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2019年1月 7日 (月)

日産前会長特別背任事件-焦点となる三越事件高裁判決の判断基準

(7日午前 追記あり)

1月8日は日産前会長さんの勾留理由開示が予定されていますので、前会長さんの特別背任事件はまたまた大きな話題となりそうです。ということで(?)、今年もこの事件についての私的な意見を述べておきます。

1月5日の日経朝刊、6日の朝日朝刊などでは、前会長さんが私利目的で日産子会社から知人の経営する企業に約16億円ものお金を送金したことを問題視しています。上記朝日の記事では、子会社幹部社員の証言として「16億円の送金の必要性は認められなかった」と証言していることが報じられています。これに対して前会長さん側は、会社のために使ったものであって、私利目的の送金ではないと反論していますので、とりわけ日経の記事では「私的流用かビジネスか」との見出しが付されています。

繰り返しになりますが、特別背任事件の立件はとてもハードルが高いのです。そもそも(JFKさんもコメント欄で述べておられるように)取締役の任務違背行為については、経営判断を過度に委縮させることがないように、一次的にはガバナンスや民事ルールによってコントロールされるべきものです。刑事制裁が期待されるのは、法人の財産保護や事業活動の秩序維持のための最終局面なので、ハードルの高さはやむをえないものと考えております。したがって、裁判官の心証として、ビジネスのために支払ったとの疑いを払しょくできなければ任務違背行為を認定できず、「私的流用かビジネスか」といったレベルの心証であれば当然のことながら前会長さんは無罪です。

たとえば三越の元会長だったO氏、その愛人T氏の(三越を食い物にしたと言われる)特別背任が問われた平成5年11月29日東京高裁判決を読みますと、O氏は検察官面前調書で第三者への図利目的をほぼ認めていたにもかかわらず、一部有罪、一部無罪の判決が出されています(上記東京高裁判決はネット上に公開されています。追記:こちらからご覧になれると思います。たいへん長いですが参考になります)。海外ブランドと三越の取引が開始されるにあたり、愛人とされたTが経営する会社の貢献があったのか、三越の信用力が全てだったのか、非常に微妙なところではありますが、裁判所は「Tが経営する会社の影響がまったくなかったとまではいえない」として、三越から支払われた裏コミッションの正当性を認め、O氏、T氏の任務違背を否定しています。

上記三越事件の東京高裁判決で、今回の日産事件の参考になると思われるのが「任務違背」の判断基準です。裁判所は、まず容疑の対象となっている三越から相手方への支払いの「有用性」を審査します。その支払いは三越のためになっているのかどうか・・・という点です。そして、この「有用性」をクリアした場合、次に問題となるのが「対価の相当性」です。つまり、有用性が認められるとしても、その支払い金額は三越の業績向上への有用性とつりあったものかどうか・・・という点です。三越事件では、上記の有用性と対価相当性のいずれにおいても、裁判所は「(T氏もしくはT氏の経営する会社の貢献が)まったくないとはいいきれない」「コミッション料程度の対価が相当ではないといいきれない」といった心証をもって特別背任は無罪との結論に至っています。

ところで今回の日産前会長の件では、前会長は三越事件のO氏とは異なり、図利目的は完全に否認しています。また海外案件であり、しかも10年も前の事実ということですから、裁判官の心証形成に及ぼす証拠についてはよほど司法取引で有力なものが出てこないかぎりはむずかしいのではないかと(ちなみに司法取引による証拠は金商法違反容疑に関するものだけであり、会社法違反容疑に関するものは存在しない、といった報道がありました)。加えて、中東諸国の王室へのロビー活動の対価の相当性について、「安い、高い」などといった議論を尽くすこと自体、裁判所ができるようには思えません。ということで、「CEO予備費」からの16億円、35億円(オマーンの知人経営会社)、18億円(レバノンの知人経営会社)の「有用性」がまったく否定されるかどうか・・・といったところが最大の争点ではないでしょうか。もちろん「損害論」も争点になりうると思いますが、近時の判例・通説は損害に関する抽象的危険説が主流となっておりますので、前会長さん側がここで戦うのはかなりしんどいような気もしております。

ただ「CEO予備費」からの支出となりますと、過去の税務調査の結果などが気になります。70億円もの子会社からの使途不明金となりますと、当局から贈与認定を受けるはずです。日産と税務当局との過去の交渉経過はどうなっていたのでしょうか(これまで新聞報道では明らかになっていないと思います)。また、紛争の解決金として数十億円を要したのであれば、子会社からの支出という「支払方法」も含めて(親会社の)取締役会で議論をしているはずです。その議論の経過はどうなっているのでしょうか。会社法違反(特別背任罪)を問う事件では、いったい何が取締役会で議論され、決議もしくは報告されたのか、という点が明らかにならなければ刑事事件の結論は見えてこないと思います。日産前会長さんの任務違背行為について、なぜ刑事処分で対応しなければならないのか、ガバナンスや民事ルールは機能しえなかったというプロセスが明らかにされなければ裁判官の有罪心証は得られないと思うところです。日産さんの10年前のガバナンスがどのようなものであったのか、今後報道等で明らかにされることを希望します。

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コメント

法律家ではない者にとって、刑事事件の有罪・無罪は理解が難しく、ゴーン氏の事件でも、自分の知識からくる「心証」にどうしても左右されがちです。今回の山口先生の記事は大変参考になりました、有難うございます。・・・ところで、ここ10年ほど前から会社法の改正が行われ、取引所や行政当局からも様々な「働きかけ」が企業に対して為されてきました。これらは、企業活動の社会的公正性確保の必要性(新しい資本主義・民主主義の規範作りの思想)に根ざした社会秩序の整備と考えられます。この会社法改正の理念から今の「日産事件」を見た場合、司法の判断はどうなるのでしょうか?非常に関心があります。会社法において裁きがなされるが、その会社法自体は社会の要請に応じて改正されてきた、にも拘らず「有罪・無罪」を問う段になれば、(旧)商法時代に下された過去判例が依然として重視される・・のでは、どうにも釈然としないのが、最近の小生の「心証」です。

投稿: 一老 | 2019年1月 8日 (火) 21時26分

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