せざるを得ないだろうし、監査法人も原則に立ち返って姿勢を正さざるを得ないと考えたのは、的を得ていないだろうか?
投稿: 青い監査役 | 2017年8月10日 (木) 17時13分
オリンパス事件後の日経新聞記事に金融庁か証券取引等監視委員会幹部の発言として「粉飾を見逃す監査法人なんて要らない」と書かれていたことを思い出しました。
個人的には、当時の監視委員会事務局長(ちょいワルオヤジ⁈)さんなら、
ピシッとそう言うかもしれないなと。
会社側窓口の巧みな隠蔽があったのだろうし、監査現場チームメンバーのお気の毒とは思う一方で、両監査法人とも一旦自主的に解体して出直していただいた方がすっきりするのではないでしょうか。
投稿: たか | 2017年8月10日 (木) 22時57分
皆様、コメントありがとうございます。いやいやご意見はさまざまですね。朝日新聞の本日の記事ではPWCさんは193条の3まで検討していることを東芝側に伝えたとか。実際に限定付き意見が出たとなると、やはりスッキリしないものが残りますね。
もう少し、本件では言いたいことがありますので盆休みではありますが続編を書きたいと思っております。
投稿: toshi | 2017年8月11日 (金) 00時26分
先生がご賢察のとおりの結果となりましたね。
限定付適正となるか不適正となるかは、重要な虚偽表示が影響する範囲を限定できるかという広域性の問題だと習い、そのように理解しておりますが、数年前に限定付意見を出した監査法人が処分されてからは、実務上、限定付適正意見を出すハードルは相当程度上がっていたのではないかと思います。
そのような事例がある中、特に今回のケースでは虚偽表示とした金額が巨額だっただけに、限定付適正意見を出すには相当の覚悟と理論武装が必要だったものと想像いたします。
投稿: 会計士X | 2017年8月16日 (水) 19時30分
今回の限定付適正はWHが3月末にChapter 11を申請していたことが重要な要因だと思います。
すなわち、米国会計基準では、非継続事業は通常の事業とは区分して資産負債・損益を開示することから、今回不適切な処理とされている部分は「非継続事業に係る負債と損益に限定」され、通常の事業に係る資産負債・収益費用は適正であると言えることが重要な要因であったと思われます。
(もちろん、その前提として他の財務諸表項目にも波及しうる「不正」ではなく、この論点に限っての「誤謬」であると判断している必要があるのは山口先生の指摘のとおりです。)
投稿: 匿名公認会計士 | 2017年8月16日 (水) 21時59分
>匿名公認会計士さん
どうもありがとうございます。なるほど、非継続事業であるという視点もありましたか。大いに関係していそうですね。
それにしても、この件多くのWebサイトやニュース記事で取り上げられていますが、山口先生のブログくらいでしょうか。真っ当な議論に見えるのは。やはり外からは見えにくい業界であるということを再認識させられます。
投稿: 会計士X | 2017年8月16日 (水) 23時39分
細野裕二氏の「粉飾決算VS会計基準」に記述している東芝のケースが核心をついたものと私は思う。やっと核心らしきものが出てきたのが救いだ。素人でさえ核心はウエスチングハウスがらみの「のれん」の減損にあることを指摘していた。「のれん」を外した第三者委員会の報告書、その報告書を基礎にした金融庁の処分、核心を外していいわけがない。
時間の経過とともに核心が表れてきたようだ。細野氏は自らの経験から法律知識を身に着け会計と法律を統合した完成度が高いものにした。
中途半端な結論は将来に禍根を残す。次の展開があって核心のついた結論に至って欲しいものだ。
投稿: AY | 2017年10月 3日 (火) 09時03分