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2019年5月31日 (金)

日本企業の労働慣行とサクセッションプラン(後継者育成)の親和性を考える

5月29日の日経夕刊「十字路」では、CEOの解任に関する判断基準の明確化、透明化への「取締役会の覚悟」が語られていました。会社の有事には、本気でCEOと向き合う気概を持て、とのこと。ガバナンス・コード改訂版が上場企業の浸透する中で、取締役会改革の実質化が今まさに求められています。ただ、取締役会はCEOと本気で向き合うだけで企業価値向上が果たせるかというと、そんなに簡単なものではないようです。

コーポレートガバナンス・コードのなかでも、コンプライの一環として後継者育成計画やCEOの選解任の明確化・透明化を図る企業が増えています。私がガバナンス構築の支援を担当している某上場企業さん(甲社)も、2年ほど前からサクセッションプランを実施しております。最近の経営陣主導の不祥事例や支配権争いに関する事例などをみておりますと、早い段階から後継者を育成することが大切ではないか、うまくいかなければ社外取締役が中心になってCEOの選解任を進めるべきではないか、と思うわけですが、実際にやってみると、「やらなきゃよかった」と思えるような場面に遭遇しますね。

甲社では、これまで社長が次期社長を指名するシステムで後継者が実質的に決まっていましたが、2年ほど前に後継者育成システムを導入し、社内でも後継者候補が早い段階で決まりました。しかし、この後継者候補の周りには「将来の社長に認めてもらいたい」ということで、後継者を支える会のようなものができて、これがまた現経営陣からみると「優秀だが現社長にかわいがられなかった不満分子」のような方々が、候補者を取り巻いておられます。候補者に吹き込まれる情報は、現経営陣を批判するようなものばかり。そうなりますと、現社長を支えている経営陣との間に派閥の対立ができてしまい、肝心の本業の効率性がとても悪くなりました。

GEの著名な経営者ジャックウェルチの著書などを読むと、3名ほどの後継者候補をあらかじめ社内で競わせて、最終的に現CEOが決定し、上手にCEOの地位を引き継ぐことが自慢話のように書かれています。しかし、こういった後継者育成計画や社長の選解任ルールの透明化、といった指針は果たして日本企業の労働慣行に合致するものかどうか、よく見極める必要があります。

同期入社制度、年功序列、終身雇用といった労働慣行があたりまえで、職務よりも人に対して給与が支払われる企業社会だと、やっぱり経営幹部にとっては「誰についていくか」はとても大切です。なので、早々と後継者候補が明らかになりますと、現社長に批判的な「取り巻き」現象が発生してしまい、現経営陣とうまくいかなくなってしまうケースも出てくるように思います。後継者を3名ほど指名して競わせるのは良いとしても、人に対して給与が支払われる慣行がありますので、後継者に指名されなかった方はどうされるのでしょうか?(米国のように、職務で転職できるのであればよいのですが、日本ではそんな甘くないと思います)。

CEOの選解任手続の明確化、透明化の実施についても同様です。たとえば社外取締役が主導して現CEOの退任を求めたとします。社外取締役が一番苦労するのは「現CEOとの対決」ではありません。現CEOに家族と自分の人生を賭けておられる経営幹部の方々からの厳しい攻撃です。日本の労働慣行が前提であれば、これは当然かもしれません。このあたりは機関投資家の方々にはなかなか理解していただけないと思います。

組織がひとつになって後継者計画を遂行しようとすると、結局は現CEOが退任後も相談役や顧問としてにらみを利かせて(?)社内抗争を防止し、企業活動の効率性を確保する、といった笑えない事態もありえます(なるほど・・・相談役・顧問制度はよく考えられた-日本の労働慣行にマッチした-仕組みなのだなぁと感心します)。よく企業統治改革2.0は「形式から実質へ」と言われますが、その「実質」とは企業だけではどうにも変えることができなくて、日本政府が(どんな選挙結果になろうとも)本気で労働慣行を変える政策を断行しなければ限界があるように思えてきます。

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コメント

企業だけでは「形式から実質へ」変えることができないとのお考えには同感です。
山口先生が「日本政府の政策断行」に期待を寄せる正直で誠実な(こう言っても良いのでしょうか)気持ちも理解いたします。
経団連は政策への提言も行う団体ですが、中西宏明会長が体調を崩されたことは心配です。
5月30日の内閣府消費者委員会では「公益通報者保護専門調査会報告書」に関するパブコメについて、消費者委員会と消費者庁の間で激論がありました。
消費者委員会委員からは総じて「専門調査会」の結果を尊重して、早期に法技術の検討を進めてほしいと意見が出ました。

「公益通報者保護法の実効性の向上」こそ、政府が内閣総理大臣諮問により、経済団体の限界、壁を突破し「仏作って魂入れる」べき政策です(また書いてしまった。。。)。

投稿: 試行錯誤者 | 2019年6月 1日 (土) 21時31分

いつも有益な情報、ありがとうございます。そうでしたか「激論」ですか。。。
先日の日経新聞で内部通報制度の認証制度開始の記事がありましたが、田中亘先生のコメントに少し励まされました。あれくらい変えないと企業社会も変わらない、といったメッセージでした。

投稿: toshi | 2019年6月 1日 (土) 22時13分

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