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2017年11月30日 (木)

品質検査データ偽装に気づいた企業は素直に公表できるだろうか

(最近はこの話題が多くて恐縮です)経団連の会長さんが会員企業1300社に対して品質検査データに問題がないか、調査を要請することを決めたと報じられています(モノ作り企業を対象に・・・ということかと思いますが)。日本企業の国際的信用を毀損しないための要請だと思いますが、もし会員企業において検査データに問題が認められた場合には、果たして事実を公表できるのでしょうか?

これまで品質データの偽装を公表した神戸製鋼所、三菱マテ・グループ、東レ・グループでは、いずれも自ら不正を発見して、すでに取引先に申告済です。しかし、これから調査をして不正を発見した会社は、おそらく取引先にも不正を隠ぺいしたままの状態です。その状況で公表するとなりますと、顧客、取引先の混乱は相当なものになります。いままで公表した企業以上に「なぜ隠ぺいしていたのか」「なぜ不正に気付かなかったのか」と世間から大きな批判を浴びることは必至です。

また、これまで公表した企業の場合、取引先や顧客からの問い合わせが増えたことで「やむなく」公表に至ったわけですが、取引先に説明もしていない企業の場合は、内部告発でもないかぎりはバレる可能性は薄いはずです。だとすれば、やっぱり公表せずに隠し通すことに賭ける(墓場まで持っていく)ことを選択するのではないでしょうか?

「品質検査には誤差はつきもの。トクサイが認められている以上、品質検査官には裁量が与えられているのだから、これは誤差の範囲内での修正と判断したんだろうね。だから公表するほどでもないだろう」

経営者が隠すことを正当化するバイアスは十分に働くと予想します。

たしかに「隠し通すことに賭ける」ことでバレずに済む会社もあると思います。ただ、私の経験上、そのような会社には「負のストーリー」が脈々と受け継がれて、悪しき組織風土が根付くものと思います。何かあっても、社員は「この会社は不正は隠すことを容認している」として、現場の不正がトップに届かない風潮が増幅されます。内部通報制度も機能しないはずです。

そこでひとつの提案ですが、今回の品質検査データの調査にあたっては、公認不正検査士(CFE)資格者に「社内調査が公正に行われているか、その情報が経営トップに正確に伝わっているか」といった点についてチェックを委託して、CFEのお墨付きをもらうことを検討されてはいかがでしょうか。現在、日本には公認不正検査士が2000名以上います。弁護士、会計士等の資格保有者も多数存在します。社内調査の公正性担保、ということだけであれば費用対効果、という面においても適切ではないかと(こういったときにこそ、CFEが活躍すべきではないかと思います)。

そこまではむずかしい、ということであれば、せめて公正なプロセスチェックが期待できる監査役等による監視・立会は不可欠ではないでしょうか。ぜひとも、不正を隠すような事態、告発によって後日発覚してしまうような事態をなくすためにも、適切な不正調査の在り方についてご検討いただきたいと思います。

 

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2017年11月29日 (水)

品質検査データ偽装事件の発覚経過を機関投資家はどうみるか?

今朝(11月28日)の日経朝刊「迫真」が、神戸製鋼所品質データ偽装事件を詳細に報じています。先週の週刊エコノミストの拙稿で、私が疑問を呈した二つのポイントについて、見事に記事で明らかになっていました。ひとつは公表に至った経過です。予想どおりだったのは、偽装を知った顧客が他の取引先にも偽装の事実を告げて、取引先からの問い合わせが殺到した、とのこと。意外だったのは、経産省が公表を迫っていた、ということです(日産さんの無資格検査問題の影響もあったそうです)。

そしてもうひとつが、本当に公表する意思があったのか、という点ですが、やはり社長さんは「ここまでの話やないんやけど・・・」といった感想を抱いていたとのこと。偽装の記者会見よりも、(事業にとってもっと大切な)世界鉄鋼協会の年次総会に出席することのほうを優先的に考えておられたそうです。これ、私も「ごもっとも」と思います。取引先には偽装の事実を誠実に告げて「これからは気を付けてください」と言われて一件落着していたのです。おそらく会社の経営幹部のすべてが社長同様「ここまでの話ではないんとちがう?」といった感想をお持ちだったはずです。だからこそ、神鋼事件を契機に多くの会社で調査を行い、たとえ品質データ偽装が判明したとしても、なかなか公表にまで至らないと思うのです。

本日、グループ会社における品質検査データ偽装を明らかにした東レさんにしても、ネット掲示板に品質検査データ偽装のうわさが流れ、取引先からの問い合わせがあったこと、先行する神戸製鋼さんの件が世間的に重大な事件を受け止められていることから公表に踏み切ったそうです(東レの社長さんは「神戸製鋼の件がなければ、当社でも発表は考えられなかった」と述べておられます)。これからも同様の発覚経過をたどって公表に踏み切る企業が出てくるものと予想します。なお、世間では今回の一連の品質検査データ偽装は「法令違反ではない」と評価しているようですが、こちらのエントリーでも述べたように、私は法令違反の可能性が高く、それほど軽視されるべきものでもないと考えます。

ところで、このような問題が発覚すると、当然に当該企業の株価は下がるわけですが、私は「組織ぐるみ」でないかぎり、またステイクホルダーに多大な損害が発生しないかぎりは機関投資家の企業評価自体は下がらないとみています。要はこのような不祥事発生への経営陣の関与、不祥事発覚時の経営陣の対応が全てであり、「この社長の言動に表と裏がないか」というところが機関投資家の注目点ではないでしょうか。

企業にとっては不祥事対応は「リスク管理」かもしれませんが、機関投資家にとっては不祥事対応は「企業倫理」とりわけトップの倫理観のほうが重視されると考えています(それにしても社内の常識と社外の常識がこれほどまでにズレが生じた例は珍しいのではないでしょうか)。今回の一連の品質データ偽装事件は、コンプライアンス経営とは何か、あらためて見つめ直す機会になりました。

有事対応に従事する者としては、企業がリスク管理として捉えてくれればお金になりますが、企業倫理を訴えてもお金になりません(笑)。しかし機関投資家の方々は、有事に至った経過や有事の経営トップの発言内容から、経営者の倫理観に着目する傾向が強いというのが私の感想です。「あとで株主代表訴訟に耐えられない」とか「その発言は取引先や行政に迷惑がかかる」さらには「どういった場合に公表すべきか、その判断ルールを社内で策定すべき」といったリスク管理的感覚でモノを言うのではなく、経営者が心底から他人に迷惑をかけるやり方で儲けない、といった気持ちがあるのかどうか、そこを知りたいのが機関投資家だと思います。

もちろん、これは自分の過去の失敗経験からの意見であり、統計調査に基づくものではないので仮設の域を超えるものではありません。ただ、稼ぐ力を取り戻すことが大事な世の中なのであれば、「走りながら考えるコンプライアンス」を実践するために、機関投資家のコンプライアンス経営への考え方を理解することも重要ではないかと思います。

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2017年11月28日 (火)

消費者裁判手続特例法のコストパフォーマンスは如何に?

11月27日の日経ニュース「消費者一括救済、訴訟ゼロ 特例法施行から1年余り」を読みましたが、施行から1年余り経過した消費者裁判手続特例法の活用事例が未だ一件もないとのこと。平成25年の法制定以降、ビジネス法務の世界では「日本版クラスアクション到来!」と恐れられ、「民事訴訟の特別版が出来たことで、まじめな企業もターゲットになるぞ!準備は大丈夫か?」などと盛り上げて(煽り立てて?)おりましたが、いざフタを開けてみるとこんな感じになっているようです。

ただ、私は平成28年6月30日に公表された「消費者団体訴訟制度の実効的な運用に資す る支援の在り方に関する検討会報告書」の内容について、検討会の座長でいらっしゃった升田純先生のお話をいろいろとお聴きしていたので、「運用するにはかなりハードルが高いなあ」という感想は持っておりました(上記の日経ニュースを深堀りされたい方は、この検討会報告書をお読みになることをお勧めいたします)。本特例法のコストパフォーマンスを上げるためには、①公益活動を担う弁護士の報酬等を含めた財政支援、②被害情報が特定適格団体にタイムリーに入るためのシステム作り、③企業側の瑕疵を立証可能とするための科学的知見の補助、といったところがポイントになろうかと思います。

また、「いまのところ訴訟が一件も提起されていない」と報じられていますが、これは消費者庁の「特定適格消費者団体の認定、監督等に関するガイドライン」の存在も大きいのではないかと思っております。 その33頁以下に「(6)特定適格消費者団体の責務(法第75条第2項関係)」なる指針が示されていますが、特定適格消費者団体は、事業者に対していきなり訴訟を提起することが困難なのですね。原則として事業者との間で事前交渉を行うことが求められています。そうなると、トンデモ事業者は逃げたり、資産を散逸する時間ができますし、まじめな事業者は、共通義務確認訴訟で敗訴しないための要件を満たすように事前準備をすることも可能です。 つまり、「相当多数性」「共通性」「支配性」要件の欠如を指摘して、被害弁償や将来的な被害拡大防止策を図ることにより、特定適格消費者団体が提訴を断念するよう努めることになります。

私も当ブログにおきまして、「日本版クラスアクションが来るぞ!」と煽っていたひとりなので(笑)、少し言い訳に聞こえるかもしれませんが、消費者法関連の企業リスクというものは、大きな事件が起きたり、政局が変わることによって企業に突如降りかかります。そのときになって対処しても遅いのであり、今からきちんと不正リスク管理を怠らないことが肝要ではないかと思います(って、ホントに説得力に乏しい言い訳にすぎませんが。。。)

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2017年11月27日 (月)

コシダカホールディングス社の財務報告内部統制に関する疑問点

東芝さんの先日の臨時株主総会の法的問題点を指摘した弥永教授のご論稿(最新の雑誌「ビジネス法務」に掲載されています)を拝読いたしました。やはり法律上は「定時株主総会」とみるべき、というのはその通りかと思いますし、監査委員会のPwCの監査への相当性判断については「不相当判断」と解釈されているのも、私は賛同いたします。一方11月18日付けの週刊現代には、東芝元会長の西田氏の独占インタビューが掲載されていて、こちらも読みごたえ十分でした。しかし第三者委員会というのも「報われない仕事」です。世間からは「東芝の意向を忖度したとんでもない委員会」と批判され、調査対象の当事者からは「罰則もない連中がウソばかり書きやがって!」と罵られる。それでも社会からの期待は結構大きいのですよね。

さて、24日に無事(?)定時株主総会が終了したコシダカホールディングスさんの話題です。総会招集手続きの瑕疵を「修正」「補正」で乗り切れるのだろうか・・・と関心を寄せておりましたが、山口三尊さんのブログに詳細な総会議事記録が掲載されていましたので読ませていただきました(いつもありがとうございます)。

会計監査人からの監査報告が受領されず、また監査等委員会の監査意見も出ないままに招集通知を発送するといったことが「補正」で間に合うという点は「あまりにも監査制度をないがしろにしたものであり、到底容認できない」といった意見も私の周囲からは聞こえてきます。重要なのは「結局は会計監査人から不適正意見もらえるんだからいいじゃないか」という「結果オーライ」の問題ではなく、監査意見をどこまで会社側が尊重するか、といったプロセスの問題ですし、総会で社長さんが何度も述べておられるとおり、内部統制に関する問題が、今回は大きかったと思います。

ただ、ここで「内部統制の問題」と述べるのはあまりにも抽象的であり、それだけでは問題の核心に迫ることはできないと考えます。つまり、コシダカさんのケースでは監査委員の方は「内部統制ができていなかった。これから早急に構築します」と述べていますが、コシダカさんは東証1部の上場企業ですから、私はすでに立派な財務報告内部統制の仕組みは出来上がっていると思います(会計監査人も新日本さんですし)。むしろ、今回は「仕組みはあるのに、あえて運用していなかった」、つまり全社的内部統制をわざと無効化したのではないか、といった疑問が湧いてきます。金商法上の内部統制報告制度が施行されて10年です。コシダカさんのような立派な上場会社が、これまで財務報告内部統制を構築していなかったとは考えにくいです。むしろあえて内部統制を無効化してしまったとみるほうが自然です。ではなぜ無効化してしまったのか・・・、つまり運用面での不備に至った原因を明らかにすべきです。

そしてもうひとつ、コシダカさんの株主総会では内部統制については「有効」か「無効」か、という点に関心が集まるのですが、やや論点がずれているように思います。内部統制報告制度も立派な金商法上の開示規制だという点を再認識すべきです。刑事罰も民事責任規定もあります。今回のコシダカさんの内部統制について問題になるのは「有効」とか「無効」といった問題ではなく、そもそも内部統制の評価を経営者が行っていたのか・・・という点です。評価を行っていなかったとすれば「内部統制の有効性」どころか、立派な虚偽記載になります。山口三尊さんのブログ内容が真実だとすれば、社長さんは「(内部統制に関する)担当人材が空白の時期があった」と述べておられます。今回のような信じられないミスが発生しているということは、この社長さんの陳述とも併せ考えますと、社長さんが財務報告に関する内部統制(とりわけ全社的内部統制)の評価を行っていなかったのではないか・・・との疑問が湧きます。

いままで内部統制報告書の刑事罰規定や民事責任規定(いずれも金商法上の責任規定です)が問題とされたことはなかったのですが、私は経営者がそもそも評価をせずに意見を表明している会社が多いのではないかと感じています(これは内部統制監査でもわかりません)。このあたりでもう一度、経営者が評価をしたと(金商法上で)解釈されるためには、どの程度、財務報告内部統制に経営者が関与しなければならないのか、問題が発生する前に客観的に見直してはいかがでしょうか。

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2017年11月24日 (金)

三菱マテリアルグループ会社の品質偽装とアデルソンの図形

私の新刊書の帯書きではありませんが、経団連会館に本店を構える非鉄名門企業のグループ会社でも、品質データ偽装事件が発生していたそうです。神鋼さんと全く同じで取引先から要求されていた仕様に満たない品質検査結果のデータを書き換えていた、とのこと。まさに「企業不祥事はかならず起きる」。三菱マテリアルさんの23日付けリリースを読みましたが、人間模様が出ていて(失礼ながら)とても興味深い内容です。

データ偽装を行っていた一社では、神戸製鋼さんが品質データ偽装を公表した翌日から自社でも品質監査を開始され、そこで品質偽装の事実が判明したそうです。そしてもう一社では、親会社(マテリアルさん)の品質監査要求に従って実施した社内監査により、今年2月に発覚した、とのこと。同社経営陣には3月に報告されましたが、同社経営陣が親会社に報告したのが、これも神鋼さんの事件が発覚した後の10月25日だそうです。週刊エコノミストの今週号に掲載された拙稿でも述べましたが、今回の品質データ偽装については、いずれの会社でも、「公表するほどの安全性の問題はない。誠意をもって取引先に報告をして、安全が確認されれば一件落着」との思いが強かったのではないでしょうか。

こうなってきますと、「やっぱり神鋼さんは組織風土に問題があった」などと安易に語ることはできないと思います。日本を代表する名門企業のグループ会社でもマスコミから批判されるような不祥事が起きてしまう。まちがいなく、神鋼さんの不祥事を契機に品質検査(品質監査)を行った結果、同じような結果が出た企業がたくさんあるはずです。とりわけグループ会社でデータ偽装が判明した親会社の場合、(株主から業績を厳しい目で監視されている関係上)三菱マテリアルさんのように潔く公表を決断できる企業は珍しいと思います(しかし三菱マテリアルさんは昨年12月の時点で品質監査をグループに厳しく要請していたようなので、先見の明があったのでしょうかね?)。

私も一社、三菱マテリアルさんとは関係のない某社の有事対応に関わっておりますが、その会社の不正(偽装と仲間内での放置)を見ておりまして、アデルソンの図形を思い出しました。

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不祥事を起こしてしまう組織風土とアデルソンの図形との関係は、上記図の左の解説をお読みいただけると幸いです(もちろん、私の試論なので、いろんなご異論はあると思いますが)。ちなみに上の図で、私はいまでもAとBのパネルの色が同じには見えないのです。ためしにPC上でBを切り取ってAに重ねると、やっぱり同じ色なんですね。社内で常態化している作業について、たとえルール違反があったとしても、出荷を止めなければならないほど悪いことと認識するのは、現場も経営者も含めて、かなりむずかしいのではないかと。「おかしい」と口に出して言うことは、上図のような違和感(目の錯覚を認識すること)を超えることではじめて可能になると思います。

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2017年11月20日 (月)

企業の価値を向上させる実効的な内部通報制度(拙著のご紹介)

Jikkoutekinaibu11月17日、日産自動車さんが無資格審査問題で記者会見を開きましたが、その中で日産の代表者の方が「これからは内部通報の仕組みが機能する体質にしなければならない」と述べておられました。ただ、そこで念頭に置かれているのは昔ながらの内部通報や内部告発のように思えました。現在は、社員一同による内部通報や幹部職員による内部通報、大株主がバックに控える内部通報など、その形態はさまざまです。時代が変われば内部通報や内部告発の姿も変わります。したがって組織の体質を変えるとしても、内部通報のトレンドをまず認識しておく必要があります。

さて、週明け早々恐縮ですが、拙著のご紹介です。すでに書店に並んでいる地域もあるようですが、いよいよ今週(11月24日)私の執筆いたしました新刊書が発売されます。アマゾンさんでも取扱いが開始されました。

「企業の価値を向上させる実効的な内部通報制度」(山口利昭著 経済産業調査会 2,700円税込 発売日11月24日)

単著本としては3年ぶりとなります。経済産業調査会さんからは、2010年に「内部通報・内部告発-その光と影」を出版させていただきましたが、このたび、その全訂版としての位置づけにて、上記タイトルにて発売させていただきました。ただ、今回は一般の方々にも読みやすいような内容に仕上げております。内部通報制度や公益通報者保護法の現状を示して、企業の皆様にはコンプライアンス経営の実践に役立てていただき、また内部通報や内部告発をお考えになっている皆様には、実効性のある内部通報・内部告発の参考にしていただきたい、と願って執筆いたしました。

とりあえず「はしがき」を抜粋してご紹介いたします。

(中略)テレビCMでは、「消費者に優しい経営」を宣言しているにもかかわらず、その裏側では「消費者を裏切る不正」を告発しようとしている社員に残酷な仕打ちで対応している企業の姿をみるにつけ、「社員ひとりひとりは誠実でも、組織となればどこの企業でも冷酷なものだ」と実感します。本書で紹介している実例をみればおわかりのとおり、世間で話題となる企業不祥事の多くは、内部通報や内部告発を端緒として発覚します。同じような不祥事を発生させた企業でも、通報に上手に対応した企業では企業の信用を毀損させることはなく(むしろ信用を向上させる企業もあります)、対応が拙いために、長年にわたって社会的な信用を低下させてしまう企業もあります。ではその差はどこで生じてしまうのでしょうか。

本書は、内部通報制度や内部告発の実態に光を当てながら、経営者にとって不都合な事実、たとえばグループ会社で発生した不正事実をいかに早く経営者が認識できるか、その仕組み作りを解説したものです。また、経営者の思いとは裏腹に、社員の方々が社外に不正事実に関する情報提供(いわゆる「内部告発」)を行った場合に、企業としてどのように対応すべきか、その適切な対応方法についても言及しています。

適切な内部通報制度の構築を「企業向けに」解説する本は、すでに良書がたくさん世に出ていますので、本書の特徴について少しだけお話しておきます。私は3年ほど前から、消費者庁の公益通報者保護制度の実効性検討会委員として、公益通報者保護法制と関わってきました。公益通報者保護法の改正審議は未だ「道半ば」ですが、その方向性がかなり明らかになってきましたので、その方向性を本書で示すことにしました。また、その方向性は「法改正」に先行して消費者庁が示したガイドライン(民間事業者向けガイドライン、行政機関向けガイドライン)に示されていますので、こちらも解説を試みました。

また、2017年5月には改正個人情報保護法が全面施行され、2018年6月までには改正刑事訴訟法のいわゆる「司法取引制度」も施行されます。また、消費者裁判手続特例法や(上場企業向けですが)コーポレートガバナンス・コードなども、近年施行されました。このような社会の流れの中で、内部通報制度や内部告発への対応も変革を迫られています。本書では、これら最近の法制度の流れを紹介して、とりわけ企業の構築すべき内部通報制度にどのような影響が及ぶのか、私なりに解説を試みました。

さらに、効果的な内部通報制度を運用するためには、内部通報者や内部告発者が「なぜ通報や告発に及ぶのか」その動機や手法についても認識しておく必要があります。働き方改革が進み、ITからAIの時代へと移行する過程において、内部通報制度や公益通報者保護法を「使用者vs労働者」「企業vs社員」の固定観念で捉えるのはもはや時代遅れと言えます。企業の窓口担当者、経営者の方々が、内部通報者や内部告発者の意識を知っていただくために必要な「知恵」についても各所で触れることにしました(以下、省略)。

ぜひとも、ご一読いただければ幸いです。また、当ブログでも折に触れて内容をご紹介していきたいと思っております。どうかよろしくお願いします!<(_ _)>

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2017年11月15日 (水)

地面師詐欺事件と売主側に関与した専門家の法的責任

大手ホテルチェーンのアパホテルさんが土地取引で12億円もの地面師詐欺に遭遇した事件で、11月8日、関係者が逮捕された旨の報道が出ておりました(たとえば毎日新聞ニュースはこちら。ちなみに売主側に立つ司法書士も共犯だったそうです)。以下、当ブログはビジネス法務を扱うものなので、あくまでも企業が買主側に立った場合の注意義務に注目して論じるものです。

先週も、こちらのエントリーで弁護士が売主側の立会人として本人確認情報を提供した場合の専門家(資格者代理人)の注意義務(買主側の過失割合4割が認められた)についてご紹介しました。私はそこで「資格保有者(資格者代理人)には真正な所有者に対する注意義務は発生しても、取引相手方である買主に対する注意義務は直接的には発生しない」「買主に対する資格者代理人の注意義務が認められるかどうかは、控訴審ではわからない」と書きましたが、先週ご紹介した地裁判決の控訴審判決が、実は今年6月に出ていたようです。ここでその控訴審判決の内容をご紹介することは(関係者の方とのお約束により)控えますが、たいへん興味深い判決になっており、ぜひ法律判例雑誌等に掲載していただきたい内容です(ちなみに本件は上告審が係属中です)。

また、上記地裁判決が掲載されている判例時報(2343号 2017年11月1日号)では、解説記事として、同じく地面師詐欺事件の被害買主会社が本人確認情報を提供していた司法書士の方(売主側)を被告として提訴していた裁判例(東京地裁平成28年9月2日判決)を紹介しています。そこでは被告司法書士さんに対する損害賠償義務が認められたと記されています。しかし、この判決全文を判例秘書データベースで確認したところ、判例時報の解説が間違っており、当該司法書士さんはたとえ地面師詐欺事件に気づかなかったとしても、本人確認義務を尽くしたことについて注意義務違反は認められないとされ、買主会社の賠償請求は棄却(勝訴)されております。

弁護士や司法書士など、アパホテル詐欺事件に関与した悪徳法律家であれば言語道断ですが、たまたま業務の一環として本人確認情報の提供を請け負った場合に、安易にその責任を認めてしまいますと、この地面師詐欺全盛の時代、誰も資格者代理人をやりたがらないことになってしまいます。そうなりますと円滑な不動産取引に支障を来すことにもなりかねません。最近の判例の傾向は、本人確認作業を行った専門家がどこまで最善を尽くしたのか、その事実関係を緻密に検証しており、安易に結果責任を専門家に認めるものではないように思われます。

もちろん、本人確認のための高度な専門家責任を尽くすためには、たとえば個人識別のための書類に関する知識や会社法の知識(特例有限会社、閉鎖会社の機関設計等)にも精通していなければなりませんが、やはり買主会社としても、本人確認のための内部統制システム(リスク管理体制)をきちんと構築しておく必要があります。地面師詐欺に関する裁判例をかなり読みましたが、いずれの案件でも買主側(個人でも法人でも)は「喉から手が出るほど欲しい」物件で事故に遭遇しています。おそらく「真正な売主であってほしい、いや真正な売主に違いない!」というバイアスが働くために、疑う気持ちも含め、対処がおざなりになってしまうのでしょうね。だからこそ「内部統制」が必要だと思う次第です。

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2017年11月14日 (火)

コシダカHDさん、深夜の開示でコソっと言い訳(^^;

別の話題を書こうと思っておりましたが、13日午後11時すぎにコシダカHDさんのリリースが出たので、予定を変更して昨日のエントリーの続きを記しておきたいと思います。会計監査人から監査報告書を受領できないコシダカさん、定時株主総会の議案について「一部取下げ」だそうです。具体的には「会計監査人選任議案の取下げ」とのこと。

同社の会計監査人について、新日本監査法人さんの後任予定だった仰星監査法人さんが「あんたとはやってられまへんわ」ということで後任辞退を申し出されたそうです(笑)。一連のリリースは、おそらく適時開示違反ということで東証さんの指導があったものと推測いたします。まさか東証1部の上場会社が「監査難民」になることは考えにくいので、今後どこの監査法人さんが後任になるのか、興味が湧きますね。

定時株主総会のほうは、コメント欄でTYさんが詳細に解説されておられるように、招集通知は監査報告書、監査報告の空白をそのままにしておいて、監査報告書を受領次第、修正(補てん)ということでやってしまう、ということでしょうかね?そのあたり、会社法に詳しい方のご意見なども拝聴してみたいところです。ともかくリリースにもあるように、コシダカHDさんの内部統制にはかなりの問題がありそうで、まだまだ監査等委員の皆様のご苦労は続くように思います。

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2017年11月13日 (月)

コシダカHDのナゾ・・・監査等委員の皆様、頑張ってください?(^^;;

世間ではあまり話題になっておりませんが、私の周囲では「なんでこんなことが起きるの?」「ウケ狙いじゃないよね?」「東証は何か手を打っているのか?」と話題になっておりますのがアミューズメント(カラオケ)事業で業績好調なコシダカホールディングスさん(東証1部)の11月9日付け適時開示です。来る11月24日の定時株主総会(8月決算会社)に向けて株主様に招集通知を出したのですが、そこに添付している会計監査人の監査報告書、監査等委員会の監査報告の記載内容が間違っていたとのリリース。実は会計監査人である新日本監査法人さんから「監査報告書を受領できませんでした」とのこと(^^;ホンマデッカ・・・

こういった不思議なリリースに遭遇しますと総会担当者、会計監査人、投資家、市場監督者等、いろんな立場で違った見方をしてしまうと思います。会計監査人から監査報告書を受領していない場合でも、法律上は特定取締役(監査等委員)さんに監査結果を通知すべき日(あらかじめ合意された日)に計算関係書類の監査を受けたものみなされます(会社計算規則130条3項)。したがって株主総会では(無限定適正意見をもらった計算関係書類が存在しないので)報告では足りず、総会における計算関係書類の承認決議が必要になります。

現時点では監査報告書、監査報告が白紙の状態になっている添付書類がリリースされておりますが、すでに総会まで2週間を切った状態なので修正で瑕疵が治癒されるかどうか・・・。そもそも会計監査人が約束の日までに監査報告を出さないということは「なんぞある?」、そういえば会計監査人の交代に関する議案が上程されているのに「会計監査人の異動」に関する適時開示が出されていないのは「なんぞある?」と、投資家や東証さんの立場からも疑問が尽きないのではないでしょうか。

私は、といいますと、やはり監査役さん(コシダカさんは監査等委員会設置会社なので取締役監査等委員さん)の立場で眺めてしまいます。ご承知のとおり、会社法監査の場合は、会計監査人の監査の方法と結果が相当かどうか、監査等委員が審査をしますので、一定の日までに監査等委員の皆様は会計監査報告書をチェックすることになります。

ところで、(会計監査人が監査報告を出していないにもかかわらず)いったん監査等委員の方の印鑑が押されている適正意見を付した監査報告が開示されてしまいました。となりますと、ひょっとして会計監査人の監査報告もチェックせずに、また会計監査人の期末監査の説明を受けずに監査等委員の方々は、監査報告を作成したということでしょうか?それとも(一歩譲って?)監査等委員の知らないところで勝手に監査報告が(会社の中の誰かの手によって)作成されて、そのまま承認していた、ということでしょうか?うーーーーん、いずれにしても常勤監査等委員の方はいらっしゃるようですから、社外取締役(監査等委員)の方も含めて、監査の職務を全うしていたのだろうか・・・との疑念を持たれても不思議ではないと思います。

「いや~、そんなたいしたことじゃないですよ!監査法人さんがうっかりミスしちゃって、ホンマにワヤですわ(笑)」といったオチが付く可能性もありますが、それならそれで、今度は監査法人さんの信用にもかかわる重大問題になりますよね(笑)。たぶん今頃は当該会社の関係者の皆様は青い顔をされていらっしゃるような気がしますが、一日も早く、なぜこんな事態になってしまったのか、真相が知りたいところでございます。

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2017年11月 9日 (木)

会計監査人から受領する資料の事前配布ってアリなのか?

(9日 17:15 追記)

一昨日の「地面師」ネタはずいぶんと反響がありまして、11月9日午前1時現在、ココログの人気記事ランキング5位という、とんでもないアクセスになりました(法務ブログではありえない?)。おかげさまで(?)、当該事件の複数の関係者の方からご連絡をいただき、有益な情報を得たり、お叱りを受けたりしております(笑)。本日もアパグループさんが地面師被害に遭遇したと報じられていますが、とても興味深いジャンルの事例なので、また性懲りもなく続報を書きたいと思っております。(追記:9日17時現在、人気記事ランキングは29位に落ちました。人気ブログランキングは相変わらず13位です)

さて、会計監査人の交代を端緒としてKDDIさんの海外子会社で会計不正が発覚した(その内容がパラダイス文書から判明した)、といった事例が朝日新聞、毎日新聞で報じられています。業務の停滞を招くとして、ローテーション制度の導入には上場会社の反対意見が強いようです。しかし、こういった事例が明らかになりますと、やはり監査法人の交代制導入も会計不正の抑止・早期発見のためには必要です、といったご意見(金融庁の思惑?)も世間的には説得力を帯びてくるような気もいたします。

ところで会計不正の抑止・早期発見という趣旨では、ガバナンス・コードでも実施が要請されている「監査役等と会計監査人との協働」にも注目が集まるところです。両者のコミュニケーションをどのように深化させるべきか、多くの会社で模索されています。とりわけ最近は、監査役、監査等委員の方々に会計監査人側から配布される資料の多さには目を見張ります。

まず「監査計画概要説明書」ですが、これはKAM(監査上の重要事項)がわかりやすく説明されていたりして、コミュニケーションには不可欠な資料です。会計監査人と経営執行部間でどのようなやりとりがあるのか理解するためにも有用です。また、会社法監査における会計監査人の選任権、報酬同意権を行使するために「会社計算規則131条に基づく監査役等への通知事項説明書」のチェックも必要ですね。

ただ、最近はそのうえで今年3月施行の監査法人版ガバナンス・コードに基づく「監査品質向上への取組説明書」(これがとても立派な資料です)が交付されて詳細な説明がなされます。さらに(CPAAOBの指導に基づく)監査法人の5段階成績表「品質管理のシステムに対する外部レビュー、検査の結果及び対応状況について」も配布されて、会計監査人側から説明がなされます(いちおう、成績表は監査役さん限り、ということで対外的には開示不可とされています)。まあ、説明というよりも、なんでこんな成績だったのかを懇切丁寧に釈明するという「言い訳」に近いものかもしれません。たとえば監査法人と監査役等との報告会ということで1時間を予定しているとすれば、これだけの資料について監査役等への説明だけで1時間以上は必要です。

しかし、「報告会」とはいえ、今回の監査役等と会計監査人との協働では、企業側の事業リスクや会計不正リスク(もしくはそのようなリスクが顕在化することを示唆する懸念事項)について、監査役等から会計監査人へ十分な説明が必要です。とくに今後「監査報告書の透明化、長文化」が制度化されるとなりますと、会社側の経営統括責任者は監査役等ということになるので、会計監査人も監査役等から十分な事情を聴きだす必要があります。そうであれば、会計監査人と監査役等とのコミュニケーションは、原則としてギブ&テイクの関係で進めなければなりません。

そこでひとつ提案ですが、報告会の際に会計監査人から配布される膨大な資料については、できれば監査役側に事前に配布されるようなシステムはとれないのでしょうか。監査法人の成績表まで含めて、監査役等は事前に読み込んでおいて、できるだけ効果的な質問ができるような準備を監査役等もすべきだと思います。会計監査人側からの定型的な事項の説明についても、監査役等のメンバーに変更がない場合には思い切って割愛してもよいのではないでしょうか。

監査役等が抱く懸念事項を説明されることで、会計監査人の監査対象が広がり、監査報酬も増額する必要が出てきますと、あまり会計監査人からも好まれるものではないかもしれません。ただ、そういった双方向のコミュニケーションが実現することがガバナンス・コードの実質化であり、そういった時代になったことを監査役等から社長に説明をして、監査報酬の増額も(普通に、日常的に)ありうることを説得すべきだと思います。ガバナンス・コード4-4、同補充原則3-2①についてはほぼ100%の上場会社がコンプライ宣言しているはずです。「実施します、実施してます」と宣言している以上、きちんと運用しなければ開示違反、会社法違反(法令違反)になるのではないかと。

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2017年11月 8日 (水)

ガバナンス改革2018-上場会社の外堀は埋められつつある?

コーポレートガバナンス改革「形式から実質へ」は2年目を迎えます。本日(11月7日)の日経朝刊では「企業統治改善へ共同対話」とうことで、企業年金連合会と大手金融4社による上場会社への協働対話の方針が紹介されていました。10月に新設された「機関投資家協働対話フォーラム」が具体的な共同対話を支援されるそうです。資本効率の改善、独立社外取締役の増加、環境問題への取組等、情報開示の拡大を要請するとのこと。

2015年に施行されたガバナンス・コードによるガバナンス改革は一定の効果を発揮したものと評価されていますが、それでも「なんちゃってコンプライ」で対応している上場会社がとても多い、というのが実感です(コンプライは担当役員の権限で決めることができますが、さすがにエクスプレインは社長の承認が必要ですよね)。これはソフトローによる一律適用という行政手法である以上は限界かな・・・と思います。いわばこれまでは「大坂冬の陣」で上場会社は乗り切れました。

しかし、改訂スチュワードシップの施行により、このような機関投資家の協働対話が進むとなると、パッシブ運用主流の市場に向けたガバナンス改革の体制が整うわけですから、いよいよ上場会社も外堀を埋められつつあるように感じます。さらに金融庁開示府令の改正(建設的な対話促進のための記載事項の追加)、法務省・経産省による対話型株主総会改革の促進、現預金型内部留保活用への積極介入、政策保有株式の縮減政策、中長期価値志向型アクティビスト、議決権助言行使会社の積極活用、そして金融庁フォローアップ会議による取締役会改革の検証と続くわけです。

今後は改訂ガバナンス・コードの施行というローラー作戦と、対話と議決権行使という、コードとは異なるピンポイント作戦でガバナンス改革の第2クールが進むと思われますので、もはや上場会社には「大坂夏の陣」が迫りくる気配がします。ピンポイント作戦のターゲットにならないためには、やはり経営者が資本コストを理解したうえで最適な短期利益と最大の長期利益をどう確保していく方針なのか、きちんと説明できる体制を構築しなければならない、とうことでしょうね。

これまで以上に「働き方改革」推進のための人財投資や研究開発投資、ステイクホルダーの利益保護と株主利益との関係を意識した経営が求められるものと思います。

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2017年11月 7日 (火)

企業が高額不動産を購入する際の内部統制について

昨日はゲートキーパーとしての会計士さんのお話でしたが、本日はゲートキーパーとしての弁護士さんに関連するお話です。今年8月、大手ハウスメーカーである積水ハウスさんが、五反田のマンション用地を購入するにあたり地面師に遭遇し、支払った63億円余りが回収困難になっている、と報じられました。不動産取引が活発化するなかで、最近は地面師による被害が頻発しているようです。

当ブログは「ビジネス法務」を取り扱っているので、あくまでも不動産を購入する法人側の視点でお話しますが、判例時報の最新号(2343号)に、売主(地面師)側に弁護士が関与している高額不動産の売買において、買主が売主側弁護士作成に係る本人確認情報を信頼して被害を被った場合に、売主側弁護士の損害賠償義務は認められるものの、買主側にも本人確認義務の懈怠があったとして4割の過失相殺が認められた判決(地裁判断)が掲載されていました(東京地裁平成28年11月29日)。

売主が権利証(登記識別情報通知)を紛失しているとはいえ、買主側に弁護士が関与していることを信頼して(弁護士が本人確認を行ったことの証明書を提出して)安心して取引を行ったとしても、被害者である買主側に4割もの過失が認められる・・・との判断は、おそらくナットクできない方も多いのではないでしょうか。これが大きな企業が買主であれば、被害額について買主側企業の役員の善管注意義務を問われる「提訴リスク」につながるおそれがあります。

ところで、上記判決を読みますと、買主側として注意すべき点がいくつかあるように思いました。ひとつは売主側弁護士が本人確認情報を作成する場合の注意義務は、私法上の注意義務ではなく、あくまでも不動産登記法上の「ゲートキーパーとしての」注意義務だという点です。つまり、登記申請代理人として弁護士が関与するケースでは、真正所有者の所有権を保護することが資格保有者としての公法上の義務であり、取締法規上の行為規範だということです(だからこそ不動産登記法160条には虚偽の本人確認情報を提供した資格保有者の罰則規定があります)。したがって、資格保有者には真正な所有者に対する注意義務は発生しても、取引相手方である買主に対する注意義務は直接的には発生しない、ということになります(ただ、裁判所は「そうはいっても、相手方関与弁護士が提供した確認情報を買主が信頼するのが通常であろうし、そのことの予見可能性が弁護士側にも認められるので、本件では民事上の不法行為責任は発生する」としています-この点は上記裁判は現在控訴中なので、控訴審でどうなるかはわかりません)。

そしてもうひとつが、取引に関与した弁護士とはいっても、当該弁護士は不動産取引の代理人を務めるものではなく、あくまでも「立会人」であり、売主側の登記申請(法務局に対する)の代理業務だけを行っていた、という点です。もし売主側弁護士が、売買契約の代理人も務めていたとなれば、買主側の本人確認義務も免除されていた(売主側代理人弁護士の買主に対する注意義務違反も容易に認められた)と思われますが、弁護士の関与が私法取引上は「立会人」にすぎないために、買主側が本人確認の責任は果たさねばならない、と判断されています。

これだけ地面師の暗躍の脅威が報じられている現在、不動産を購入する法人の取締役は、地面師による詐欺被害を予見する必要があります。つまり高額不動産の購入時に地面師被害に遭わないように、買主側企業としては自己責任を果たす必要がありますが、登記識別情報通知が存在しないケース、とりわけ売主側に弁護士が関与しているケースでは、当該弁護士が不動産取引における売主を代理しているのか、登記申請のみ資格者として代理しているのか(契約については立会人にすぎないのか)という点を確認しておく必要があります。もし弁護士が単なる立会人にすぎない、というケースであれば、本人確認のための対策を買主側でも検討することが不正リスクを低減させるための内部統制の構築義務として法的に求められると考えます。

最後に(ここからは個人的な見解ですが)上記判例の事案では、買主側の不動産紹介者の報酬が5000万円、売主側の仲介者手数料が750万円であるにもかかわらず、損害賠償義務を負った弁護士の報酬は、わずか30万円でした。「あまり経験がない」ということで、この弁護士さんは何度も拒否したのですが、それでも関係者から執拗にお願いをされたので受けた仕事であり、また「急いで取引をしたい」といった関係者の無理な日程調整にも、必死になって時間調整をして間に合わせたのですから、たしかに不注意な点はいくつか指摘できるものの、おそらく「誠実な弁護士」「依頼者に優しい弁護士」だったと思います(ちなみに関係者から申し立てられた当該弁護士さんに対する懲戒請求について、単位会、日弁連とも請求を棄却しています)。

でも、ゲートキーパーとしての弁護士の業務であるがゆえに、お金の問題は別として「確認作業が完了しないので、契約締結が延期になってもしかたがない。これはお国のための業務だからどうしようもない」といった冷酷かつ毅然とした態度が必要だったと思います(まあ、そのような弁護士さんだったら、そもそも地面師らが依頼しないのかもしれませんが・・・)

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2017年11月 6日 (月)

「ゲートキーパー」としての会計士に期待する-違法行為対応指針の新設

東芝事件への教訓として、監査法人改革や監査報告書の透明化(長文化)といった話題が取り上げられていますが、私個人としてはJICPAが「違法行為への対応に関する指針」を新設することも監査実務にとって重要ではないか・・・と感じております。すでに公開草案は公表されており、11月6日が意見募集期限となっています。

この対応指針は国内的な政策として新設されるのではなく、今年5月のこちらのエントリーで書きましたように、国際倫理規程の新設に合わせて日本でも「倫理規程」として新設されるものです。「もっと不正を見つけなければならない」といった新たな行為規範ではありませんが、「不正を知った時にどうすべきか」といった「有事に直面した会計監査人」の行為規範が示されています。

もちろん、これまでも会計不正への対応については平成25年の「不正リスク対応基準」があり、JICPA監査基準委員会報告書240「財務諸表監査の不正」なる規則が存在します。ただ、このたびの違法行為の対象となる「法令違反」の中身についてはかなり広いものとされています。不正、汚職、証券市場・証券取引、情報保護、環境保護に関連する法令違反が例示されていますが、もっと広く消費者保護関連の法令違反なども、企業の業績に重大な影響を及ぼす可能性があればこれに含まれるものと思われます。近時の日産さんの無資格審査(車両運送法違反の可能性)や神鋼さんのデータ偽装問題(詐欺や不正競争防止法違反の可能性)が、株価や業績に大きな影響を及ぼしていることからみても、この「法令違反」は広く捉えられるべきです。

また違法行為だけでなく、「その疑い」に気づいた場合にも対応が求められる、ということですから、たとえ調査の結果として「グレー」のままであったとしても(クロとは認定されなかったとしても)対応が要請されるものと考えられます。「法令違反の有無」や「心証形成」といった会計士さんが専門職としてのスキルによってコントロールが難しい領域がこの指針に含まれていることから、最近の不動産取引に関与する弁護士と同様、ゲートキーパーとしての役割が会計士さん方に期待されることになるものと思われます。

いまから10年ほど前、「ゲートキーパー法」が法制化される案が浮上した際、私も大阪弁護士会によるデモ行進に参加して反対運動をしました(最終的には自主ルールで落ち着きました)が、弁護士には監督官庁が存在しないがゆえにできたことです。会計士さんのように監督官庁が存在する専門職の場合、たとえ「倫理規程」であったとしても、かなり実務には影響が出るのではないかと。会計監査人への内部告発事案はよく目にするところですが、会計不正だけでなく、性能偽装や海外カルテル、競争法違反といった不正に関する通報がなされた場合には、会計監査人がこれに誠実に対応する必要性が高まるものと思われます。

日本公認会計士協会監査基準委員会報告書250、「財務諸表監査における法令の検討」、先に述べた同報告書240「財務諸表監査における不正」等、すでに法律専門家との相談や連携に関する(会計士協会の)研究会報告はいくつか出されていたと思いますが、そのあたりは法律家のほうも、勉強しておく必要がありそうですね。

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2017年11月 3日 (金)

神戸製鋼データ偽装事件-複数の役員が黙認していた

11月3日夕方のNHKニュースが報じていますが、神戸製鋼さんが製品の検査データの改ざんを繰り返していた問題で、現場の従業員だけでなく、過去の複数の役員も不正を認識していたことが関係者への取材で判明したそうです。アルミ床関連工場の従業員だった方が工場長となり、その後本社の役員に昇格したそうで、そのままデータ偽装を黙認していたとのことで、まさに10月16日のエントリーで「私が注目しているポイント」として予想していたとおりでした。この「関係者への取材」というのは、「元役員」の方で、「ほかにも知っていた役員がいる」と証言されています(調査委員会による調査結果が待たれます)。

中央経済社「企業会計」2016年8月号に掲載された拙稿「内部統制システムの構築義務:二つの裁判から考える法的責任論」では、かつての神戸製鋼所による総会屋利益供与、ベネズエラ大統領候補者への不正資金提供に関する株主代表訴訟を取り上げました。そこでも触れましたが、相当数の取締役や従業員が不正に関与していたことを根拠に、元代表取締役らには法的義務としての不正防止に関する内部統制構築義務があるとの所見が裁判所から表明されました。

元取締役の方の話によりますと、検査データの改ざんは少なくとも40年ほど前から行われていたということで、会社の経営陣の間で不正の情報が共有されず、対策が取られていなかったそうです。つまり(役員の一部は知っていたとしても)経営トップは知る由もなかったということかもしれません。しかし、2002年の裁判所所見では「もし元代表取締役が、これら(総会屋への利益供与や海外高官への利益提供)の不正を知らなかったとしても、元代表取締役が義務違反を免れる弁明にはならない」とも述べられています。神戸製鋼さんに高いコンプライアンス意識が求められていた2002年当時にも、今回のデータ偽装が組織ぐるみで行われ、是正されずに今日に至ったとすれば、きわめて大きな問題だと思います。

さらに、元役員の方は(複数の役員が不正を認識していたことを認めたうえで)「不正の背景には納期優先、コスト優先の考えがあり、工場にプレッシャーをかけた経営陣にも責任がある」と話しておられるそうです。役員もプレッシャーを感じ、不正を認識していたとなれば「不正をやってでも納期を守れ、コストを下げろ」ということでしょうか。もしそうであるならば、もはや「組織風土」といった問題を越えて、国内外で刑事手続きに発展してもおかしくないような有事です。残る疑問としては、神鋼さんは今回の偽装データ事件について、どうして自ら公表する気になったのか、その理由です。役員さんが認識しているような事態ともなれば、「隠すことに賭ける」のが筋でしょう。この点も調査委員会の調査結果を待たねばなりませんが、まだ何か隠されているようで、とても深いナゾです。

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2017年11月 1日 (水)

社長のパワハラ発言による被害者は叱責を受けた者だけではない

最近、投資判断のための基準としてESG指数なるものが脚光を浴びておりますが、その構成銘柄(ESGに力を入れている日本のリーダー企業)に神戸製鋼さんが入っております。皮肉でもなんでもなく、神鋼さんは普段からESG経営にとても力を入れていて、それなりに評価されています。ただ、そういった評価を受けている会社は不祥事に強いもの(打たれ強い?)と思われがちですが、実際にはレピュテーションリスクの顕在化とはあまり関係がないということでしょうか。

さてESGといえば、少し前(10月19日)の日経朝刊に「パワハラ賠償 同僚にも-東京高裁、間接被害を認定」と題する記事が掲載されていました。某医療機器メーカーの販売子会社で働いていた女性従業員の方々が、社長から実際にパワハラを受けている同僚と同じように精神的被害を(間接的に)受けていたとして、慰謝料が認められたそうです。判決文を読んでおりませんので、記事からの感想のみ書かせていただきます。

当ブログでも、過去に何度か「セクハラは被害者からの通報が多いがパワハラは職場の同僚によるものが5割」と申しておりましたが、その分析については私の認識が少し甘かったようです。パワハラは「ハラスメントが横行している職場で同じ空気を吸いたくない」とか「被害者がかわいそう」といった現場目撃者の感情から内部通報がなされるものと思っておりましたが、この記事のように「明日は我が身」といった被害者感情から第三者による通報がなされることもあるのですね。ちょっと私の想像力が不足しておりました。

ときどきパワハラに関する調査をしますが、「これってパワハラをされる側にもそれなりに問題があるのかも・・・」と思い、再発防止策(職場環境配慮義務の履行方法)の検討に迷うことがあります。しかし、このように職場の第三者に対しても不法行為が成立する、ということになりますと調査範囲を広げたうえで判断しなければなりませんし、また「パワハラを受ける側の問題」といった事情をあまり斟酌しないほうが良いのかもしれません。働き方改革の副作用として、今後もパワハラやマタハラ、パタハラといった人権侵害が社内に横行する可能性が高まるように思います。「労働者への人権侵害を助長する企業」というイメージは、企業のレピュテーションリスクを顕在化させることに留意すべきです。

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