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2019年10月21日 (月)

GPIF理事長、内部通報への不適切な対応で経営委員会が厳しい処分

ひさびさの内部通報制度に関するエントリーです。10月19日の日経・朝日等各紙において、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の理事長が「女性職員(NHKニュースによると30代の女性職員)との特別な関係を疑われかねない行為があった」とする通報に対して、不適切な対応があったとして同法人から制裁処分を受けたことが報じられました(GPIFのリリースはこちらです)。

ネット上では「こんなことをしているのに、この程度の処分とは甘すぎる!」といった意見が多いようですが、私自身としては経営委員会が調査のうえで制裁処分を行い、これを公表した姿勢は評価できると思いますし、ガバナンスが機能した事例ではないでしょうか。理事長の反論も公表している点は公正と思いました。

上記のGPIFのリリースを読みますと、同法人の経営委員会が「理事長に対する制裁の根拠事実」として、①理事長が女性職員と特別な関係にあると疑われるような行動に及んだ事実(多数回にわたる会食、公用車への複数回の同乗、情実採用を疑わせる行動)、②理事長宛の内部通報が、メールや書簡にて昨年12月以降に複数回届いたにもかかわらず、今年9月まで内部通報案件として監査委員に報告をしていなかった事実を挙げています(なお、②の事実については時事通信の記事からの引用を含みます)。

なお、GPIFの内部通報規程を読みますと、内部通報の宛先はGPIF企画室または外部の顧問法律事務所とされており、けっして理事長は通報窓口には指定されているわけではありません。したがって、理事長宛に内部通報が届いたとしても、通報規程のうえで理事長に対応義務が発生する、といったことにはならないと考えます。理事長は「顧問弁護士には相談していた」と弁明しておられるので、内部通報制度の趣旨にしたがって、一定の対応はされていたのかもしれません。

ただ、GPIFの行動規範を読みますと、3項および9項により、役職員の法令遵守と高い倫理の保持、不正・違法行為の速やかな報告が求められています。そこで、たとえ理事長が内部通報の窓口ではなくても、理事長は内部通報規程のルールに準じた通報として扱うべきであった、とりわけ自身の不正疑惑に関する通報であったがゆえに、他の役員と通報内容を共有すべきであった、しかし理事長はこれを懈怠した、というところが行動規範の趣旨に反するものであり、制裁規定の「役職員にふさわしくない行為」に該当する、と(経営委員会が)判断したものと思われます。

もちろん、先に示した「女性職員との特別な関係を疑わせる行為があった」ということも制裁の根拠理由とされていますが、内部通報規程を設置している企業において、行動規範と「合わせ技」で通報への不適切な対応が制裁(懲戒)の対象となると判断したことは、他社でも大いに参考になるのではないかと。理事長の反論内容も「ごもっとも」だとは思いますが、理事長自ら社内調査の機会を奪ってしまった(通報に対して適切な対応をとらなかった)わけですから、法人としては「不正もしくは不適切行為があった」と断定することはできませんが、「不正もしくは不適切な行為を疑わせる行為はあった」と断定するところまでは可能かと思います。

ちなみにこの判断過程は、役職員と反社会的勢力との癒着問題を調査するケースでも活用されています(つきあう相手が反社会的勢力とは断定できないが、反社と「噂されている」人とつきあうこと、もしくは反社会的勢力とつきあっているとは断定できないが、その疑いを抱かせる行為に及んでいること自体が「(当社の行動規範に鑑みれば)当社役職員にふさわしくない行為」として懲戒処分に相当する、等)。

さて、皆様の会社では社長の女性問題(もしくはその疑惑を抱かせる不適切行為)が認定された場合、懲戒処分を決定し公表することはできますでしょうか?いろいろなところで申し上げておりますが、経営陣の不正(不適切行為)に関する通報は、たとえば監査役や社外取締役など、経営陣から独立した役員が情報を共有しなければ握りつぶされるおそれが高い。本件でも「監査委員に情報を伝達しなかった」という点を経営委員会が重大な問題と捉えていますが、私も同感です。内部通報制度はガバナンスの改善と併せて検討しなければ、経営者の不正発見には役に立たないと思います。

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コメント

(本件の理事長を擁護するつもりではなく)
例えば保育園/幼稚園の年齢〜高齢者介護施設生活までの数十年間の人間生活で、異性又は同性に会って関心を持つのは人間の本能的かと思われます。公私はともかく、属する組織の業務に悪影響を与える事が論外で、不届き者は是正又は排除されるべきだと思う者の一人です。
ただ…GPIFには、国連が新たに構成したGISDの要人30人の中の一員としてのさらなる重責がある筈ですので、本業および本業と同等若しくは(見方次第ではそれ以上)の社会的責任を果たして欲しい(当たり前の事)心境です・・・。
(井深大と盛田昭夫/本田宗一郎と藤沢武夫氏たちの頃が懐かしく・・・時には部下が上層部を上回る功績を残す様なお手本/職場環境を作る事こそが経営者の責務だと思っていますので、(若い世代には現物を見た事も無いでしょうが)フンドシをしめて頂きたいと願っています・・・。

投稿: にこらうす | 2019年10月21日 (月) 06時48分

報道内容と山口先生の意見をわかりやすくまとめていただきありがとうございます。
「監査委員に情報を伝達しなかった」という点を経営委員会が重大な問題と捉えた点は、ガバナンスが機能した事例として、経営陣に踏み込んだ事例として、もっと評価されても良いと思います。
経営委員会の方々に敬意を表します。
社外取締役や社外監査役、政府や行政、複数に通報する意味として「誰かひとりくらいわかってもらえるのではないか」と期待・希望を持って行動するのは重要ではないかと考えます。
にこらうすさんもおっしゃっていますが、「フンドシを締めなおす」のはお相撲さんだけではないですね。
私もフンドシ締めたことありませんが。。。

投稿: 試行錯誤者 | 2019年10月21日 (月) 16時18分

なんで内部通報のあて先が高橋理事長なんだろうと思ったら、正式なあて先はちゃんと外部にあったけど、通報者(?)の方が高橋理事長に直に送付してたということなんですね。。。

複数回通報しているあたり、通報者の方は相当なご懸念をもって通報されているという気がするのですが、なぜ正式な窓口に通報なさらなかったのかが不思議です。

ひょっとして普段から内部通報窓口の情報等が役職員に周知されていなかったのでしょうか?
平時からの社内研修は大事ですね・・・。

投稿: M | 2019年10月27日 (日) 21時45分

皆様、コメントありがとうございます。Mさんのご疑問も当然かと思います。ただ、私も何社か外部窓口を担当していますが、正規の通報ルート以外に通報をされる方は結構いらっしゃるのですよね。おそらく通報はしたいけど、ルールはあまり気にしていないといいますか。そのようなイレギュラーな通報も、できるだけ内部通報規程の趣旨に沿って対応することも必要だと思います。

投稿: toshi | 2019年10月28日 (月) 00時29分

GPIFのトップに対して、本人の否定にもかかわらず、経営委員会が厳しい処分を出せたのは、GPIFでは経営委員の指名権が理事長ではなく、政府(いわば株主)にあったからではないでしょうか?理事長の内部通報への対応はともかく、一般の会社の社長(実質的に取締役も監査役も指名するパワーを持つ)に、平時(権力闘争時ではない、という意味)にこういう処分が下されるのはレアケースでしょう。

投稿: 減らず口 | 2019年10月29日 (火) 14時10分

勤務先は、イントラネット、会社の支給する手帳、緊急時対応カード(災害なども含む緊急事態の行動原則を簡便にまとめた、手帳に挟み込むカード)などに内部通報窓口(顧問弁護士の事務所です)を記載しています。全社員がそれを見る機会が相当あり、個別に聞いてみても、大多数の社員は内部通報窓口の連絡先を知っているんですが‥‥

ですが‥‥

年に数回、窓口ではない、内部監査部門に宛てて、封書やFAXで通報がなされます。きっと、社内の人に知ってほしいのでしょうねぇ。

通報者の動機を、いろいろと考えてしまいます。

投稿: しがない内部監査員 | 2019年10月29日 (火) 16時58分

皆様、コメントありがとうございます。このエントリーはずいぶんと気にされている方が多いようで(笑)。減らず口さん、情報ありがとうございます。なるほど、委員の選任者まできちんと理解しておりませんでした。
ただ、最近はNハム、H銀行、N新聞社、R角散など、社長のハラスメントが問題視されるケース(外部に発覚するケース)は増えておりますので、やはり内部通報への対応は要注意かと思いますね。

投稿: toshi | 2019年10月29日 (火) 17時16分

山口先生、コメントありがとうございます。

>平時(権力闘争時ではない、という意味)にこういう処分が下されるのはレアケースでしょう。

確かに、先生が挙げられた実際のケースを見ると、ちょっと言いすぎ(悲観的過ぎ)ですね。上場企業NハムとH銀行ではセクハラの事実が認定されて当人の辞任に至っているのに対して、GPIFではそこには踏み込まず、通報責任違反で、減給という軽い組織内処分に留まっているのは、興味深いところです。
まあ、どんな組織でもなかなかルール通りに行かず、社内外の色々な力のぶつかり合いで結論になるでしょうから、難しくもあり、外部からは面白くもありです。

投稿: 減らず口 | 2019年10月30日 (水) 17時18分

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