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2019年10月11日 (金)

関電金品受領問題を他人事ではなく自分事として考える視点

毎日新聞の有料会員の方はすでにご承知かと思いますが、10月9日の毎日経済プレミア記事「関電社長に『裏の世界との決別』を求めた内部告発文書」によると、今年3月から6月までに4通の内部告発文書が経営陣(監査役含む)に届いたそうで、その「衝撃の告発文書」の一部も公開されています。この一連の告発文書を読みますと、関電の常任監査役の方は今年3月~4月の間に経営陣と本問題への対処について協議(説得?)を行っていたことがわかります。しかしながら、常任監査役が社長と副社長に説き伏せられて「このままにしておく」ことが決まったようです。10月4日のエントリーの冒頭でも書きましたが、本件が発覚した当初「監査役が経営陣に疑問を呈していた」と報じられていましたが、この報道内容は概ね正しかったようです。

会長、社長辞任という大きな問題に発展した関電金品受領事件ですが、関電役員の初動時期に立ち返り「もし、自分が(金品を受領していた)関電の役員だったら、どんな対応をとっていただろうか」と考えてみたいと思います。まず上記告発文書の内容を知った時点ですが、まず多くのメディアで報じているように「被害者意識」は持つでしょうね。被害者意識が、この「金品受領問題」を矮小化する理由としては大きい。

会長、社長、常任監査役とも「公表はしない」と判断したそうですが、この理由としては、①自分たちが要求したのではない、我々は金品受領を強要された被害者である、②たしかに不適切な点はあるかもしれないが、すでに(しぶしぶ)国税の要求に従っており、十分な社会的制裁は受けている(倫理のつじつま合わせ)、③これを自主的に公表したとしても、我々の行動が犯罪ではないか、との国民の誤解を招きかねず、かえって社会的混乱を惹起するだけである、④今公表しても、あとでバレたとしても関電の社会的信用が毀損することは同じなのだから、バレないほうに賭けることが合理的である、といったところではないでしょうか。

「社長、そうはいっても内部告発文書がある以上、バレない保証はありませんよ。ここはきちんと説明して不明朗な金銭問題と決別することが大事です」と正論を述べる役職員がいたとします。その際、

「じゃあ、公表して(国民の誤解を招いて)原子力政策がにっちもさっちもいかなくなってもいいのか!?いつまでも利用者に石炭火力による高い料金を払わせていいのか!?君は当社が政府のエネルギー政策をダメにしてしまうことに責任をもてるのか!?」

といった経営陣からの反論にどう回答すればよいのでしょうか?

「うちの社外役員には検事総長だった人もいる。次年度には大阪高検のトップだった人も来る。コンプライアンス委員会のトップにも大阪地検検事正だった人がいるんだ。法律のプロから『違法性はない』と言ってお墨付きをもらっているんだから、何もしないのが一番だろう」

と念押しされ、それでも公表すべき、と言えるのでしょうか?

「そうだろ?よく考えてみれば軽微な問題なんだ。君も理解しただろ。あんな告発文書なんか、マスコミが受け取ったって『怪文書』にしかみえないよ。マスコミだって我々が被害者だって説明すれば記事にもならないよ。逆に我々自身が公表すれば『そんな大きな不正なのか』って言われるだけだよ。」

とまあ、こんなストーリーになるのではないかと。以前、こちらのエントリーにも書きましたが経営者は「不正の疑い」をもみ消すのではなく、そもそもなかったというアリバイ作りを行うのが常道であり、そのアリバイ作りに協力してくれる監査役、内部監査部門こそ社長に好かれます。 

初動対応として自主公表を決断するためには、ここでなんとか本件を「会社の問題」として捉えるべきでした。すくなくとも取締役会やコンプライアンス委員会、リスク管理委員会の議題として議論すべきでした。せめて隠密裏にでも社外取締役に情報を届けるべきだったと考えます。これを会社の問題ではなく「個人の問題」として捉えますと、みなさん、(バレても大丈夫と思えるような)不正の「正当化」を始めます。ある人は「儀礼の範囲内」の拡張解釈に走り、ある人は「金品の返還」ではなく「森山さんへの新たな御礼」と解釈します(いわゆる「不正のボーダレスリスク」)。中には「前任者からの引継ぎ案件だから」とか「他の人ももらっているから」といった理由で未返還を正当化した方もいたかもしれません。いずれにしても、本件は「個人の問題」として処理してしまったことが「稚拙な有事対応」の要因だったように思います。

「これまで個人の問題として処理しておりましたが、国税による調査の結果を踏まえ、会社として対応することにいたしました」として、潔く自主公表すべきでした。自主公表していれば、金品を受領した役員は大きく批判をされることはあっても、すくなくとも「原子力を扱う一般電気事業者は、不利益な情報はかならず隠す」という国民の疑惑を招くことはなく、原子力を扱う事業者としての関電の誇り(会社の品格)は守れたのではないでしょうか。これから第三者委員会の調査が始まり、これまで出てこなかった新事実が明らかになりますが、それでも関電役員の初動対応は社会的な信用を回復するためのハンデになってしまったように感じます。

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コメント

関電の事案では、国会で安倍総理が「第三者を入れて調査してほしい」旨、発言したことは良かったと思います。
「なかったことにする」アリバイ作りに協力する監査役が社長の寵愛を受けるのが日本の大企業であれば、より大きな権力を持つ方の判断、指導が有効で、しがない通報者は不利益を受けてしまいます。
遠山の金さんも「遊び人」としては軽蔑され、白州で桜吹雪とともに北町奉行であると明かした途端、罪状を認めさせます。
通報文書を「怪文書扱い」というのはよくあることですが、私の通報事例では、さらに面談等で詳しく通報していくと「軽微な不正」として公表しない。
このあと突然、監督省から不正が公表され、経営陣への第一通報者である私に更なる不利益が襲い掛かると。。。という日本の典型的な流れです。
政府、行政に「公益通報者保護の実効性の向上、法改正」を訴えつつ、立法事実として、通報当事者の通報内容、不利益経験も関係行政と共有しています。
消費者担当大臣や消費者庁長官のご尽力も要請しています。

投稿: 試行錯誤者 | 2019年10月12日 (土) 23時56分

社内出身の常任監査役をされていた方が任期途中(残3年)で退任されているのを不思議に思っていたのですが、監査役と執行部トップとの間の協議でご苦労された事が有ったのかもしれないと勝手推測すれば、腑に落ちる話です。巨大企業の組織規模や、著名で高度な見識を有するガバナンス構成メンバーの存在からして、監査役会としての議論も全くなく、またどの社外取締役の耳にも事件内容が入らなかったとは考えられませんから、監査役会議事録などの検証も含めて、独立(社外)第三者委員会の調査結果が待たれるところです。米国では不正を犯した罪よりも、それを隠している罪のほうが重いと聞いていますが、(それが事実なのかどうかは不知乍ら)、我が国においてもこの思想が芽生えてきているのではないでしょうか。「私はほんの少し貰っただけ。」という現実は世間から同情されなくなり、『あの時に公表しておけば良かった』と後悔しても後の祭り、これが今の現実でしょう。

投稿: 一老 | 2019年10月14日 (月) 23時04分

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