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2018年12月25日 (火)

日産前会長・会社法違反事件-特別背任罪の成否と経営判断原則

会社法960条1項違反、つまり特別背任罪には有価証券報告書虚偽記載罪(金商法違反)のような法人処罰規定がありません。それは法人(会社)は加害者ではなく被害者(損害の発生は法人)だからです。しかし特別背任罪には未遂処罰規定がありますので、たとえ会社に損害が発生していなくても特別背任の実行行為の着手があれば処罰可能です。なお、過去の判例等を調べてみましたが、特別背任罪の未遂で処罰された人はいないようです。現実には、特別背任罪の立件というのは、マスコミでもさかんに報じられているとおり、法人に「損害」が発生したのかどうか・・・という点が明確に立証される必要がありそうです。

ところでこの週末三連休の間、(おなじみ「関係者によると・・・」なる記事ですが)マスコミでいろいろと日産前会長の会社法違反容疑に関する新事実が報じられています。そのうち目にとまったのは

①前会長の資産管理を委託されていた新生銀行の外国人幹部社員が日産への損失付け替えの提案を(前会長に)していた事実(22日産経夕刊)、②前会長と日産社との利益相反取引について、曖昧な表現をもって取締役会決議をとっていた事実(多数のマスコミ記事)、③実際に日産から数千万円、新生銀行に金銭が支払われていた事実(後日、前会長が自費で解消した 24日毎日朝刊)、④新生銀行から(利益相反取引なので)取締役会での承認要求があったが、「これは報酬の範囲内で処理できるからだいじょうぶだ」と前会長が述べた事実(24日朝日朝刊)⑤信用保証料30億円を前会長のために前会長の知人が支払ったという事実(24日読売朝刊等)、そして⑥ケリー氏の妻が「主人は25日に保釈され帰国する予定。関係者の皆様ありがとう!」と述べている事実(ブルームバーグ)

あたりでしょうか。②と④とはやや矛盾しているような気もいたしますが、ともかく(10年前とはいえ)前会長と新生銀行とのやりとりに基づき、外国人報酬の管理のために、日産の取締役会において何らかの審議事項が決議されたことは間違いないようです。

金商法違反事件では金融庁(SESC)による行政処分というクッションがあり、これまでも不公正取引等において課徴金処分が活用されてきました。刑事処罰は社会的に大きな影響を法人に及ぼすので、「クッション」を最大限活用することは、法人に自浄能力を発揮させるためにも望ましい運用です。しかし、業法違反的な規制を除き、会社法違反(とりわけ特別背任罪)には行政処分はありません。したがって、法人の事実上の告訴をまって刑事手続きが開始されるわけですが、その社会的な影響は極めて大きいだけに、事実上未遂処罰例はなく、また主観的要件である「図利目的」についても(判例は消極的動機説といわれますが)ほぼ積極的な自己もしくは第三者の利益目的が証拠上明らかな場合のみ立件される運用になっています。

では、特別背任罪による立件への「クッション」の役割は何かというと、ガバナンス、つまり法人の取締役会を中心とした自浄作用が発揮されていたかどうか・・・という点だと考えます。たとえば日産事件の場合ですと、前会長が絶大な権限によって取締役会の事前承認を経ず、また事後に何らの報告もなされずに利益相反取引を行ったのであれば、そもそもガバナンスが機能しえないので、いきなりの刑事手続(事後厳罰によるエンフォース)もやむをえないのかもしれません。

しかし、取締役会で何らかの意思決定がなされていたのであれば、取締役会における経営判断に是正が期待できるわけで、その経営判断の内容次第では「特別背任罪の成立に合理的な疑いをはさむ余地」が出てくると思います。また、そのような経営判断に問題があるとすれば監視義務違反や内部統制構築義務違反等に基づき、株主代表訴訟や第三者損害賠償請求なる会社法の規制によってクッションは機能するものと期待されています。

いままでのマスコミ報道を読むかぎり、いったい10年も前の日産の取締役会で何が決議されたのか、どういった審議がなされたのか、とても微妙です。日産前会長がどのような説明を行ったのかはわかりませんが、出席している取締役や監査役が意味もわからずに承認することはありえないと思います(日産のような日本を代表する企業の役員の方々が、意味も分からず議案に賛成した、といったことはおよそ考えられません)。しかし、この審議内容次第では、損失付け替えについて「損害」どころか前会長の違法性の意識(特別背任罪においては「会社に損害を及ぼすことの容認」)は否定されてしまいますし、また中東日産会社を通じて海外の知人に16億を払ったことも「損害」ではなく「費用」や「報酬」として適正に支払われたことになってしまう可能性もありそうです。

私も過去に何件か特別背任罪の告訴手続きを(会社側で)経験しましたが、会社と検察が一緒になって協働しなければ立件は困難ではないかと思います。司法取引を端緒とする立件ではありますが、日産自身が有価証券報告書の訂正を行う気配もなく、また、前会長さんに損害賠償請求訴訟を提起することを急がない状況をみるにつけ「会社はだいじょうぶなのだろうか・・・」と危惧いたします。有価証券報告書の虚偽記載罪以上に、特別背任罪による刑事立件には、コンプライアンス経営に関心を持つ者として目が離せません。

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コメント

山口先生(と、そのH/P)には一年間大変お世話になり、勉強させて頂きました、古い知識をブラッシュアップする機会を与えて頂いたことに厚く感謝します。
・・ここに来て、事件は会社法に違反する重大犯罪として取り上げられ始め、ゴーン氏の反論(マスコミ記事)はますます辻褄が合わなくなってきたと感じます。例えば、「機密費」という費用項目は有りません、予算上設けられたCEOR(リザーブ・予備費)なのか、資金を別段預金のように予めプールしているものなのか不明ですが、そこから「販売促進費」「クレーム処理費」を支払っていたとしても、直接クレーム先に支払うべきであり、或る人物に預けて処理することは、それだけで違法性を問えるのではないかと思っています、所謂「使途不明金」です。(支払いに際して、実際に支払うべき相手と金額、その理由、仲介者である或る人物に依頼しなければならないその理由を役員会で報告し、支払い後に支払証憑・書類を基に報告しておれば使途不明金ではなくなりますが。)特別背任の立件の困難さが過去判例において示されているとして、裁判所の判断も時、時代において変遷?するのでしょうから、グローバル企業活動・企業ガバナンス強化の社会要請を無視した判断にはならないと思っています。(法律の素人考えからすれば)「使途不明金」はそれ自体、役員の背任行為であり、使途不明金ではない事の挙証責任はゴーン氏にあると考えています。更には税務上の問題も出てくるのでしょう。

投稿: 一老 | 2018年12月25日 (火) 12時19分

一老さんのいう機密費、わたしも注目しています。
「使途秘匿金」として所定の税率を納めておれば、税務上の問題は生じないかと思います。
あとは日産社において、機密費の使い方にどのような縛りがあったのかによって背任の成否は大きく変わるように思います。
個人的に興味深いのは、いわゆる取締役会決議の偽装があったのかどうか。巧妙に議事録を偽造していたらアウトでしょうし、議案資料の内容によっては他の取締役、監査役の責任問題も浮上するでしょう。

投稿: JFK | 2018年12月25日 (火) 18時16分

事件が毎日動き大変ですね。
ケリーが保釈され、特別背任事件と有価証券報告書虚偽記載事件の区分が鮮明になってきました。虚偽記載は無理筋から負け筋になってきたように思います。
日産のクーデターに乗った検察は少しの後悔を抱えているでしょう。報道ベースでの事実関係だけをみても、日産と検察の利害関係が変わりつつあるのがよくわかります。
ゴーン擁護派としては、刑事はどちらも無罪になってほしいです。経営者の資質は会社自身のガバナンス、法律を使うにしても民事が第一です。ゴーン怖さに検察を使ったツケは、向う10年の法廷闘争によって払うことになります。

しかしゴーン擁護派としても、特別背任の第2容疑(サウジ人への16億円支払)はちょっと分が悪い。検察がサウジ国内のカネの流れと対価関係を立証できるかが鍵ですね。
あるいは、検察が、足かせとなっている司法取引を切って関係者全員をしょっぴくか。ゴーン一人では何もできなかったはずですから。

二人だけに罪を着せ、日本人役員がしゃばで自由に暮らしているのは明らかに普通の正義感覚に反していると思います。とにかくゴーンとケリーには頑張ってほしいです。

投稿: JFK | 2018年12月26日 (水) 08時16分

「日産のような日本を代表する企業の役員の方々が、意味も分からず議案に賛成した、といったことはおよそ考えられません」とは、ここ2~3年はそのとおりだと思いますが、それより前は、私は自信がありません。
 なお、今日の日経には、日産が報酬をゴーン氏に支払わないとすると、ゴーン氏の主張する「未確定」が成立するので虚偽記載にはならない、という主張がありなるほどと。
 こういう矛盾をどう回避するのか、要注目です。
 この事件は、何が本当なのか証拠が全く分からないので、なかなかコメントしづらいです。

投稿: KAZU | 2018年12月26日 (水) 11時19分

「デリバティブ取引の損失を付け替えた」との容疑ですが、報道を聞いていると、単なる「ヘッジ取引」のように聞こえてきます。
円での給料をドルで確定させるためには、「ドル買い円売り」の為替予約(これもデリバティブの一種)をします。その後、予約時点での為替レートより円高になれば、為替予約側では評価損が発生しますが、受け取る円建ての給料はドル換算で評価益が出ていて、合わせればプラスマイナスゼロになます。ドルで確定させるために行ったヘッジのためのデリバティブ取引なのですから、合算すればゼロになるのは当然の話です。
しかし、為替予約の当事者はゴーン氏と銀行で、給料支払の当事者はゴーン氏と日産ですから、「為替予約の評価損は、給料の評価益で相殺される」と銀行に言っても、銀行としては困るわけです。こういった場合、評価益が出ている日産に為替予約を保証させるとか、為替予約を日産に引き受けさせてゴーン氏はインデムニティーを発行するとかすることになります。当然、日産には、一円の損も発生しません。デリバティブの評価損益は「今解約した場合」の損益ですが、給料支払い日まで解約しなければ、給料として支払われた円が、予約レートでドルになるだけで、損も益も発生しません。
「デリバティブの損失」と言うと、投機を思い浮かべますが、ヘッジ取引なら、むしろ日産が引き受けるのが当然のことのように思えます。

投稿: unknown1 | 2019年1月 6日 (日) 17時52分

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