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2019年2月12日 (火)

デサント株式に対する敵対的TOBと取締役の経営責任

すでに報じられているように、スポーツ用品大手のデサントさんの経営陣と伊藤忠商事(筆頭株主)さんの対立は、敵対的TOB(株式公開買い付け)に発展しています。伊藤忠さんの買付期限は3月14日だそうで、市場外買付により、出資比率を30.4%から40%に引き上げ、経営体制を刷新する予定だそうです。これに対してデサントさんの取締役会ではTOBに反対を表明しています。

「敵対的TOB」は(大規模企業によるものとしては)2006年の王子製紙、北越製紙の事例以来ほとんど行われておらず、しかも成功例がない、日本の企業文化にはなじまないのではないか・・・、といったことが報じられているものの、マスコミネタとしては興味深いところです。私のブログでも2006年当時、王子・北越紛争は何度もエントリーで書かせていただきました。ただ、12年前と現在とでは「敵対的TOB」を取り巻く経営環境が変わってしまって、私のような「場末の弁護士」が面白おかしく(?)語るネタではなくなったような気もします。

伊藤忠さんが「突然のTOB表明」に至ったというのは、たしかに王子・北越紛争の法的規範から学んだところが大きいと考えます(たしか、当時の王子製紙の社長さんが、北越さんに仁義を切ったのが失敗だった-あらかじめ礼を尽くして「やります!」と宣言して準備期間を与えてしまい、法的に苦しい立場になった-と反省されていた会見を記憶しています)。しかし株式時価の5割増しの買付価格を提示したのは2017年のソレキア・富士通の例を参考にしたものと思います(ホワイトナイトになりたくても、取締役会の合理的な判断が優先)。さすがに5割増しとなりますと、よほどのシナジー効果が認められないかぎりは支援したくても取締役会がナットクしない可能性が高いです。支援企業の役員が経営責任を問われかねません。

効率的な支配権取得(協議継続が前提であれば40%で十分)を目指す、ということで、40%を買付上限としたことも含めて、伊藤忠さんとしては、TOBに関わる会社役員のリーガルリスクへの配慮よりも、経営責任を尽くすことへの配慮を優先した戦略を採用したと考えます。なんといいますか、語弊があるかもしれませんが「真綿で首を絞める」ようなプレッシャーをかけて交渉するような感覚でしょうか。そもそも敵対的買収防衛の場面において、日本の取締役は善管注意義務違反に(司法の場で)問われる可能性は極めて低い・・・敗訴リスクだけでなく、提訴リスクも乏しい・・・というのが王子・北越紛争から得た教訓ではないかと。。。

これに対してデサントさんも、きたるべき株主総会の委任状争奪戦も念頭に置きながら伊藤忠さんと協議を継続すると表明しています(たとえば産経新聞ニュースはこちらです)。TOBへの反対表明を補強する意味での広報戦略の意図もありますが、伊藤忠さんのTOBが成功することも想定したうえでの発言と思料いたします。なお、敵対的TOBとは異なり、委任状争奪戦による実質的な支配権取得は2008年のスティールP・アデランス事件以来、何度か成功例がありますので、伊藤忠さんも当然のことながら(TOB終了後の)委任状争奪戦は念頭に置いておられるはずです。

ただ委任状争奪戦の場面でも、スチュワードシップ・コードの影響により、たとえば大株主さんの議決権行使結果の開示や政策保有株式の株式行使基準の設定、議決権行使助言会社の影響力など、支配権争いを取り巻く経営環境が大きく変わりました。オリンパス社に取締役選任を成功させた機関投資家(5%保有)のように、集団的エンゲージメントの手法で投資先のガバナンスに介入する手法もあたりまえの時代になりました。おまけに、ガバナンス・コードの影響により、たとえ争奪戦に負けたとしても、会社側上程議案への企業側の対応表明など、敗者側がさらに作戦を検討する余地もあります。委任状争奪戦の法的な枠組みは変わらずとも、その中身を動かす要素に大きな変動が生じています。

「敵対的買収」というと、かつては米国の先例を参考にして「A社の取締役はこんな善管注意義務違反になるから」「B社の取締役は利益相反のうえで忠実義務を負うから」といったリーガルリスクを前面に出して行為規範を求めることが多かったように思います。しかしながら、パッシブ運用による対話主流の時代となり、企業統治改革が進み、ESG経営の重みが増してきますと、取締役のリーガルリスクを語るだけでは勝敗は決しないように思います。「市場での株主の判断」と「従業員の総意」「海外を含めた消費者の考え方」といったステイクホルダーの賛同をどちらが得られるか、といった要素のほうが勝敗に影響を及ぼすようになったのかもしれません。また、勝敗は裁判や総会で決するのではなく、その後のパフォーマンスによって決まるようになった(経営責任で決まる)と考えます。

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