« 全社的リスクマネジメント-これだけやれば及第点 | トップページ | 内部通報を促進する企業風土を形成するにはストーリーが必要である »

2017年9月 7日 (木)

株主代表訴訟(責任追及訴訟)はなぜ減少しているのか?

株主主権によるコーポレートガバナンスといえば、これまで株主代表訴訟の活用事例が「代名詞」のように話題になりましたが、最近はそれほど新聞紙上を賑わすような事例も見当たらないような気がします。旬刊商事法務2138号(7月5日号)によりますと、平成28年の株主代表訴訟の新受件数(地裁へ提訴された件数)は、一年間でわずか36件とのこと。5年前(平成24年)には106件だったのですが、その後毎年新受件数が減少傾向(激減傾向?)にあります(最高裁調べ)。

ただ、私が勝手に調査した内容からしますと、株主代表訴訟の被告役員側の敗訴率は、それほど低下していない模様です(和解、取下げといった終結動向を含めても)。つまり株主から提訴されると、それなりに役員側が敗訴する確率は変わっていないということです。ではなぜ、これほどまでに株主代表訴訟の提訴件数が落ち込んでしまったのでしょうか。以下は、私の勝手な推測です。

1 アベノミクス(第二次安倍政権における経済戦略)による会社業績の向上、株価の上昇

これはまちがいないと思います。株主代表訴訟が提起され、原告株主が勝訴するためには、取締役の違法行為によって会社に金銭的損害が発生していることが要件となります。しかし、上場会社の業績が好調であれば、いくら取締役の違法行為を糾弾しても、そもそも会社に(目に見える形で)損害が発生していない、ということが考えられます。平成24年以降の企業業績、株価高騰の中身をみると、この要因が大きいのかなぁ(役員の最大のリスクヘッジは業績を上げること)と感じます。

2 第三者委員会、社内調査委員会等の活躍

最近は、企業不祥事対応のプリンシプル等に従い、企業不祥事が発生した際には中立公正な第三者による委員会、社外役員を中心とした社内調査委員会を設置する企業が増えていますが、この調査委員会の判断が株主による提訴に影響を及ぼしているものと考えます。事実認定だけでなく、中には役員の責任判定委員会のような調査委員会も立ち上げられますので、この委員会で「役員の責任なし」との判断が下れば、株主もその判断を尊重する、といった事態もある程度存在するのではないか、と思います(だからこそ、「なんちゃって委員会」の横行が問題視されることにもなるのですが)。

3 平成20年以降の「経営判断」に関わる最高裁判決(決定)の変遷

今年2月~3月にかけて、私が日本監査役協会の講演でも述べてきたことですが、平成20年代には、取締役会の経営判断が問題となった重要裁判において、役員もしくは会社が高裁では敗訴したにもかかわらず、最高裁では逆転勝訴したものがとても多いのです(たとえば日本システム技術、アパマンショップ、アートネイチャー、ジュピターテレコム等)。経営判断への司法の関与について、株主側からみればずいぶんと消極的に見えるのではないでしょうか。これらは株主代表訴訟ではないものもありますが、やはり役員の責任追及を検討する株主にとっては提訴の意欲をかなり減退させているように思われます。ただし、シャルレMBO頓挫事件の高裁判断のように、経営判断のプロセスが不適切であり、たとえ株主には損害が発生せずとも、会社に余計な支出を余儀なくさせたような場合には、その会社損害の賠償が認められるケースもあるので注意は必要です。

4 株主代表訴訟以外の株主による責任追及の多様化

最近は任務懈怠が認められる役員への責任追及は、会社が自浄能力を発揮する、つまり会社自身が原告となって役員の責任を追及する例も増えています(たとえばオリンパス事例や、先日ご紹介したフタバ産業事例等)。また、株主代表訴訟よりも役員の責任追及が容易となる金商法21条による開示責任などを活用する一般株主の方もいらっしゃいます。したがって、株主代表訴訟の新受件数が減少傾向にあるからといって役員の「提訴リスク」が低下しているわけではなく、むしろ他の提訴手法によって「敗訴リスク」は高まっているのかもしれません。

以上、十分な検証もせずに勝手な思い付きで「要因」と思われるところを並べてみましたが、現在法制審会社法制部会で議論されている来年の会社法改正が株主代表訴訟の減少傾向にどのような影響を及ぼすのか(全く影響はないのか)、という点も気になります。今後は改正予定項目などを精査してまた探ってみたいと思います。

|

« 全社的リスクマネジメント-これだけやれば及第点 | トップページ | 内部通報を促進する企業風土を形成するにはストーリーが必要である »

コメント

本当に大切な理由を忘れています。それは、株主代表訴訟は、株主にとってメリットが無いという部分です。

勝てば弁護士費用が出ますが、負ければ大損。持分が多いならともかく、わずかな株式しか持っていない人にとって、勝ち負けに関わらず、金銭的に割に合うものではありません。ボランティア精神に溢れる奇特な株主しか訴訟を起こしません。

判例が固まってきた今となっては、判例形成の面でも無意味なものになっています。判例を作ってやろうと考える野心家の弁護士さんの協力も得にくくなっているのではないでしょうか?

さらに、たとえ訴訟に勝っても、会社役員は保険に入っていますから、経済的ダメージを与えることもできません。むしろ、勝ってしまうと保険料が上がってしまい、長期的には会社の損失が膨らむかもしれません。

裁判も経営判断の原則で事実上門前払いという実務になってきましたから、訴訟に勝つことも難しい。

株主的には、問題ある会社の株は売ってしまうのが一番正しい選択肢です。ボランティアがいなければ会社が自浄能力を発揮できないとすれば、代表訴訟頼みの制度設計は既に失敗しています。

投稿: 傍観者 | 2017年9月13日 (水) 17時51分

昨今「儲けるために投資している」株主はデイトレ、スイング等々短期売買が主流(というより生き残ってない)ので、会社に対して思い入れもないですし、株の損失は上場していてNISAでなければ3年間繰り越し可能だけど代表訴訟の手数料は繰り越しできる訳でもないので、大抵の株主にしてみれば代表訴訟よりぶん投げて別銘柄に乗り換えるのが得でしょうね

保険会社と組んで保険料を上げる前提で勝ちやすい案件に絞って訴訟したり、長期的に会社の損失が膨らませて自浄作用を促す輩というのが出てくるかは知りませんが。

投稿: 中国不良債権問題秒読み | 2017年9月14日 (木) 20時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 株主代表訴訟(責任追及訴訟)はなぜ減少しているのか?:

« 全社的リスクマネジメント-これだけやれば及第点 | トップページ | 内部通報を促進する企業風土を形成するにはストーリーが必要である »