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2018年2月26日 (月)

積水ハウス地面師詐欺事件にみる「攻めのガバナンス」の陥穽

ここのところ、ガバナンス関連の事件(話題)がいろいろと報じられていますが、なかでも先週土曜日(2月24日)の日経朝刊「積水ハウス調査報告書判明」の記事には驚きました(日曜日夜までには多くのマスコミで同じように報じられています)。社外役員で構成された調査委員会の報告書について、すでに各マスコミが入手しているのですね。昨年11月7日に、「企業が高額不動産を購入する際の内部統制について」と題するエントリーで本件を取り上げましたが、まさか同社の会長さんの解任(解職)騒動から昨年の地面師詐欺事件が再浮上するとは思いもよりませんでした。

もうすでにいろいろな媒体で取り上げられていますし、また私の立場からも諸事情ございますので本件を揶揄するようなコメントは一切控えます。ただ、積水ハウスさんの企業規模からみて、100億円未満の不動産売買の決済は取締役会マターではなく、経営執行部に権限委譲が行われていた、という点には強い関心と興味がありますので、その点だけ意見を述べたいと思います。

最近のガバナンス改革では「取締役会改革」の一環として、モニタリングモデル(監督機関としての実効性ある取締役会)が推奨されています。経営の迅速化・効率化のために、重要な業務執行の決定権限を広く経営陣に委譲して、そのかわり取締役会の監督機能を強化しよう、といった流れです。今年1月現在、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社に835社も移行(意向表明)した上場会社がありますが、移行(意向表明)した企業はいずれも「経営の迅速化を図りたい」との理由を掲げています。積水ハウスさんも(監査役会設置会社ではありますが)、経営スピードを上げるために、100億円までの不動産取引については権限委譲をされたのだと思います。

ただ、上記調査報告書によると、決済前に「真の所有者」と名乗る者から内容証明郵便による通知が届いたり、決済後には社員が家宅侵入として警察から任意同行を求められるような事件があったそうで、慎重な不動産取引が求められるようなサインは出ていたそうです。そのようなサインが出ていたにもかかわらず、問題なしとしてそのまま取得手続きを進めていたことについて内部統制上の問題があった、と報告書が指摘しているようです。

たしかに、このような事件が表面化(現実化)したために「内部統制上の問題があった」と結論付けることに誰も異を唱えないでしょう。しかし、地面師詐欺事件に関する過去のエントリーでも述べた通り、スピード感をもって経営を進めている状況で、「この不動産は絶対に落とすぞ!」と全社挙げて前のめりになれば、誰だってバイアスが働きます。「目の前の所有者は真の所有者であってほしい」と願っているわけですから、「真の所有者に決まっている」と妄信し、冷静な頭であれば「おかしいぞ」と思うようなサインが出ていたとしても、おそらくそこには目を向けないのが実情ではないでしょうか。以前のエントリーでは「だからこそ内部統制が必要なのだ」と締めくくりましたが、そもそも内部統制を構築していたとしても、無視、無効化してしまうのがスピード経営の裏返しだと思います。

たとえば積水ハウスさんの例で考えてみると、スピード経営のもと、経営執行部に権限が委譲されている100億円未満の土地売買について、「この取引は怪しいから回避すべきである」といった社外監査役の意見が出たとしても、果たして取引は中止されるでしょうか。また、仮に中止となった場合に、後で「あれは中止を勧めた社外監査役の判断が正解だった」という検証はできるのでしょうか。後日、同じ物件で事故が発生する場合を除き、誰も「社外監査役の判断は正しかった」という評価をしてくれる人はいないはずです。企業価値の棄損を救った功労者であるにもかかわらず、かえって「うるさい社外役員だ。コンプラでメシは食えないだろう」「あの人のおかげで物件をとりそこなった。」「もう、あの人に重要な情報は出さないようにしよう」といったことになるのがオチではないかと。

私は「攻めのガバナンス」の実践として、健全なリスクテイク、迅速な経営を支えるガバナンスに反対の立場ではありません。しかし、そこでモニタリングできる取締役さんは本当に存在するのだろうか、スピードが出れば出るほど、短期的な利益獲得優先の経営判断については誰も止められないのではないかと危惧します。唯一止めることができるとすれば、それは「当社の企業理念からみて、この取引は中止すべきである」といった企業理念を実践している企業だけだと思います。つまり、短期的な業績向上のためには喉から手が出るほど欲しい物件だが、当社の理念を最優先に考えれば中止することが大切なのだ、といった暗黙知が存在する企業です。私は、中止や撤退がもたらす企業価値の向上(毀損の防止)というものが目に見えるものではないために、多くの重要な経営判断のシーンで「企業理念」を尊重した判断が見失われているケースがあると推測します。

いずれの企業でも「企業理念」を大切にしている、と口では言いますが、実践している企業はとても少ないのではないでしょうか。もしこれを実践している企業であれば、社長が推薦するM&Aでも、不動産でも、「この資産購入は当社の理念に合わないから中止すべきである」と(もう少し)堂々と言えるようになるのではないかと。また、そのような土壌があるからこそ、経営執行部への権限委譲のもとでスピード経営を安心して推進できるのではないでしょうか。

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2018年2月23日 (金)

品質検査データ偽装事件について最近思うこと

日本取引所「上場会社における企業不祥事予防のプリンシプル(案)」が公表されましたので、いろいろと持論を書こうと思ったのですが、あまり時間がありませんので、品質検査データ偽装事件について思うところをふたつほど、備忘録も兼ねて記しておきます。

ひとつは品質管理について、製薬業界の「信頼性保証本部」のような組織は活用できないだろうか、という点です。製薬業界では薬機法に基づく「法令遵守」のレベルの話かもしれませんが、品質管理・保証は「安全」のためのもの、そして製品の信頼性保証は「安心」のためのものということで、営業や研究開発、製造各部門において「品質管理・品質保証」的な役割を果たす責任者が存在するわけですが、そういった手法は「モノづくりメーカー」さんにも参考になるところは多いのではないでしょうか。

そしてもうひとつは(これは昨年から申し上げているところですが)品質偽装の相手方企業には何ら問題はなかったのか、という点です。自社工程が遅れることのないように、偽装を認識しつつそのまま受領しているケース、というのは言い過ぎかもしれません。ただ、品質偽装商品の取引先企業について、「お詫び文書」が送付されてから、データ改ざんの事実を取引先経営陣が認識するまでのタイムラグについて、一度きちんと調べてみるとよいと思います。なにゆえか、タイムラグが発生している企業を何社か確認しています。不祥事予防という点からみると、このような問題に光を当てて、そのタイムラグの原因をきちんと探ることが大切ではないでしょうか。

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2018年2月20日 (火)

取締役監査等委員→社外監査役の「横滑り」はあり?

最近驚いたガバナンス関連の話題といえば某大手食品会社の社長さんがセクハラ事件で辞任した件と、本日の日経WEBが報じる積水ハウスさんの「会長解任騒動」の件です。大手食品会社さんのほうは、コンプライアンス経営にとても厳しい意見をお持ちの二人の社外取締役の方々がどのようなご意見を述べられたのか、興味があります。そして積水ハウスさんについては、当ブログでも地面師事件は(しつこいくらい?)語りましたが、この件を契機としてこのような問題が勃発していたとは想像もしておりませんでした。

私は、積水さんのライバル会社の社外取締役という身分なので、大人げないコメントは一切しないつもりですが、積水ハウスさんといえば、日本を代表する名門企業であり、コーポレートガバナンス構築への取組みも、素晴らしいのは同社のガバナンス・コードへの対応方針を読んでも明らかです。ただ、そうであるならば、人事・報酬諮問委員会が、こういった有事にどのように対応されたのか、ぜひとも知りたい。こういったときにこそ、前面に出て株主から負託された役割を果たすのが任意の指名・報酬委員会の(期待されている)役割ではないでしょうか。また、そのためのガバナンス・コードへのコンプライではないかと。

ところで「ガバナンス・コードへの対応」ということで少し話を変えますが、ひさびさに監査等委員会設置会社に関連するお話をしたいと思います。この1月末で、すでに監査等委員設置会社に移行した、もしくは移行を表明した上場会社は、835社に上っているとのこと(週刊経営財務の調査より)。しかし現時点において、この数字は正確ではないかもしれません。なぜならすでに複数の上場会社が「逆移行」もしくは「逆移行を表明」しているからです。

「監査等委員ではない社外取締役を複数選任せよ」といった議決権行使助言会社の推奨基準、「監査等委員会など、社長の選任・解任や個別取締役の報酬決定に何の機能も果たしていないのではないか」と言って憚らないモノ言う機関投資家の抬頭・・・ということもあり、監査等委員会設置会社に移行したものの、ふたたび監査役会設置会社に移行した、もしくは移行表明した上場会社が複数社現れることになりました。私の事務所でも、あいかわらず「監査等委員会設置会社に移行したけど、やっぱり監査役会設置会社のほうがガバナンスが機能する」ということで「逆移行」の相談を受けております(皮肉ではなく本当に、本来、監査等委員会設置会社というガバナンス形態は、「指名委員会等設置会社への移行過程」だと説明されていたと思うのですが)。

ところで取締役→常勤監査役という「横滑り」については、「自己監査」という趣旨においていろいろと問題が指摘されているものの、法的には問題はないと解されています。しかしながら、取締役監査等委員にいったん就任した方が、その後「監査役会設置会社への移行」として、ふたたび「社外監査役」に戻るとなると、うーーーん、これはどうなんでしょうか。会社法2条16号の定める「社外監査役」の要件からみると、就任前10年間に取締役だった方は会社法上の(つまり監査役会の半数以上を占めるべき)社外監査役には就任できないように読めるのですが・・・。すいません、私が「監査等委員である取締役」については、この会社法2条の例外が認められる・・・といった条文を見落としていたらご指摘いただきたいのですが。私はこのあたりが「逆移行」のネックになっていると思っているもので。。。

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2018年2月19日 (月)

日本取引所グループ「上場会社における不祥事予防のプリンシプル(案)」について

日経新聞の日曜版(2月18日)一面で、「日本取引所グループ 企業不正防止へ指針」なるフライング記事(?)が出ておりました。その記事によりますと、日本取引所は(もうすぐ)企業不祥事予防のプリンシプル(案)を公表するそうです(おそらく、公表されるのは指針の草案なので、今後パブコメを経て正式版になるものと思います)。

ご承知のとおり「上場会社における企業不祥事対応のプリンシプル」はちょうど2年前(2016年2月)に公表されていますが、そちらは企業不祥事の発覚時、つまり有事における危機対応の指針として策定されました。会計不正発覚時の企業対応など、現在では多くの上場企業がその指針に影響を受けているのが現状です。しかし、上場会社における昨今の企業不祥事の頻発をみるに、「早めに不正の芽」を見つけ、これに対処することが(株主、投資者にとっても)重要ではないか、という考え方のもとで、取引所も不祥事予防に力点を置いたプリンシプルの策定に至ったというところかと思われます。

日経記事にもありますように、指針は6原則から構成されているようですが、各原則にはそれぞれ解説文も付されているのではないかと推測します(笑)。本指針に関する私なりの意見につきましては、また正式に草案が公表された後に当ブログでも申し上げたいと思います。ただ、原則の中には「監査・監督機関」に向けての行動規範となる指針が含まれているようですので、そのあたりについては監査役、監査等委員の皆様に(もちろん正式公表後になりますが)解説させていただきます。

なお、ここから先は本当に私の推論にすぎませんが、公表予定の「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」については、文字通りの「企業不祥事の予防」という視点だけで捉えられる内容ではないということに注意が必要かと思われます。たとえばプリンシプルに従った行動を遵守していて、不幸にして不祥事が発覚した場合にも、それなりに「(指針を遵守していれば)おいしい結果」が待ち受けているのではないかな・・・と(笑)。つまり、平時からのコンプライアンス経営への取組みが、実は有事の「危機対応」にも活きる・・・、という点をぜひとも読みとっていただければと思う次第です(いつも日本取引所の役員の皆様には「ブログで書いていただいているが、ここは間違いですよ」とご指摘いただきますので、この推論部分も間違いがあれば指摘されるかもしれません・・・笑)。

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2018年2月16日 (金)

(緊急告知)内部通報制度と企業集団内部統制に関連する最高裁判決が出ました。

昨日(2月15日)、最高裁第一小法廷にて、内部通報制度と企業集団内部統制に関連する重要な判決(高裁一部破棄判決)が出ましたね。すでに最高裁HPにて全文が閲覧可能です。

すいません、このような事件が係属していたことについて、全く存じ上げませんでした。企業の内部通報制度(とりわけグループ内部通報制度)の運用、企業集団内部統制の構築実務にも大きな影響を及ぼしそうな判決です。

ちょうど来週月曜日から、監査役協会での講演が始まりますが、監査役(監査等委員)の皆様にとっても必読の判決ですので「緊急解説」をさせていただこうかと思います。

また、来週21日ころに、某団体から重要なソフトローの草案が公表される予定ですが(まぁ、これくらいならフライングもありかな・・・と)、こちらも「緊急解説」させていただこうかと思っております。以上、お知らせまで。

 

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コーポレートガバナンス・コード改定案の論点が明らかに

2月15日に開催された金融庁フォローアップ会議の議事資料がさっそく公開されています。投資家と企業との対話ガイドライン案の公表とともに、ガバナンス・コードの改訂案の論点が明らかになりました。比較的規模の大きな上場会社にとっては、こちらも目が離せないのではないかと思います。会社法改正作業とともに、ガバナンス・コードの改訂作業もいよいよ本格化してきましたね。また週末にゆっくりと勉強させていただきます。

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2018年2月15日 (木)

改正民法(債権法)と改正会社法は同じセミナーで学ぶべきでは?

会社法改正に関する法制審の審議状況について、多くのマスコミが報じています。会社法改正の試案が正式にとりまとめられ、パブコメに付した後に要綱案となり、来年の通常国会に提出される(予定)とのこと。また、すでにご承知のとおり、昨年6月に公布された改正民法(債権法)も、公布から3年以内に施行されますので、企業実務への影響がいろいろと議論されています。

会社法や民法(債権法)の改正となりますと、企業実務家の皆様も「勉強しなくちゃ」という気になりますよね。法律専門職の方々によるセミナーもたくさん開催されることが予想されます。

ところで、せっかく会社法と民法の改正時期が重なる(ほぼ重なる)のですから、いっそのこと会社法と民法のセミナーを一緒にやってみるのも有意義ではないかと思います。その理由としては、①強行法規と任意法規の違いを理解できる、②会社法の適用範囲を理解できる(マスコミの報道は、なんだか大規模な会社を念頭に置いた改正のように聞こえますが、小さな会社にも基本的には改正法の影響が及ぶということを知る)、③会社にとっての「提訴リスク」と「敗訴リスク」の違いを理解できる(会社法は「提訴リスク」、民法は「敗訴リスク」を重視すべき)、④法律事務所の活用方法を知る(社内のシステムの補完として活用すべきか、あくまでも社内組織のアドバイザーとして活用すべきか)といったところでしょうか。いずれも法律専門職にとってはあまり関心はないかもしれませんが、企業担当者や役員の(費用対効果を念頭に置いた)法務戦略にとってはとても重要なポイントかと思います。

ただ、民法改正に関するセミナーというのも、私的にはやや懐疑的です。今回の改正法の条文を読んでおりますと、とりわけ企業実務への影響は、その業界ごと、その会社ごと、そしてその担当業務ごとに違いますよね。「ここが変わった」ということを知るだけでは到底使えないなぁと思います。つまり(基本的には)企業ごとに改正法対応を検討しなければ影響は語れないのかなぁ・・・というのが実感でございます。

また、「俺が会社法だ」といえる自信満々の弁護士は少ないでしょうけど、「(裁判官が何と言おうと)俺が民法だ」と自信満々の弁護士は全国に4万人いるわけですから(笑)、120年ぶりの法改正による企業実務への影響は、ただ改正法を読んでいるだけではなかなか把握できないと思います。顧問弁護士も「俺は会社法は詳しくないから。。。」で逃げることはできても、「俺は民法詳しくないから・・・」では逃げられませんよね(笑)。

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2018年2月13日 (火)

「ないことの証明」にこそ活きる内部通報制度の実効性

来週19日の福岡が初日となりますが、今年も約1か月にわたる日本監査役協会でのリスクマネジメント研修の講師を務めさせていただきます。毎年春の講演では「監査役員の有事対応」についてお話することになっておりますが、今年は「内部通報制度の実効性」について、具体的な事例や設問を交えてお話する予定です(東京3回、大阪2回、福岡、名古屋が各1回です。ご興味がありましたら、ぜひご参加いただければと存じます。すでに満席となっている会場もありますが、監査役協会の会員以外の方も参加可能でございます)。

本日(2月12日)の日経法務面でも、会社の不正を見逃さないための手法として、内部通報制度の活用が挙げられていました。通報を受付ける情報を競争法違反や贈収賄に限定する、社内リニエンシー制度(通報者への社内処分の減免制度)を取り入れるなど、各社の工夫が紹介されており、それなりの成果が期待されるところです。昨年の「全農神戸ビーフ事件」の調査報告書では、上記記事でもコメントを出されている国広委員長が「自社にとってリスクの高い不正に限定して通報義務を社員に課すことも検討に値する」といった提案を示しておられました。

さて、内部通報制度といいますと、不正事実が「あることの証明」「あることの端緒」として活用されるのが当然だと思われていますが、実は「ないことの証明」にこそ活きるということはあまり知られていないところです(そういったことを今回の講演ではお話する予定です)。講演の前に二つほど頭出しをしますが、一つ目は、たとえばこのたびの三菱マテリアル・グループ各社の品質データ改ざん事例が典型例です。

昨年11月に三菱マテリアル社のグループ会社での不適切行為が発表されましたが、このたび新たに多くの不適切事例が発覚し、不祥事対応のずさんさが指摘されています。なかには親会社の窓口に内部通報が届くまで不正を発見できなかったグループ会社もあったそうで、どうしてもっと早く徹底した調査をしなかったのかと批判されています。

このような事態にならないように、有事に至った時点で、いわゆる「件外調査」が不可欠となりますが、その際に活用されるのが社内アンケートや臨時の内部通報窓口の設置です。「発覚した不正以外には、同種類似案件は存在しない」という点をわかりやすく説明するツールとして、通報制度の活用が求められます。とりわけ発覚した不祥事の量的・質的重要性が乏しく、公表せずに済ませることができるかどうかは、この社内アンケートや臨時内部通報制度の運用に依拠するところが大きいです。では、どのように運用すべきか・・・というあたりは、また研修をご聴講される方々にご説明したいと思います(笑)。

そしてもうひとつは2月2日にリリースされました中堅ゼネコンさん(証券コード1822)の第三者委員会報告書が参考になります。いくら研修等によって内部通報制度や内部告発対応の勉強をしたとしても、関係者の目のまえに「私は内部通報です」といった顔をしてやってきてはくれない、ということです(笑)。現実には、後になって「ああ、あのときに私が知った情報こそが、実は内部通報だったのだなあ」と思い返すことになります(ここが本当に実務的にむずかしいところです)。上記の中堅ゼネコンさんの事例では、社長に届いた情報への対応として、経営幹部が「このまま取締役会で本件を取り上げたら、会長との派閥争い、経営権争いの一環だと思われてしまう。しかし経営陣としては本気で会社の姿勢を正そうと考えて行動したい。そうであるならば、本件はA所長からの内部通報という形にして問題提起がされるべきではないか」と考えたようです。ちなみにこの内部通報は、会社の公式な発表では「匿名の通報」として扱われていました。

第三者委員会は、この経営幹部の処理方針を

確かに,その報告を受けたO社長ら会社幹部が,これを直ちにM元会長に報告することなく,また取締役会に上程することもなく,投書という形 で社内通報制度に乗せたため,これに疑惑の目を向ける者もないではない・・・(中略)しかし,この問題の本質が,M元会長らとX社との特殊な関係にある以上,会社幹部らが,これを公平妥当に処理するためには,当時なお会長であ ったM元会長の影響力の行使や介入を防止することが不可欠であると考えたとしても,これが不当であるとも断じがたい(注-個人名は修正しております)。

として「不当なものとはいいがたい」と結論付けていますが、「お家騒動」といった風評が広がることで企業の信用を毀損させないためにも、内部通報制度を活用して「支配権争いではないことの証明」を行うといったことも、企業の有事にはよく見られるところです。このような活用方法が最近になって広がってきた背景事情はどこにあるのか・・・、これも講演にご参加いただいた方々にはお話させていただく予定です(笑)。なお、この第三者委員会報告書には、取締役の「実質的な利益相反状況」における行動の在り方についての詳細な検討が示されており、とても参考になります。とりわけ社外取締役、社外監査役に就任されている方にはご一読をお勧めいたします。

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2018年2月 8日 (木)

青学の八田進二教授はホントのマジシャンだった(というお話)

28896603_1 日本内部統制研究学会、ACFE(公認不正検査士協会)ほか、様々な団体でお世話になっております八田進二教授(青山学院大学専門職大学院会計プロフェッション研究科)が、今年3月で退官されるそうです。先日(1月27日)、八田教授の最終講義が行われたそうで、残念ながら聴講できませんでしたが、この本はいち早く入手し、とりいそぎ読了いたしました。

「会計。道草 寄り道 回り道」 (八田進二著 泉文堂 2,200円税別)

本書は、これまで八田先生が会計・監査の専門誌「税経セミナー」「アカウンタンツマガジン」「JFAELジャーナル」「青山アカウンティングレビュー」等で連載していたご論稿に、現時点版としての解説文を加えた「八田ワールド」の集大成です。「教育者たる者は、むずかしいことをわかりやすく伝えなければならない」という八田先生の言葉どおり、会計・監査の問題点・課題がわかりやすく書かれています。会計・監査の世界を、時間軸を通して鳥瞰できる本にはなかなか出会うことはないため、文句なしおススメの一冊です。ちなみに東日本震災時の社会貢献活動の一環として、こちらのご著書を48名の会計研究者名「AKB48(Accounting Knowledge Board48)」で出版され、(ごく一部の方から)ウケておりましたので、(それに気を良くされたのか)本書のタイトルも(2012年当時の連載タイトルの転用ですが)おそらく「モーニング娘。」あたりに由来するのではないかとひそかに推測しております。

八田教授といえば、どうしても「内部統制」というイメージが強いのですが、グローバルな視点から「会計士は会計テクニシャンになるな!会計プロフェッションたれ!」というメッセージを繰り返し発信され、公認会計士の職業倫理について長く研究を続けてこられたことを本書で知り、たいへん感銘を受けた次第です(まさに職業倫理は精神論ではなく、職業的懐疑心を実践するための研究対象なのですね)。本書のタイトルも「監査。」ではなく「会計。」です。世間では八田教授の辛口の意見が定評ですが、職業倫理や職務への誠実性に裏付けられた意見だからこそ世間的にも賛同者が多く、また企業の社外取締役や社外監査役を数多くお務めになるなど、企業実務の方々からも高い支持を得ておられたものと思います。

本書は全章で56話から成り、それぞれ3頁以内の小稿で構成されているので、どこからでも興味の湧くテーマから読み進められます。私は会計監査の話題に関する最新事情について「八田先生ならどう考えているのだろう」といった興味で読み進めておりました(たとえば監査報告書の透明化・長文化についても、ご意見を述べておられます)。また職業倫理を研究することの意義(倫理は「エチケット」なのか?)なども、勉強になりますし、そこから派生して、最近の話題「会計監査とAI問題」へのご意見なども、将来の会計専門職を担う方々には、とても勇気を与えるものとなるはずです。そしてなんといっても「会計の原点に戻れ!」ということで、会計とは説明責任を尽くすことである、というご主張が何度も出てきます(だから「監査法人」という名称も「会計法人」と変えるべきだ、とのこと)。

27067284_1800378766659929_172431330 ところでこのブログのタイトルですが・・・、それは本書をお読みになればわかります。私は最初にお会いしたときから「あのヒゲはどうもウサンクサイなぁ」と感じておりましたが、実は本当にマジシャンだったのですね(笑・・・最近は写真のようにヒゲはなくなっておりますが・・・)。※ 本写真は八田先生の最終講義の様子です。青学専門職大学院のFBから引用させていただきました。

内部統制ブームのころ、八田先生は会計監査の世界を飛び越えて、法曹界にも太いパイプを築かれました(私も、そのころお声をかけていただいた一人です)。いままで会計監査の世界と法律の世界が一緒になって研究をする、ということはなかったのではないかと。最近では「第三者委員会格付委員会」の委員にも就任されています。そういったところが道草をされ、寄り道をされ、そして回り道をされてきた八田先生の(余人をもって代えがたい)パーソナリティだと確信しています。青学を去って、これからどのような要職におつきになるのか存じ上げませんが、これからも会計監査の世界、法律の世界、そして企業実務の世界に対して、温かくも厳しい意見を送り続けていただきたいと思います。また、できれば八田先生に続く、いや、超えるような会計プロフェッションを、これからも育てていかれることを切に希望しております。

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2018年2月 6日 (火)

社外取締役を数社兼務するのであれば工夫(覚悟?)が必要である

昨日(2月4日)の朝日新聞一面に、「社外取締役191人、4社以上で兼務 経営監視に懸念も」と題するガバナンス関連の記事が掲載されていました(朝日が一面でこのような記事を掲載するのは珍しいですね。ちなみにWEB版はこちらです)。

朝日新聞と東京商工リサーチが共同で株主総会招集通知などから集計されたようです。1900社ほどの上場会社から確認できた社外取締役4482人(2017年3月末時点)のうち、兼務の状況(非上場や政府系なども含む)をみると、7割の3158人は兼務していなかった。2社兼務は821人(18%)、3社は312人(7%)とのこと。兼務には社外監査役も含むそうなので、私も2社兼務ということになります。

4~5社兼務というのは時間的に相当厳しいように思いますし、機関投資家や議決権行使助言会社から批判されるのもわかります。いっぽうで、ガバナンス改革の中で求められているような社外取締役がそんなにいらっしゃるようにも思えず、素晴らしい方にオファーが集中してしまうこともやむをえないように思います。今後は「取締役会における社外役員の比率」はさらに高いものが要求されますので、ますます社外取締役が増えることが見込まれ、そうなりますと兼務比率もさらに高くなるでしょう。

そこで、もし3~4社、社外取締役を兼任する方が増えるとなりますと、機関投資家の皆様の要求を満たすための工夫が必要になります。たとえば「社外取締役は積極的に情報収集に努めるべきである」と言われますが、むしろ重要情報が社外取締役に集まるシステムを先に作ってしまうことです(これは実務では社外取締役のほうから積極的にシステム構築を要求しなければ動かないと思います)。毎日のように会社情報が社外取締役のところへ届くわけですから、ビジネスモデルを理解することにも、また社内の「異常」を感知するためにも役に立つはずです。

また、社外取締役間や社外監査役との連携として(監査役会をモデルとして)役割分担を決めることです。社外役員に「攻め」も「守り」もありません。弁護士だろうが元経営者だろうが元官僚だろうが、重要な意思決定に参画する以上は全ての案件に関与しなければなりません。とりわけ多くの会社で複数の社外取締役が選任される時代になりましたので、複数の社外取締役(社外監査役)がどのようにダイバーシティを発揮するのか、役割分担が(暗黙のうちにでも)決まっていけば、効率的に知恵を発揮することができるのではないでしょうか。

そして最後に、これは社外取締役側の問題ですが、有事になれば本業よりも社外役員としての仕事を優先させる覚悟が必要と思います。数社兼務していて、一番コワイのが会社の有事です。経営権紛争、企業不祥事、大規模なM&Aなど、社外役員の役割に期待がかかる有事となれば平時の10倍くらいの時間を割かなければ「善管注意義務違反」に問われかねません。以前、このブログでも企業不祥事が発生するや否や「いそがしいから」という理由で辞任してしまった社外役員さんの話をしましたが、それもマズイような気がいたします。「工夫」とは言えませんが、兼務をする以上は、本業や他の会社に迷惑をかけてでも、有事から逃げない覚悟だけは持っている必要はありますね。

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2018年2月 2日 (金)

日本版司法取引の全容が明らかになったようです

以前、ご案内しておりましたみずほ総研さんのセミナーですが、満員御礼のうちに無事終了いたしました(正確には70名定員で66名のご聴講でした)。緊急対応の本業のため、準備不足は否めませんでしたが、ひさりぶりのオープンセミナーということで、とても頑張りました(笑)。ご参考になりましたら幸いです。

さて、諸事情ございますので、この話題には沈黙を貫こうかと思いましたが、やはりひとこと発言せざるをえません。ご承知の方もいらっしゃるとは思いますが、オリンパス社の社内弁護士の方が同社に対して訴訟を提起したことは、すでにマスコミでも報じられております。そして、週刊エコノミストのWEBニュースでは、社内弁護士の方が(提訴前に)同社の社外取締役宛に発信していた「弁護士職務基本規程51条に基づく通知書」の全文も公開されています。

ちなみに弁護士職務基本規程51条とは、

(違法行為に対する措置)
第五十一条 組織内弁護士は、その担当する職務に関し、その組織に属する者が業務上法令に違反する行為を行い、又は行おうとしている ことを知ったときは、 その者、自らが所属する部署の長又はその組織の長、取締役会若しくは理事会その他の上級機関に対する説明又は 勧告その他のその組織内における適切な措置をとらなければならない。

というものであります(日弁連の関係委員会でも、その解釈が大いに議論されているところです)。

私は本件にはコメントを出せない立場にありますので(笑)、ここで内容について私見を述べることは差し控えます。ただ、エコノミストの一連の記事に「海外贈賄事件に詳しい弁護士」のコメントが登場しており、「これは山口先生ですか?」との問い合わせをいくつか受けておりますので「これは私のコメントではありません」ということだけ本ブログで明らかにしておきたいと思います。いずれにしても、この社内弁護士の方が関係者に送ったメールや文書は、多くのオリンパス社の社員が共有しておられるようなので、これまた多くのマスコミの方々が通知文書の内容や提訴内容を知るところになったのでしょうね。

話は変わりますが、今年6月から施行されます改正刑事訴訟法の「協議・合意制度」(いわゆる日本版司法取引)ですが、「刑事訴訟法第350条の2第2項第3号の罪を定める政令」に関する政令案がパブコメに付されたようですね(詳細はこちらをご参照ください)。証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度の対象となる財政経済関係犯罪として、どのような法令違反が含まれるのか注目されておりましたが、金商法、会社法、独禁法、不正競争防止法のほか、租税法、倒産関連法、知財関連法、特別贈収賄なども含むようです(ほぼ予想どおりかと)。

本日のセミナーでも具体例を出してご説明しましたが、弁護士倫理問題、公益通報者保護法との関連、社員と会社との利益相反問題など、とても悩ましい法律上の課題が山積しています。住友電工さんの株主代表訴訟(5億円を超える賠償金額で役員の方々が和解) とも関連しそうな問題だけに今年のホットな話題になりそうです。

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