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2019年7月19日 (金)

MTG第三者委員会報告書に登場した「リスキーシフト」について

MTGの不適切会計事件について、7月12日に第三者委員会報告書が公表されました。こういった報告書に関心がありますので一読いたしましたが、「なぜ誠実な社長さんのもと、誠実な役職員が不適切会計に至ったのか」といった原因分析(根本原因の究明)に、社会心理学の「リスキーシフト」の理論で説明がなされています(報告書79頁参照)。かなりハイレベルな第三者委員会報告書と推察いたしましたが、不正の原因究明でリスキーシフトを持ち出すものは、これまであまりなかったと思います。リスキーシフトの解説は、報告書の該当箇所をご参照ください。

私も、企業風土と不正との関係を熟慮するのですが、このリスキーシフトは日本企業にもあてはまるのではないかと考えています。ただ、私の場合は、行動経済学における「プロスペクト理論」が(前提として)成り立たなければ、リスキーシフトの理論だけではやや薄いのではないか、と考えるに至っております。①確実に3000円支払わねばならない選択肢と、②8割の確率で4000円支払わねばならないが、2割の確率で1円も支払わないでよい選択肢があると、経済合理性のある行動としては①を選択すべきですが、どうしても損失回避の趣向が強くなってしまい、結果として②を選択してしまう人が圧倒的に多くなります。ノーベル経済学賞を受賞したDカーネマンの「ファスト&スロー」を読まれた方ならご存じかと。

誠実な役職員がなぜ不正に至るのか・・・を考えるにあたり、私はほとんどの役職員が、このプロスペクト理論によって非合理判断の罠に陥り、そこに「心酔する社長に認めてもらいたい」といった役職員の存在感から極端な意見が尊重される傾向(リスキーシフト)が生じるものと考えています。

かつて某事件に関わった元役員の方から当時の取締役会の様子をお聞きして、「リスキーシフトとプロスペクト理論は、ゲマインシャフトの傾向の強い日本の企業組織には適用できる理論ではないか」と、強く確信しております。日本企業の風土改革はとても時間がかかるものですが、どう改革すべきか、といったことを考えるにあたり、社会心理学や認知心理学、行動経済学の理論はヒントを提供してくれるように思います。

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コメント

組織不正の分析に心理学の知見の重要性には全く同感します。
社会心理学者の小坂井敏晶氏は、その著書「責任という虚構」において、ナチスのホロコーストの背景を分析して、以下の3点を指摘しています。一つ目は、責任転嫁の仕組み、二番目は、犯行まで重層的に手続きが介在することによる殺人との心理的距離(例えば、稟議制度における押印の列)、最後に正当化です。
このような要因が現実に生ずれば、「普通の人々」による大量虐殺さえ行われる。いわんや、組織の不正においてをや、ということですね!

投稿: JIC | 2019年7月19日 (金) 11時01分

 「再発防止策の提言」-「企業風土の改革」と来て、「リスキーシフト(集団極性化)」ですから、ちょっとびっくり。意思決定に当たって、個人で決めるより、集団で決める方が間違いが少ないよ、というのがかつての常識でした。それに反証を示したのが、「リスキーシフト」を1961年に提言した、MITのJ.ストーナー。集団で意思決定する方が、リスクの高い選択をしやすい、というものでした。
 ちなみに集団極性化には、リスキーシフトの反対で、極端に慎重になる「コーシャスシフト」があります。成長期から安定期に入った事業で、現状維持バイアスが強くなる傾向、とも言ええましょうか。いずれも集団思考(グループシンク)の一種で、MTGさんに限らず、どこの集団でも、置かれた環境によって、起きがちな現象だと思うのですが。
 松本社長ら創業メンバーが、強力な推進力で打ち上げたMTGというロケットが安定軌道に入るためには、リスキーシフトやコーシャスシフトといった事態を想定して、うまく姿勢制御する仕組みが必要なのでしょう。そのためには内部の多様性や、外部との開かれた関係など、報告書の防止策はもっともとは思います。が、成長期にあるこの企業にとって、集団の凝集性と多様性とを両立させて、安定軌道に乗せるのは、十割そばを打つのと同じように高度な技が必要でしょう。そしてそれには、第三者委員会報告書をなぞったような再発防止策ではなく、これから進む軌道と、
推進するエンジンの設計を見直すことが、必要なのではないかと考えます。そして地道な筋トレですかね。SIXPADを使って。

投稿: コンプライ堂 | 2019年7月19日 (金) 12時04分

日本企業の意思決定に関しては、先の戦争開始に至るまでの経緯の研究も役に立ちそうな気がします。特に旧陸軍で、常に最終的には対外強硬派の意見が通ってしまったあたり。ある歴史家はそこに「功名心の存在」を見出しています。

「功名心」は企業であれば「出世欲」に置き換えられると思います。第三者報告書の中で、リスキーシフト現象を引き起こす要素として4つほど書かれていますが、「構成員の功名心、出世欲の高さ」も追加しておいたほうがいいと思います。(コーシャスシフトの場合でも同様ですが)

このへんはサラリーマン社会では当然のことなので、あえて書いていない(指摘するほどのことはない)のかもしれませんが、やっぱり指摘しておいたほうがいいんじゃないの、と思いました。

投稿: しがない内部監査員 | 2019年7月19日 (金) 14時07分

吉本興業の件、多くのTV局が株主であるのは問題ないのか?

投稿: | 2019年7月21日 (日) 20時20分

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