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2018年10月15日 (月)

企業統治改革-後継者計画の前に労働慣行の見直しが必要

10月10日の朝日新聞朝刊「経済気象台」に、「後継者計画の客観・透明性」との見出しで近時のコーポレートガバナンス・コード改訂に関する解説記事が掲載されていました。「後継者計画」との見出しですと、中小会社の事業承継を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、記事は上場会社向けのいわゆる「取締役会改革の一環としての後継者計画」に関するお話です。

企業の持続的成長のカギはなんといっても経営者ですが、その経営者の後継は現経営者が不透明な手続きで決めている、という点に投資家が不満を述べていました。そこで改訂コードでは、社外取締役らが中心となって任意の指名委員会等が(計画の初期段階から)関与すること、また経営者の選解任手続きを規約化することなどが求められています。記事では「長期的な企業価値向上のための合理的人選が、現状の指名委員会で可能かどうか」と疑問を呈しています。そもそもそういった後継者計画が、果たして中長期の企業価値向上につながるのかどうか、根本的に疑問を投げかけています。

14年ほどにわたる私自身の社外役員の経験(指名委員会やガバナンス委員会の委員長等)や、改訂コード対応への上場会社さんからのご相談事例など、ホントに狭い経験に基づく個人的な意見しか申し上げられませんが、私も後継者計画(サクセッションプラン)自体が企業の持続的成長につながるのかどうかは、やや懐疑的です。大きな理由は、日本企業の労務慣行が後継者育成計画を許容する土壌とは言えないからです。

職能ではなく、マネジメント能力(修羅場をどう乗り切ってきたか)の視点から「ふさわしい人」を育成プログラム候補に推薦するわけですが、年功序列・終身雇用の性格が強いタテ組織の「360度評価」は本当の実力者が選別されるのかどうか不安が残ります。「あの部署(カンパニー)から候補者を出さなければ部署の士気が下がる」「とりあえず〇〇君を候補者にしないと相談役は黙ってない」「あくまでも『候補』なんだから、女性もひとり入れないとマズいんじゃない?」など、いろんな忖度やしがらみがノイズとして入ってきます。職能による労働の流動性が高まり、「上司よりも仕事」「社長よりも会社」といった労務慣行が成り立たないと、ちょっと今のままでは制度の運用が成り立たない(選定者が厳しい責任のもとで権限を行使できない)気がします。

さらに(これも自身の経験からですが)、後継者計画に従い、育成プログラムの最終段階になりますと、優秀な幹部候補者数名から経営者候補が1名に絞られます。つまり、優秀な幹部の数名は「レースに敗れる」わけです。たしか米国では後継者選任手続きで指名されなかった人たちは、さっさと他社に移って自らの実力を存分に発揮する場を求めるそうですが、日本だとそんな風にはいかないようです。「レースに負けた人」として、そのまま組織に残るのは(敗者復活戦のムードが高い組織なら良いのですが)、相当に厳しいでしょうし、モチベーションも上がらない。もし、後継者計画を実践するのであれば、このあたりの労働慣行についてもケアが必要と思います。

投資家からすれば、企業業績の変動比率(ボラティリティ)を上げることが好ましいわけですから、真の実力者を(透明性のある手続きのもとで)次期経営者に選任したいのは当然ですし、私自身も、サクセッションプランとそれに紐づいた選任・解任プロセスの透明性自体に反対というわけではございません。ただ、その前にやることがあるのではないか、と。自身の組織を見つめ直して、果たして後継者計画や選任・解任プロセスの透明性(ひいては社外取締役が主体となって選任・解任に関与すること)を実践するにふさわしい組織風土なのかどうか、そこをまず役員全体で審議したうえでコンプライ・オア・エクスプレインを決するべきではないかと思います。

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コメント

後継者計画についての山口先生のご意見、その通りであると感じますし、現状のままで実行していっても、形式に留まってしまうケースが多くなることが想像されます。
山口先生と言い方が逆になる感じですが、欧米の場合は、トップの候補者は社内ももちろんですが、外部からの複数の候補者が入ってくるものと考えられます。そういう点では、さまざまな経験や情報を持たれている社外からの指名委員の方々はは非常に有効な見識・意見を示されることが十分に期待されると思います。
一方、社内候補者のみのレースであれば、後継者計画を充実したとしても、絞込みの時点で現経営者好みやや社内政治を通り抜けた人材しか社外からの指名委員の評価の対象になりませんので、「できレース」に加担する(ちょっと言い過ぎですが…)という危険性は排除しにくいように思います。
そういうことを考えますと、山口先生のご意見は極めて妥当なもので、企業をよりよくガバナンスし社会への貢献を高めるという目的を達成するためには何を考える必要があるのかを示唆されていると考えます。
とは言え、この日本の労働慣行を変えていくには、社会的価値観や働く側の勤労観なども変わらないとならず、時間が非常にかかりそうにも思え、難しさを感じます。

投稿: Henry | 2018年10月15日 (月) 09時39分

Henryさん、コメントありがとうございます。なるほど、そういった理由もありそうですね。日本の労働慣行を変えていくことはむずかしいのですが、せめて個々の会社で労働慣行を見直していくことはできるのではないかと思っております。最近のハマキョウレックス、長澤運輸の最高裁判決を契機にして、多くの会社が有期雇用、パートタイム雇用の労働条件見直しを進めています。こういった流れの中で、自社の取組みを進めてほしいものです。

投稿: toshi | 2018年10月17日 (水) 22時26分

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