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2019年7月 9日 (火)

コンプライアンス経営にレグテックを導入する際の留意点を考える

2011年に発生したユッケ集団食中毒事件については、当ブログで過去4回ほど取り上げました。2018年には、食中毒を発生させた会社の社長さんが「当時の衛生基準が十分に周知されていたとはいえない」ということで「重過失なし」とされ、裁判所において民事賠償責任が否定されました(2018年3月の当ブログエントリー参照)。これで事件終結かと思っておりましたが、本日の読売新聞ニュースによりますと、当該社長さんの刑事責任について、検察審査会が「不起訴不当」なる議決を出したそうです。「大腸菌などを除去しなければ食中毒が起きるという認識自体は広く共有されていた」との理由を示されましたので、ふたたび社長さんの注意義務違反の有無について再調査がなされるようですね。いずれにしても、事業に関連した行政規制については、法人代表者に十分な認識さえあれば事故は発生していなかったのですから、ご遺族の方々はやり切れない気持ちだと拝察いたします。

さて、「行政規制への対応」という点ですが、7月8日の日経朝刊(法務面)に「規制対応、ITで効率化、個人情報保護や広告審査-定型作業は任せ、高度業務に集中」と題する特集記事が掲載されています。いわゆる「レグテック(レギュレーション・テクノロジー)」が法務の世界でも活用され始めたことを報じています。私も、昨年から「守りではなく、攻めの法務機能の一環としてのレグテック」を講演の中で取り上げ、他社との競争に勝つための戦略法務への活用をお勧めしております。

今朝の記事にありますとおり、レグテックをコンプライアンス経営に活用するというのは、レグテック活用の一例にすぎませんが、「最重要課題」とされています。コンプライアンス経営が大切・・・と申し上げると、いまだに「現場が内部統制の強化でガチガチになる」「法務の審査が厳しくなって勝機を失う」といったイメージの事業部門の方がおられます。しかしレグテックの活用は、本日の特集記事にもあるように、現場における営業の自由を最大限確保したうえで、警告を発し、水際で不正の芽を摘みとる、という「トライアル&エラー」の思想に基づくものです。つまり経済活動の範囲を狭めることなく、コンプライアンス経営を実現しよう、というもの。

たとえば社内メールやチャットの分析でパワハラのリスクを感知する(逆に言えば前向きな指揮監督を促す)、海外の贈賄やカルテルの規制の最新動向や政権交代による法執行の変化から海外社員を守り、オープンイノベーションや他社との技術協力を促す、国立公園の指定変更情報をいち早く知り、ESG活動を積極的に推進する、といった「他社との競争に勝つための法務戦略」を推進するためのツールです。もちろんAIやブロックチェーンの進化により、今後ますますレグテックの活用分野は広がるそうです(「広がるそうです」と書いたのは、私自身がそれほどAI等に詳しくないため、ここは「伝聞」情報であります)。

ただ、コンプライアンス経営にレグテックを導入するにあたって、注意すべきは「事業推進とコンプライアンスを秤にかけない」ということです。レグテックの運用にはトライアル&エラーの発想(走りながら考える)が必要ですが、あくまでも「水際で不正を防止する」ことが目的です。導入しようとすると、どうしても費用や時間に制限がある、といった社内事情で「この程度のコンプライアンス経営でもやむをえない」との経営判断がとられがちです。しかし、これは企業風土を劣化させ、企業にとって副作用が大きい。秤にかけるべきは「事業推進のメリットと導入コスト、時間」であり、自社が想定するコンプライアンス経営を実現するにあたり、レグテックを用いて事業を推進するための費用と時間をどれだけかけることができるか・・・という経営判断で検討すべきです。おそらくこの点が、法務戦略にレグテックが活用されるためのポイントになるように思います。

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コメント

セブンpay の事件でも多数のITメディアが主張してましたが

「ボードメンバーにIT、情報セキュリティ等々がわかる人物はもはや必須」

ですね。レグテックの費用対効果の判断をするにしても、同じことが言えるように思います。その点、都市銀行はIT部門長経験者が役員、社長(頭取)に就くようになって久しいので、羨ましいです。

投稿: しがない内部監査員 | 2019年7月 9日 (火) 15時58分

内部監査員さん、コメントありがとうございます。私も自分の失敗経験から、取締役には情報セキュリティに精通した役員は必須と考えております(その理由は、かなり前にブログで書きました)。
ところで、7月5日に内部監査員さんが紹介されていた小島祥一氏のご著書、アマゾンで購入し読みました。数理的な思考が少しむずかしいところもありましたが、現在の日本の状況にあてはめても古さを感じさせない妥当性があり、世情を読み解くにあたり参考になる良本ですね。ご紹介いただき、どうもありがとうございました。

投稿: toshi | 2019年7月 9日 (火) 18時28分

正直日経新聞はリーマンショックの暴落の中、狂ったように金融工学を擁護していたことがあり、新聞自体が読者よりもスポンサーを重視する部分があるので、レグテック関連が売れていない査証のように思う所があります。

「ボードメンバーにIT、情報セキュリティ等々がわかる人物はもはや必須」

というのは否定しませんが、特定のIT関連取引先と癒着する人物の専横の可能性や過去のリソー教育の不祥事を更に悪く進化したようなケースはAIやレグテックの時代には必要であるように思います

レグテックを導入する前に、内部統制や子会社管理の改善や時代遅れの内規の改訂・見直し、レグテックをどう悪用する可能性があるかを検討する方が先と言う場合もあるでしょうし

投稿: | 2019年7月13日 (土) 16時52分

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