« 監査役への優先報告-経営者は「不正の疑惑」をもみ消すのだろうか? | トップページ | 社外役員の独立性と有事における「追加報酬」の受領 »

2019年5月23日 (木)

事業ポートフォリオ・マネジメントの在り方と富士フイルムの経営判断

(末尾に追記あり)

一昨日のエントリーには多数のコメントをいただき、ありがとうございました。本日も引き続き、経産省HPにリリースされております「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(仮)」に関連した話題です。親会社の子会社管理のひとつとして、当リリースに「事業ポートフォリオ・マネジメント」に関する指針が記載されています。当該指針には、コングロマリット・ディスカウントを回避するために、多様な事業を抱えた企業は、事業の将来性を検討しつつ、リソースの最適配分(選択と集中)に注力すべし」といった内容が含まれています。

CFOの方々からも同様の意見を拝聴することがありますが、上記はあくまでも指針であり、取締役が善管注意義務を果たしたと言えるためには、経営判断としては慎重な対応が必要ではないかと思います。以前、当ブログでも少しだけ紹介しましたが、富士フイルムもコダックも、1990年代に事業の多角化を進めていましたが、コダックは米国市場の株主からの圧力(集中と選択)により、多角化を断念し、3M(スリーエム)の株式買収等による本業特化を進めたそうです。その結果として、多角化を進めた富士フイルムは業績を向上させ、コダックは低迷してしまったことはご承知のとおりです(セブン&アイホールディングスの社外役員でいらっしゃるルディー和子氏の新書「経済の不都合な話」より)。

機関投資家はポートフォリオの生成・見直しのプロですから、そもそも上場会社が多様化を進めることの合理性は「私たちはプロのあなたたちよりも財務シナジー、事業シナジー両面において上手に発揮・向上させる自信があります。なぜなら・・・」と、理由を説明できなければならないはずです。その説明ができなければ、コダックのように「資本コストを上回る事業として存続しうるかどうか見極めて、自信がなければスピンアウトせよ」といった圧力に負けてしまう可能性が出てきます。ルディー氏の前記ご著書によると、1990年代から2000年にかけて、コダックの株主還元率は147%に対して富士フイルムは11%、その低い株主還元率のおかげで富士フイルムは8000億円ものキャッシュを積み上げ、自己資本比率は70%に及んだ、とのこと。そのときに7000億円をM&Aに活用できたことが大きな要因と思われます。

20年前と現在とでは、上場会社の株主に対する向き合い方が大きく異なりますが、ガバナンスコードや実務指針に単純に従うのではなく、たとえ株主の要望に反する経営判断であったとしても、当該戦略を当社が採用する理由をきちんと説明できることが重要だと思います。1990年代はマイケル・ポーター「競争の戦略」論が幅を利かせていた時代ですが、こういった戦略論の支柱となる理論とは、いったいどのようなものなのでしょうか?

PS コメント欄にHenryさんの有益な参考意見が示されておりますので、そちらもご参照ください。

|

« 監査役への優先報告-経営者は「不正の疑惑」をもみ消すのだろうか? | トップページ | 社外役員の独立性と有事における「追加報酬」の受領 »

コメント

慶応大学商学研究科の菊澤研宗(きくざわけんしゅう)教授が「成功する日本企業には『共通の本質』がある」で、やはりコダックと富士フィルムの大きな事業環境の変化に対する対応の違いと背景にあるガバナンスの違いに触れられています。
教授は完全な情報を持ちそれに基づき合理的に意思決定し行動することを前提とした新古典派経済学の流れにある株主主権のガバナンスには懐疑的な立場をとっており、日本企業の本当の強みであるダイナミックケイパビリティ(変化対応的な自己変革能力)を損なうとしておられます。
経営学の流れとしては、ポーターのある状況の中での戦略ポジショニングの優位性を重視した「競争戦略論」から固有資源の優位性を重視したバーニーの「資源ベース論」へと移り、現在は環境変化に対応させて固有資源を再構成するメタ能力を重視するティースの「ダイナミック・ケイパビリティ」が注目されているとされています。
これまで、ガバナンスの話と経営の話が別々に進んでいるようにも感じていましたが、長期的あるいは持続的な価値創出ということを考えた時、一体化した議論が必要だと強く感じます。

投稿: Henry | 2019年5月23日 (木) 11時14分

Henryさん、コメントありがとうございます。たいへん興味のある分野なので、参考にさせていただき、研鑽いたします。

>慶応大学商学研究科の菊澤研宗(きくざわけんしゅう)教授が「成功する日本企業には『共通の本質』がある」で、やはりコダックと富士フィルムの大きな事業環境の変化に対する対応の違いと背景にあるガバナンスの違いに触れられています。
>教授は完全な情報を持ちそれに基づき合理的に意思決定し行動することを前提とした新古典派経済学の流れにある株主主権のガバナンスには懐疑的な立場をとっており、日本企業の本当の強みであるダイナミックケイパビリティ(変化対応的な自己変革能力)を損なうとしておられます。
>経営学の流れとしては、ポーターのある状況の中での戦略ポジショニングの優位性を重視した「競争戦略論」から固有資源の優位性を重視したバーニーの「資源ベース論」へと移り、現在は環境変化に対応させて固有資源を再構成するメタ能力を重視するティースの「ダイナミック・ケイパビリティ」が注目されているとされています。
>これまで、ガバナンスの話と経営の話が別々に進んでいるようにも感じていましたが、長期的あるいは持続的な価値創出ということを考えた時、一体化した議論が必要だと強く感じます。

投稿: 弁護士 山口利昭 | 2019年5月23日 (木) 12時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 監査役への優先報告-経営者は「不正の疑惑」をもみ消すのだろうか? | トップページ | 社外役員の独立性と有事における「追加報酬」の受領 »