リクナビ問題が明らかにした「法令遵守」と「コンプライアンス」の違い
リクナビ内定辞退予測の問題が浮上してちょうど1カ月が経過しました。この1カ月のリクナビ問題をみておりまして、様々な企業コンプライアンス上の論点が指摘できますが、これからの日本企業の国際競争力を語る上でどうしても指摘しておかねばならないのが、本件問題が「法令遵守」と「コンプライアンス」の違いを浮き彫りにしたことだと思います。
読売新聞8月27日朝刊社会面に「学生に配慮欠けた」と題するリクルートキャリア社の社長会見記事が掲載されていましたが、そこでは「問題の本質は①学生視点の欠如と②ガバナンスの不全」が指摘されていました。私はその記事を読んで「ガバナンスの不全とは組織のどこに問題があったのだろうか?」と疑問を持ちました。そして、同じ日の朝日新聞朝刊「情報軽く扱ったのでは?保護委、リクナビ側を批判」では、同社内部統制担当役員の話として「同意の有無にかかわらず、やるべきではなかったが、研究開発的な商品だったため、学生の視点やリスクについて複数の目でのチェックが不十分なままスタートしてしまった」とあったので、なるほど「複数の目によるチェックが効いていなかった」ことがガバナンス不全との言葉で語られていたのだと理解しました。
ところでこの内部統制担当役員の方の話の中で、一番関心を持ったのが「そもそも同意があったとしてもやるべきではなかった」と述べている点です。この問題が個人情報保護委員会に指摘され、マスコミでも騒がれ始めた頃は「同意を得ていたので問題はない」「一部同意を得ていないことが判明したので、対応を検討したい」ということで、内定辞退予測サービスが「法令違反」にあたるかどうかに企業の関心があったと思います。ちなみに私が当ブログで本件を取り上げた8月7日のエントリーでも、私自身、「法令違反に該当するかどうか、という意味で灰色」と述べていました。
しかしながら、社会の批判が次第に高まるなかで、「そもそも同意があったとしても問題ではないか」との声が上がり、会見での担当役員の方のお話になったのではないでしょうか。9月1日の産経新聞ニュースでも、情報法に詳しい大学の先生も「丁寧に利用目的を書いて同意を得られたからといって内定辞退率予測ということをしてもいいのかという問題だ。就職や結婚など、重要な自己決定の場で、AIなどで情報を分析することが許されるのか」と指摘しておられます。5年ほど前に、JR西日本の協力を得て情報通信研究機構が顔認証システムの試験を実施しようとしたところ、社会的に大きな批判を浴びて弁護士5名による第三者委員会を設置しましたが、その報告書の結論は「個人情報保護法に違反するシステムではない」というものでした。そこでは「法令遵守」に関心が集まりましたが、社会的な納得はそれだけでは得られなかったものと思われます。
第4次産業革命が進み、日本企業がIoTやAIの開発で世界と闘う中、国内法違反を回避するだけでは技術開発で遅れをとってしまう、ということです。企業倫理や国際人権、海外の競争法執行政策など、「法的にグレーだけれど、競争に負けないように突っ込まないといけない」場面において、グレーをシロに変えることができるのか、それともクロと断定されて国際競争上のハンデを背負うことになるのか、これがまさに現時点における企業コンプライアンスを考える視点です。リクナビ問題は独禁法上の「優越的地位の濫用」に該当する、といった解釈まで登場しました。もはや「コンプライアンス」を守りの意識だけでは認識しえない経営環境になってきたことを、リクナビ問題は如実に示しています。
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コメント
お世話になっております。いつも興味深く拝見させていただいております。本日の記事ですが「JR西日本」とありますのは「JR東日本」ではないかと。
https://www.jreast.co.jp/information/aas/20151126_torimatome.pdf
投稿: 丸山 真弘 | 2019年9月 2日 (月) 06時14分
ありがとうございます。JR東日本の件はきちんと認識しておりませんでした。私はJR西日本のJR大阪駅付近での顔認証システムの件について触れました。なお、誤解を招くおそれのある点がありましたので、一部修正いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2019年9月 2日 (月) 08時07分
お世話になっております。
この話でAIがやり玉にあげられているのが少し気になっています。
>就職や結婚など、重要な自己決定の場で、AIなどで情報を分析することが許されるのか
との大学の先生のお言葉もありますが、
本件は別にAIが元凶なのではなく、たとえ頑張り屋さんな担当者がExcelで手作業でやっていたとしても同じく問題なのではないかと思います。
要は、こういう学生はこういう傾向にありますよ、という、因果も何もわからないあくまで統計上の傾向の話と、個人を結び付けてスコア化してしまったことが問題なのではないかと思います。
例えばの話、リクナビが、「学生のサイトの訪問傾向を分析すると、遅い時期にもサイトを利用している学生は内定辞退する確率が高いという全体傾向が出ました」という話と、(あくまでも学生の同意を得たうえで)各学生のサイトの利用状況の情報を、全く別売りで企業に提供していたとしたら、ここまで騒がれはしなかったのかなと。。。
投稿: M | 2019年9月 5日 (木) 12時14分