監査役への優先報告-経営者は「不正の疑惑」をもみ消すのだろうか?
5月20日の日経朝刊3面には「不祥事、監査役に優先報告」なる見出しで、経産省が新たにまとめるグループ会社企業統治指針の内容について報じていました。企業の内部監査部門において「経営陣の関与が疑われる不正」を確認した際、経営陣ではなく監査役への報告を優先させる規定を、社内で設けるように(同指針では)企業に要請するそうです。
記事によりますと、経営者に不正疑惑を報告してしまっては、不正がもみ消されてしまう可能性があるから、とのこと。ただ、条件反射的に危惧しますのは「では(現実問題として)監査役はもみ消さない・・・という理由(保証?)はどこにあるのか?」といったところかと。この指針を設けるのであれば、どんなことがあっても不正の兆候を見つけた監査役さんは、辞任覚悟で経営者の不正を調査することは当然、といった監査環境が整備されることが必須です。
さて、そのような「監査役の独立性」に関する話題は別としまして、企業内の不正調査を長年経験しておりますと「内部監査部門が経営者に不正の疑惑を報告するともみ消されてしまう」というのは、やや短絡的な発想のように思えます。上場会社クラスの経営者として、内部監査部門から「不正の疑いがある」との報告を受領して、これをもみ消すことができるほどの胆力のある経営者とは、オーナー経営者を除き、ほとんどお目にかかったことがありません。
出世競争を勝ち抜いて社長になった方は、内部監査部門から「不正の疑いがある」との報告を受けた時、「そうか、了解した。しかし仮にそれが真実だとしても、会社の存亡にとって重要性があるほどのことなのか」と問い詰めて、最終的には内部監査部門が「いえ、たいしたことではありません」と認めさせることが多いはず。中には「御用監査役」の力を活用して「なんなら常勤監査役にも相談してみてはどうだろう。そのうえで判断するよ」などとおっしゃる経営者もいらっしゃいます。つまり「もみ消す」のではなく、内部監査部門に自ら再考させる(納得させる)、というのが実態です。
内部監査部門の意見を聞いて「そうだろ。たいしたことではないだろう」となりますと、今度は経営者は「内部監査部門のお墨付きをもらったのだから、正しい行為として間違いない」と自信を持ちます。これは監査役と社長とのやりとりでも同じでして、「ほれみろ、監査役が『重要性はないので不適切とまでは言えない』と判断しているんだから、不正行為の故意も過失もないことのお墨付きをもらった。後で問題になったとしても、故意も過失もないよね」と考えます。
つまり、経営者は「不正の疑い」をもみ消すのではなく、そもそもなかったというアリバイ作りを行うのが常道であり、そのアリバイ作りに協力してくれる監査役、内部監査部門こそ社長に好かれるのです。また、監査部門の方々が、たとえ就任当初は高い志を持っていたとしても、そのうち独立性を保持できないような体制に慣れてしまいますと、「重要性バイアス」にとりつかれてしまうのが現実ではないでしょうか。この現実を直視して、(経営陣に対抗しうる)監査部門の実効性をどのように高めるべきか・・・というところに工夫が必要です。
先日、「内部監査は『経営監査』が重要であり、不正監査とは別のスキルが必要」と申し上げましたが、そもそも儲けることにメリットのある監査報告を提出しなければ、経営者は内部監査に一目置かないことが多い。まずは内部監査と経営陣との適度な距離感を作ったうえで不正リスクに関する情報を上げなければ、経営者は内部監査部門の意見を尊重しないと思うのです。ということで、あらためて内部監査部門は攻めのガバナンスにも、守りのガバナンスにも極めて有用な組織だと考えるところです。
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コメント
社長に好かれるか、好かれないかは独立性の観点からいえばあまり重要ではないはずですが、日本の内部監査の場合、報告先が社長になっており、独立性が担保されていません。やはり、監査部門は社外の取締役に報告するべきだと思います。
投稿: 元工場労働者 | 2019年5月21日 (火) 05時52分
山口先生 おはようございます。本日のアンダーラインの部分は、根の深いところだと思います。
投稿: サンダース | 2019年5月21日 (火) 06時26分
新興市場の上場企業の極めて小さい企業で内部監査を行っていましたが、誰がどのような行為をしたかが、すぐにわかってしまうような企業規模で検出した不正は、すべてにおいて社長が関与していました。
首を覚悟して「お恐れながら」と申出たこともありましたが力及びませんでした。
監査役からは利益操作があれば報告して欲しいと言われておりましたので、藁をもすがる気持ちで各監査役に報告したところ、常勤監査役からは「なぜ、そのような報告をする!」と叱責されました。社外監査役(公認会計士)は追求する姿勢を見せましたが、常勤監査役は社長と一緒になって「問題ない」とのストーリーを創り上げました。
指摘したのは期越えの利益の付替であり、何をもって問題ないと結論づけたのかは分かりません。
大企業ではある程度、内部監査も機能しているのかも知れませんが、企業規模の小さい企業では監査部の独立性などは存在しません。
先生が仰っているとおり、「アリバイ作りに協力してくれる監査役、内部監査部門こそ社長に好かれる」は、そのとおりだと思います。
転職活動をしている中での傾向として、不正を指摘し改善した話などを行った企業は不採用に、その辺りには触れず、当たり障りのない話に終始した場合は採用されています。
小隊企業では、誰も内部監査など指摘され、改善することを望んでいないのだと考えてしまいます。
投稿: unknown1 | 2019年5月21日 (火) 10時11分
確かに「監査役はもみ消さないという保証はどこにあるのか」は重要な問題ですね。監査役の「覚悟」と共に、人事的な独立性の確保が求められます。そのためには、①経営トップが実質的に監査役を選任するという最大の問題を是正すること、②監査役選任議案に監査役会又は社外監査役が関与すること、更に③子会社の場合は4年という法定任期の尊重(実態は全く無視)と親会社監査役の関与が必要です。
その意味で、4月18日開催のCGS研究会において「今後の検討課題」(案)として「監査役等の指名プロセス~ 監査役等による監査の実効性を確保する観点から、その指名プロセスの客観性を確保するためのガバナンスの実務上の仕組み」が記載されたことは重要であり、今後大いに議論を深める必要があります。
投稿: いたさん | 2019年5月21日 (火) 11時04分
「あれ、先生当社のこと書かれてますか?」と思ってしまうほどおっしゃる通りの記事と感じます。
自戒も含めて申せば、日本法は罰則も緩く、株主からの追究も弱いため、組織に所属すればするほど法律を守らなければいけないといった感覚自体が希薄化していきますね。
それがために、あとは内圧(監査、コンプラ部門)の対処さえすれば良いという状況になる結果、会社が潰れるほどならば法律を守るが、それほどでないのであれば法違反も会社判断といった状況が常態化してしまうと感じています。
個人的には現在取り組まれているアプローチのみならず、いかに経営の専門ではない株主の皆様に会社に対する牽制力を習得頂くかといった国の取り組みも必要になると思います。
少し突飛かもしれませんが、「不正を繰り返す企業を如何に見抜くか。想定問答例も解説」といった株主向けセミナーも有効かもしれないと思う今日この頃です。
投稿: 上場企業の監査部 | 2019年5月23日 (木) 07時39分
ミもフタもない、的確なご指摘をありがとうございます。公認会計士には、不正に関する職業的懐疑心ということで、不正発見についての色々な議論がなされてきましたが、今後は、
「不正等の疑いを発見したときの対応」ということで、
東証の不祥事予防と不祥事発生の両プリンシプルに対応した、発生後に企業が適切に対応するかどうかの職業的懐疑心を公認会計士が持つ、また、役員(社外、社内、常勤、非常勤にかかわらず)を務める公認会計士が、どのように適切な対応を執行部や他の監査役に求めるか、ということを研究して頂きたいなと思ったりします。
投稿: Kazu | 2019年5月24日 (金) 12時43分