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2019年12月 4日 (水)

特定の取締役・監査役を狙い撃ちした損害賠償請求は適切な内部統制を崩壊させる

公認会計士の資格を有する監査役(会計限定監査役)さんが、一審(平成31年2月21日千葉地裁-合議判決)で監査見逃し責任に問われて5700万円の損害賠償金の支払いを命じられました。訴えたのは、経理担当の社員に2億7000万円を横領された会社でして、当該会社の監査役(会計限定監査役)さんを会社自身が訴えた、という構図です(損害賠償請求訴訟)。ちなみに、経理担当社員は10年間にわたって120回ほど横領を続けていたのですが、横領が継続していた頃の取締役や他の監査役は提訴しておらず、この公認会計士の資格をもった監査役さんだけが提訴されています。

そして、金融・商事判例1579号(2019年12月1日号)によると、控訴審(令和元年8月21日東京高裁判決)では、この監査役さんが逆転勝訴(一審原告の請求棄却)で命拾いされました。まだ上告・上告受理申立てがなされていますので確定はしていませんが、当該監査役さんにとってはまさに「地獄から天国」、苦悩の半年間だったでしょうね。2017年6月に、こちらのエントリー「監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代?(その2)」において、安愚楽牧場事件に関連して会計限定監査役さんが一審で敗訴、二審(大阪高裁)で逆転勝訴した事例を紹介しましたが、判決のトーンが良く似ているように思いました。

地裁判決も高裁判決も全文が掲載されていましたので両方読みましたが、会計限定監査役さんの事例とはいえ、一般の監査役さんにも参考となる教訓が(地裁レベルでも高裁レベルでも)豊富ですね。上記判例雑誌には(編集の段階で)重要な個所には下線が引かれているのですが、私は下線が引かれていない、以下の東京高裁の判決内容にとても感銘を受けました(以下引用)。

・・・(略)ところで、使用人の不正を防止すべき第一次的な責任を負うのは取締役及びその指揮命令を受ける管理職(上司)たる使用人であって、会計限定監査役ではない。また、正確な会計帳簿を作成すべき第一次的な義務を負うのも取締役及びその指揮命令を受ける管理職(上司)たる使用人であって(会社法432条1項)、会計限定監査役ではない。・・・(中略)・・そうすると、本件各横領行為の発生については、会計限定監査役たる第一審被告よりも、取締役たる第一審原告代表者及び〇〇の方が、はるかに容易に防止することができる立場にあったものであって、取締役の善管注意義務違反こそ検討されるべきである。・・・(中略)・・このように、一部の取締役又は監査役だけを恣意的、狙い打ち的に損害賠償請求の対象とすることは、業務の適正を確保するための体制(内部統制システム)の規定の趣旨に反する。・・・(中略)会社の現在の取締役が、歴代の又は現在の取締役及び監査役のうち、恣意的に一部の取締役又は監査役だけを対象として、理由なく狙い打ち的に損害賠償請求をすることは、現在及び将来の取締役又は監査役に、会社(取締役会、代表取締役)に対する信頼感や善管注意義務を履行しようとするモチベーションを喪失させ、ひいては取締役の職務執行又は監査役の監査の実効性、効率性を損ない、会社の業務の適正の確保を危うくするものである。

要は社長に好かれる人であれば、不正に目をつぶっていても任務懈怠責任を問われない・・・そういった風潮が組織に蔓延してしまうと内部統制システムは骨抜きになってしまう、ということでしょうか(上場会社であれば株主代表訴訟によるけん制機能がはたらくものと思いますが)。

ちなみに、この東京高裁判決は、第一審原告の当該請求は信義則違反であり、権利の濫用でもある、とまで言及しており、会社側に対してかなり厳しい姿勢を示しています。他にもっと損害賠償請求が認められやすい取締役や監査役がいるのに、なんで社外の監査役だけを狙い打ちするのか?まずは歴代の社長を提訴しないこと自体が、現役員の任務懈怠、善管注意義務違反ではないのか?といった裁判官の声が聞こえてきそうです。最近は不祥事が発生すると、代表訴訟よりも先に「自浄作用」として会社自身が会社役員を提訴するケースもありますが、そういった場面でも被告の選定には合理的な理由が必要といえそうです。

こうやって高裁判決から読んでみますと、「ではなぜ千葉地裁は監査役の任務懈怠を認めたのだろうか」と疑問に思うわけですが、千葉地裁が監査役の任務懈怠を認めた根拠として、「日本監査役協会の監査実施要領やマニュアルにはこう書いてあるから」とか「日本監査役協会の新任監査役向けガイドにはこう書いているから」とか「日本監査役協会の元理事である〇〇氏の著書にはこのような行為規範が示されているから」というのがたくさん判決文に出てきます。これに対して東京高裁判決では、「もちろんマニュアルに書いてあるような行動は望ましいものではあるが、監査役の善管注意義務とは別問題である」と概要説明されています。

10年以上、日本監査役協会で研修講師を務めている私に向けられた警告のように感じました(笑)。なるほど、日本監査役協会の監査基準やマニュアルが判断基準として活用されることがあるとしても、ベストプラクティスであり、注意義務の水準をそのまま測るものではない、ということを改めて認識した次第です(たしかに会計士さんである以上は一般の方よりも高度が注意義務が求められそうですが、年間36万円の監査役報酬で5700万円の損害賠償義務というのもなぁ・・・)。

 

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コメント

山口先生の本エントリー文中の青色の部分→先生の当ブログのソフトウェアに「いいね」機能が在れば、いつも以上に1票を投じたい心境になりました。
又、「「年間36万円の監査役報酬で5700万円の損害賠償義務というのもなぁ・・・)。」」→単純均等割すると、3万円/1ヶ月。1,500円/平日20日勤務。約188円/時給…(交通費込み?)という計算でございますが、セカンドライフ維持に毎月約20万円必要と言われる時代に、山口先生の本エントリーの文末の1節の持つ監査役価値の一面を見た心境の比喩的感想です。
(ハローワーク/労働局等の通路で見かける最低時給啓発ポスターとの比較とは無意味と承知で…恐縮です)
つまり、1社=36万円だけではメシは喰えず、家族も養えないので、他の主軸となる稼ぎ柱が不可欠=冒頭報酬の監査にどれだけ本気で取り組むか?…公認会計士の有資格者であられるご本人視点とすれば、時間と費用をかけての難関資格取得なら尚更。現時点での蓄財の有無は存じませんが、結果的に「片手間監査」の起因になっているとしたら、悪循環かと。
仮に、「片手間監査」の蔓延/繰り返しで運営されているのがニッポンの現状としたら、腰を据えて真摯に監査をされている方々の足を引っ張る行為に繋がるかと危惧します。

本件に登場される監査役氏を責めるつもりでは決してございません。

(「鶏が先か、卵が先か」的ですが、モチベーション次第?)
しかし、貨幣価値社会の人間である以上、抱える職務責務と報酬対価を秤にかけざるを得ない訳で、仮に「一回限りですからね」等と、損得抜きで監査を受諾しても、そこに、「社会に対する誠実さ/倫理」SDGs的欠如の監査行為だとしたら、本末転倒…と感じています・・・。

投稿: unknown1 | 2019年12月 4日 (水) 07時45分

私もどういった経緯で当該会計士の方が会計限定監査役に就任されたのか存じ上げませんが、おそらく会社との「しがらみ」でお受けになったのではないかと想像します。ところが、どこかで会社との間で信頼関係を喪失し、判決に示されたような事態となってしまったのかと。
しかしゾッとするような事件ですよね。。。

投稿: toshi | 2019年12月 5日 (木) 00時44分

年間36万円の監査役報酬ということは、非常勤で3ヶ月に一度取締役会に出席する、という程度だったのでしょうね。
不正・不祥事が起きた時の言い訳として、日本監査役協会の実施要領やマニュアルに基づいて監査していたのですが、、、というのならわかりますが、それを根拠に責任を問われるというのは違和感がありました。今回の高裁判決はきわめて順当と思います。
監査役制度を機能させ、監査役に責任を求めていくなら、「常勤でも非常勤でも責任は同じ」とせず、また「取締役の職務の執行を監査する」という漠然な規定だけでなく、何をするか、しなければいけないかを明確にする必要があるのではないでしょうか。

投稿: unknown2 | 2019年12月 5日 (木) 11時13分

お久しぶりです。この判決が(監査論や会計学の研究者なら完全におかしいと思う判決のはずなので)法律学の研究者や実務家にどう受け止められているのかが気になって、ネットサーフィンをしたら、たどりつきました。
この高裁判決は請求棄却という結論はともかく、会計限定監査役の任務についての判示はあまりひどいように思います(文言を無視しているうえ、監査制度の立法趣旨も無視しています)。(個人商人や家族・親族だけで経営している会社を除けば)事業年度末には銀行残高証明書をとって、残高調整表を作るというのは基本中の基本ですし、(会社が残高証明書の原本を持っているにもかかわらず)残高証明書のコピーしか見せてもらえないというのはアラートが鳴り響いているといわざるを得ません(通常の感覚として、コピーしか見せられないというような状況は考えられないと思います)。小規模な公益法人の監査であれ、社会福祉法人の監査であれ、監事は残高証明書ぐらいはちゃんと見ると思います(見ないのは怖すぎます)。

投稿: ごぶさたしています | 2019年12月 8日 (日) 09時41分

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