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2019年10月31日 (木)

企業行動規範の開示は不祥事の重篤化を防ぐ(コンダクト・リスクマネジメント)

先日、こちらのエントリーにて、危機管理・有事対応の世界で著名な弁護士の新刊書をご紹介して「恥ずかしながら、私は『コンダクト・リスク』なる概念は存じ上げませんでした」と述べました。しかし、ちょうどビジネス・ロー・ジャーナル2019年12月号に、東浩弁護士(田辺総合法律事務所)の「コンダクト・リスク管理と企業カルチャー革命」なる論稿が掲載され、すでに金融コンプライアンスの世界では7年ほど前から不正リスク管理のために使われている概念と知りました(まだまだ修行が足りませぬ・・・)。

ご承知のとおり「コンプライアンス」なる言葉が「法令遵守」を超えて、広く「企業が、社会からの要請に適切に対応すること」と訳されるようになりました。たとえ企業行動に「法令違反」が認められなくても、社長・会長が辞任しなければならないほど「企業の信用が低下する事態」が生じてしまう時代です。そのような不祥事を予防・発見するために「コンダクト・リスク」を抽出して管理することが要請されます。東弁護士の整理を引用すると、①社会規範に悖る行為、②商慣習や市場慣習に反する行為、そして③顧客の視点の欠如した行為こそ、コンダクト・リスクが顕在化するおそれのある行為だそうです。検査データの改ざん、不適切な契約勧誘、不適切な個人データの取扱い等、最近の不祥事例を掲げながらコンダクト・リスクの顕在化事例が紹介されています。

当該コンダクト・リスクの管理手法等については、また東弁護士の上記ご論稿をご参照いただくとして(とてもわかりやすく解説されています)、私が上記ご論稿のなかで関心を持ちましたのは同氏によるデータ分析の結果です。多くの上場企業のHP等で開示されている「企業行動規範」「倫理指針」等を分析し、最近大きな企業不祥事を発生させてしまった会社(たとえば商工中金、日本郵政グループ、リクルートグループ、神戸製鋼所、東芝、野村グループ等)に共通する「企業行動規範の特徴」を示しておられます。他の(不祥事が発生していない)企業では「行動規範」等に「当然のこと」として書かれているものが、4~5項目ほど、これらの企業には共通して書かれていない・・・ということが判明しています(なるほど・・・)。

どのような項目が不足しているのか、という点は上記ビジネス・ロー・ジャーナル12月号をお読みいただければ「添付図表」からわかります。ただ、私の感想としては、近時大きな不祥事を発生させた企業においても、開示されている行動規範の中では「足りない」とされる項目についても、実は社内的には規範化されているものも多いのではないかと推測します。ただ、これを開示していない・・・ということは、行動規範の遵守を対外的に誓約していないことに等しいわけで、担当者任せで行動規範を策定したことも推認されます。つまり、開示しない姿勢自体が組織風土の問題にも通じているのではないかと考えます。「コンダクト・リスク」なるものが、このような姿勢に如実に現れるのではないでしょうか。

そういえば昨日(10月29日)の日経WEBニュースでは、九州電力が、社員や役員が守るべき企業倫理などをまとめた「コンプライアンス行動指針」をホームページで公表した、と報じられていました。九電の広報部門は「これまで社内文書として取り扱い『非公開』にしてきたが、関西電力幹部の金品受領問題を受けて、九電の姿勢をアピールするため公表に踏み切った」と説明しています。九電のコンプライアンス行動指針は2002年に策定されたそうですが、これまでは社内文書化しているだけでした。関電の問題発覚後、九電は(同様の事実がないか)社内調査を行ったうえで、行動指針の開示に踏み切ったそうです。

企業行動規範や倫理指針を対外的に公表する、ということは経営者の明確なコミットメントがなければ実現しないわけで、この「行動規範の開示」こそ、現場社員の不正防止だけでなく、いわゆる「二次不祥事」の予防にも良い影響を及ぼすものではないかと思います(私が「なぜ行動規範の開示が良い影響を及ぼすと考えるのか」という点については、また別途エントリーで述べたいと思います)。もちろん、宣言する以上は、規範に沿った行動が社内外から期待されるわけですから、力を持った法務部門や内部監査部門が必要になるでしょうね(うーん、そこが一番の課題かも・・・)。 

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2019年10月30日 (水)

タニタの働き方改革は労働規制逃れ(偽装請負)になるのか?

10月29日の日経WEB「NIKKEI STYLE(出世ナビ)」に「タニタ働き方改革は労働規制逃れか-社長が疑問に回答」なる記事がアップされており、興味深く読みました。2017年から始まったタニタの働き方改革には賛否両論の意見が噴出しており、社長さんは「批判が出てくるのは織り込み済み」とにこやかにインタビューに回答されています。タニタの「日本活性化プロジェクト」と銘打った制度では、独立を希望する社員は退職し、新たに「個人事業主」として同社と「業務委託契約」を結び、それまで行っていた仕事を「基本業務」として担当する、とのこと。このシステムに「労働基準法違反ではないか」との批判の声もあるようです。

たしかに、社員だった人が、会社との間で「業務委託契約」を締結して個人事業者となった場合に、会社の使用者性が争点とされたベルコ事件の一審判決(札幌地裁平成30年9月31日)は、業務委託契約、代理店契約を締結している「支部長」さんの下で働く従業員との関係で、ベルコには「使用者性」はないとされました(平成30年12月25日のベルコ2次判決も同旨、なお現在、札幌高裁で控訴審が係属しています)。会社と支部長さんとの関係は労働契約ではないから、支部長さんのもとで働く従業員もベルコの労働者には該当しないということです。全国の労働組合は当該判決を批判していますが、労働者の労働時間制限が厳しくなった昨今の状況の中、企業側としては、この手法を多用するのではないかと予想しておりました。

しかし、今年7月、地労委(北海道労働委員会)の命令では、同じベルコの案件について、真逆の判断となりました。地労委は、会社と支部長との業務委託契約の中身について9項目ほど詳細に事実認定を行い、支部長のもとで働く従業員にも労働者性があるとして、会社の不当労働行為を認めています。支部長やそのもとで働く従業員の働き方に裁量権があったとしても、実質的には歩合給制度に等しい、支部長に(仕事に関する)諾否の自由があったとしても、実質的には(ベルコとの)指揮監督関係が成り立っているとしています。事実認定の内容を読みますと、いずれも仕組み自体の問題ではなく、仕組みの運用上の問題が取り上げられています。このような地労委の判断が出た後に、高裁はどのような判断を下すのか興味が湧きますね。

ということで、タニタの働き方改革の手法について、「シロかクロか」といった両意見が出てくるのも当然のように思います。おそらく、仕組みだけをみても判断できない。その仕組みが日ごろからどのように運用されているのか、その運用上の問題こそ労務コンプライアンス、内部統制上のキモになると思われます。仕事に関する裁量権、実質的な諾否の自由の有無など、日常の運用状況を把握しなければ評価は困難ですから、企業としても「運用状況のチェック」に関する相当なコストを要するはずです。また、そもそも働き方改革のなかで、就労形態の多様化、分節化が進んでいるので、業務委託と労働契約との垣根がますます曖昧になってきます。そうなると、会社としても「偽装請負」と認定されないために、日頃からの運用状況を厳格にチェックする必要があると考えます。

労働規制違反やハラスメントなどの労務コンプライアンスについては、できるだけ時間軸をもたせて対応する必要がありますね。「これはダメ、あれはセーフ」といった平面的な判断ではうまくいかないことが多いように感じます。本件のような業務委託契約の導入も、本当に社員を想ってのことか、それとも会社都合のために導入したのか、それは「運用」に如実に現れるのではないでしょうか。

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2019年10月29日 (火)

会社法の教材になる(であろう)アドバネクス総会決議不存在確認控訴審判決

10月16日のこちらのエントリーで予告しておりましたアドバネクス株主総会不存在確認等請求事件の控訴審判決ですが、10月18日に東京高裁で出されたようです。東洋経済プラス(有料会員向け)の23日記事「まさかの原告全面敗訴!それでも続く創業家元会長とアドバネクスの対立」、そして27日記事「会社法の専門家が指摘するアドバネクス裁判の問題点-一審でひどい判決を出した民事8部は猛省すべきだ」をさっそく読みました。企業法務に関心の高い法律家が注目する判決ですから、おそらく法律雑誌には近々掲載されると思いますので、また判決全文を読みましたら感想を述べたいと思います。なお、状況から判断しますと、創業家側から上告受理申立てがなされる可能性が高いので、当該高裁判決は確定しないと思われます。

地裁判決の後、学者の方々が論じておられた各論点については、ほぼ全て原告側(創業家側)の言い分が通ったわけですが、判決では2019年のアドバネクス定時株主総会が「不存在」といえるほどの重大な瑕疵(総会招集手続違反の瑕疵)はない(2018年総会の2019年総会への瑕疵の連鎖は否定、2018年の総会が不存在となり、たとえ一審原告らが2019年総会時点まで取締役だったとしても、有効な決議が行われた2019年6月の総会時点で退任の効果が発生するので、一審原告らが退任した現時点において2018年の株主総会の不存在を確認する実益はなくなったので請求棄却、却下)とのことで会社側全面勝訴の結果となりました。なお、株主請求によって開催された2019年9月の臨時総会でも、現取締役らの事実上の追認決議がなされています(この追認決議の有効性を争う裁判も過去には結構たくさんあるようです)。

とりわけ上記東洋経済プラスの27日記事は、田中亘東大教授の詳細な解説が参考になります(ただし、田中教授は控訴審で原告側から意見書を提出しておられます、念のため)。「今後、会社法の教材として利用されるほどの重要な裁判」とのことで「こんな重要な裁判を東京地裁第8民事部は一人の裁判官に書かせているが、合議で検討すべきであった。高裁では私の意見は概ね判決に採用されたが、地裁判決はひどかった、第8民事部は猛省せよ」と述べておられます。たしか資料版商事法務に地裁判決が掲載された際、当該解説にも「単独よりも合議で判断すべきだったのでは」と書かれていましたね。

中小閉鎖会社の内輪もめ裁判ではなく、上場会社の株主総会決議の有効性、さらに瑕疵の連鎖(後の総会決議の有効性への影響)が問題となるわけですから、総会手続の適法性保証の必要性と会社を取り巻く法律関係の画一的処理の必要性をどこで折り合いをつけるべきか・・・このあたりのバランス感覚を学ぶために、会社法の貴重な教材になることは間違いないと思います。今後は多くの研究者のご論文が公表されるはずですし、有斐閣の判例百選(改訂版)などにも登載されるかもしれませんね。また、(まだ確定はしておりませんが)実務にも大きな影響を及ぼす判決だけに、企業側、機関投資家側双方で理解しておくべき裁判です。

最後に個人的な感想にすぎませんが、①構成員に不備のある取締役会が代表取締役を選任することは「ガバナンス・コードによるCEO選任の透明性」が求められ、「取締役会改革」が進むなかで、軽微な瑕疵とは言い切れないのではないか、②(理屈ではなく実益の視点から)責任追及訴訟の提訴権者が拡大されて「適法性保証」を重視する傾向が強まる会社法の改正の風潮からみれば、「訴えの利益」も理屈だけでなく実質的な利益の有無で判断されるべきではないか(過去の最高裁判決の射程範囲はどこまであるのか)③そもそも地裁や高裁の審理期間が長くなることによって、総会決議を争う当事者の側が不利益を被ることを受忍せざるを得ないことは、民事訴訟における当事者の公平を害することにならないのか、といったことも考え併せますと、まだ創業家とアドバネクスとの紛争の決着はついていないようにも思いました。

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2019年10月28日 (月)

かんぽ生命における不正調査-「社内リニエンシー」の実効性は期待できるか

10月25日の朝日新聞朝刊は、金融庁がかんぽ生命に対して「不正の認定方法」に問題がなかったかどうか、調査を開始したと報じています。従来、かんぽ生命は、法令違反の件数を「年間20件程度」と金融庁に報告をしていましたが、このたびの問題発覚によって日本郵政グループが調査したところでは平均年280件ペースで「法令違反行為」が発覚しているようです。あまりにも実態との差があるので金融庁は調査を行う、とのこと。

ところで、上記記事の1週間前に、同じ朝日新聞朝刊に興味深い記事が掲載されています(10月17日朝刊)。日本郵政グループは、かんぽ生命の不正な保険販売に関わった疑いのある郵便局員の調査を開始するが、対象者が違反行為を自主的に申告すれば「有利な情状として考慮し」、処分を軽減・免除する(ことがある)との異例の通知を出したそうです。

私も不正調査の際に、何度か社内リニエンシー制度を活用したことがありますが、その実効性を高めるためには組織としての工夫が必要です。簡単にいえば「アメとムチ」を組織として徹底できるかどうか、という点です。「アメ」はもちろん処分の軽減・免除です。よく社内リニエンシーはモラルハザードを生むと批判されますが、(社内ですでに疑惑が生じている)特定の不正に関する申告を促すためには有効です。一般探索的な不正発見のために活用しなければ、モラルハザードもそれほど気にすることはありません。

しかし、私の経験(主に失敗例)からみても、単に自主申告を促すだけで、関係者から申告が増えるほど甘くはありません。そこには「ムチ」つまり「もし申告せずに、あとで客観的な証拠や他の社員によるヒアリングで不正が判明した場合には、逆に『申告しなかったことをもって不利な情状として考慮して』厳罰をもって臨む」という会社の姿勢が伴うことが必要です。そして、日常において会社が社員と接する際に用いられている「性善説」もしくは「性弱説」の発想を「性悪説」に180度転換する必要があるので難しい。

たとえば、かんぽ生命の社内リニエンシーの運用について、上記記事では「不正な保険販売に関わった疑いのある郵便局員」を(反面調査を先行させることによって)最初に特定するようです。まだ客観的な証拠もない「疑い」の時点で「あなたは疑われている郵便局員だ」と特定して、それを本人に告知する、関係者との接触を禁止する、というのは皆様方の会社で可能でしょうか?(プロのCFE-公認不正検査士-が2万人以上いる米国でも、疑わしい社員への告知は慎重を期さないと法的なトラブルになります)しかし特定しなければリニエンシーの実効性が高まらないので「(後で何も出てこなくても)疑いがあれば調べるのが会社の姿勢なのだ」という組織風土が成り立たないと難しいでしょう。

また、かんぽ生命は「対象者の供述に依存するものではなく、客観的事実、物証、第三者の信用性ある供述などに基づいて、我々は不正の認定を行います」とあらかじめ告知しておくそうですが、自主申告の対象はあくまでも「事実」であり、違法かどうかの評価は含まない、と告げるべきです。疑いをかけられた社員は「会社は長年貢献してきた我々の説明よりも、お客さんや取引先が供述していることを信用するのか?」と疑心暗鬼になります。

「自己負罪」ではなく「(事実に関する)自主申告」を促すものであることをきちんと説明しなければ、社内リニエンシー制度はなかなか実効性は上がらないと思います。「申告すればかならず処分を減免します」と伝えるのではなく「処分を減免することがありますよ」と伝えるのは、このように評価の問題は会社が責任を負うからこそです。「評価の責任は会社が負う」気概を社員に示すためには、やはり性悪説に立たねばならないわけでして、私があまり社内リニエンシーをお勧めしないのは、(自分のプロとしての失敗をおそれるわけではなく)このような気概を企業が持つことが難しいからであります。

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2019年10月25日 (金)

企業不祥事対応に関する良書2選(新刊書のご紹介です)

10071623_5d9ae80ac83fa私自身、不正調査関連の委員長職務を3つほど掛け持ちしている関係で、なかなか本のご紹介ができませんが、ほぼ同じタイミングで企業不祥事防止関連のおススメ良書が2冊出版され、私の本業にも参考にさせていただいておりますのでご紹介いたします。

(図解)不祥事の予防・発見・対応がわかる本 竹内朗(編)プロアクト法律事務所著(中央経済社 2,500円税別)

ACFE(日本公認不正検査士協会)理事であり、企業の危機管理・有事対応の分野では著名な竹内朗弁護士の法律事務所が書かれた本です。タイトルのとおり、ふんだんに図表を活用していて、読みやすく、徹底的に実務目線の解説書です。後でご紹介する本にも登場しますが、最近「コンダクト・リスク」なる言葉が浸透しているのですね(恥ずかしながら、私は存じ上げませんでした)。

企業不祥事対応の最新事情(防止や早期発見における最新事情)も紹介されていますので法務や監査、内部監査等の実務部隊の方々にとても参考になる一冊です。第三者委員会実務も詳しく書かれていますが、私は不正発覚時の初動対応などが最も参考になるように思いました。

また、「三線ディフェンス」の解説なども図表を交えて盛り込まれていて、ぜひ不正防止や早期発見のトレンドとしてご理解いただきたいところですが、本書は「ESGや開示規制と不祥事対応の関係」や危機管理広報など、機関投資家を意識した項目も目につきます。不祥事対応といいますと、先に述べたように法務や内部監査、総務といった部門がスキルを学ぶべき、といった観念があるかもしれません。しかし当ブログでも何度かお話したとおり、最近は機関投資家も企業不祥事に強い関心を抱いていますので、ぜひともIRや広報担当者、財務・経理担当者の皆様にもお薦めしたい一冊です。(まったく関係ない話ですが、プロアクト法律事務所も所属弁護士が増えたのですね。いやいや、商売繁盛でなによりでございます)。

しかしながら、どんなに実務部隊のスキルが向上したとしても、法務や監査、内部監査等の重要性を経営者が認識し、それなりの予算をつけなければ不正予防はおろか不正の早期発見も困難です。つまり、経営者自身に不正予防や早期発見の重要性を認識してもらう必要があります。次に紹介する本は、ぜひ「経営者に読んでいただきたい」一冊です。

41az5wltcpl_sx340_bo1204203200_ とうことで、こちらもよく存じ上げている方の、ひさしぶりの新刊書でございます。さきほどご紹介した「不祥事の予防・・」もアマゾン1位ですが、こちらもアマゾン1位(つまり、私がとくにブログでご紹介せずとも二冊とも売れている、ということですが)です。

企業不祥事を防ぐ 国廣正 著 (日本経済新聞出版社1,700円 税別)

言わずと知れた危機管理部門の第一人者、さきほどご紹介した竹内朗弁護士のお師匠さん(出身事務所の代表者)でもある国廣さんの新刊書です。実は単著ではひさしぶりですが、今年商事法務から出版された「コンプライアンス・内部統制ハンドブックⅡ」の共著者でもあり、この「ハンドブックⅡ」は隠れた名著だと思います(けっして従来から出版されていた「ハンドブック」の改訂版ではなく、斬新な視点から「ハンドブック」をさらに展開しているところが秀逸です)。

ぜひ経営者の方々にこの国廣本を読んでいただき、コンプライアンス経営への認識を改めていただきたい。私が最も共感しているのは、帯にも記載されていますが、コンプライアンスを前向きに捉えるための「ストーリー」が必要ということです。おそらく国廣さんが関与した事件だと思いますが、うまく初動対応できた会社が匿名で紹介されていて、このストーリーによって役職員の気持ちが変わる(当然、不祥事対応という形で行動も変わる)実例が3つほど掲載されています。これは私もふだんの仕事に参考にさせていただきたいと思いました。しかし「これでもか」というほど、国廣さんがご自身で関与した事例の分析が紹介されているので、解説の説得力がありますね。(やや上から目線で恐縮ですが)かなり国廣さんが頑張って書かれた一冊です。

上記竹内弁護士(プロアクト法律事務所さん)の本でも登場しますが、国広さんの本書でも「新時代のリスク管理を考えるにあたって」ということでコンダクト・リスクなる言葉が登場します。私も意味(リスクの内容)はよくわかっているつもりですが、なるほど最近はこのような言葉が使われているのですね。

私も単著本はちょうど2年前に出版して以来書いておりませんが、こういった企業不祥事関連の本を拝読すると「また書きたい」と意欲が湧いてきますね(このお忙しい方々が出版されているので「忙しい」は理由にならない。「時間は作るもの」ですよね)。

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2019年10月23日 (水)

会社法改正-補償契約で会社が負担する役員の防御費用は「相当の費用」から「通常要すべき費用」へ

内閣提出議案として今国会に提出された会社法改正法案ですが、法務省のHPで「会社法の一部を改正する法律案」を確認しますと、「会社補償制度(補償契約)」の中身が「要綱案」から実質的に修正されていることに気づきます。この修正は実務に与える影響はかなり大きいように思います。

今回の会社法改正では、取締役や監査役が第三者から裁判を提起された場合などに、防御のための費用を会社に負担してもらうことが「補償契約」として制度化されます。ただ、どんな高い費用でも会社が肩代わりしてくれるのではなく、今年1月の要綱案の段階では「相当な費用」であれば会社負担としていました。しかし(正式な要綱の時点で変わっていたようですが)改正法案では「通常要すべき費用」という文言に修正されました(改正会社法案430条の2、2項1号)。

※・・・これだけ企業不祥事が多発するなかで、役員のモラルハザードを助長するだけではないか!とご立腹の方もおられますが、いままでも、民法の委任の規定によって会社補償は可能でした。ただし、補償の許容される範囲が明らかではなかったので、このたびの会社法が解釈上の疑義をなくすために「会社補償制度」を制度化する、というもの。

要綱案の段階では、補償契約によって会社が負担する役員の防御費用については「相当な費用」の範囲内と考えておられたようです。ちなみに要綱案作成の審議の中で、たしか裁判官委員(東京地裁商事部の現役裁判官の方)が「この補償の対象となる『相当な額』というのはどういったイメージなのか?」と質問をしておられ、立案担当者(法務省)は、株主代表訴訟の株主が勝訴した場合に、会社が株主代理人に支払うべき「相当な額」(会社法852条1項)と平仄を合わせるイメージです、と説明されていました(会社法制「企業統治等関係」部会第12回議事録30頁以下参照)。

ただ、裁判所が考えている「相当な費用」の相場はかなり低い。ダスキン事件株主代表訴訟で一部勝訴した株主側の代理人報酬が争われた事件の裁判(2010年7月14日大阪地裁判決-ダスキン事件弁護士報酬請求事件)では、足掛け7年間、2件の株主代表訴訟を支えてきた弁護士報酬が、わずか8000万円!(弁護士12名の合計金額です。報酬事件終結まで9年間、当時の大阪弁護士会報酬規程だと報酬額16億、請求額は「すくなくとも」4億円でした)と判断されました。社会的な耳目を集めた裁判で、しかも極めて勝訴率が低い裁判で、一人当たり年間80万円~90万円ということになります。

この裁判所基準からしますと、もし役員が提訴された場合に、企業法務を扱う大きな法律事務所の弁護士さんは(報酬が安すぎて)受任できないことになりそうです。高い報酬の防御費用を会社がそのまま支払いますと、今度は「弁護士報酬の返還を求めて」もしくは「払いすぎの弁護士費用は会社の損害であり、善管注意義務違反の取締役の賠償責任を追及して」株主代表訴訟を提起されるリスクが生じます。また、これは会社が代表訴訟に補助参加する場合の会社側代理人の報酬や、会社自身が取締役を提訴するケースにおける会社側代理人の報酬にも反映される可能性があります。ということで、私は「相当な費用」しか防御費用が支払われない補償契約は使い勝手が悪いと感じておりました。

どういった経緯で法文が修正されたのかは存じ上げませんが「通常要すべき費用」であれば、(裁判所の先例もないので)「まあ、大手の法律事務所の優秀な代理人が複数名ついているんだから、この程度の弁護士報酬は『通常要すべき費用』ですよね」ということで安心して補償することができそうです。ちなみに「補償契約」ではありませんが、監査役が取締役の違法行為の差し止めを行うことも、昨今の企業統治改革の流れの中では重要なので、これも「通常要すべき費用」として解釈していただきたいです。

なお、以上は私の勝手な推測に基づく解説なので、「なぜ要綱案から正式な要綱に至った段階で文言が修正されたのか」公式な説明があればいいですね。たしか平成26年会社法改正の折にも、監査等委員会設置会社における「取締役の利益相反取引に関する任務懈怠の推定排除の要件」に最終的な修正がかかりましたが(江頭「株式会社法」第5版577頁参照)、これもなにゆえか法文の修正がなされており、若干気持ち悪かったことを憶えております。今国会で成立するかどうか、まだわかりませんが、会社法改正法案の衆参両議院での審議状況を静かに見守りたいと思います。

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2019年10月21日 (月)

GPIF理事長、内部通報への不適切な対応で経営委員会が厳しい処分

ひさびさの内部通報制度に関するエントリーです。10月19日の日経・朝日等各紙において、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の理事長が「女性職員(NHKニュースによると30代の女性職員)との特別な関係を疑われかねない行為があった」とする通報に対して、不適切な対応があったとして同法人から制裁処分を受けたことが報じられました(GPIFのリリースはこちらです)。

ネット上では「こんなことをしているのに、この程度の処分とは甘すぎる!」といった意見が多いようですが、私自身としては経営委員会が調査のうえで制裁処分を行い、これを公表した姿勢は評価できると思いますし、ガバナンスが機能した事例ではないでしょうか。理事長の反論も公表している点は公正と思いました。

上記のGPIFのリリースを読みますと、同法人の経営委員会が「理事長に対する制裁の根拠事実」として、①理事長が女性職員と特別な関係にあると疑われるような行動に及んだ事実(多数回にわたる会食、公用車への複数回の同乗、情実採用を疑わせる行動)、②理事長宛の内部通報が、メールや書簡にて昨年12月以降に複数回届いたにもかかわらず、今年9月まで内部通報案件として監査委員に報告をしていなかった事実を挙げています(なお、②の事実については時事通信の記事からの引用を含みます)。

なお、GPIFの内部通報規程を読みますと、内部通報の宛先はGPIF企画室または外部の顧問法律事務所とされており、けっして理事長は通報窓口には指定されているわけではありません。したがって、理事長宛に内部通報が届いたとしても、通報規程のうえで理事長に対応義務が発生する、といったことにはならないと考えます。理事長は「顧問弁護士には相談していた」と弁明しておられるので、内部通報制度の趣旨にしたがって、一定の対応はされていたのかもしれません。

ただ、GPIFの行動規範を読みますと、3項および9項により、役職員の法令遵守と高い倫理の保持、不正・違法行為の速やかな報告が求められています。そこで、たとえ理事長が内部通報の窓口ではなくても、理事長は内部通報規程のルールに準じた通報として扱うべきであった、とりわけ自身の不正疑惑に関する通報であったがゆえに、他の役員と通報内容を共有すべきであった、しかし理事長はこれを懈怠した、というところが行動規範の趣旨に反するものであり、制裁規定の「役職員にふさわしくない行為」に該当する、と(経営委員会が)判断したものと思われます。

もちろん、先に示した「女性職員との特別な関係を疑わせる行為があった」ということも制裁の根拠理由とされていますが、内部通報規程を設置している企業において、行動規範と「合わせ技」で通報への不適切な対応が制裁(懲戒)の対象となると判断したことは、他社でも大いに参考になるのではないかと。理事長の反論内容も「ごもっとも」だとは思いますが、理事長自ら社内調査の機会を奪ってしまった(通報に対して適切な対応をとらなかった)わけですから、法人としては「不正もしくは不適切行為があった」と断定することはできませんが、「不正もしくは不適切な行為を疑わせる行為はあった」と断定するところまでは可能かと思います。

ちなみにこの判断過程は、役職員と反社会的勢力との癒着問題を調査するケースでも活用されています(つきあう相手が反社会的勢力とは断定できないが、反社と「噂されている」人とつきあうこと、もしくは反社会的勢力とつきあっているとは断定できないが、その疑いを抱かせる行為に及んでいること自体が「(当社の行動規範に鑑みれば)当社役職員にふさわしくない行為」として懲戒処分に相当する、等)。

さて、皆様の会社では社長の女性問題(もしくはその疑惑を抱かせる不適切行為)が認定された場合、懲戒処分を決定し公表することはできますでしょうか?いろいろなところで申し上げておりますが、経営陣の不正(不適切行為)に関する通報は、たとえば監査役や社外取締役など、経営陣から独立した役員が情報を共有しなければ握りつぶされるおそれが高い。本件でも「監査委員に情報を伝達しなかった」という点を経営委員会が重大な問題と捉えていますが、私も同感です。内部通報制度はガバナンスの改善と併せて検討しなければ、経営者の不正発見には役に立たないと思います。

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2019年10月18日 (金)

監査役等の職務環境は「見える化」しなければ向上しない

先日(10月11日)、日本監査役協会のHPに「監査役(会)の視点から見たコーポレートガバナンス改革」なる提言書がリリースされましたので、さっそく拝読いたしました。関西支部の監査実務研究会が作成されたもので、「企業統治改革が進む中で、取締役会の在り方ばかりが注目されているが、いまこそ監査役(会)の在り方を考える」という内容です。

そういえば旬刊商事法務の8月5日・15日合併号座談会記事にて、グループガバナンス実務指針を策定したCGS研究会のメンバーの方(某社副社長CFO)が「このままだと日本の監査役制度は消滅してしまうのではないか、とさえ思う」と発言されていました。まさに問題意識はかなりの方々で共有されているところですから、上記監査役協会の提言はタイムリーなものと言えます。

いまこそ監査役(取締役監査等委員も含む)の固有の機能をガバナンスの視点から見直すべき、という点は私も同感です。ただ、会社法を改正したり、行動指針を改めたりしても、監査役の現状はなかなか変わりません。結局のところ、次の監査役候補者は現社長が決めるのであり、これは平成18年以来、監査役等の地位向上を願って、いろいろと検討してきた私の持論です。一歩譲ったとしても、監査役人事に関する社内慣行があり、監査役にふさわしいかどうかは別として、当該役員人事の慣行によって決まることが多いようです。今後監査役制度が変わるとすれば、それは①機関投資家の力を借りることができた場合、もしくは②「働き方改革」の断行により、日本企業に職務給制度の労務慣行が根付く場合だと思います。さすがに②はすぐには無理なので、とりあえず本日は①について述べたいと思います。

ちなみに、私は2013年12月のこちらのエントリーで「監査役の平均任期は開示すべきである」と提言しましたが、なかなか実現には至っておりません。しかし2013年と現在とでは監査役等をとりまく経営環境が変わりました。まず機関投資家が無形資産への関心を高めていることです。とりわけオープンイノベーションやシェアオフィスの時代に、人材とネットワークに対する(投資家の)価値評価が求められています。まさに組織力が測定可能な価値とされる時代です。

つぎにCSRやESG経営への関心が高まっていることです。先日、TCFD第1回サミットが開催されましたが、環境経営には戦略の面とリスク管理の面があり、監査役制度がリスク管理の側面から気候関連財務情報に寄与できることが理解できます。そして最後にスチュワードシップ・コードの影響のもと、中長期における企業価値向上に向けた機関投資家の高い関心です。監査や法務、財務活動の能力の高さは「資本コスト」に跳ね返ることになります。

ということで、私は監査役等の監査環境を向上させるためには機関投資家の力添えがどうしても必要であり、「監査の見える化」しか方法はないと思います(自力で環境を変えることは残念ながら不可能ではないかと・・・)。ではなにを「見える化」すべきか、といいますと、①監査人材をどう育成しているか(これはグループガバナンス実務指針でも提言されているところですね)、②監査役会の実効性評価(すでにこれを実施している企業さんもあります)、③専属スタッフの組織の状況およびスタッフ養成方法(先にご紹介した某社副社長CFOの方は「本当に監査制度が重要なら、なぜ監査役はもっと人数を増やせ、スタッフを増やせと社長に言わないのだろうか?」と疑問を呈しています)、そして④監査役等の平均在任期間(一老さんがコメント欄でおっしゃっていますが、関電の事件も、任期を見ておりますといろいろとわかってくることがありますね)です。

機関投資家の方々と監査役制度について話をしていて感じるのは、監査役等は「守りのガバナンス」で機能するわけではないと(投資家は)考えていることです。攻めも守りも一体であり、そこは社外取締役や取締役会の監督機能に期待しています(よくサッカーやラグビーに例えられます)。彼らが監査役制度に期待しているのは「どんなに守りや攻めが上手でも、競争の参加資格を失ったら終わり。競争の場から退場させられないように見守ってくれるのが監査役ではないか」とのこと。

監査役等は会社法上の機関なので、それが全てではありませんが、私も上記意見に賛同します。最近は国内だけでなく、海外でも競争市場はあるわけで、そこで競争できる資格を失っては攻めも守りもありません。機関投資家は「この会社は競争の参加資格をまちがっても喪失しないだけの監査機能を持ち合わせているか」という点に関心を持っています。すでにそういった監査機能のスコア化を進めている投資家もいらっしゃいます。

私からすると、こういったことに多くの経営者の意識が向いていないうちに、早めに監査制度(監査役制度および内部監査制度)の改革を進める上場企業が現れてきているように感じています。

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2019年10月16日 (水)

株主総会実務への影響はどうなる?-アドバネクス株主総会不存在確認等請求控訴事件判決

昨日は危機管理やコンプライアンスに関心のある方にとって重要な裁判を紹介しましたが、本日は株主総会関連の重要判決の話題です。企業法務に関心の高い法律家の方々が「今年の注目判決」としているアドバネクス社の株主総会不存在確認等請求事件の控訴審(東京高裁)の判決日がいよいよ10月17日と迫ってきました(週刊東洋経済有料版記事より)。

昨年、日経法務面でも裁判の様子が報じられたことがありましたが、事案の概要と地裁判決の概要は、こちらの専修大学澤山助教の解説記事が詳しいです。今年3月の一審判決(東京地裁-資料版商事法務4月号31頁)については大阪大学の松尾教授が論稿を書いておられますし、弥永教授も金融・商事判例の巻頭でコメントを出しておられます。東大の田中亘教授は地裁に意見書を提出していますね。

あまりマスコミの話題になっていませんが、会社側、創業者側双方に著名な法律事務所の先生方が代理人に就いていますし、さらには9月にたいへん興味深い決議を求める臨時株主総会も開催されていて目が離せません。とくに書面による議決権行使に関する代理権の制限について、今後の株主総会の実務に多大な影響を及ぼしうる論点がふたつほどあります。どのような判決が出るにしても、法律学者の方々から、たくさん判例評釈が出そうです。会社法改正や企業統治改革による株主総会機能の変容問題、株主総会へのインターネット質問や投票の実務指針制定など、近時の制度面での流れとの関係なども研究課題になるのではないかと。

株主総会関連の重要判例となると、最近ではこのアドバネクス事件とヨロズ事件、そして(少し前になりますが)ユーシン(役員報酬)事件あたりでしょうか。同業者の方で「これも重要ですよ」という最近の裁判例がありましたら、またご教示ください。

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2019年10月15日 (火)

社内調査報告書の秘匿はむずかしい-積水ハウス文書提出命令・大阪高裁決定

このたびの台風19号による被害の報道に驚愕しております。被災された皆様には、こころよりお見舞い申し上げます。

さて、週刊東洋経済10月12日号では、昨年の積水ハウス地面師詐欺事件に関する続報が「積水ハウス詐欺被害『封印された報告書』の驚愕」と題して詳細に報じられています。同誌記者が、地面師詐欺事件に関する社内調査委員会報告書の全文を入手し、当該報告書を参考に書き上げたものだそうで、(すでに一部の経済ニュースでは取材記事としては報じられていたものの)「なぜ天下の積水ハウスさんが地面師に嵌められたのか」その実態に迫る内容が示されています。

積水ハウスの取締役の方々が(約55億円の損害賠償金の支払いを求めている)株主代表訴訟の被告になっていることは存じ上げておりましたが、同社がどうしても公開したくなかった社内調査委員会の報告書について、裁判所から文書提出命令が出されていたことは、私はつい最近知りました。というのも、判例雑誌(金融・商事判例1574号-9月15日号)で、この文書提出命令申立て事件の抗告審決定(令和元年7月3日 大阪高裁)の全文が掲載されていたからです。原審、抗告審とも、裁判所は株主代表訴訟の原告側の申立を認めて、同訴訟の補助参加人である積水ハウスに対して社内調査委員会報告書を提出するよう命じています(抗告審は確定し、同社は裁判所に提出-ただし現在は閲覧制限がかかっているようです)。

前記東洋経済の記事を読まれた方は、積水ハウスの組織的な問題などに関心が向くものと思いますが、私はこの文書提出命令の決定内容から、他社でも事件や事故発生時における社内調査委員会を作成した場合には、内容を秘匿したり、概要のみ一部開示するだけで済ませるのはむずかしいのではないか、と感じました。相手方から文書提出命令がなされた場合に、文書提出義務が発生することの根拠となる民事訴訟法220条4号「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」の解釈が問題となりますが、大阪高裁は、平成11年の最高裁決定の立場を踏まえて「自己利用文書」に該当するのかどうか慎重に判断をして「自己利用文書」にはあたらないと結論付けています。

専門性が高いので、ここでは大阪高裁決定の内容を述べることはしませんが、社内調査報告書といっても、まったくステイクホルダーへの説明のためには使わない、といった状況は考えにくいように思います。たとえば上場会社の場合、2016年に公表された「企業不祥事対応のプリンシプル」に沿った形で社内調査を行うことが多いと思います。また、今年6月末に公表された経産省「グループガバナンス実務指針」において示された「有事対応の指針」でも、前記東証プリンシプルとほぼ同じことが示されていますが、社外取締役や社外監査役が委員になって「公表の要否を含めた判断」のために社内調査委員会が発足し、「個人の責任よりも組織としての構造的な欠陥の存否への判断、再発防止策の検討」を目的とした調査が行われます。現経営陣が、事件や事故発生時に対外的な説明責任を尽くすべきかどうかを判断するために、中立公正な第三者的立場にある社外役員に調査を担わせる以上、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」と(会社側が)立証することは困難かもしれません。

ただし、裁判所はインカメラ方式によって対象文書の内容にアクセスできますので(民事訴訟法223条6項)、文書の内容が(開示されてしまうと)関係者のプライバシー権を侵害する場合、団体の自由な意思形成を阻害してしまうおそれがある場合、その他開示によって文書所持者の側に看過しがたい不利益が生じる恐れがある場合には提出命令は出されません。したがって、会社として社内調査報告書をどうしても全文開示をしたくない、ということであれば法律専門家の意見等を聴取しながら社内調査委員会の報告書を作成することを検討すべきでしょうね(もちろん、その姿勢が「コンプライアンス経営」の観点からレピュテーションリスクを新たに生む可能性はあります)。

先日の関電金品受領事件でも社内調査報告書の開示・非開示が問題となりましたし、神戸製鋼品質偽装事件でも(海外当局からの捜査に影響を及ぼすとして)全文開示をしないという経営判断が問題視されました。いずれにしましても、積水ハウスの社内調査報告書に対する文書提出命令申立て大阪高裁決定は、コンプライアンスや危機管理に携わる皆様にとって重要な裁判(決定)であります。

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2019年10月11日 (金)

関電金品受領問題を他人事ではなく自分事として考える視点

毎日新聞の有料会員の方はすでにご承知かと思いますが、10月9日の毎日経済プレミア記事「関電社長に『裏の世界との決別』を求めた内部告発文書」によると、今年3月から6月までに4通の内部告発文書が経営陣(監査役含む)に届いたそうで、その「衝撃の告発文書」の一部も公開されています。この一連の告発文書を読みますと、関電の常任監査役の方は今年3月~4月の間に経営陣と本問題への対処について協議(説得?)を行っていたことがわかります。しかしながら、常任監査役が社長と副社長に説き伏せられて「このままにしておく」ことが決まったようです。10月4日のエントリーの冒頭でも書きましたが、本件が発覚した当初「監査役が経営陣に疑問を呈していた」と報じられていましたが、この報道内容は概ね正しかったようです。

会長、社長辞任という大きな問題に発展した関電金品受領事件ですが、関電役員の初動時期に立ち返り「もし、自分が(金品を受領していた)関電の役員だったら、どんな対応をとっていただろうか」と考えてみたいと思います。まず上記告発文書の内容を知った時点ですが、まず多くのメディアで報じているように「被害者意識」は持つでしょうね。被害者意識が、この「金品受領問題」を矮小化する理由としては大きい。

会長、社長、常任監査役とも「公表はしない」と判断したそうですが、この理由としては、①自分たちが要求したのではない、我々は金品受領を強要された被害者である、②たしかに不適切な点はあるかもしれないが、すでに(しぶしぶ)国税の要求に従っており、十分な社会的制裁は受けている(倫理のつじつま合わせ)、③これを自主的に公表したとしても、我々の行動が犯罪ではないか、との国民の誤解を招きかねず、かえって社会的混乱を惹起するだけである、④今公表しても、あとでバレたとしても関電の社会的信用が毀損することは同じなのだから、バレないほうに賭けることが合理的である、といったところではないでしょうか。

「社長、そうはいっても内部告発文書がある以上、バレない保証はありませんよ。ここはきちんと説明して不明朗な金銭問題と決別することが大事です」と正論を述べる役職員がいたとします。その際、

「じゃあ、公表して(国民の誤解を招いて)原子力政策がにっちもさっちもいかなくなってもいいのか!?いつまでも利用者に石炭火力による高い料金を払わせていいのか!?君は当社が政府のエネルギー政策をダメにしてしまうことに責任をもてるのか!?」

といった経営陣からの反論にどう回答すればよいのでしょうか?

「うちの社外役員には検事総長だった人もいる。次年度には大阪高検のトップだった人も来る。コンプライアンス委員会のトップにも大阪地検検事正だった人がいるんだ。法律のプロから『違法性はない』と言ってお墨付きをもらっているんだから、何もしないのが一番だろう」

と念押しされ、それでも公表すべき、と言えるのでしょうか?

「そうだろ?よく考えてみれば軽微な問題なんだ。君も理解しただろ。あんな告発文書なんか、マスコミが受け取ったって『怪文書』にしかみえないよ。マスコミだって我々が被害者だって説明すれば記事にもならないよ。逆に我々自身が公表すれば『そんな大きな不正なのか』って言われるだけだよ。」

とまあ、こんなストーリーになるのではないかと。以前、こちらのエントリーにも書きましたが経営者は「不正の疑い」をもみ消すのではなく、そもそもなかったというアリバイ作りを行うのが常道であり、そのアリバイ作りに協力してくれる監査役、内部監査部門こそ社長に好かれます。 

初動対応として自主公表を決断するためには、ここでなんとか本件を「会社の問題」として捉えるべきでした。すくなくとも取締役会やコンプライアンス委員会、リスク管理委員会の議題として議論すべきでした。せめて隠密裏にでも社外取締役に情報を届けるべきだったと考えます。これを会社の問題ではなく「個人の問題」として捉えますと、みなさん、(バレても大丈夫と思えるような)不正の「正当化」を始めます。ある人は「儀礼の範囲内」の拡張解釈に走り、ある人は「金品の返還」ではなく「森山さんへの新たな御礼」と解釈します(いわゆる「不正のボーダレスリスク」)。中には「前任者からの引継ぎ案件だから」とか「他の人ももらっているから」といった理由で未返還を正当化した方もいたかもしれません。いずれにしても、本件は「個人の問題」として処理してしまったことが「稚拙な有事対応」の要因だったように思います。

「これまで個人の問題として処理しておりましたが、国税による調査の結果を踏まえ、会社として対応することにいたしました」として、潔く自主公表すべきでした。自主公表していれば、金品を受領した役員は大きく批判をされることはあっても、すくなくとも「原子力を扱う一般電気事業者は、不利益な情報はかならず隠す」という国民の疑惑を招くことはなく、原子力を扱う事業者としての関電の誇り(会社の品格)は守れたのではないでしょうか。これから第三者委員会の調査が始まり、これまで出てこなかった新事実が明らかになりますが、それでも関電役員の初動対応は社会的な信用を回復するためのハンデになってしまったように感じます。

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2019年10月 9日 (水)

社外取締役を「お客さま」にしておく時代は終わったと思う

関西電力の金品受領問題は共同通信(毎日新聞)ニュースによって、新たなフェーズに入ってきたようです。この件はネットを注視していればすでに風評ベースでは出回っていたもので(ネットではもっと詳しい情報が「風評として」出ていますね)、私も当該ニュースに登場する企業のHPは2~3日前にチェックしておりました。しかし、こうやってニュースになると「なるほど、ネット上の風評は結構真実に近い」と納得しますし、今後設置される第三者委員会(9日にでも委員が決定するかもしれませんが)は、かなり調査事実を広く捉えないと説明責任を果たせないように思います。風評からフェイクニュースと真実を見極めるのはけっこうたいへんかもしれません。

さて、この関電事件もそうですが、大きな企業不祥事が発覚するたびに「社外取締役は会見の直前までコンプライアンス問題を知らなかった」「取締役会では知らされていなかった」と報じられます。まさに「知らぬが仏」です。不正が発覚した企業において、「社外取締役さん方に相談したら『いますぐ公表せよ!』と言われるに決まってるから、とりあえず黙っておこう」というのが経営陣のホンネではないかと。いや、もう少し遠慮気味に申し上げるならば「立派な社外取締役さんを当社の不祥事に巻き込んではいけない」という動機もあるかもしれません。いずれにせよ「取締役会改革」と言いながら、なかなか社外取締役が経営監督責任を全うできるような環境は形成されず、いつまでたっても「お客さま」として扱われる会社が多いのではないでしょうか。

「そんな受身でどうする!ガバナンス・コードでも社外役員の情報収集が大事と書いてあるではないか。監査役と連携するなりして自分から積極的に情報収集せい!」との意見も出てきます。もちろん正論ではありますが、事務局がリスク情報を掌握しているわけでもなく、また裁判上(下級審判例ではありますが)、取締役には社内調査権限はないとされていますので、実効性のある情報収集の手法というのも見当たりません。ということで、社内の経営陣にとって「いやがうえにも」社外取締役に自分達の不利益情報を伝達せざるをえないような状況を考えたほうがよさそうです。

ところで、10月4日の第200回国会(臨時国会)の所信表明で、安倍首相は「会社法を改正します!社外取締役を義務付けて、経営の透明化を図ります!」と述べておりましたので、この国会で会社法改正法案が成立するかもしれません。この会社法改正では、社外取締役の選任義務付け(ただし上場企業・公開会社の取締役会)が明記されますが、併せて社外取締役に対して(一定の要件を満たせば)会社の業務執行を委託することを可能にすることも明記される予定です。会社の利益と社内取締役(執行役)との利益が相反するような状況や、経営陣の指揮監督によらず独立性が求められる場面で、案件ごとの個別審議をもって(取締役会が)業務委託する、というもの。

どのような業務がこれに含まれるかは「社外取締役への業務委託基準」のような社内ルールをもって検討するのかもしれませんが、たとえば経営陣の不正に関する社内調査や社内処分を判断するための事実調査などは、まさに社外取締役さんが中心になるべき業務と言えるのではないでしょうか(先日のマツキヨとスギ薬局によるココカラファインとの提携争奪戦における独立委員会業務などもこれに含まれるのでしょうか)。こういった社外取締役への業務委託の是非については取締役会で審議するわけですから、社外取締役さん方を「お客さま」扱いすることは、もはや許されないと考えます。安倍首相の所信表明にあるように「社外取締役を選任することで経営の見える化を図る」というのも「知らぬが仏」の状況を打破してこそ前進するのでしょう。

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2019年10月 5日 (土)

関西電力金品受領事件-第三者委員会は二つに分けるべきでは?

関西電力の経営陣が高浜町元助役から金品を受領していた問題は、かなり深刻な様相を呈してきました。10月5日午前の毎日新聞ニュースでは、関電の監査役会が昨年秋ごろに社内調査報告(平成30年9月11日付け調査委員会報告書)を受けていたにもかかわらず、取締役会に報告していなかったことが明らかになった、と報じられています。 10月4日の日経夕刊の1面でも同様の記事が掲載されていました。私は9月30日のエントリーで「もし監査役会に取締役が報告をしていたら監査役会としては動くはずですから、そもそも報告していなかったのでは?」と予測しました。しかし、実際には取締役さんは報告をしていたのであり、監査役会として動かなかったということなので、見事に期待は裏切られてしまいました。

上記毎日新聞のニュースでは、ひとりの監査役さんが「取締役会に報告をしなかった理由」を述べています。その理由とは、①社外の弁護士が入ったうえで違法ではないと判断しているから、②森山氏が金品の受取りを強要し、返還は困難であったから、とのこと(ちなみに、日経の記事によると「社外監査役も含めた7名全員で監査役会で社内調査報告書の内容を共有し、取締役会には報告しない」と判断したそうです)。社内調査のトップが元大阪地検検事正、そして社外監査役には元検察トップがいらっしゃる(当時)ということで、著名な法律のプロが「違法性はない」と判断した以上、常任監査役を含めその他の監査役の人たちが「違法性がない」と判断したこともやむをえないと思います。

しかし、会社法382条(監査役の取締役会への報告義務)は、

監査役は、取締役が不正の行為をし、若しくは当該行為をするおそれがあると認めるとき、又は法令若しくは定款に違反する事実若しくは著しく不当な事実があると認めるときは、遅滞なく、その旨を取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会)に報告しなければならない。

と定めておりまして、「違法性がない」というだけで監査役の報告義務が免除されるわけではありません。地域の取りまとめ役である高浜町元助役から金品を受領していれば、たとえ取締役収賄罪(会社法967条)が(過去に)発生している可能性が低い場合でも、今後、発生する「おそれ」は十分に認められますし、またそもそも高額な金品を経営陣が受領していること自体が「著しく不当な事実がある」と判断できます。ましてや、森山氏が恫喝などによって金品の受領を強要していたこと(金品の返還を拒んでいたこと)を監査役として知ったわけですから、「今後、この問題が取締役贈収賄罪に発展するおそれ」があると判断し、取締役会での判断次第では事前差止め(会社法381条1項)の請求を行うことも検討しなければなりません。

報道では「監査役会で決めた」とありますが、そもそも監査役は独任制です。このような判断は、7人の監査役の間で意見が分かれても不思議はないわけで、監査役会で議論することは自由ですが、ひとりひとりが報告義務の有無を判断しなければなりません。そして、たとえひとりでも「報告すべき」との意見であれば単独ででも報告しなければなりません。

なお、「公表しない」ということも監査役会で判断した、と報じられていますが、「公表の要否」の判断は、ただちに取締役の善管注意義務違反には結びつきませんので(いわゆる「コンプライアンス経営」の問題)、本日は取り上げません。監査役会の判断を検討するにあたり、蛇の目ミシン最高裁判決やダスキン大阪高裁判決など、重要な裁判例も参考になると思いますが、こちらも本日は省きます。

ということで、ここ数日の関電の監査役会に関する報道をみるかぎり、今後の関電における自浄能力の発揮を監査役会に期待することはむずかしいかもしれません。関電問題の喫緊の課題は第三者委員会の設置だと思いますが、私はオリンパス事件、東芝事件と同様に、第三者委員会を二つに分けで、事実関係を明らかにする第三者委員会と経営陣の責任を明らかにする責任判定委員会を別の有識者に委嘱するのが妥当ではないかと思います。経済産業省からの要請は「年内には事実関係を明らかにせよ」とのことですが、過去にさかのぼり、しかも原子力部門以外での件外調査まで行うとなりますと、相当な規模の調査が必要です。これを年内に終わらせるとなりますと、事実関係をまず念入りに調査する第三者委員会を設置し、その後、当該委員会報告書を参考に、関係者の責任判定に必要な事実を別途調査する、ということが必要だと考えます。

調査の目的は、原発運営の安全性を確保して地域の皆様を守ること、そして効率的な経営を維持し、電力料金を支払っている方々の利益を守ることに尽きます。そのためには、ここまで問題が大きくなった以上は、念入りな第三者委員会調査が求められるものと考えます。

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2019年10月 4日 (金)

投資家の会計リテラシーを高めるKAMの導入について

関西電力の複数の監査役の方々が、今年6月の総会前に「経営陣が高浜町元助役から3億2000万円の金品を受領していた」事実を知り、疑問を呈していたことが、複数の関係者の証言により判明したそうです(共同通信 3日午後9時)。結局、当該事実は監査報告で明らかにされなかった、ということですが、また深刻な問題が浮上してきました(以下、本題です)。

資料版商事法務の最新号(2019年9月号)に「『監査上の主要な検討事項に相当する事項』の作成を実施して」と題する公認会計士の方(EY新日本有限責任監査法人)のご論稿が掲載されています。EYさんは三菱ケミカルホールディングスに対して「KAMに相当する事項の報告」を提出し、この6月三菱ケミカルさんは自身のHPに当該報告を公開されています。最近は話題にもなっていますので、私も講演等でご紹介しています。ちなみに「KAMの開示」は2021年3月期(連結会計年度)から適用されますので、現在は「KAMに相当する事項」ということで任意に開示されたものです。

三菱ケミカルホールディングス社とEYさんが前向きに対応したからこそ、他社の参考になるような内容の報告書(KAMは4項目)が作られたものですが、実際には前年度のKAMを元に、限られた時間内で今年度のKAMを選定しなければならなかった経緯などを読みますと、他社も経営陣を巻き込んで、けっこう早めに準備をしておく必要がありそうですね。執筆された会計士の方も最後におっしゃっていますが、ガバナンスがしっかりしている上場会社でなければ適切にKAM開示はできないわけで、いま機関投資家から要望の高い「リスク管理能力の見える化」に資する制度になりそうです。

ただ、実際に三菱ケミカルホールディングスのKAM(相当事項)の内容を拝見しますと、(公認会計士協会によるKAM試行のときから言われておりましたが)産業ガス事業の企業結合(PPAによって分けられた顧客価値に関連する無形資産とのれんの測定)、耐用年数を確定できない無形資産の評価、繰り延べ税金資産の評価など、いずれも経営者の将来見積もりや経営判断に依拠する項目が並んでいて、会計数値によって会社の実態を示すとしても、どんな計算に基づくのはよくわからないものばかりです。

私のような素人からすると「これって、ホンマに会社の実態を数値で反映できるの?」「経営者の言ったことをどこまで信用するの?」といった疑問も湧いてくるわけですが、監査人としては、おそらく専門家に逐次依頼をして評価してもらう必要がありそうですし、経営者の将来見積もりの合理性を、同業他社の過去事例などをもとにAI分析で判断することも必要になると思います。機関投資家の投資判断が、今後ますます「人財とネットワーク」なる無形資産を重視する時代になりますので、(監査のプロセスが表示される)KAMの開示はさらに注目されるのではないでしょうか。

ひとつ心配なのが「内部統制報告制度と同じ道をたどること」です。リスクを開示する、ということは、内部統制報告制度と同様、基本的には経営者には嫌なこと(やっつけ仕事?)です。経営者にとって嫌なことを「私がやりますから!お忙しい社長は黙ってみててください、つつがなく制度対応をしますから」と一手に引き受けて出世したい人はたくさんいます(笑)。「そうか!じゃ、よしなに」ということで、12年ほど前はJ-SOX対応が「金太郎飴」状態になってしまいました(むずかしくいうと「ボイラープレート化」)。KAM開示についても、企業、監査人、投資家全てが「市場の信頼性向上」にとって必要なものという意識を持たないと、どうもJ-SOXと同じ道を歩いていくような気がいたします。

このたびの企業統治改革がある程度「実効性があった」と評価されるに至ったのも、機関投資家の活動によるところが大きいと思います。ぜひ企業のリスク開示の場面においても、投資家の皆様に会計リテラシーを向上させていただき、「KAM開示に積極的な姿勢の企業は資本コストを下げてもよい」といったスタンスで新たな制度に臨んでいただければ「金太郎飴」状態は回避できるかもしれません。

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2019年10月 2日 (水)

競争政策に多用されるか-「確約制度」適用第1号事案

本日は備忘録程度のエントリーです。日経夕刊(10月1日)でも報じられているとおり、楽天トラベルを運営する楽天が、独禁法違反(不公正な取引方法)の疑いのある契約条項を自主的に撤廃したそうです。予約旅行サイトの競合3社が公正取引委員会から立入調査を受けていたところ、公取委から確約通知が発せられ、楽天は改善計画を示した、というもの。競争法違反の疑いのある事業者の行為について、競争当局と事業者との合意によって自主的に解決するのが「確約制度」ですが、この確約制度が適用されました。

楽天の独禁法違反の疑いは「自社サイトの予約料金が最安値になるよう契約条項で宿泊施設等に要求していた」というもので「拘束条件付き取引」(不公正な取引方法-独禁法19条違反)への該当性が問題とされています。しかし、上記のとおり確約手続きが適用されましたので、楽天に違法行為は認定されずに解決しています。日経や読売が報じるところでは、昨年12月末に施行された「確約制度」の第1号事件だそうです。

競争政策のグローバル化が進み、TPP11協定の「競争政策章」のなかで国内施行が決定した確約手続ですが、競争法の執行には人的・物的資源を要しますので、「法執行の国際標準化」という意味でも確約手続の活用には大きな意義があるように思います。「優越的地位の濫用」をはじめとする「不公正な取引方法」の排除は、GAFA問題で揺れるプラットフォーマーへの適用、リクナビ問題で話題となった個人情報保護法との関係整理、そして吉本興業事例で議論された「働き方改革」(フリーランス保護)への独禁法適用などでそれぞれ問題になり、企業規制において公正取引委員会の活躍の場は急激に広がりそうです。とてもじゃないけど公取委の現有資源では「法執行」において追い付きそうにないはずです。

そこで「疑いがありますよ」といった確約通知を事業者に発出して、事業者の側で公取委の要望する行動を任意にとるのであれば、これは人的・物的資源の大きな節約になりますね。先日、消費税増税直前に(恥ずかしながら)私が社外取締役を務めるD社が消費税転嫁対策特別措置法違反で公取委から勧告を受けましたが(たいへん申し訳ございません<m(__)m>)、このたびの楽天さんの確約制度適用も何か象徴的な事例になりそうな予感がします。

今後は、ひょっとすると確約制度も公取委によって多用されるかもしれません。ただ、コンプライアンス経営を重視するあまり、なんでも認めてしまうのも「グレーゾーン対策」としては問題です。楽天と同様、公取委から調査の対象とされた残りの2社がどう対応するのか、そちらも興味がありますね。

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