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2018年3月 1日 (木)

企業不祥事の予防と対応のプリンシプルは「車の両輪」

「新幹線台車亀裂事件」では新事実が公表され、先日の宇部興産さんに続き、川崎重工業さんの「物づくり」の品質が問われています。3月6日には神戸製鋼さんの調査報告書が公表されるとのことで、またそちらの話題も取り上げたいのですが、本日は2月21日に日本取引所からリリースされました「上場会社における企業不祥事予防のプリンシプル(案)」について、すこしだけ持論を書かせていただきます(もちろんパブコメ募集中なので、今後正式版は若干修正されるかもしれません)。以下は、個人的見解にすぎません。

ちょうど2年前の2016年2月に公表されました「上場会社における企業不祥事対応のプリンシプル」については、不祥事が発覚した多くの上場会社の行動規範として確立したと言っても過言ではありませんね。有事に至った上場会社が、公表前に東証と相談をするわけですが、そこで「対応プリンシプル」が参照されるわけです。会計不正であれば監査法人のレビューや意見にも影響が及ぶわけですから無視することもできません。

ただ、有事が現実化した上場会社とは異なり、「予防のプリンシプル」は平時の上場会社の行動指針ですから、上場会社にとっては「指針に沿った行動をとるインセンティブ」がなかなか思い浮かびません。「たしかにプリンシプルにはいいことが書いてあるけど、ウチはコンプライアンス意識は高いし、そもそも不祥事は起こらないし・・・」というのが経営者のホンネではないでしょうか。

そこで「予防のプリンシプル」の前文に「対応と予防のプリンシプルは車の両輪」と解説されていることに注目すべきです。実は「予防のプリンシプル」に沿った組織づくり(とくに運用面)に尽力している上場会社には「それなりに」メリットがあります。たとえば「費用対効果」の側面です。

どんなに体制を整備しても不幸にして不祥事は発生します。しかし、その会社が「予防のプリンシプル」に準拠した体制作りに尽力していた場合には、「(経営者の関与は認められず)企業不祥事は判明した不祥事だけであった」との説明にステイクホルダーの理解が得られます。しかし準拠した体制作りを怠っていた場合には、「発覚した不祥事は氷山の一角にすぎず、他にも類似案件がたくさんあるのではないか」との疑惑を払しょくできません。これは投資者保護の視点から検討される上場維持の審査、改善報告書の審査にも影響します(もちろん内部管理体制の評価基準と『あるべき方向性』を定めたプリンシプルとは異なりますが、親和性は高いはずです)。最終的には企業の信用は回復されるかもしれませんが、そこに至るまでの時間や費用には格段の差が生じます。

さらに、(講演等で毎度申し上げているとおり)オリンパス事件、東芝事件以降、金融庁審査、東証審査、監査法人の監査、いずれの場面においても、関心の対象は実業を持った企業で起きた不祥事の「根本原因の究明」に移っています(5~6年前までの「ハコ企業」「フトドキモノ企業」の排除に当局の関心が向いていた時代と比較してみてください)。そこで、予防のプリンシプルに沿った企業行動がなされていれば、この「根本原因の究明」についても(ガバナンスに問題があるのか、業務プロセスや統制環境といった内部統制に問題があるのか、それとも組織風土としてのコンプライアンス意識に問題があるのか)深堀りができ、投資者保護に向けた実効的な再発防止策の検討も可能になると思います。一方、予防のプリンシプルに沿った企業行動がとられていない場合には、根本原因に関する合理的な説明が困難となり、第三者委員会のやり直しや行政調査を余儀なくされる事態に発展します。

以上は、予防のプリンシプルに準拠するメリットの一例であり、実はもっと多くのメリットがあります(とりわけ経営陣のリーガルリスクに関わるメリットなども、対応するためのインセンティブになりえます。そのあたりは、また講演等で解説させていただきます)。ただ、上記のようなメリットは、日本取引所が「車の両輪」と解説する意味合いを如実に示すものではないでしょうか。

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コメント

本プリンシプル(案)についてのパブコメは、以下の理由で期間が短縮されています。
「パブリック・コメント期間短縮理由
本プリンシプルを速やかに公表し不祥事予防への取組みに資するために、パブリック・コメントの期間を2018年3月14日24:00までとします。」
あと一週間です。
私が(というより世論が)コーポレートガバナンス関連の仕組みで常に気なっているのは、本(案)1.趣旨のなかにある「実効性の高い取組を推進していただくことを期待しています」というところです。
日本取引所が「形」だけの上場企業を危惧・懸念している「お気持ち」は切々と伝わってきますので、(不祥事につながった問題事例)の実例・通報当事者の不利益実態をパブコメに魂込めて記述しようと思います。
日本取引所にはメールで問い合わせをして、パブコメ応募の事前連絡もしたので、8ページに渡るプリンシプル(案)をよく読み込んで意見具申しようと思います。

投稿: 試行錯誤者 | 2018年3月 7日 (水) 19時46分

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