「ないことの証明」にこそ活きる内部通報制度の実効性
来週19日の福岡が初日となりますが、今年も約1か月にわたる日本監査役協会でのリスクマネジメント研修の講師を務めさせていただきます。毎年春の講演では「監査役員の有事対応」についてお話することになっておりますが、今年は「内部通報制度の実効性」について、具体的な事例や設問を交えてお話する予定です(東京3回、大阪2回、福岡、名古屋が各1回です。ご興味がありましたら、ぜひご参加いただければと存じます。すでに満席となっている会場もありますが、監査役協会の会員以外の方も参加可能でございます)。
本日(2月12日)の日経法務面でも、会社の不正を見逃さないための手法として、内部通報制度の活用が挙げられていました。通報を受付ける情報を競争法違反や贈収賄に限定する、社内リニエンシー制度(通報者への社内処分の減免制度)を取り入れるなど、各社の工夫が紹介されており、それなりの成果が期待されるところです。昨年の「全農神戸ビーフ事件」の調査報告書では、上記記事でもコメントを出されている国広委員長が「自社にとってリスクの高い不正に限定して通報義務を社員に課すことも検討に値する」といった提案を示しておられました。
さて、内部通報制度といいますと、不正事実が「あることの証明」「あることの端緒」として活用されるのが当然だと思われていますが、実は「ないことの証明」にこそ活きるということはあまり知られていないところです(そういったことを今回の講演ではお話する予定です)。講演の前に二つほど頭出しをしますが、一つ目は、たとえばこのたびの三菱マテリアル・グループ各社の品質データ改ざん事例が典型例です。
昨年11月に三菱マテリアル社のグループ会社での不適切行為が発表されましたが、このたび新たに多くの不適切事例が発覚し、不祥事対応のずさんさが指摘されています。なかには親会社の窓口に内部通報が届くまで不正を発見できなかったグループ会社もあったそうで、どうしてもっと早く徹底した調査をしなかったのかと批判されています。
このような事態にならないように、有事に至った時点で、いわゆる「件外調査」が不可欠となりますが、その際に活用されるのが社内アンケートや臨時の内部通報窓口の設置です。「発覚した不正以外には、同種類似案件は存在しない」という点をわかりやすく説明するツールとして、通報制度の活用が求められます。とりわけ発覚した不祥事の量的・質的重要性が乏しく、公表せずに済ませることができるかどうかは、この社内アンケートや臨時内部通報制度の運用に依拠するところが大きいです。では、どのように運用すべきか・・・というあたりは、また研修をご聴講される方々にご説明したいと思います(笑)。
そしてもうひとつは2月2日にリリースされました中堅ゼネコンさん(証券コード1822)の第三者委員会報告書が参考になります。いくら研修等によって内部通報制度や内部告発対応の勉強をしたとしても、関係者の目のまえに「私は内部通報です」といった顔をしてやってきてはくれない、ということです(笑)。現実には、後になって「ああ、あのときに私が知った情報こそが、実は内部通報だったのだなあ」と思い返すことになります(ここが本当に実務的にむずかしいところです)。上記の中堅ゼネコンさんの事例では、社長に届いた情報への対応として、経営幹部が「このまま取締役会で本件を取り上げたら、会長との派閥争い、経営権争いの一環だと思われてしまう。しかし経営陣としては本気で会社の姿勢を正そうと考えて行動したい。そうであるならば、本件はA所長からの内部通報という形にして問題提起がされるべきではないか」と考えたようです。ちなみにこの内部通報は、会社の公式な発表では「匿名の通報」として扱われていました。
第三者委員会は、この経営幹部の処理方針を
確かに,その報告を受けたO社長ら会社幹部が,これを直ちにM元会長に報告することなく,また取締役会に上程することもなく,投書という形 で社内通報制度に乗せたため,これに疑惑の目を向ける者もないではない・・・(中略)しかし,この問題の本質が,M元会長らとX社との特殊な関係にある以上,会社幹部らが,これを公平妥当に処理するためには,当時なお会長であ ったM元会長の影響力の行使や介入を防止することが不可欠であると考えたとしても,これが不当であるとも断じがたい(注-個人名は修正しております)。
として「不当なものとはいいがたい」と結論付けていますが、「お家騒動」といった風評が広がることで企業の信用を毀損させないためにも、内部通報制度を活用して「支配権争いではないことの証明」を行うといったことも、企業の有事にはよく見られるところです。このような活用方法が最近になって広がってきた背景事情はどこにあるのか・・・、これも講演にご参加いただいた方々にはお話させていただく予定です(笑)。なお、この第三者委員会報告書には、取締役の「実質的な利益相反状況」における行動の在り方についての詳細な検討が示されており、とても参考になります。とりわけ社外取締役、社外監査役に就任されている方にはご一読をお勧めいたします。
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コメント
本日2月13日(火)の日経電子版にも「内部通報者の保護厚く 企業の報復防止へ罰則」との記事が掲載されました。
9時からの衆議院予算委員会でも、柴山昌彦議員がガバナンス改革、スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コード、社外取締役への通報ルートに関する質問とともに、「内部通報制度の実効性の向上」に言及し、消費者庁川口次長が御答弁されました。
日経の記事では「2019年通常国会での公益通報者保護法改正を目指す」と読み取れました。
「形だけではなく実効性のある制度にするべき」という柴山議員の言葉が、公益通報者の長年の願いであることは言うまでもありません。
投稿: 試行錯誤者 | 2018年2月13日 (火) 18時39分