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2019年7月 1日 (月)

SDGs経営への取組みとハラスメント全面禁止の社内ルール化

先日、当ブログでも取り上げました製薬メーカーR社の社長セクハラ裁判ですが、週刊新潮に掲載されている記事などを読みますと、別のセクハラ事案なども報じられるようになり、企業がメディアを押さえ込むことの難しさを感じます。「社長のハラスメント」ネタは、かつて「ゴシップ」といった印象を受けましたが、現在は「公表されることが社会的に意義のある事実」と認識される時代です。何度も当ブログで申し上げているように、昔と違って今の内部通報・内部告発は集団化、代表化(代表者が通報をする)が特徴ですから(他の社員の方々からもメディアに情報が提供されるのでしょうね)、社長を取り巻く役員(執行役員)の方々も、「社長のゴシップをもみ消すことで人事評価を上げる」方向で考えることは控えたほうがよさそうです。

ところで6月21日にILO(国際労働機構)では、職場におけるハラスメント全面禁止条約が採択されましたが(日本も賛成)、日本が来年、これを批准して国内法化する可能性は乏しいのではないか、と言われています。大阪のG20に出席していたILO事務局長も、早期に日本が批准するよう検討を要請していくことを述べておられましたが(たとえばこちらのニュース)、日本の対応は後ろ向きかもしれません。今年、日本でもパワハラ防止体制の整備義務が法制化されたことはご承知のとおりですが、そこでは、企業の社員に対してパワハラを禁止する条項は含まれておりません。経済団体でも「パワハラと指導との線引きはむずかしい」として、法律によるパワハラ禁止条項の設置には消極的だそうです。

しかし、6月28日に経産省から公表された「SDGs経営、ESG投資研究会報告書」などを読みますと、従業員の職場環境の確保は「コストではなく投資」として取り組むべきものとされていますので、今後、日本企業がハラスメント全面禁止を(自主的に)社内ルール化するかどうかは投資判断の対象になるように思います。いろんな企業のESG方針、CSR方針をネットで読みましたが、たしかに「当社ではパワハラを防止するための体制作りに取り組みます」「我々はパワーハラスメントは一切しません」とは書いてありますが、「当社では一切のパワハラを禁止します」と、明確に書いている企業は少ないようです(たとえばイトーキさん、エアーウォーターさん等はCSR方針や就業規則で、当社はパワハラを一切禁止します、と宣言しています)。

上記のとおり、ILOのハラスメント全面禁止条約が採択された以上、今後はESGやSDGsの一環として各社とも前向きにハラスメントの防止に努めると思いますが、果たしてその会社が「社員にハラスメントを一切禁止」しているのか、それとも「ハラスメント防止体制を構築することに努める」としているのかは、「取組む姿勢の本気度」を機関投資家が知るにはわかりやすい判断基準になりそうで、とても興味深いところです。「全面禁止」を社内ルール化した企業は、公正な社内調査の手続きによって「ハラスメント」にあたるかどうか、線引きをしなければならず、処分も公正に行われるはずです。また、その判断次第では社員の士気にも大きく影響するところだと思います(まぁ、だからこそ企業として「パワハラ禁止」規定を設けることに及び腰になってしまうのかもしれませんが・・・)。

先日、日経新聞で取り上げられていた味の素さんの「働き方改革への取組み」を読みましたが、社長さんの活動をみていて、職場環境配慮に関する経営の優先度を上げないと、とてもじゃないができないと思いました。ということで、日本企業でESG経営の機運が高まっている現在、ILOのハラスメント全面禁止条約は、たとえ国内法化されずとも、それなりに日本企業には重く受け止められるものと予想しています。

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コメント

上場会社で、ハラスメントを全面禁止していない企業はないと思いますよ。
規程にはそう書くしかないですからね。
問題なのは、そのハラスメント禁止の内実です。表面しか見ない投資家には全く興味のないことかもしれませんが、企業の中の人にとっては、言葉の独り歩きは持続的成長を脅かす深刻な問題です。コンプライアンス違反とかいうおかしな言葉がまかりとおるのと同じく、ハラスメント禁止などと言ってそのままにしている会社はいずれ潰れると思います。
人はすぐ基準を求めたがります。しかし考えてみてください。パワハラに基準などあり得るでしょうか?政府も、「業務の適正な範囲を越えたら」と定義しているように、行為の前後関係や人間関係、TPOによって、同じ言葉や有形力であってもパワハラに該当したりしなかったりします。この当たり前のことを日本全体が気付かないといけません。パワハラという言葉を使うときには、該当性が明らかなもの、つまり厚労省が挙げる6類型(これとてケースバイケースですが)を指すのか、まったく基準などない灰色部分まで含むのかを、意識的に明確にしなければなりません。
そうでなければ、会社はハラスメント禁止と言っている、しかし現場には線引きはないし、線引きなどそもそも不可能、という悲しい事態を放置することになります。
投資家ももっと賢くなるべきです。単にハラスメント禁止を宣言しているだけならむしろリスクであると見るべきでしょう。

投稿: JFK | 2019年7月 4日 (木) 02時10分

毎度ながら、有益なご意見ありがとうございます。韓国でも今「パワハラ禁止条項」を社内規則に盛り込むことで、法務部がたいへん忙殺されていると報じられています(東亜日報)。経済団体がJFKさんと同様の理由で、禁止条項の導入に大きな懸念を抱いている、とのこと。たいへん悩ましいですね。
企業ではありませんが、北大の学長さんがパワハラを理由として解任申出が出されたそうで、おそらく企業社会でも同様の流れに拍車がかかると思います。私も調査をときどきやりますが、スマホによる動画、録音が、被害者ではなく目撃社員から容易に調査担当者のところへ届きます。この証拠化の容易さ、第三者からの申告の急増が、今後のハラスメント対応にも大きな影響を及ぼすものと思います。

投稿: toshi | 2019年7月 5日 (金) 17時31分

人格を尊重せず、結果、事業を阻害するような行為は「禁止」。これは当たり前で、社内ルール化することが当然です。禁止は禁止でよいのです。
しかし、同じハラスメントという言葉で括られるものにも、セクハラのように業務とあまり関連しないカテゴリと、「業務(業務命令、指導、教育等)そのもの」である領域があり、パワハラはその典型です。後者はどっかに線引きがあるわけではなく、TPO等によっても許容性が異なってくるものです。例えば、工事現場で新人が危うく事故に遭いそうな場面で、「バカヤロー!ケガしてーのか!」と叱責する。こんなのはパワハラではありません。でも、規程には「暴言は禁止」と書いてある。これが世の中をおかしくしてしまう原因です。パワハラの基準などは書かないほうがいいし求めるべきでもないのです。
パワハラ(業務性の強いハラスメント類型)は、企業自身が個々の事案ごとに「認定」するべきものです。
事実を要件にあてはめて結論が出るという通常の思考が妥当しない分野だということを、弁護士の方々にもよく理解してほしいものです。言い方を変えれば、現場が気にしているパワハラの多くは民事的に違法じゃない領域でのいざこざですから、普段のリーガルマインドが通用しないのは当たり前のことです。
企業は、基準づくりはほどほどにして、上記した「認定」を合理的に行うプロセスを作ることにいそしむべきと考えます。
そのような行動へ導く環境、空気を作るのが政府の役割であり、伝道師である弁護士の先方の役割ではないでしょうか。
切実な問題であり、同趣旨のコメントを繰り返してしまいました。

投稿: JFK | 2019年7月 6日 (土) 01時45分

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