過去の内部通報が活かされなかったヤマトグループ引越料過大請求事件
先週金曜日(8月31日)に、ヤマトHD社(正確にはグループ会社)の引越料金過大請求事件に関する第三者委員会報告書(全文)が開示されましたので、この週末に全文拝読いたしました。平成22年ころからヤマトHDさんの通報窓口に引越料の不正請求に関する内部通報が届いており、またその後も全国営業会議などで不正事実を訴える支店長が存在していたにもかかわらず、全社的な(組織ぐるみの)不正との認識を持たず、法人顧客への見積り過大請求が繰り返されてきた経緯が詳細に理解できました。以下では、私なりの視点による事件への感想を述べておきます。
まずは、毎度のことながら「内部監査や監査役監査が不正予防または不正早期発見のために果たすべき役割は何であったのか、報告書を読んでもよくわからない」という点です。本報告書を受けて、ヤマトHDさんは経営陣の処分を発表していますが、そこにも監査役の方々の処分についての記載はありません。そもそも取締役会の監督や監査役監査がなぜ機能しなかったのか、こういった事例ではきちんと分析しなければならないと思います。親会社の取締役会や監査役会には、ガバナンス上の機能発揮に関する期待がされていないことの裏返しのようにも思えて、たいへん残念でした。
つぎに、内部通報はされていたものの、親会社は通報に基づく調査をグループ会社に丸投げしてしまい、ずさんな調査結果をそのままうのみにしている点です。この点はイビデングループ・セクハラ事件最高裁判決(平成30年2月)や雪印種苗品質偽装事件の第三者委員会報告書でも同様の問題を指摘することができます。最近はグループ内部通報制度も多くの企業(群)で設置されていますが、その全てにおいて親会社がグループ会社の通報調査に関与しなければならない、というものではありません。ただ、本報告書では「グループ会社での調査をうのみにしてはいけない」事情がいろいろと指摘されているものと考えます。社内調査(グループ内調査)のずさんさは、自浄能力の欠如と評されますので世間的にも批判が高まります。内部通報制度の問題点としては、通報窓口業務に光があたりますが、通報受領後の調査の適正についても光をあてるべきです。
そして最後に、これは私がヤマトHDさんの不祥事として最も重大なポイントと考えますのが顧客の信頼を裏切る背信行為に及んでしまった、という点です。つまりお得意様(報告書では「ヤマト単独決定法人」と称されています)がヤマトを信頼していることを奇貨として、不正な利益ねん出のために「信頼を悪用してしまった」という点です。2008年、産地偽装で揺れた船場吉兆さんは、顧客の支援もあってなんとか民事再生で不祥事を乗り切ることができるかにみえました。しかしそのような時期に「食材使いまわし」事件がメディアで報じられ、それまで支援していたお得意様への裏切り行為が発覚。これで支援が途切れ、同社は破産の道をたどることになりました。
人材不足の折、「仕事は断れない」というデメリットもありましたが、やはりヤマトさんにとってはもっとも収益が見込める法人顧客を相手に裏切り行為に及んだわけで、これは極めて重大な不祥事(業績の悪化につながる不祥事)といえます。今後、どのように信頼を回復していくのか、ヤマトグループ全体を通じて、再発防止策への取組が注目されるところです。なお、最後になりますが、毎日新聞の9月1日朝刊記事には、内部告発をされた方のコメントが掲載されていました。雪印種苗事件の内部告発者の方も、第三者委員会の報告書で指摘されていた事実だけでは狭い、ということで更なるマスコミへの告発をされていましたが、ヤマトの件についても厳しいコメントを述べておられます。いま、企業としてきちんと再発防止策を実行していかなければ、さらなる告発によって「二次不祥事」を招くことになりかねないことに留意すべきです。
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本日9月5日、内閣府消費者委員会「第18回公益通報者保護専門調査会」で経団連経済法規委員会企画部会長:佐久間総一郎氏による経団連の意見書説明がありました。
佐久間様が説明された【総論】のなかでは、意見書記述にない「職場上司に通報したことによる通報者の孤立」事案もあったと認める発言もありました。
また委員の質問に答えて「通報であるかどうかは個別に判断する」「正当性があれば「公益通報」に該当しなくても不利益扱いはしない」「通報者と被通報者が対立せず協力体制をとる」と柔軟な姿勢を示して、よって法令上で一律の義務や措置をとることへの懸念も表明されました。
消費者庁の「民間事業者向けガイドライン」というものがせっかくあるのだから足りている。。。という答えには、林委員が「機能していないから法改正が必要だという議論があるのではないか」と160キロの直球を投げ込んでいました。
これはガイドラインが努力義務なのか遵守することが前提なのか曖昧(守らなくても罰則がない)な、いつもながら(昔ながら?)の展開です。
また事業者内部の自浄能力を高めるという円滑な不正防止促進、前向きな自主的防止が目的の法制度であるべきという経団連の意見に対しても、林委員は「そもそも(通報により)国民の生命・身体・財産を守るのが大切」と、これも消費者行政に即したルールをストレートに説いていました。
ここで「不正が発覚した場合、(内部通報制度の不備または制度があったとしても機能不全が責められるのではなく)内部「監査」の不備が責められるべきである」という回答も経団連から出ました。
とにかくコンプライアンス推進を総合的にPDCA回して進めていくので、通報制度だけをクローズアップしないでほしいという意味を含んでいるようです。
また不正を発見するための役員の善管注意義務・忠実義務を全うする努力についても、いつも通り議論がありました。
これは役員を公益通報者保護の対象にするかの観点での話ですが、私は、むしろ役員(社長や社外役員)が通報を受けた場合、調査を丸投げして放置しないでほしいという議論の中で「善管注意義務」、たとえば私が通報した上場会社社長の義務等を、経団連の方に熱く語ってほしいと思っています。
私はコンプライアンス部門と通報面談の際、「内部監査で問題が見つかっていないのでメスが入れにくい」と言われたことがあり、「監督省」の調査により不正が発覚したのは、その7か月後でした。またその後も口頭での通報妨害や【念書】を書かされそうになったり、現在、監督省との通報面談の「公文書化」が進んで公開請求していることなど、経団連の方がおっしゃった「個別に判断する格好の案件・材料」かもしれないと、話を聴きながら思えてきました。
経団連殿にも中西宏明会長宛てに、以前から経緯説明メール相談は続けています。
本日は告発経験者:串岡弘昭氏の意見発表もあって、高消費者委員会委員長や水町委員が逆質問されていましたが、水町委員が「そもそも公益通報者保護法とういものを労働者を守るものと捉えるのか、広く通報者を守る法律と捉えるか議論の中で方向づけしたい」とわかりやすい言葉で表していました。
林委員といい、水町委員といい、前提や条件付け、視点がばらばら拡散するのを嫌い、原理・原則に引き戻す発言には、どう着地するかは別に、まずは納得します。
投稿: 試行錯誤者 | 2018年9月 6日 (木) 00時33分
ご報告ありがとうございます。H先生、がんばっておられるのですね。Sさんのご指摘も参考になりますし、今後の理論構成に役立てたいと考えております。法制化にはいろいろと問題があることは肝に銘じておきたいと思います。
投稿: toshi | 2018年9月 7日 (金) 11時11分