日産・金商法違反事件-会計実務家の常識的判断を尊重せよ(その2)
昨日のエントリー「日産前会長金商法違反事件-会計実務家の常識的判断を尊重せよ」にはたくさんのコメントをいただき、どうもありがとうございました。本日は続編として、いただいた会計専門家の皆様(私の存じ上げている方もいらっしゃいますが)のご意見を紹介させていただきます。もちろん、事件関係者の方ではありませんので、新聞等の公開された情報のみに基づいたご意見ばかりであることを念のため申し添えておきます。(なお、メールでも公認会計士の方からいくつかご意見を頂戴しましたが、コメント欄にお書きいただいた方以外は紹介を控えさせていただきます)。
(Xさんのご意見)ゴーンさんのようなケースであれば(現在までの報道を見る限り)費用計上して開示するのが、実務に携わる一会計士としては常識的判断だと思います。法的な意味で確定している必要はありませんし、probable であれば会計的には費用&債務です。従業員の退職給付債務も確率論で推定されたものに過ぎず、確定しているものではありません。有価証券の評価損も受注工事損失引当も、法的な意味で確定してはいないので、法的に確定していなければ処理不要という理屈が通れば、オリンパスも東芝も不適切会計では無くなってしまいます。有価証券や長期請負工事の損失も、売却や完了までは評価・見積に過ぎず確定したものではありません。重要な記載事項かどうかも、監査対象ではありませんが重要であると言うのが一般的な認識かと思います。重要なので導入されたわけですし、導入時の経緯を見ても、当初から重要視されていました。また虚偽記載があった場合の心証としては、利益におけるそれよりもさらに悪いと言えます。会計は膨大な作業と時間の積み重ねなので、間違える事や間違いに気づかない事はあります。東芝のケースも、金額的には大半が原発工事ですが、ああいった海外の大規模工事になると経営者も正確な数字を掴めなくなる事は、まだ理解できます。しかし、役員報酬は自分自身の報酬ですから、掴めていないはずがなく、100%故意で悪質です。・・・(中略)中途退職したらほぼ0円になるような退職給付でも債務認識と費用認識はされますし、デリバティブなんてトリガーが引かれなかったら0になるものばかりでしょう。現在の会計基準は必ずしも確定未確定を問題にしません。一老さんが費用収益対応という言い方で言及されていますが、この報酬が実態として何の対価なのかという事の方が決定的要因でしょう。実質的な報酬の後払いなのか、本当に顧問料相談役料なのかです。それは私のような外野ではなく裁判所が判断することなのでしょうけど。
どうもありがとうございます。おっしゃるとおり、最後は裁判所が判断することになります。ちなみに、2017年に青林書院から出された「法律家のための企業会計と法の基礎知識」の中で、長銀事件最高裁審理を担当された裁判官でいらっしゃった古田祐紀先生(検察出身)が「法的な観点から会計処理を見る場合の留意点」をお書きになっておられます(同書31頁以下)。今回のようなケースでは、やはり退職慰労金の会計処理が参考になるものと私的には判断いたしました。
(会計士さんのご意見)「報道」情報が、媒体で違うのだろうし、「事実」かどうかわからないので、推測含みですが。退任後報酬なら、費用計上しない。大企業トップに対して、退任後2年間顧問あるいは相談役で年3000万払うなんていうのは、よくありますが、これは、払った年の費用です。その年に執務して、その年の報酬ですから。現役時に費用計上することはないし、確定債務ではありません。わかりやすく言うと、この方が退任直後病気で亡くなったケース。その場合、払いませんね。よって、費用計上しないのです。仮に亡くなった場合も遺族に払うのだとしたら、それは確定債務で事前の費用計上が必要です。・・・(中略)確たるスキームや金額を既知としているわけではないので。小出しにいろいろ出ているどの情報が正なのかがわからず、そこはおいておいて。退任時に、お亡くなりになったというような前提で。その際には相続人に払われないものだとしたら、費用計上されていないことは正しいと思うのです。何らかスキームに「インチキ」あって、「実質を仮装」している事実があるとすれば、それは別の論点で。退任後に顧問で年10億なり払って、今後のCG報告書で会社が開示していくような流れであれば、それはそれで「会計」側では問題がないと思います。
どうもありがとうございます。上記の「企業会計と法の基礎知識」の中で、東京大学の佐伯教授(刑法学)が「評価的要素と会計基準違反(刑事関係)」を担当執筆されています(拙著も一部引用していただいております)。会計士さんご指摘のとおり、会計処理の問題とは別に、たとえば会計処理は正しくても、実質的に見れば「おかしいじゃん!」という場合に虚偽記載で刑事処罰を与えてしまおう・・という流れもありえます。米国のGAAP遵守⇒有罪という例も紹介されています。企業会計法の大家でいらっしゃる弥永教授の「片面的実質主義」(ここでは説明しませんが)に、佐伯先生も賛同されているようですが、やはり課徴金処分が使えるところではまず課徴金でいくべきとのことで、刑事処分に実質主義を用いることには謙抑的であるべきとのご指摘があります。
(一老さんのご意見)会社は「一般に公正妥当と認められる会計の基準」に準拠した会計処理を行うべしという点に関して、会社法と金融商品取引法で異なる解釈は有りません。また、法的に確定していないから会計処理されていないが、会計的には会計処理すべきであったという、「法解釈」と「会計解釈」のダブルスタンダードは何処にも存在しません。日産ゴーン事件は虚偽記載を争う展開ならば、そういう意味において、初の「会計裁判」となるのでしょうか。会計的に「簿外未払金」または「簿外引当金」が存在したかどうかが争点です。ゴーン氏に支払われるべき報酬が(隠されていたかどうかに関係なく)客観的に存在していたか、その報酬が支払われる蓋然性が高く認められるか、その金額は(ゼロサムではなくて)概ね確定していたか、さらに、その費用(金額)は過去該当各期の会計期間に費用化(反映)されるべきであったか等の全ての点が明確に立証されるかどうか議論されなければなりません。報道情報から考えるに(ゴーン氏らは、手の込んだテクニックを駆使して事実の表面化を避け、会計的な「未確定取引」を殊更に強調できるスキームを構築してきたようですが、であれば、尚の事)会計事実として会計処理の対象とすべき要件(の一部)を具備していると思います。・・が、しかし、その金額はいったいいつの決算に費用化されるべきだったのでしょうか?「収益費用対応の原則」は会計原則の基本の基本です、これを適当に判断する事はできません。ここに関しては今の自分に結論が出ません。「ライブドア事件」では会社が金銭を授受したその科目が収益ではない事が虚偽記載とされたものですが、日産事件では未払の金額ですから、これとは決定的に異なります。これほど難しい「会計判断」の領域に今回“特捜部”が踏み込み、「会計処理を糺す」として大上段に構えたのでしょうか?・・・(中略)このコメント欄に投稿して直ぐに日経新聞朝刊に目を通しましたが、「某月某日?において、後日支払いされるべき(支払い予定である)報酬の金額が決定していた・・」とする内容記事が掲載されています。会計の専門家ならば常識的に理解するのですが、報酬の金額が決定していたことと未払債務(もしくは引当金)が「確定していた事」は同義ではありません。収益費用対応原則と発生主義原則という会計の大原則に照らせば、その費用(未払金計上費用もしくは引当金繰入額)はそれに対応する期間の収益獲得のために用されたものかどうか、ゴーン氏が受け取る報酬に見合う「役務の提供」がいったい、いつ行われたのかが重要なキーとなります。ゴーン氏が、報酬を<貰うつもり>であり、<間違いなく貰える環境>にあり<その額も決定していた>としても、それだけでは、報酬として『確定』していた事にはならないのです。
一老さんがおっしゃるように、収益費用対応原則、発生主義原則というところは、金商法違反を問うわけですから「法律上の記載義務」を考えるにあたっては避けて通れない論点だと考えております。「報酬」と言われていますが、実は「顧問料」だったり「競業避止承諾料」の可能性があり、東京新聞が関係者の取材から描いた3文書(12月11日朝刊に掲載)から読み取りますと、どうも開示規制施行前は純粋な20億の確定報酬だったものが、施行後は10億の確定報酬と10億相当の顧問料、承諾料として支払われるストーリーになっていたようです。そうなりますと、収益に見合う職務執行はゴーン氏退任後ということになり、費用計上も退任後ということになるような気がいたします。なお、純粋に20億の報酬が確定したとしても、通常は取締役会で決算書の承認決議が必要で、会計的にはこれを確認したうえで費用計上されるのではないかと思うのですが、そのあたりがやや疑問です。
ところで役員報酬の開示制度を導入した責任者でいらっしゃる亀井静香さんがAERAでこのようなことをおっしゃっています(AERAニュースはこちらです)。経済界の反対を押し切って制度を導入された方がこのようなことをおっしゃるということは、本当に役員報酬の重要性(つまり役員報酬の虚偽開示が当然に金商法違反になるということ)を感じておられるようには思えないのですが。。。昨日のエントリーで書いたように、企業統治改革が進むなかで重要性が増してきた、ということも言えそうな気がいたします(ただし、それは罪刑法定主義に反する考え方と認識しております)。
本日(12月12日)の日経朝刊に、青山学院大学大学院の町田教授のご意見も掲載されていましたが、取り上げておられる論点こそ異なるものの、同大学院名誉教授である八田進二先生とは立件の成否に関する見立てが違っておりました。重要性の論点、収益費用対応原則の論点など、会計専門家の方々の意見が反映された刑事訴訟手続きが進まなければ、またまた会計・監査業界に大きな波紋を投げかけることになりかねないと思います。
(これは本日の論点とは関係ありませんが)東京新聞12日付け朝刊「ゴーン事件の底流(2)」はなかなか読み応えがありました。事件関係者の実名がボンボン出てきます(今回の日産金商法違反事件について、東京新聞の取材姿勢はなかなか迫力ありますね)。この記事と12月6日付けの週刊文春の記事、そして今月号の文藝春秋論稿を重ね合わせますと、やはり前会長逮捕・立件の背景に、大きなうねりのようなものがあったことがわかります。米国の新聞(WSJ)では「事情に詳しい関係者」の話として、前会長が逮捕前、経営不振を理由に西川社長の更迭を計画していた、米国市場の不振や日本で相次ぐ品質検査不正問題で西川社長の手腕に疑問を感じていて、11月下旬の取締役会で解任の提案をするつもりだったとも報じられていました。ミクロの論点だけでなく、マクロの視点も把握しておかなければ、本事件の真相には迫れないと感じた次第であります。
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