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2018年7月17日 (火)

日本版司法取引初適用事案への個人的感想

P_20180714_152450_400リスクマネジメント・トゥデイの7月15日号では「司法取引制度の奔流」なる特集が組まれておりまして、私も「本当に活用できる内部通報制度の構築を目指して」と題する論稿を掲載していただきました。ほぼ同じタイミングで(?)、覚せい剤事案への刑事免責制度の適用が報じられ、今度は海外贈賄事案への協議・合意制度(日本版司法取引)の初適用が報じられています(いよいよ本格的に改正刑事訴訟法が施行されるようになりましたね)。日本版司法取引では法人自身が協議・合意の当事者となりうること、過去の不正についても遡及適用されることが明らかになりましたが、第三者が介在するような海外贈賄事案に適用されたことには意味がありますね。

MHPSさんは、2014年2月に三菱重工さん(65%)と日立製作所さん(35%)の事業統合として設立された会社ですが、同社は2015年9月に南アフリカの発電設備の件でFCPA違反として、米国SECによる司法取引に応じています(23億円程度で民事制裁金受け入れ)。南アフリカの件は元々日立さんが受注した件であり、今回のタイの件は三菱重工さんが受注した件ですし、南アフリカの件では追加開発費用を巡って三菱重工さんと日立さんで商事仲裁事案に発展していますので、「内部告発がMHPSに届いた」という経緯も、やや組織力学的な事情があったのかもしれません(もちろん、私の勝手な推測です)。

私も今年、わずか1件だけですが海外贈賄事件を担当し、海外贈賄を担当する中国の代理店の方々にヒアリングを行いました。さすがに日本企業から賄賂を受け取る海外公務員の人たちも「学習機能」を高めています。「日本人に迷惑をかけないように」配慮をしながら賄賂を受け取る方法を心得ていますし、また、どのタイミングで賄賂を要求すれば日本企業が断ることができないか、とても熱心に研究しています(笑)。このたびのタイの桟橋使用料など、典型例ですね。不正競争防止法による海外贈賄案件をもっと厳しく摘発せよ、とOECDから要望されている中で、このような形で司法取引が合意に至ったことは大きな意義があるように思いました。

今回の件は、法人が社員の特定犯罪について司法取引による合意がなされたようですが、司法取引制度を導入した本来の趣旨からすると、逆に社員が法人の特定犯罪を申告して自身の罪を免れるような場面が想定されていると思われます。ただ、協議を経て合意するかどうか、という点は、検察に大きな裁量があるわけでして、実際に社員の申告によって司法取引が成立する、という例はかなりむずかしいのではないかと。社員の証言は、協議の段階で他の関連証拠によって信用性が補完される必要がありますが、いくら不正に関与した社員といっても自身の証言を裏付ける関連証拠にアクセスできる人はそんなにいないように思います。つまり、不正に関与した社員が司法取引を検察に持ち掛けるインセンティブはそれほど大きくないのであって、だからこそ社員は(原則として)社内通報を選択すべきと考えています。

「それでは通報をした者が会社の司法取引によって立件されることになり、正直者がバカを見ることになるではないか」との反論もあるかと思います。ただ、今回の司法取引の運用にあたっては、検察は「(自己負罪型ではない、公判協力型の司法取引制度については)国民の納得のいく形で運用する」と述べていて、巨大な利益を享受した法人を免罪して、実行社員を罰するという「とかげのしっぽ切り」を容認するような運用はしないだろうと予想しています(あくまでも私の個人的意見です)。7月16日の日経新聞朝刊の記事で「納期遅れ回避のために、MHPSの元取締役が関与か?」と報じられていますが、会社と地検が司法取引の合意に至った理由は、実行社員の立件よりも、これを指示した同社役員の刑事責任を追及することに会社が全面的に協力するから(社内調査によって、立件に不可欠な「関連証拠も提供する」から)ではないかと。

しかし、会社が司法取引に合意するとなりますと、たとえば海外贈賄事件においては「組織ぐるみ」「経営者関与」といった事件に発展する可能性が高まりますので(単なる「とかげのしっぽ切り」案件ではないと思われますので)、海外の司法当局による立件や集団訴訟のリスクも覚悟したうえで対応する必要があります。また、海外贈賄事件は(先日のパナソニックさんの中東航空機電子機器贈賄事件のケースと同様に)規制当局によっては会計不正事案として立件する可能性もありますので、たとえば(合意によって)会計不正に関する刑事免責も約束されたのかどうか、というところも興味があります。ともかく日本版司法取引の運用にあたっては、通報者のジレンマ、会社のジレンマ、弁護人のジレンマがいろんな局面で出てきますから、個別の案件ごとに、また個別の局面ごとに、協議を開始すべきかどうか、合意書面を作成すべきかどうか、刑事弁護や検察実務に精通した専門家と相談しながら検討することが必要です。また、役員の法的責任を考えた場合、社内リニエンシー制度を導入して、できるかぎり社内に不正情報が届くシステムを構築すべきでしょうね。

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コメント

今朝の日経ニュースを読むと、山口さんの見立てのとおりでしたね。さすがに「とかげのしっぽ切り」というのは国民も納得にないですよね。

投稿: ともとも | 2018年7月18日 (水) 12時05分

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