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2019年4月 9日 (火)

日産前会長・株主総会追放劇-取締役解任に「正当理由」はあるか?

4月8日に開催された日産の臨時株主総会で、日産の前会長さんの取締役解任議案が賛成多数で可決されました。会社と取締役の関係は民法上の委任契約に従うことになっていますので、株主総会はいつでも、どんな理由でも取締役を解任することができます。ただ、その解任に正当な理由がない場合には(法定責任として)会社は解任された取締役に対して損害賠償責任があります(会社法399条2項)。一般的に損害として裁判で認められるのは「任期満了の時期までの役員報酬相当額」ですが、もし前会長さんが会社との間で未確定(後払い)報酬も合意しているとなりますと、その分についても損害賠償の範囲に含まれます(かなりの高額になりそうですよね・・・)。

本日の臨時株主総会では20人ほどの株主さんから質問が出たそうですが「解任した後、ゴーン氏には報酬を支払うのか?」といった質問は出なかったのでしょうか?おそらく日産側が用意していた想定問答では「ゴーン氏の解任には『正当理由』が認められるので、残りの報酬分を支払う予定はありません」「むしろ会社としてはゴーン氏に対して損害賠償請求の訴えを提起する予定です」と回答することになっていたのではないでしょうか。一部報道では、現CEOの方が前会長さんへの損害賠償請求の予定について回答したようにも報じられています。

ちなみに、上場会社ではありませんが、菓子製造、ホテル経営等の事業を営む名門企業の取締役が解任された事例が記憶に新しいところです。当該名門企業の取締役を解任された創業家の方が「私への解任には正当理由がない」として損害賠償請求を求めた裁判では、裁判所が「取締役としての適格性に疑念を抱かせる行為」をいくつか認定して「合わせ技一本」で解任の正当理由を認めています(東京地裁判決 平成30年3月29日、金融・商事判例1547号42頁。ただし控訴審係属中)。ご承知のとおり日産の前会長さんは、会社法違反、金商法違反の刑事訴追に対して否認を続けていますし、私自身、いまでも刑事立件のハードルは高いと思っていますが、この名門企業の裁判例からしますと「取締役としての適格性に疑問を抱かせる程度の行動」はいくつか(前会長さんにも)認定されるものと思いますので、やはり(損害賠償義務が否定されるための)解任の「正当理由」はあると考えます。

ところで、株主総会の議長でもある現CEOの方は「会社からゴーン氏に対して損害賠償を請求する予定」と回答されたとなりますと、もし本当に損害賠償を請求するのであれば前会長さん側から(予備的に)過失相殺の抗弁が出されますよね。善管注意義務違反による損害賠償請求の場合には抗弁がなくても過失相殺がなされますが(民法418条)事実上は抗弁が出ると思います。これって日産の歴代の役員の方々にとって脅威ではないでしょうか。一般の株主代表訴訟であれば、原告株主は社外者ですから善管注意義務違反や過失の立証には高いハードルがありますが、前会長さんは社内の人ですから、他の取締役らの過失を裏付ける様々な証拠を握っているはずです。敵対的とはいえ、証言の信用性も高いものがあります。もし過失相殺の抗弁が、具体的な事実によって認められることになれば、今度は一般の株主による代表訴訟にも大きな影響が及ぶことになります。しかし、そのことを怖がって提訴を躊躇していたのでは、今度は不提訴という不作為の違法性を株主から指摘されて代表訴訟が提起される可能性も高いわけで、いずれにしても日産の役員の皆様は難しい立場に立たされることになるかもしれません。

4月9日には、前会長さんの逮捕直前に収録したとされる動画が公開されるそうですが、そこでどのようなことが語られるのでしょうか。ここまでは検察と会社が一枚岩のような印象がありますが、今後は検察と会社、そして会社役員との間で「利益相反」の状況を(合法的に)作出する戦略に出るのではないでしょうか。

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コメント

山口先生 おはようございます。少し、テーマがそれてしまうのですが、タグがコーポレートガバナンス関連とありましたので投稿させていただきます。今朝の朝日デジタルニュースに、「IHIに業務改善勧告へ エンジン検査不正めぐり国交省」とありました。まさにこちらの話題の企業でも、グダグダが出てくるかなり以前に、トップがIHIと同様の理由で謝罪会見をされていたのを思い出しました。
不祥事が起きる企業は、製造現場に人員投下をしないから、また起きたのでしょうね。
現場を疲弊させているのであれば、人事担当役員の責任が一番問題なのではないでしょうか?もちろんそんな簡単な問題ではなさそうですが?

最近、公益社団法人ACジャパンの「第14回ACジャパン広告学生賞 新聞広告部門 グランプリ受賞作品」の「命も、権利も捨てないで」を知りました。このポスターを見ると胸が締め付けられます。

先生へお願いいたします。
西京銀行、スルガ銀行と西武信用金庫の問題も関心があります。こちらの仏日の報道が一段落しましたならば金融不祥事を総括願います。辛口でお願いいたします。

投稿: サンダース | 2019年4月 9日 (火) 09時23分

山口先生のご活躍の拠点:大阪での、今年の桜は如何でしたでしょう。京阪沿線でも花見に楽しむファミリーの姿が多く見られました。

昨年の今頃に、「数ヶ月後に導入する日本版司法取引(当時)」が、元号が変わるタイミングでの国際的問題に発展すると、誰が予測したでしょう。しかし「鶏が先か卵が先か」視点で推測すると、本件はおそらく、検察内部で「水面下準備」をして来たのではないか?と。(飛躍憶測:恐縮です)
「自己負罪型」ではない「捜査公判協力型」を、歴史的事例と刻む為に、政府の閣議決定下の政令:対象の一つ/金融商品取引法…をあてはめる・・・等が、2018年3月16日の日経報道に記されていて、振り返っています。

「運用の仕方によっては国民の信頼を得られない恐れがある」と、当時/全国の検察幹部が集まった会議で、時の検事総長は慎重な運用を呼びかけていらっしゃいます。
当時の記事では続けて、「検察内部でも冤罪への懸念は大きい。虚偽の供述をした場合は5年以下の懲役に処せられるが、罪を逃れたい一心で無関係の人を巻き込む可能性は否定できない。証言が事実かどうかの裏付け捜査も徹底する必要がある。ある幹部は「制度の定着は1号案件の成否にかかっている」と話す。」と。偶然ながら、発令後に退任された検事総長と、本事件のCEOの漢字名字は同じ。(読みは違いますが)
司法の人事などに無縁なれど、司法取引の国内歴史を刻む象徴的事例に、外資企業に焦点を当てた事…そのライバル企業が実質上の日本の基幹産業の雄で、世界規模のEVシフトに遅れている事…など、現元号の平成天皇陛下はご存命なのに、次の元号決定に浮き足立っている…?かの如くの日本社会と、ESG志向/「赤い楯」含め、世代が代わりつつある世界の機関投資家が我が国にどんな経済的判断を下すのか…実態は、元会長も所詮トカゲの尻尾切り?なのか…かつての「日産自動車/石原ゲーペーウー」当時のマスメディアの歴史と、今の「訳のわからない内向き報道の多発」を知ると、(日本がはたして、昔も今も)(自浄作用が機能する真の法治国家と、対外的に胸を張れるのか?)多面的側面で危惧するのは私だけでしょうか・・・。

投稿: にこらうす | 2019年4月 9日 (火) 18時44分

日産役員の場合は刺し違えても提訴に踏み切るのが最低限の責任としか思えません

実質国営企業ルノーとフランス政府は日産自動車の不正検査に至った設備投資怠慢に対してカルロス・ゴーンを絶対に許さないのがフランス納税者に対する最低限の義務であり、日産役員はそれに連座して多重代表訴訟でフランス司法に裁かれるのを甘んじて受けるのが最低限義務としか現状思えません

何より最早日産の件で連結決算で非連結子会社、非連結関連子会社が存在すること自体がガバナンス荒廃の一因という印象を持たざるを得ません

投稿: unknown1 | 2019年4月13日 (土) 09時40分

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