東レ有識者報告書の教訓-「働き方改革」は企業不祥事を誘発する
内部通報の外部窓口を担当していて、最近通報が増えていると感じるのが幹部社員の長時間労働です。昨日(12月26日)の毎日新聞ニュースでも、ジタハラ(時短ハラスメント)によって自動車販売会社の店長さんが過労自死に至った、との疑惑に関する報道がありました。来年は、ジタハラはさらに深刻な問題として取り上げられるようになりそうです。
ところで本日、東レ(子会社)品質検査データ改ざん事件に関する有識者報告書が公表されましたので、さっそく全文に目を通しました。外部有識者による報告書ですが、第三者委員会ではないので、自ら改ざんに関する事実認定や原因分析を行ったわけではありません(社内調査やその後の対外対応に至った会社行動が妥当だったかどうかを検証することが目的だそうです)。しかし、上記報告書によって社内調査の詳細、東レ社としての原因分析の結果等が判明したので、事件の内容がとても理解できました。
いろいろと参考になる記述がありましたが、とりわけ目を引いたのが東レハイブリッドコード社における品質保証室長(改ざんした2名の室長)の勤務状況でした。同社では(当時)品質保証室は社長直轄部署で、部長待遇の室長1名と6,7名の品質保証部社員で構成されていたそうです。そして品質保証部社員の方々は、ほとんど定時に帰るのですが、社員が算出したデータをもとに品質検査証明書を作成するのが室長の役目とのことで、深夜まで仕事をされていたそうです。ときどき「これって規格外の品質ではないか?」と思い、製造部門に連絡をしても「それはアナタの部署の検査方法に問題があるんだろ!もう一回検査してみろよ!」と拒絶されることもあったようです。
組織間の力学バランスの歪みが不正の要因だったものと私は考えていますが、上記有識者報告書を読んだかぎりでは、「このような不正はどこの組織でも起きる。とりわけ働き方改革を『システム』として採用している企業はかなり危ない」と感じました。部下に残業をさせず、定時に帰らせることに中間管理職が気を遣うことになれば、これまで以上に幹部職は仕事を抱えます。納期を守ることや他の部署に迷惑をかけないことのほうが不正に手を染めることよりも大切と思えてきます。もちろん品質に関する法令に違反するわけでもなく、また消費者や相手方にも迷惑をかけないのだから・・・といった「正当化根拠」、自分だけで不正を完結できるといった「機会」も要因ですが、やはり動機・プレッシャーの要因が一番大きいはずであり、今後は働き方改革への対応が拍車をかける気がします。
国を挙げての「働き方改革の推進」ですが、経営管理部門が現業部門にシステムを押し付けるだけでは不祥事の芽になってしまいます。人を増やす、納期を遅らせる、仕事量を減らす、といった「事業の効率性のジレンマ」とどう折り合いをつけるか・・・、つまりシステムではなく経営判断の一環として取り組む姿勢がなければ同様の不祥事はかならずどこの企業でも増えるものと予想します。究極的には社員の「個」の力を高める方向で対応するのか、それとも組織力を高める方向で対応するのか、おそらく社長の決断が必要であり、社長は「働き方改革」の難題から逃げないことが求められるのではないでしょうか。
東レ有識者報告書では、規格から大きく逸脱していたデータについて、品質保証室長は改ざんに至っていなかったとして、「安全性には問題なかった」と結論付けています。ただ、調査対象となった期間内に、どれだけの規格外データ報告案件があり、そのうちのどれだけが廃棄処分となったのか定量的な調査結果は示されていませんでした(この点は、とても重要なポイントだと思いましたが・・・ひょっとすると企業秘密に関わる事実なのかもしれません)。もし、品質保証室が他の部署に何も言えない雰囲気が存在していたのであれば、検査方法に問題があったとして、そのまま不問に付している可能性もあり、安全性確認にやや疑問が残ります。また、品質保証室長に与えられていた「権限内の修正行為」と「改ざん行為」との区別もあいまいです。いろいろと素朴な疑問は湧いてきますが、ただ上記有識者報告書は、他社でも発生する不祥事への教訓を多く含むものと言えます。
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