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2017年10月30日 (月)

ISS議決権行使助言方針の改訂案とガバナンス改革の行方

野村證券のシニアストラテジストの方の論稿「自己資本利益率(ROE)の分析」(資料版/商事法務2017年8月号30頁以下)を拝読しますと、昨年あたりから日本企業(JPX500クラス)が北米地域にはかなわないものの、ほぼ欧州企業とは同じレベルのROEであることがわかります(2016年度で比較すると、欧州9.3、日本9.2、北米は14.4)。

先週公表された「伊藤レポート2.0」では、ここ6年間ほどのROE平均値で現状が分析されているので、まだ欧米企業との差があるように感じますが、実際には日本企業は(ROE比較では)欧州、東南アジア、オセアニアの企業と肩を並べるほとになり、株価上昇傾向とは別に「政府主導によるコーポレートガバナンス改革」には一定の効果が出ているということがいえそうです。

さて、来年にコーポレートガバナンス・コードの改訂を控え、有識者によるフォローアップ会議も一年ぶりに再開されましたが、2年目となる「形式から実質へと向かうガバナンス改革」の行方が気になるところです。そして、このあたりを先取りしていると思われるのがISSさんの議決権行使助言方針の改訂(案)です。10月26日に、2018年度の方針改定案が公表されましたが、「なるほど、ほぼ予想どおりの流れかな」と感じました。

ひとつは「指名委員会等設置会社および監査等委員会設置会社の取締役会構成要件の厳格化」です。昨年からISS(日本法人)さんは「なんちゃって監査等委員会」を問題視して「監査等委員会設置会社には社外取締役が最低4名は必要」との方針改訂を検討されていました。しかし、証券コード3690さんのように「監査役さん方が全員横滑りして取締役監査等委員になったけど、自社のガバナンスに合致するように、取締役会が中心になって役員構成を激変させた」実例も出てきているので、上場会社の自助努力に少し期待してみようとされていました。しかしながら、一年たってもなかなかガバナンス改革の自助努力には期待できる状況にはならないといったところから、今回は(予定通り)構成要件の厳格化を図るようです(具体的には、1年間の猶予期間を設定した2019年2月以降、取締役会の3分の1以上を社外取締役が構成していなければ、役員選任議案に反対票を推奨するそうです)。

そしてもうひとつが「買収防衛策の総継続期間要件の導入」です。買収防衛策の賛成推奨の基準として、最初に買収防衛策を導入してからの総継続期間が3年以内であることを助言方針としています。いままで継続期間要件というものは存在していなかったので、各企業があたりまえのように防衛策を更新していましたが、これに警鐘を鳴らす、といった意味があります(これまでも買収防衛策の導入、更新の議案にはISSさんが反対推奨意見を出しておられたものが多かったように思います)。かつて買収防衛策といえばヘッジファンドさんの(過度の?)ショートターミズムからの防衛といった意味合いが強かったのですが、最近は持続的成長を支援するアクティビストの役割が周知されるようになり、その活動の舞台を広げるための方針改訂と推測します。

今年になってスチュワードシップ・コードが改訂され、アセットオーナーと運用機関との連携や対話が増え、さらに運用機関相互の協調行為が促進されました。そこで機関投資家は、上場会社のガバナンス(とりわけ改革のための自助努力)に相当のプレッシャーをかけることができるものとISSさんは想定しているように思います。上場会社全体にプレッシャーをかけるのではなく、監査等委員会設置会社(約800社)、買収防衛策導入会社(約500社)をピックアップして、ピンポイントでプレッシャーをかけて、アクティビストの対話や提案行為を促す、アセットオーナーを含めた機関投資家の協調行為を促す、議決権行使結果の個別開示やESG投資の普遍化によって協調行為へのインセンティブを高める、といったところでしょうか。「形式から実質に向けたガバナンス改革」2年目は、日本企業の「横並び主義」をどのように上手に活用するか、といったところがガバナンス改革積極派の腕のみせどころかと。

さて、そうなるとガバナンス改革の行方は「取締役会改革」から「株主総会改革」へと本格的に関心が移るものと予想します(会社法改正の論点も、インセンティブ報酬制度といった問題もありますが、株主総会関連、ディスクロージャー関連が中心になるのでは?)。今後の注目点は①機関投資家の威力を半減させている政策保有株式(株式持合い制度)が切り崩されるかどうか、②スピンオフ税制に続く「選択と集中(事業ポートフォリオ)」を促進する税制改正が実現するかどうか、③「働き方改革」を通じて労働力の流動化対策の実効性が確認できるかどうか、といったところではないでしょうか。そしてガバナンス改革の議論をしている時に、大きな企業不祥事が起きますと、突然「守りのガバナンス」の議論が始まることも忘れてはなりません。

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2017年10月28日 (土)

Q&Aでわかる日本版「司法取引」への企業対応

Sihotorihiki030_2 昨日(10月27日)、NHKニュースにおいて来年6月までに導入される日本版司法取引(改正刑事訴訟法上の「協議・合意制度」)に関する企業担当者向けセミナーの様子が報じられていました(画面で見る限り、セミナーは大盛況のようですね)。ニュースにおいて弁護士の方が指摘しておられるように、今後は企業自身の信用毀損を防ぐためにも内部通報制度を運用することが重要なので、私もコンプライアンスの視点から注目をしております。

ところで、日本版司法取引への企業対応については、以前平尾覚弁護士のご著書を紹介させていただきましたが、このたび大江橋法律事務所(東京事務所)の山口幹生弁護士、名取俊也弁護士による共著「Q&Aでわかる日本版『司法取引』への企業対応~新たな協議・合意制度とその対応」(同文館出版 2,300円税別)が出版されましたので、さっそく拝読いたしました。山口氏、名取氏とも長く検事として活躍され、とりわけ経済犯罪や贈収賄事件の立件に関わってこられた経歴をお持ちです。

平尾先生のご著書は、まだ誰も踏み込んでいなかった草むらに道を作るようなイメージ(改正法の条文解釈上の課題や企業対応に予想される問題点の掲示等)で、とても斬新なものでした。いっぽう、上記山口氏らの新刊書は、企業担当者をはじめ、一般の方々に、有事になった場合にどうすべきか、その解決策を平易な文章で書きおろしておられる点に特徴があります。改正刑事訴訟法や企業対応の重要ポイントをQ&Aで解説されているだけでなく、刑事訴訟という、比較的なじみの薄い手続法の実務を、企業人向けに、「メモ」や「コラム」で捜査や刑事訴訟の基本的な仕組み等への解説が付されている点はすばらしいと思います(こういったところは同業者から「あたりまえ」と言われそうで、ついつい省略したくなってしまうのですよね)。

本書において評価すべき点は、検察実務経験者としての「読み」です。「100%このようにすべきとは言えないが(条文には書いていないが)、通常は検事はこのような対応をとり、また裁判官の判断も想定できるので、企業としてはこのような対応がなされるべき」といった解説がなされています。まだ日本版司法取引の運用にあたり、検察実務がどう動くかわからない状況ですが、「これまでの経済犯罪事件の捜査・立件の実務から想定されるところでは」といった書きぶりは、読む者に安心感を与えます。申告の対象となる自己の犯罪と「他人」の関係について、社員と別会社、社員と別会社の社員、自社社員どうし、自社と自社社員といった区分によって、それぞれ自社や自社社員がどう動くべきか(動かなければならないか)が整理されており、状況次第では役員の皆様も、相当なリーガルリスクを背負うことになることがわかります。

企業法務に携わる顧問弁護士の方々にも、また企業担当者の方々にも、企業が有事になる前にお読みいただくのにピッタリの一冊です。さらに企業の内部通報制度の窓口担当者等にもお薦めの一冊といえそうです。

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2017年10月27日 (金)

神鋼品質データ偽装事件-組織に蔓延する「納期のプレッシャー」

さて、本日も神鋼さんの経営トップの記者会見があり、機械部門における新たな不適切検査が判明したことや外部調査委員会が設置されたこと等が公表されました。不正の範囲や損害の範囲が未だ確定せず、先が全く見えないという意味において、神鋼さんの件はかなり深刻な不祥事例になりそうです。

ところで品質検査の現場がなぜ、長年にわたって不適切な検査を繰り返していたのか・・・という点ですが、経営トップの方は「納期のプレッシャーがあったかもしれない」と述べておられます。この「納期のプレッシャー」というのは、「経営陣からのプレッシャー」の一環として、すべてが経営陣の責任であるかのように受け取られることがあります。

しかし、経営陣からのプレッシャーよりも、各部署からのプレッシャーのほうが強かったのではないかと想像します。たとえば営業部門です。納期について一番強い関心を持つのは取引先に約束をしている営業部門ではないでしょうか。信頼関係が破壊されてしまうと成績に一番影響が出るのが営業部門です。製造部門と営業部門とのチカラ関係に大きな差があると不祥事の芽となります。

また、品質管理部門が「品質と満たしていない」として製造部門に作り直しを要求しても、製造部門のほうが「期限を守ることができない」といって再製造を拒否することも考えられます。要求品質に適合した検査数値が出ないのは、ウチの責任ではなく、品質管理部門のスキルが低いからだ、として納期を守れない責任を品質管理部門に押し付ける・・・ということも、他の性能偽装事件で問題となりました。これもやはり品質管理部門と製造部門とのアンバランスな力関係に起因します。

さらに、商品製造過程において、品質管理部門が「おかしい」と声を上げることができない体制が存在するのではないかと。納期ということよりも、そもそも品質管理のところで「作り直し」を堂々と言えるのでしょうか。「ひょっとしたら自分の検査に問題があるかもしれない」といった気持ちを持ちながらでも「おかしい!」と口に出して言える雰囲気があるのでしょうか。

出荷までの準備がすべて整っていて、あとは検査数値を入れるだけですぐに出荷、という段取りの中で、「ちょっと待って!これやり直し!」と言えるビジネスの環境があるのでしょうか。毎日のように品質検査がクレームを入れるのが通常だとすれば問題ありませんが、そもそも品質管理の意見が通る体質の組織なのかどうか、そこから疑ってみる必要があるように思います。いわば最終検査を行う部門がどの程度、組織内でリスペクトされているか、といった問題です。

本日の記者会見でも経営トップの方が「取引先と連日、商品の安全性確認作業を行っていますが、安全性に問題が認められた商品は一切ございません」と述べておられました。ということは(前にも述べましたが)取引相手先の、少なくも納品検査担当者は「要求水準を満たしていないかもしれない」といった疑問を持ちつつも、さらなるサプライチェーンへの納品遅れを回避するためにノーチェックで通していたということも可能性としては否定できないように思います。このような疑惑は不祥事を起こした神鋼さん自身は口が裂けても言えない疑惑なので、それこそスコープを広げて外部の第三者委員会が調査すべきと思います。

神鋼さんの件でも、日産さんの件でも「納期へのプレッシャー」と言われ、それが誠実な社員であればあるほど不正への動機になるようにも思われますが、実はもう少し組織全体に横たわっている構造的な欠陥に起因している可能性もあるように思います。いや、一人ひとりの仕事に対するプライドの問題かもしれません。自分の部署さえ会社の期待に応えていれば、他の部署が不正に手を染めたとしても無関心・・・といったところも「納期へのプレッシャー」の表れといえそうです。

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2017年10月24日 (火)

ベネッセ情報流出訴訟最高裁判決と取締役の個人情報管理義務

過去に何度か当ブログでも取り上げたベネッセ情報流出訴訟ですが、本日(10月23日)、最高裁で原審破棄、差戻しの判決が出ました(本件を報じる弁護士ドットコムニュースはこちらです。なお判決文の全文は最高裁のHPで閲覧できます)。

日本ネットワークセキュリティ協会によりますと、昨年公表された個人情報流出事件は468件で、計約1400万人分の個人情報が流出しているとのこと。マスコミでも大規模な個人情報漏えい事件がときどき報じられていますが、漏えいを許した企業側に情報管理面における過失責任はないのか、あるとすれば個人情報の価値とはどの程度のものか。このような素朴な疑問への回答も含め、改正個人情報保護法が施行された中で、今後の企業側の安全管理措置の在り方に一石を投じる判決といえそうです。

私も10月3日付けビジネスローヤーズのニュースでコメントしておりますが、法律専門職の方々の間では「破棄、差戻し」判決はある程度予想されたところではないでしょうか。私自身は高裁判決を読まずに取材に応じておりましたが、高裁は「控訴人(原告)は、具体的な損害を主張立証していない」として、その余の争点を論じるまでもなく控訴を棄却したようなので、もし控訴人(原告)に損害(たとえば精神的損害)が発生しているのであれば、委託先業者だけでなく再々委託元であるベネッセに不法行為が成立する根拠法令や事実についてもきちんと審理する必要があるだろうな、と思っておりました。

本件は再々委託先業者のミスによって顧客情報が流出したものではなく、再々委託先従業員による故意の情報取得行為によって流出した点に特徴があります。「なぜ情報管理を委託している会社の、そのまた先の業者の犯罪行為について、委託元が責任を負わねばならないのか」といった自然な疑問が湧いてくるところです。ただ、基本的には再々委託業者従業員による不法行為の責任は、民法715条(使用者責任)を根拠として認められる可能性が高いように思います(過去にも委託先従業員のミスによる情報流出事件ですが、報奨責任原則によって委託元の「指揮監督関係」が広く認められた判決があります-東京地裁平成19年2月8日判決・判例時報1964号 113頁以下参照)。

ところでこの上告審の後にはベネッセ個人情報被害者による集団訴訟の判決が控えていますので、この最高裁判決の重みを感じます。差戻後の判断が集団訴訟に影響を与えることは間違いないわけですから、ベネッセが負担する損害賠償金額は(ひとりひとりの被害者の損害は1万円~5万円程度だとしても)かなり大きな金額になることが予想されます。会社の業績に与える影響は微々たるものかもしれませんが、恐ろしいのは当時のベネッセの役員責任を追及する株主代表訴訟の提起ではないでしょうか。

そこで委託元会社の役員が個人情報をどのように管理すれば任務懈怠とならないのか、そのレベル感を示す指針として、経産省や個人情報保護委員会が示すガイドラインが参考になるところです。経産省ガイドラインは個人情報保護法の改正に伴い廃止され、現在は個人情報保護委員会作成の個人情報管理ガイドラインが公表されています(平成29年3月一部改正)。法人責任を認容する根拠となる使用者責任とは異なり、取締役等の責任を認容する根拠となるのは、内部統制システムの構築義務違反(善管注意義務)ということになるでしょうから、もし責任を追及する訴訟が提起された場合には、経産省や個人情報保護委員会が作成するガイドラインが事実上のモノサシ(判断基準)になりそうです。

 

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2017年10月22日 (日)

日産自動車不正検査問題-やはり内部告発が端緒だった・・・

日曜日ですが、備忘録を兼ねて短めのエントリーをひとつ。FNNニュースですでにご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、今回の日産自動車さんの不正検査(無資格者による最終検査)問題について国交省の抜き打ち検査が行われたのは、その数か月前に国交省に内部告発(社内からの情報提供)がなされていたことによるものだそうです。日産自動車の件では、初めて内部告発の存在が明らかになりました。つまり、従業員の方の内部告発がなければ、日産さんは今も平穏無事に(?)無資格者による最終審査を継続しており、新型リーフによる新たな事業戦略がマスコミで華やかに取り上げられていたことになります。

日産さんは当初、「本件について内部通報や告発があったものではない」と発表していました。ただ、私の前回のエントリーの最後のところで述べたとおり、実際には内部告発で発覚したということで、しかも監督官庁がマスコミに漏らした・・・ということなので、日産さんと監督官庁との信頼関係はかなり破たんしていることがわかります。再発防止策を実施したと監督官庁に報告していながら、実はその後も無資格検査が続いていたことが判明したので、日産さんとしては国交省のメンツをつぶしてしまったことになります(これは有事対応としては最悪のパターンです)。

ここからはまた私の推測ですが、従業員の方がいきなり内部告発に至ったとは思えません。定石通り、最初は社内へ内部通報をしたり、上司に問題提起をしておられたものと推測いたします。仮に社内通報が行われていたとなりますと、今度は「不正隠し」(もしくは情報の根詰まり)のほうが無資格検査よりも大きな不祥事として世間から批判を受けることになり、沈静化には長い時間を要することになります。これで「安全性には問題はない、といった意識から、そんなに悪いことではないと現場社員は考えていた」といった安易な企業風土論で片づけることができない不祥事であることが認識できました。

土曜日(10月21日)は、私の事務所で神戸製鋼事件に関する某新聞社の取材を受けました。ここ1週間の間に数名の方から取材を受けましたが、「監査はなぜ機能しなかったのか」といった視点から取材を受けるのは初めてでした。日産さんの件、神戸製鋼さんの件、そして商工中金さんの件、いずれにおいても「監査はなぜ機能しなかったのか」といった視点で原因を究明することは当然であり、ようやくマスコミもそこに関心を向けるようになったと感じました。神戸製鋼さんの品質データ偽装問題については、今のところ自主調査によって発見し、これを自主的に公表したとされていますが、こちらも本当に会社の発表どおりなのか、やはり第三者への情報提供があったのではないか・・・と疑問を抱くところです。

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2017年10月18日 (水)

神鋼品質データ偽装事件の責任は神鋼だけが負うべきなのか?

本日(10月17日)の日経朝刊一面に、神戸製鋼所さんの品質データ偽装が数十年も前から社内で続いていたことが報じられていました。また、一昨日のエントリーの図表でも「私の関心事」としてお示ししましたが、数十年も続いていたとすると、データ偽装に手を染めていた人、知っていて放置していた人が経営幹部になっている可能性が高いことも報じられています。ではなぜ、今回はこのような不祥事を自主的に公表する気になったのでしょうか。まだまだ今回の件については外からはうかがい知れない真実がありそうです。

ところで、神鋼さんは米国司法当局が(同社米国子会社が保有する)関係書類の提出を要求してきたことを明らかにしました。DOJからの書類提出要請や関係者の呼び出しは、他社事例でもときどき行われているので(DOJの捜査を公開しない企業が多いだけなので)現時点ではそれほど大きな問題ではないと思います。ただ「あ、うん」の呼吸が通じないDOJが動くことは、日本企業にとっての「不都合な真実」が明るみに出る可能性があるため、神鋼さんだけの問題で済ませることができるのかどうか、といったことも、新たな関心の対象になってきました。

この「不都合な真実」との関係で、一番気になりましたのが「トクサイ」なる言葉が社内で使われていたと各紙が報じている点です。トクサイとは「特別採用」の社内隠語ですが、これは今回初めて報じられたものではなく、昨年の神鋼さんのグループ会社で発生したJIS規格偽装事件でも取り上げられた言葉です。昨年7月11日の日経ビジネスの記事に基づくものですが、規格を外れてはいるものの、安全性に問題がない商品は、安い価格でブランド品が手に入るということで取引先にも納品されていました。つまり、この「トクサイ」という言葉は、品質には問題がないけれども、取引先から要求されていた規格を外れてしまった商品について、相手方も規格外であることを知って販売される場合の慣習から生まれたもの、とされています。ただ、いつしか品質が基準に達していない場合でも、神鋼グループ会社では「強度に関するトクサイ」といった言葉で納品対象になっていったそうです。

一方、本日(10月17日)の毎日新聞ニュースでは、約40年も前から「トクサイ」という用語は社内で一般的に使われており、神鋼さんは取引先の了解を得られないままにトクサイ品を出荷していたと報じられています。ただ、このように「トクサイ」商品の出荷が悪質なものであったとすると、40年もの間、社内不正が発覚しなかったとみるのはかなり不自然です。むしろトクサイ品は取引先も知っていながら販売するもの、ただ品質に関するトクサイというものが時代の流れの中で現場に浸透していった、とみるのが自然ではないでしょうか。

ところで、今回の件で疑問が湧くのは「取引先も品質データが偽装されていることを知っていながら取引をしていたのではないか」ということです。もちろんすべての取引先というわけではありませんが、神鋼さんに納期を守ってもらうことは、取引先担当者にとっても強い関心事であり、「知らなかったこと」にしておいて、取引を円滑に済ませていたところもあるのでは、という疑問が湧きます。だからこそ神鋼社内で「強度のトクサイ」といった隠語が使われるようになったのではないかと。もしそのような事実があるとすれば、取引先企業が今度は不祥事企業の仲間入りとなります。「トクサイ」という言葉が使われていたとなると、どうしても昨年の不祥事のケースと同様ではないのか、取引先(少なくとも取引先の担当者)にも「許されるトクサイ」と「許されないトクサイ」に関する認識はあったのではないか、と考えてしまいます。

上記はあくまでも私自身の邪推にすぎません(この点、モノづくりの観点から真因に迫ろうとされる楠木さんのコメントがとても有益ではないかと思います)。しかし、考えられることだとすれば、そのような可能性についても調査委員会は調査の必要性があります。しかし、もしそのような事実が判明したとしても、神鋼さんとしては「他社には絶対に迷惑はかけられない」という意識が働きますので、調査結果の開示には強く抵抗すると思います(そこで調査委員の胆力が試されるのではないでしょうか)。過去にも不祥事は一社の不正では完結しない、という事例は嫌というほど見てきました。そういった意味では、取引先は本当に被害者なのか、不正に加担していた事実はないか、世間的には批判されるような疑問かもしれませんが、(DOJが動き出した以上)私はそこまでスコープを広げて調査を実施すべきと考えます。

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2017年10月17日 (火)

神鋼品質データ偽装事件は不正行為か不適切行為か?

このたびの神鋼品質データ偽装問題について、昨日のエントリーへ機野さんが次のようにコメントされています。

「自分たちはオーバースペック(過剰品質)のものを作っているのではないか?」「少々スペックアウトであっても、いろんな段階で余裕をみているから、最終的には全く問題がない。大丈夫」と考えてしまうのが製造業の問題だ。しかし、どの業者も、どの担当者も同じように思い、少しずつ手を抜いていったら、いったいどうなるだろう。

なるほど、これも製品偽装やデータ偽装事例での現場における思考としては考えられそうです。本日の朝日新聞朝刊の記事では、品質保証部門の社員もデータ書き換えに加担していた疑いがあると報じていましたが、このような思考に至った末の行動だったのかもしれません。「働き方改革」が進む中、最近は管理職のオーバーワークが新たに問題となっていますが、多くの企業で同様の「不祥事の芽」が育ちつつあるように思います。

ところで先週金曜日の会見で神鋼さんがマスコミに配布した文書の中に「不適切行為に関するご報告」との見出しがありました。マスコミの中には、現場で起きたデータ偽装は取引先との品質保証の約束を守らなかったことなので法令違反には該当しない、法令で定められた品質は具備している、と報じているものもあります。

しかし、要求されていた品質を具備せずに(それを告げずに)取引先に納品していたとすれば、誤認惹起行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当する可能性があります。また、要求された品質を具備していることが、取引先が納品を拒絶するほどに重要な契約上の要素だとすれば、刑法上の詐欺罪にも該当する可能性があります(たしかミートホープ事件では、不正競争防止法違反罪と詐欺罪の併合罪が認められたものと記憶しています)。

もちろん、大きな会社の事件なので、捜査機関が動くためには(事実上)被害会社の告訴が必要とは思います。しかし、本件で問題となっている事例は不適切行為というものではなく、不正行為と評価されても致し方ないものと思います。さらにやっかいなのは海外の拠点でも不正取引がなされている疑いです。たとえば中国でも不正競争防止法が存在し、日本と同様に誤認惹起行為は刑事処分、民事賠償の対象とされています。また懲罰的損害賠償制度が存在する国もあります。

神鋼さんクラスの企業であれば、コンプライアンス経営の一環として、現場でのリーガルリスクの研修は十分すぎるくらいに実践されていたと思うのです。上記のような法令は当然に認識されていたと思います。そのうえで多くの部門で同様の偽装行為が繰り返されていたとなると、やはり「組織風土」の問題だと認識せざるをえません。単に「納期を守るプレッシャー」だけでこのような結果にはならないでしょうし、不正行為を容認するような社内常識が蔓延していたのではないかと懐疑的になってしまいます。

私は昨年のJIS偽装への当社の対応が素晴らしいと感じていたので、余計に残念でなりません。一日も早く、公正中立な委員による調査結果が出されることに期待をしております。

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2017年10月16日 (月)

神鋼トップの謝罪会見から考える不祥事公表のインセンティブ

先週金曜日(10月13日)、神鋼品質データ偽装問題についての社長会見の様子を、ニコニコ動画の生中継で拝見しました。最近は大きな企業不祥事の会見をライブで視聴することができますし、マスコミ向け配布資料もダウンロードして手元に置くことができますのでとてもありがたいですね。会見中の経営トップの表情やマスコミの関心事項なども、手に取るようにわかります。

今回の品質データ偽装事件の全容や原因は、社長さんがおっしゃるように、これから1か月かけて行われる社内調査の結果を待たなければなんとも言えません。ただ、こういった大きな企業不祥事が発生・発覚した際に、マスコミの方々の質問がどこに向けられているのか、また私自身としての関心はどこにあるのか、そのあたりを謝罪会見を視聴した現時点で以下のように整理してみました(図表をご覧になりにくい場合は図表部分をクリックしていただくと拡大されます)。

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マスコミが注目したポイントは他にもありましたが、質問が比較的多かったように感じたのが上図左の4つのポイントです。上図右は、私が社長さんの発言を聞きながら、ここはツッコミを入れるべきではないか(あまりツッコミがなかったのですが)、と感じたポイントです。

これらマスコミが注目したポイントや私自身が注目していたポイントへの評価・意見についてはまた別途申し上げるつもりですが、ひとつ全体として気になりましたのが、神鋼さんは「バレそうになったから公表した」のではなく自主的に公表した、つまり不祥事の発生を止めることはできませんでしたが、自浄能力は比較的きちんと発揮していたのではないか・・・という点です。

たとえば日産自動車さんの無資格検査問題のように、監督官庁の抜き打ち調査によって発覚した、という場合には、「自浄能力の欠如」と評価してもよいと思うのですが、今回の神鋼さんのデータ偽装は社内調査で発覚し、混乱を防ぐために取引先に先に報告し、そして公表に至ったというものです。たしかに①取引先から促されて予想よりも早めに公表した、といった経緯、②鉄鋼部門によるデータ偽装(検査未実施)については取締役会判断で公表は控えていた事実はあるとしても、少なくともアルミ建材に関する品質偽装問題については自主的に公表したことは事実です。

偽装が多くの部門によって長年続けられていたので異論もあるかもしれませんが、それでも経営トップが現場の不正を認識した場合の対応としては、覚悟を決めて公表に至ったわけです。しかし、このように大きな社会的批判を浴び、また業績への影響についてもかなり深刻だと評される事態になるわけですから、この神鋼事例を知った他社経営者はどのように感じるのか、そこがたいへん懸念されるところです。

「取引先から要求されている基準を満たしていないとしても、安全性に問題が出ているわけではないだろう。回収騒ぎにでもならないかぎり、取引先と粛々と対応を協議すればよいはず。自主的に公表してもこんなに社会的批判を浴びるのだったら、信用リスクという意味では公表せずに後で発覚しても同じことではないか。だったら公表せずにバレないことに賭けるべきではないか。当社の信用を守ることが、ひいては取引先やサプライチェーンの信用を守ることになり、また消費者の安全・安心を守ることにもなるはずではないか」

平時ではなく、有事に立ち至った企業のトップの方々が、同様の事態でこのような発想になることも不思議ではありません。今回の神鋼事例が、自主的に不祥事を公表するインセンティブを阻害することにならないかと、やや不安を抱きます。ただ、コンプライアンスを後ろ向きのリスク管理と捉えるか、企業価値向上のための戦略と捉えるか、その経営トップの思想の違いが、その後の企業風土に大きな影響を及ぼすものと考えます。

「納期を守ることへのプレッシャー」が原因ではないか、という経営トップの言葉を聞くと、「そんなプレッシャーをかけた経営陣は反省すべき」「モノづくりの現場にあまりにも依存しすぎ」と簡単に言えそうです。しかし厳しいプレッシャーのもとで、たとえ不正を犯してでも納期を守ることができたことへの喜び、やり直しをせずに製品を販売できたことでチームプレーを果たせた喜び、つまり経営陣の期待に応えることができたことにやりがいを感じている現場社員の方もおられるのではないか。これも「組織風土」の問題だと思います。ここ10年不正が繰り返されてきたことからみると、単にプレッシャーだけの問題ではないと考えます。

調査結果をみなければわかりませんが、10年以上前からの不正とはいえ、安易にデータを偽装したり、最終検査を省略する社員の数は次第に増えてきたのではないでしょうか。最初は知る人も少なかったが、次第に知る人も増え、そのうち「これはおかしいのではないか」と疑問を抱く社員も現れるようになり、品質調査のプロを配した社内調査にひっかかったというのが背景ではないかと推測します。この「次第に安易な行動」が増殖する過程、内部通報や告発もなく、組織として不正を増殖させていった過程こそ企業風土の問題の核心のような気がいたします。

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2017年10月13日 (金)

必見!会計・監査・ガバナンス-ジャーナリスト・記者の視点

10月24日に東芝さんの臨時株主総会が開催されますが、株主送付書類の中に監査委員会による「計算関係書類及び会計監査報告に係る監査報告」が掲載されています(東芝さんのHPで閲覧できます)。

会計監査人であるPwCあらた監査法人さんは、(予定どおり?)計算関係書類について「限定付き適正意見」を表明しているので、東芝さんの監査委員会としては「会計監査の方法及び結果については不相当」という意見を表明するのでは、と予想していました。しかし、相当性審査の結果は「(監査の方法も結果も)限定付き相当意見」です。つまり、限定付き適正意見の根拠とされる部分については相当ではないが、その部分を除外したところでは相当である、とのこと。

ちなにに日本監査役協会「監査役監査実施要領」(平成28年度版)152頁~156頁あたりの「会計監査人監査の方法と結果の相当性判断」に関する記載を読みましたが、監査委員会による相当性判断は「相当」とみるか「不相当」とみるかというもので、条件付きとか限定付きの相当性判断という類型はありませんでした。うーーん、私の解釈では、上記の記載は「監査委員会と会計監査人の見解が一致している場合」には該当せず、結論としては会計監査人の監査は方法及び結果とも相当ではない、と読めるのですが、いかがでしょうか。。。

さて、(まったく話は変わりますが)来週10月19日ですが、東京日本橋の書店「丸善」にて、読み手と作り手をつなげる本の祭典(ニホンバシ・ブック・コンベンション)が開催されます。そこで、たいへん興味深い企画を見つけました。私も過去に出版でお世話になった同文館出版さんの企画です。

<対談>同文舘出版の本からみる会計・監査・ガバナンスのいま―ジャーナリスト、記者の視点と編集者の視点<16:00~17:00 丸善日本橋店3Fギャラリー>

※定員50名(先着順にご案内させていただきます)

ゲストの経済ジャーナリストや新聞記者と編集者が、それぞれどのような視点で会計、監査、ガバナンスに関するテーマを追い、記事の執筆や本作りをしているかを語り合います。

むむ!?これは気になる。。。ということで、同文館出版さんに問い合わせたところ、トークショーに登壇されるのは磯山友幸氏(経済ジャーナリスト、元日経新聞記者)、伊藤歩氏(経済ジャーナリスト)、加藤裕則氏(朝日新聞記者)という、いわば会計・監査・ガバナンスの世界を良く知る「大御所」の方々だそうであります(このブログでお名前を出すことについては、皆様のご了解を得ております)。

私もちょうど午後3時半まで丸の内で仕事をしておりますので、「帰阪の時間を遅くしてでも、これだけは行かねば・・・」ということで出向いてみようと思っております(先着50名って、遅れたら入れないってことかな?)。漏れ聞くところでは、あの企業会計審議会の委員でもいらっしゃる某著名学者の方も見に来られるとか?(そういえばこの方の還暦記念「21世紀会計・監査・ガバナンス事典」を頂戴していたことを思い出しました)。

会計・監査の世界をおもしろく世間に紹介する「通訳」「橋渡し」の役割は重大であり、ジャーナリストの方々へ期待するところは大きいのです(このトークショーを盛り上げるためには編集者の力量も重要です)。参加可能人数に限りがありますが、もしお時間がございましたら10月19日木曜日午後4時~5時、日本橋丸善3階ギャラリーでのトークショーをご一緒に堪能しましょう!(^^♪

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2017年10月11日 (水)

監査報告書の長文化(KAM)と監査関係者の法的責任

すでにご承知の方も多いと思いますが、あの「監査役 野崎修平」がドラマ化されるそうです。主役の「監査役 野崎修平」は織田裕二さんが演じ、社長(頭取)が古谷一行さん、専務が岸谷五朗さんに決定(「そんな監査役おるわけないやん!」というご指摘は置いといて・・・笑)。来年1月からWOWOWの連続ドラマとして放映されるそうで、とても楽しみです。ちなみに「おい!頭取に反抗するなんて、おまえ何考えてるんだ?何もモノを言わないのが監査役の役目だぞ!」と野崎を諫める先輩監査役は誰が演じるのか、こちらも楽しみです。

そういえば、かつてNHKで「ドラマ監査法人」や「ジャッジ~島の裁判官」が放映されたとき、日本監査役協会の方々と「『野崎修平』をNHKでドラマ化できないだろうか・・・。NHKにシナリオを書いて提案したらなんとか考えてくれるのではないか」と真剣に検討したことがありましたね。今回のドラマ化は(NHK、とはいきませんでしたが)日本監査役協会にとっても(監査役の知名度を飛躍的に向上させるものとして)悲願ではないかと思います(少し大げさ?笑)。

ただ、監査役制度の認知度がアップすることは、そのぶん「期待ギャップ」も拡大するということで、企業不祥事が発生するたびに「監査役は何をしていたんだ!?」と批判され、監査役等の皆様が損害賠償請求の被告になる確率も高まることになります。そしてドラマ化と同様、監査関係者の提訴リスクを高めることの一因となりそうなのが「監査報告書の長文化(透明化)」ではないでしょうか。3年ぶりに開催された企業会計審議会総会の議事録を拝見しましても、海外での先行例をそのまま日本にも導入するということはないようですが、長文式監査報告書が近いうちに採用される可能性はかなり高いようです。

旬刊商事法務8月5日号(2141号)の座談会「会計監査の実効性確保と監査役の役割」でも、KAM(重要な監査事項)を会計監査人の監査報告書に記載することで、監査関係者にどのような法的責任が及ぶのか・・・という点への懸念が(有識者の方々から)表明されていました。あまり法的な問題をほじくりまわすと、せっかく監査人による自由な記載に期待がかけられているのに、結局「お決まり文句のKAM表示」になってしまうのではないか、との懸念が生じます(これまでの監査制度の変遷からみて十分にありえます)。

そのような状況で、月刊監査役の最新号(10月25日号)の特集「監査報告書改革の論点」にて、早稲田の黒沼悦郎先生のご論稿「重要な監査事項の記載と監査人の責任」は、ズバリ監査報告書の長文化が導入された場合における会計監査人(金商法上の監査人)と監査役等の法的責任をどう考えるか、という点に光を当てておられ、共感する点がたくさんありました。たとえば会計監査人や監査役等の任務懈怠責任としての①事実上の影響、②KAM記載方法、記載内容に関する行為規制、③金商法上の虚偽記載責任(開示規制)、④これに派生するものとしての民法上の不法行為責任など、いずれも私は制度実施において法的に問題になると思います。いくら株主と経営者、監査関係者との積極的な対話のための道具だとしても、財務諸表の不正には司法裁判所が関与するという現実があるかぎり、法的責任論から免れることはできないはずです。

ただ、金商法、会社法の著名な学者の方が、現行法との整合性に配慮したご主張を、わずか2頁の紙面で展開されていらっしゃるので、一般の監査役の皆様には「通訳」が必要ではないかな・・・とも思いました(このご論稿の元になっている「現代監査」のご論稿も拝読しましたが、やはり一般の方には通訳的な説明が必要かな・・・と思いました)。私などは、「事実上の影響」として、KAMとして報告書に記載された内容だけでなく、KAMの記載に至った会計監査人と監査役等(統括責任者)とで、どのような協議がなされたのか、その議事録まで文書提出命令の対象となる可能性なども議論の対象になるような気がいたします(たとえばシャルレのMBO頓挫事件の株主代表訴訟の際に、なぜ社内文書に文書提出命令が認められたのか、といった点からも、検討しておくべきではないかと思います)。

また、かりに会社法監査の報告書においてもKAMが記載されるのであれば、会計監査人のKAM決定についても監査役等の相当性審査が義務となるわけですが、ではどのように連携をすれば会計監査人の監査の方法および結果の相当性を判断した、と評価されるのか、会計不正が発覚した際には、大和銀行株主代表訴訟の際と同じく、監査役等も会計監査人と連座して任務懈怠が認められる事態になるのではないか、といった問題にも配慮が必要ではないでしょうか。これまで多くの会計不正事件の第三者委員会報告書でもほとんど触れられてこなかった監査関係者の行動が、この監査報告書の長文化によって明らかにされることを私自身は期待をしております。それは、最終的には監査関係者の方々の環境整備(監査人や監査役等の独立性の確保や監査報酬の適正化など)につながるものと確信しています。

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2017年10月10日 (火)

神鋼品質データ改ざん事件-被害企業側の説明責任

つい先日、日産自動車さんの無資格検査事件が発覚しましたが、今度は神戸製鋼さんの品質保証に関するデータの改ざん事件が発覚しました(不適切検査問題も同時に発覚)。神戸製鋼さんとしては、もう少し実態調査の内容が明らかになるまで公表しないつもりでしたが、「取引先さんのいろいろな動きのため」に公表を急がねばならなかったそうです(朝日新聞ニュースの記事より)。同社グループによる昨年のJIS規格強度偽装事件では、自浄作用を発揮した対応が目立ちました。しかし今回の件は「なぜ昨年、同じように公表できなかったのか」という点で疑問が残り、個人的には非常に残念です。影響度があまりにも大きくて公表を躊躇していた、ということでしょうか。

安全性よりも「納期を守る」ことが「誠実な企業」として大切だと考えたのか、それとも事業戦略上の重要領域であるがゆえに失敗は許されず、自社基準、法令基準さえクリアすれば保証品質をクリアできずとも「安全性に問題なし」と、いつしか拡大解釈されるようになったのか、品質基準には広い裁量の範囲があったのか、「相手方企業による監査手続がないので絶対にバレない」との考えがあったのか。いずれにしても企業風土の問題と言われても仕方ないように思います。

ところで本件は取引先から要求されていた品質を具備していないにもかかわらず、さも具備しているかのような品質保証書を作成して取引を行っていた・・・というところに特色があります。CFE(公認不正検査士)の本場米国では、こういった際に、被害企業から委託されたCFEが取引先企業に乗り込んで実態調査を行うことがありますが、日本企業ではそこまで行かないようですね(品質保証契約の際に、そのような条項が元々挿入されていない、ということでしょうか)。

このようなデータ偽装事件において、被害者側企業の危機対応を支援したことがありますが、品質偽装を受けた企業側が、当該製品をお使いの顧客の方々のためにリコール等の対応を最優先事項とすることは当然です。しかしそれだけでなく、被害者側企業が上場会社の場合、被害回復の徹底を図ったことを株主に説明しなければならないので、「偽装をした相手方にどこまで厳格に対応すべきか」という点も、一つの大きな課題となります。ここに、平時からのリスク管理の巧拙が、他の被害企業との明確な差となって浮かび上がります。

詐欺事件として刑事告訴をする企業、詐欺を理由に不法行為責任を民事賠償として追及する企業、契約責任(瑕疵担保条項)による民事賠償として追及する企業、不正を発生させた企業が何らかの対応を決定するまで静観している企業など、いろいろと対応が分かれると思います。実は「品質保証を要求する」と言いながら、保証された品質が具備されているかどうかきちんと確認していない企業も多いのではないでしょうか(品質保証書が提出されていれば、あとは保証表明による責任のみ?)。お互い信頼関係で結ばれている日本企業ですから、安全性さえ確認できれば、どこかで円満にトラブルを終結させたいところです。

ただ、最近は株主の方々に、1円でも多くの被害回復に尽力したことを説明する必要性が高まっているので、被害企業の対応も厳格にならざるをえないように思います(あたりまえといえばあたりまえですが・・・)。しかし、たとえば法が要求する安全基準を満たしていない、といった事例であれば問題ないのですが、合意に基づく品質基準を満たしていないということについては、「品質基準を満たしていない製品の確認義務は尽くしていたのか」ということについて、一点の曇りもなく「尽くしていた」と言えるかどうか、悩ましいことがあります。被害回復を徹底的に行う(つまり法的責任を追及する)ということになりますと、自社の行動に問題がなかったどうかも明るみに出る可能性があります。そのあたり、とても慎重に行動しないと、今度は不祥事の火の粉がこちら側に飛んでくることになりかねません。

今回の神鋼さんの品質データ改ざん問題のように、10年以上もの間、幹部クラスまで関与していたとなりますと、たとえば取引先にも過去に神鋼さんの社員だった方が勤務している可能性が出てきます。たとえば昨年の神鋼さんのJIS規格強度偽装事件では、「トクサイ品」として、取引先もJIS品質の強度不足を知っていながら取引を継続しているということもありました(2016年7月11日付け日経ビジネス参照。ブランド品を破格の値段で購入できるわけですから、いわば「三方よし」のようなものかと・・・)。取引先は日本を代表する「安全性重視」の企業ばかりなので、あまり失礼なことを推測だけで語ることは控えますが、それでも要求した品質保証のレベルをどのように確認してきたのか、そのあたりの日本企業の実情は、法律レベルではなく商慣行レベルでどうだったのか、知りたいところです。

 

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2017年10月 6日 (金)

コーポレートガバナンス・コード改訂の行方はいかに

施行から3年~5年で改訂が予定されている(とされる)日本版コーポレートガバナンス・コードですが、実施率(コンプライ)が90%を超えるとされている日本の上場企業にとっても関心が高いところと思います(「これがベストプラクティス!」と言っておきながら、コードが改訂されると、また改訂されたコードを企業が実施する・・・というのもなんかへんな話ですね)。

そんなガバナンス・コードの改訂の行方を占うためにも、ぜひとも参考にしたいのが元祖英国版ガバナンス・コードの改革方針でして、8月29日に今後の改革方針をまとめた報告書が公開されました。法律雑誌でもよく取り上げられています。

メイ首相が就任当初に公約していたような急進的な改革はなくなりそうですが、それでも企業の社会的責任を意識した改革内容はなかなか興味深いところです。一定規模以上の株式会社に対して、取締役が従業員や取引先、地域住民の利益をどのように保護しながら事業を進めているのか説明することを会社法で義務付けたり、ステイクホルダーの利益保護に一層配慮するようにコードに盛り込んだり、ステイクホルダーの利益を代表する取締役の選任、従業員代表取締役制度、従業員諮問委員会の設置などの実施(コンプライ)を要請したり、ということで企業の社会的責任を果たすことが強く求められることになりそうです。

ペイレシオ(社長の報酬が従業員の給与の何倍なのか)の開示といった役員報酬の見直しが中心となりそうですが、いわゆる「アメとムチ」による株主主権的なガバナンス改革が変容を迫られているというところでしょうか。日本が向かおうとしているインセンティブ報酬制度の改革とはなんとなく逆方向に向いているような気もします。

従業員らと経営者との建設的な対話に関するガイドラインの策定、取締役がステイクホルダーの利益保護を実践するためのガイドラインの策定といったことも検討されているようです。仮に日本でも、英国改革が影響を及ぼすおそれがある場合には、企業もしくは取締役の社会的責任配慮実際に関する詳細なガイドラインが策定される可能性もありますね。昭和49年の商法改正時における「企業の社会的責任条項導入論争」が再び(コードではなく会社法改正というレベルで)起これば楽しいような気もしますね。

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2017年10月 4日 (水)

コンプライアンス経営のレベルは「役員秘書」に表れる?

大株主さんから臨時株主総会の招集請求を受けている東証一部の9790号さんの経営権争いがたいへんな状況になっていますね。現社長さんと女性秘書とのプライベートな関係を大株主さんから糾弾されたり、一方で監査役会が大株主さんと会社との関連当事者取引がコンプライアンス違反の疑いありとして第三者委員会が設置されたりと、社内で混乱を来しています。場外の第三者からはどこまでが真相なのか不明なのでコメントは控えますが、一般的には役員秘書と経営トップとの親密関係はセクハラ・パワハラ問題に発展することが多く、社長解任事例でもときどき取り上げられるスキャンダルです。

ところで、昨日、労務訴訟(使用者側)対応で、とても有名な東京の某弁護士の方と意見交換をさせていただいたのですが、その方は永く「役員秘書研修」を担当しておられるそうで、これがとても盛況だそうです。秘書室長を務める総務部長さん(男性も女性も)や、個々の役員の方の秘書さん(女性が多い)が受講者です。役員秘書の心構えや役員との接し方といった一般的な研修テーマのほかに、①インサイダー情報の取扱いについて、②セクハラ、パワハラ、マタハラ問題への対処、③保有個人情報、企業秘密の取扱い、④秘書特有の労務問題などを取り上げて研修をされるそうで、受講者からの質問もたいへん多いとのこと。

重要なポイントとして、会社の利益と役員個人の利益を明確に区別して、役員秘書は最終的には会社の利益を守るために業務をこなすことを研修の中でお伝えするそうです。秘書室長は別として、普通は担当役員との二人三脚のお仕事なので、どうしても「会社の秘書」という感覚よりも「某取締役の秘書」という感覚のほうが優先してしまうのでしょうね。

上場、非上場を問わず、例年同じような会社からの受講申し込みが多いようで、その弁護士の方がおっしゃるには、「こんなところへ受講に来なくても、そもそも不祥事が起きないような企業のほうが多い」「役員秘書の重要性がわかっているからこそ、研修の費用を会社が払っている」ようです。たしかに(私の経験からですが)社長解任事件の準備段階で、社長の秘書さんからどれだけ情報を入手できるか、どの秘書仲間に動いてもらえば情報を入手しやすいか、といったところは重要でして、秘書の方々がしっかりしているほど、情報は簡単には入手できないですね。

冒頭の9790号さんのような事例はかなり極端かもしれませんが、それでも役員秘書の方々の対応から、その会社のコンプライアンスの姿勢が垣間見えるかもしれません。たしかに役員秘書の方がセクハラを受けていたり、役員個人のプライベートな問題に悩まされている場合には、会社としても上記のような研修は受講してほしくないですよね(笑)。企業風土のレベルを測ることはなかなか難しいですが、こんなところからも、企業のコンプライアンスのレベルを測ることができるように思いました。

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2017年10月 2日 (月)

日産の無資格検査事件-「安全性に問題なし」言及のジレンマ

日産自動車さんで新規登録車の最終検査を認定外の自動車検査員が行っていたとして、リコール問題に発展しています。朝日新聞の記事によりますと、国交省の抜き打ち検査によって発覚したとありますが、定例のパトロール検査だったのか、それとも内部告発があったのかは不明です。ちなみに、今年から消費者庁と各行政庁との間で、労働者通報に関する行政機関ガイドラインを遵守する申し合わせがなされ、そもそも内部告発があったのかどうかも秘密にすることになりました(そうしないと内部告発者が特定されるおそれがあり、会社から不利益処分を受けるからです)。いずれにしても、日産さんにとっては、道路運送車両法上の保安基準を満たさない車両が見つからない以上は「法令違反」には該当しないにもかかわらず、大きな不祥事に発展してしまいました。

事実関係は第三者委員会の調査結果を待たなければ確かなところはわかりませんが、とりあえず日産さんとしては「補助者といえども検査をしているので車両の安全性には問題ありません」と大きな声で言いたいですよね。オーナーさんや販売店の混乱を回避するためにも、危機対応としては「とにかく安全です」とリリースしたいところです。しかし、これがそんな簡単でもないと思います。

「安全です」と言ってしまえば、それではなぜ国交省の通達(新車の最終検査は社内で認定した自動車検査員が責任をもって行うこと)があるのか、それは安全性の確保のためではないか、といった道路運送車両法の趣旨を真っ向から否定することになります。以前、同じような事件を担当したときに、監督官庁さんから「それを言っちゃおしまいでしょ。過剰規制ってワケ?お上にケンカ売るってこと?」ということで、安全性に関する発言はコソっとしか言えませんでした。また、世間からは「無資格者が検査しても安全ですからどうかご安心ください」って、そんな気持ちで仕事してるんだから、会社ぐるみで故意で無資格検査を放置していたということですよね?と批判を受けることもありそうです。

ただ「安全性については回答できません」とも言えないでしょうね。そんなことを言ったら販売停止に追い込まれますし、第一、一回目の車検を控えている「販売から3年未満の自動車オーナー」を混乱させることになります。ここはなんとか「安全性」に関する話題を、「とりあえず安心」を顧客の皆様にもたらすストーリーに変える努力が日産さんには必要かと。あと、こんなことを申し上げると「弱気」に聞こえるかもしれませんが、ともかく国交省と二人三脚で消費者、顧客の皆様の不安を除去するために全社挙げて対象車両を特定する以外には方法はないと思います。検査員、補助検査員とも、すでに退職している方もたくさんおられるので、ずいぶんたいへんな作業だとは思いますが。

記者会見で「なぜこうなったのか、いつからこうなのか、わからない・・・・」と経営陣の方がおっしゃっていましたが、現場の社員の方々にとっては安全性も大切ですが、納期を守るというお客様への誠実性も大切です。中にはルールを知らなかった社員の方もいらっしゃったのかもしれませんが、実際には誠実な社員の方々が、決してやってはいけない「安全と商売を秤にかける」ことをやってしまったのではないかな・・・、と推測いたします。現場の社員の方が疑問に感じて、内部告発に向かう典型的なパターンのような気もします。

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