不正調査におけるデジタルフォレンジックスは「打出の小槌」ではない
1月28日の朝日新聞(朝刊9面)に、「かんぽ不正報告に批判 特別委調査 専門家ら『まだ不十分』」なる見出しの記事を見つけました。かんぽ生命の不正販売問題で、昨年末、特別調査委員会が調査報告書を公表しましたが、その内容が未だ不十分だと指摘されていることを報じた内容です。
同委員会が、延べ600名の職員からヒアリングを行い、詳細な事実認定を行った点は評価できるものの、記事では「経営幹部が不正の横行をうかがい知る機会があったのに、なぜ止められなかったのか、という点は明らかになっていない」と報じられています。同記事に掲載されている竹内朗弁護士のコメントでも「どの程度の(経営者の)認識があったのかで、必要な再発防止策も変わる」とあり、第三者委員会調査としての不十分性を述べていて、私もまったく同感です。
こういった指摘を受けてかどうかは不明ですが、かんぽ生命特別調査委員会は、デジタルフォレンジックス調査も行っているので、経営幹部らの認識については3月末の報告書では明らかにしたい」と述べておられるそうです。スルガ銀行の第三者委員会も、こういったデジタルフォレンジックス調査によって経営陣の「不正の認識」に関する証拠を収集していましたね。
ところで第三者委員会調査では、もはや当然のこととしてデジタルフォレンジックス調査が行われるわけですが、私もいまフォレンジックス調査に関与しているなかでの感想ですが、この調査は万能の証拠収集方法ではない、と痛感します。まずフォレンジックス調査が成功するためには、保全対象となるデバイスが存在すること、(たとえ復元が可能だとしても)解析対象となるデータが十分に存在することは大前提ですし、これらの提供については会社側の全面的な協力がなければ奏功しません。また、担当者のスキルによって、メールが復元できる場合とできない場合があることも現実です。
そしてなんといっても、私はフォレンジックス調査を担当する技術者、レビューワーと調査委員との協働関係が最も重要だと思います。解析にはAIが活用されますので、電子文書やメールの絞り込み作業は効率化されていますが、ではどんなワードを検索すれば証拠価値のある文書やメールが出てくるのか、という点は調査委員による適切なワードの選択が不可欠です。
そしてそのワードは適切な調査活動の中から選択されます。有効な調査活動があってこそ、適切なワードの選択が可能になります。調査委員の適切な指揮がなければ、レビューワーの方々が非効率な作業に振り回され、その結果として会社側が膨大な費用を無駄に(?)負担することになります。
最近の様々な調査報告書を読んでいて、この「レビューワーと委員との協働作業の内容」まで踏み込んで調査過程を記載しているものは案外少ないように思います。調査委員は、どうしても「フォレンジックス調査までやったけど、出てこなかった」と会社側に説明したいのかもしれませんが、その気持ちが強いと調査を技術者とレビューワーに丸投げしたくなります。しかし、これでは中立・公正な第三者による調査とは言えなくなってしまいます。
ときどき「諮問を受けた調査をやっていたところ、思いがけず他の不正が見つかったので調査期間を延長します」といった中間報告が出されますが、これこそ会社側の気持ちを忖度しない(?)真の第三者委員会の姿勢の現れかと。もし、ステイクホルダーの皆様が、第三者委員会報告書を読まれる際には、このフォレンジックス調査の作業過程(委員との協働作業)がキッチリ書かれているかどうか、精査していただければ、本当に中立・公正な立場で調査を行っていたかどうかを理解できるかもしれません。
今後さらに技術が進歩して、ビッグデータを活用したフォレンジックス調査も可能になり、委員のワード選択も不要となるかもしれません。しかし、現時点におけるフォレンジックス調査のレベルを考えますと、万能の証拠収集手法とまでは言えず、そこには調査委員の「人による泥臭い作業」による補完がなければ証拠収集の実効性は上がらないものと考えています。
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コメント
山口先生 おはようございます。本年も、宜しくお願いいたします。この郵政問題はとても難しい問題だと思います。官僚出身者のポストの処遇を、どのように人事評価を変えて運用したのか?2〜3年ごとに異動する方々に次々とポストが保証されている他の省庁と、郵政グループの官僚が民営化されていく途中で、何を人事評価の評価基準となったのかを検証しないと問題は全く分からないのではないでしょうか?また、契約者を騙し続けることの制度が構築されたのであれば、そもそもそのグループ企業群を存続させることに意味はないのでしょう。営業に携わる者の賃金そのものに、騙し続けないと生活の糧(歩合)が得られないとすれば、店じまいするべきです。かつてかんぽ生命も外部から社長を据えましたが、もし行政処分を集めたガイドブックがあればで星5つ獲得の企業です。もしかしたらそれぞれのグループトップは、なんとかせねばあかんと考えていたのかもしれませんが?本当にフェニックスになれるでしょうか? コレドを作成して、職場単位で朝礼や夕礼で唱和しても、効果はないように思えます。数兆円の税金投入してでも、店じまいするべきだと考えます。
投稿: サンダース | 2020年1月29日 (水) 04時58分
1月29日深夜の報道で、
「新たに保険6万人が不利益か かんぽ不正で追加調査」というニュースが流れましたが、「フォレンジックス調査」、「調査委員の「人による泥臭い作業」」も効果は出ていると信じたいものの、おりしの新型肺炎の如く、全容解明と収束/出口はまだまだ先の様です。
山口先生の本エントリーからは、携わられた関係者しか解らない歯痒さの様なものを感じています。
大阪の隣り:奈良県庁のHPは緊急のWebサイトを開設し、県民に冷静な対応を求めていますが、かんぽ不正で直接不利益を被った方々の支援も急務な筈で、そのためにも、国民全体に健康で強靭な精神力の維持と体力保持も求められると思います。
(山口先生も、お身体どうぞ、ご自愛ください)
投稿: にこらうす | 2020年1月30日 (木) 07時38分
結局、不正を明らかにするのはAIではなく「人間の良心」です。
デジタルフォレンジックスなどの具体的調査手法やコンプライアンス研修による再発防止策が喧伝されても、不正発覚の端緒となった大企業経営陣への公益通報者に対し、不利益扱いや「口封じ」が行われる「表と裏」の世界です。
当該企業経営陣に不利益に関する再通報(被害者として)をして、メールサーバーの調査を要請しても、行われなければ意味ありません。
社外取締役や監査役、政府、そもそもの不正事案の監督官庁に実態説明してお願いするしかありません。
その際に文書やメールを証拠として提出するのはもちろんのことで(提出要求されます)、「泥臭い」「泥水を啜るような」作業を地道に誠実に行うしかありません。
日本国では、「通報者側」に特別なコンプライアンス意識や「良心」が求めれていると思います。
公益通報者保護についても「法律」「ガイドライン(守らなくても法的に問題ないなら意味ないですが)」など表向きを整えるだけでは「実効性」が上がらず、「良心的な経営者」の出現(経営陣が交代するとか、日本郵政のように官庁側の意見をいれるなど)を待つしか方法がないかもしれません。
抽象的な意見(ある意味、現実的ではあるのですが)で申し訳ありません。
投稿: 試行錯誤者 | 2020年1月30日 (木) 09時10分
日本郵政プレスリリースの業務改善計画を斜め読みしたのですが、監査役会とか内部監査については、一般的なことしか書いてないような気がしました。といいますか、そもそも今回の問題のような視点そのものを持っていなかったのでは無いかと思われてします。そうだとしますと、報告そのものが存在せず、誰もその切り口を持っていなかったと。
金融庁の評価項目から見れば、そんなことはあり得ないハズですが、担当者だけが一生懸命に報告対応していただけとか、非常にうがった見方ですけれども。仮にそうだとしますと、証跡を様々な手法で調査しても何も出て来ないことになります。会社の代わりに外部者が契約書から分析しないとネタが無いとか。そこまでひどくは無い、のでしょうか。素人の憶測ですみません。
投稿: しがない元会社員 | 2020年2月 1日 (土) 18時36分