日本版司法取引第1号は否認事件へ-求められる刑事弁護人の力量
本日(10月3日)の毎日新聞(朝刊社会面)のみが報じているところですが、MHPS社と検察官との間で、他人の「特定犯罪」の立件に協力し、自らの犯罪に関する不起訴等を求める、いわゆる「日本版司法取引」第1号案件について、起訴された同社元取締役が公判で起訴事実を否認する方針であることが明らかになりました(「関係者への取材で」とありますが、誰がそんなことしゃべるのだろう・・・いつも疑問に思うところです)。MHPSさんの不正競争防止法違反事件の内容については、こちらの7月のエントリーをご参照ください。
MHPS社の役職員による外国公務員への贈賄(不正競争防止法違反)について、法人であるMHPS社が、(たとえ違法ではあったとしても、会社のために不正に手を染めた)社員を売った・・・ということで、本事例での司法取引の適用については「これって司法取引制度の趣旨とはかけ離れているのでは?」と、世間からはかなり批判(異論?違和感?)を受けておりました。そういった声も反映されたのか(?)、不正行為を実行した現地社員については立件されず、ターゲットとされていた(指示をしていたとの疑いのある)経営陣のみの立件ということで決着がついたものと思われました。しかしながら、司法取引で立件のターゲットとされていた元取締役の方が否認をする・・・ということで、今後は舞台を裁判所に移し、刑事公判活動にも注目が集まることになりそうです。
司法取引制度については、立案当初から「無実の他人を巻き込むおそれあり」として批判されていましたので、否認事件となりますと俄然裁判官の公判での運用に関心が向くのは当然と思われます。報道では「当初、起訴内容を認めていたが、U被告人のみが否認に転じた」とあるので、刑事弁護人とのやり取りの中で、否認する方針を固めた、ということでしょうか。起訴前の弁護活動から同じ弁護人がついていると思われるのですが、こういったマニュアルのない世界で被告人に有利な判決を勝ち取るには相当な力量が求められるものと思います。まずなんといっても法人側証人は検察側の「(司法取引に関する)合意の離脱」や虚偽証言罪のプレッシャーがありますので、検察官に話したことは絶対に曲げないはずです。この供述の信用性を反対尋問で弾劾するのはかなりむずかしいと思います。
ただ、元取締役の共謀や指示がなかった(評価しえない)ことを立証するメール等についてはフォレンジックによって判明する可能性はあります。とりわけメールについてはクラウド上に残されているものを含めれば膨大な文書数であり、検索ワードの掛け方の巧拙によって重要メールを発見できる場合もあると思います。それらの調査を弁護人が丁寧に行うことによって起訴後に否認に転じるということもありうるかと。また、そもそも「法人」が司法取引の当事者である、という点にも課題があるかと思います。「他人の犯罪」を立証する証言について、どこまで真実を知り得たのか、検察のストーリーに沿って、なんとなくこれに応じて証言してしまったのではないか、というあたりにツッコミどころがあるのかもしれません。
そもそも司法取引制度を創設した検事総長の「勇退のはなむけ」として立件されたMHPS事件とのことで(ちなみにFACTA10月号36頁によると、嫌がるMHPS社に検察側から司法取引への協力要請があり拒否できなかった、とのこと)、万全の状態で立件できたのかどうかはわかりません。9月27日、法務省の検察長官合同会議では、稲田検事総長が「(司法取引制度は)国民の理解が得られるような事案でのみ利用すべき」と述べたそうですが、次は刑事裁判官がこの制度に基づく第一号事件をどう取り扱うのか、たいへん興味が湧くところであります。しかし、こういった刑事弁護人をやれるというのは(どなたが弁護人なのかは存じ上げませんが)正直うらやましい・・・笑。
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