企業行動規範の開示は不祥事の重篤化を防ぐ(コンダクト・リスクマネジメント)
先日、こちらのエントリーにて、危機管理・有事対応の世界で著名な弁護士の新刊書をご紹介して「恥ずかしながら、私は『コンダクト・リスク』なる概念は存じ上げませんでした」と述べました。しかし、ちょうどビジネス・ロー・ジャーナル2019年12月号に、東浩弁護士(田辺総合法律事務所)の「コンダクト・リスク管理と企業カルチャー革命」なる論稿が掲載され、すでに金融コンプライアンスの世界では7年ほど前から不正リスク管理のために使われている概念と知りました(まだまだ修行が足りませぬ・・・)。
ご承知のとおり「コンプライアンス」なる言葉が「法令遵守」を超えて、広く「企業が、社会からの要請に適切に対応すること」と訳されるようになりました。たとえ企業行動に「法令違反」が認められなくても、社長・会長が辞任しなければならないほど「企業の信用が低下する事態」が生じてしまう時代です。そのような不祥事を予防・発見するために「コンダクト・リスク」を抽出して管理することが要請されます。東弁護士の整理を引用すると、①社会規範に悖る行為、②商慣習や市場慣習に反する行為、そして③顧客の視点の欠如した行為こそ、コンダクト・リスクが顕在化するおそれのある行為だそうです。検査データの改ざん、不適切な契約勧誘、不適切な個人データの取扱い等、最近の不祥事例を掲げながらコンダクト・リスクの顕在化事例が紹介されています。
当該コンダクト・リスクの管理手法等については、また東弁護士の上記ご論稿をご参照いただくとして(とてもわかりやすく解説されています)、私が上記ご論稿のなかで関心を持ちましたのは同氏によるデータ分析の結果です。多くの上場企業のHP等で開示されている「企業行動規範」「倫理指針」等を分析し、最近大きな企業不祥事を発生させてしまった会社(たとえば商工中金、日本郵政グループ、リクルートグループ、神戸製鋼所、東芝、野村グループ等)に共通する「企業行動規範の特徴」を示しておられます。他の(不祥事が発生していない)企業では「行動規範」等に「当然のこと」として書かれているものが、4~5項目ほど、これらの企業には共通して書かれていない・・・ということが判明しています(なるほど・・・)。
どのような項目が不足しているのか、という点は上記ビジネス・ロー・ジャーナル12月号をお読みいただければ「添付図表」からわかります。ただ、私の感想としては、近時大きな不祥事を発生させた企業においても、開示されている行動規範の中では「足りない」とされる項目についても、実は社内的には規範化されているものも多いのではないかと推測します。ただ、これを開示していない・・・ということは、行動規範の遵守を対外的に誓約していないことに等しいわけで、担当者任せで行動規範を策定したことも推認されます。つまり、開示しない姿勢自体が組織風土の問題にも通じているのではないかと考えます。「コンダクト・リスク」なるものが、このような姿勢に如実に現れるのではないでしょうか。
そういえば昨日(10月29日)の日経WEBニュースでは、九州電力が、社員や役員が守るべき企業倫理などをまとめた「コンプライアンス行動指針」をホームページで公表した、と報じられていました。九電の広報部門は「これまで社内文書として取り扱い『非公開』にしてきたが、関西電力幹部の金品受領問題を受けて、九電の姿勢をアピールするため公表に踏み切った」と説明しています。九電のコンプライアンス行動指針は2002年に策定されたそうですが、これまでは社内文書化しているだけでした。関電の問題発覚後、九電は(同様の事実がないか)社内調査を行ったうえで、行動指針の開示に踏み切ったそうです。
企業行動規範や倫理指針を対外的に公表する、ということは経営者の明確なコミットメントがなければ実現しないわけで、この「行動規範の開示」こそ、現場社員の不正防止だけでなく、いわゆる「二次不祥事」の予防にも良い影響を及ぼすものではないかと思います(私が「なぜ行動規範の開示が良い影響を及ぼすと考えるのか」という点については、また別途エントリーで述べたいと思います)。もちろん、宣言する以上は、規範に沿った行動が社内外から期待されるわけですから、力を持った法務部門や内部監査部門が必要になるでしょうね(うーん、そこが一番の課題かも・・・)。
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コメント
東日本大震災発生の年に「日本沈没」の作者の小松左京氏が亡くなり、未曾有の水害多発の今年に、「(住宅が水害に遭う)岸部のアルバム」で印象的な演技をされた、八千草薫女史が亡くなりました。現行法の限界を感じた災害救助の下での犠牲者の方へのご冥福をお祈りしつつ…将来の人間社会は、2019年10月の水害多発を、リスク管理視点でどんな振り返りをするのでしょう。
フィクションの世界の話が続いて恐縮ですが、「サンダーバード」というテレビ番組世代の一人として、「国際救助隊」的な救助が存在しない現状:もはや(降雨だと中止になる)(手作業が非効率と言うつもりでは無く)ボランティア活動に災害復旧を頼り過ぎる現世で大規模かつ多発するカントリーリスクを乗り切れるのかと疑問視する日々です。
石油化学産業と、原子力発電等に傾倒して来た結果の地球温暖化の「しっぺ返し」的な長期拡大化の大水害としたら、立地する役場レベルの行政に原発の稼働の可否を決められる現法、近隣の某国からの核弾頭ミサイル発射云々にびくつき、空中で撃破する防衛に躍起になるものの、仮に日本海上空で対処命中後:放射能汚染が散財しても、その沿岸で漁獲されたカニを贈られて喜んでいられるのか?と、権力を動かす方々と、その原資になる法令・条例の現状に空しさを感じる10月となりました。
政治家や経営者の誰が悪いとかのレベルではなく、スイスの9月選挙結果や、別のコメントにも記したスェーデン少女等の動向を踏まえ、(SDGsとESG視点の経済構築と、築き上げてきた財産維持の面でも)既存の枠を超えたカントリーリスクマネジメント=国民一人一人の生活意識、そしてビジネス法務の原点回帰を、上記3つの映像を脳裏で振り返りつつ、新聞各紙の被害写真をみる生活の収束と共に(否、それ以上に)願っています・・・。
投稿: にこらうす | 2019年10月31日 (木) 06時56分
「開示していないことは、やっていないことと同じ」という考え方は、いつになったら日本の上場会社の経営社の常識になるのでしょうか。
意外と、過去に不祥事を起こした会社で、迷ったときの判断基準や違反者の処分の規定がないかもしれません。
投稿: Kazu | 2019年10月31日 (木) 22時16分
実効性のある倫理方針、行動規範等の制定は、企業にとって説明責任の制度化としての意味をもちます。役職員が直面する、複数の正義間の衝突を解消して、行動価値の優先順位を示すことが、組織の説明責任を担保するのだといえます。大方の企業では組織の理念など抽象的な規範は掲げられていますが、役職員の行動を規律するような具体的な規範を掲げている企業はきわめて少数と思われます。社外に公表せずに、社内では定めている企業もあるかもしれませんが、それでは行動規範の機能は半減してしまいます。なぜなら、組織の外部に「開示」するということは、公の目にさらされているという牽制機能が働くので、規範の効力が強化されると考えます。
投稿: Qちゃん | 2019年11月 1日 (金) 10時33分
各企業の「行動規範」に留まらず、経団連の「企業行動憲章」なるものもあり、消費者庁の「消費者基本計画のあり方に関する検討会」で立派な冊子の配布と説明をいただいたことがあります。
経団連会員企業経営陣に、この「企業行動憲章」に基づいた善管注意義務の履行を要請し、具体的には経営陣に不正を通報したものへの不利益(二次被害)を通報しています。
政府、行政とも情報共有し、当該企業の対応を逐次、報告しています。
「行動規範」、経団連の「企業行動憲章」の公開は、当該企業への監視の目を強化することにもなり(自発的な反省、自浄能力の発揮が理想なのは、昨年9月の内閣府消費者委員会「経団連、佐久間さまの意見」でもわかります)、推進していただきたいと思います。
ビジネス法務ではありませんが、神戸の小学校の教員間の「いじめ」では、当該校長(前校長)に訴えを退けられ、隠蔽され、教育委員会に通報したことで、国会、文科省も動き、加害教員、通報を隠蔽した前校長も調査を受けています。
国、地方自治体の指導、監視をするのが行政機関だとして、経団連には会員企業への「企業行動憲章」履行指示、不正の通報受け入れ先として、ご尽力願いたく、「行政府の長」安倍総理、経済界の総理と言われる中西経団連会長に要請しています。
投稿: 試行錯誤者 | 2019年11月 3日 (日) 17時25分