全社的リスクマネジメント-これだけやれば及第点
全社的リスクマネジメント、コーポレートガバナンス、全社的内部統制の整備・運用といったことが「企業価値の向上のために」重要であることはわかっていても、では実務的にどう対応すればよいのかわからない・・・といったことはリスク管理担当部門の方々にとっても大きな悩みです。図表が多用され、概念的なことがきれいに整理された書籍には出会っても、各社の実務にどう落とし込むべきかわからないマニュアル本も多いのではないでしょうか。
本書は、東京ガスグループで内部統制の整備やリスクマネジメントに長く携わってこられた著者が、全社的リスクマネジメントの具体的な手法を解説したものです(たしか私が企業の内部統制に関心を抱き始めた時期に、著者は経産省の当該分野の審議会委員等を歴任されていたのを記憶しております)。取締役や監査役の方々にも当然参考になるのですが、やはり副題のとおりミドルマネージャーの方々に向けたものと言えます。リスクマネジメントの担当者だって、自分たちの貢献度をトップに評価してほしいですよね。リスクマネジメントを担当する者が「やる気」になることへの工夫などは、部下をたくさん育てて長年この分野に携わってこられた方だからこそ書ける内容です。
全社的リスクマネジメント-ミドルマネージャーがこれだけはやっておきたい8つの実施事項(吉野太郎著 中央経済社 2,400円税別)
本書の特徴は、なんといっても「全社的」なリスクマネジメントを取り扱っているところです。筆者はラインの第一線で働いた経験に基づいて本書を執筆されているため、理想としての全社的リスクマネジメントの姿を追い求めても、かならずしも経営者から受けいられない、といったことも経験されたと推察いたします。だからこそ、理想が受容されずとも、その代替(妥協)として、この程度の全社的リスクマネジメントの方法を検討せよ、といった提案が、具体的な事例の中で示されています(これはとても大事なことですよね。予算や人的資源の限界、そして経営者の志向によってリスクマネジメントの現実-つまり及第点-を語らなければ読者は腹落ちしないと思うのです。)
お勧めはなんといっても第5章のリスクの評価と対応でしょうか。経営者に近いところで、リスク管理を経営者に進言する(報告する)わけですから、経営者を説得できるような合理的な説明が必要です。しかも全社的リスクに関わるので、(経営者にとって関心の高い)ガバナンスや内部統制との関係でも慎重な配慮が求められます。そのあたりで、「知識」ということよりも、全社的リスクマネジメントの考え方を学ぶ、といった感覚で読まれたほうが良いのかもしれません。「これだけやれば及第点」とあるように、最低限度のリスクマネジメントを念頭に置いたものなのですが、マネジメントの具体的手法の紹介がとても示唆に富み、参考にしたい点が多いので、あえて不満を言えば、もっと多くの具体的なマネジメント手法等をご紹介いただきたかったところです。いずれにしてもお勧めの一冊です。
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