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2020年2月28日 (金)

特殊状況下における取締役会・株主総会の実務

今朝(2月27日)の日経電子版(Financial Time2月27日付け記事)に、昨日(2月26日)のアップル社の年次株主総会の開催状況が報じられていました。驚いたことに、消費者保護団体(株主)による株主提案(表現の自由の尊重と、アップル社と中国政府との人権抑制に向けた対応の開示要請)に4割もの賛成票が集まったそうです(ロイター記事はこちら。これまでの2年間は10%代の賛成票だったそうです)。

こういった記事に触れますと、「機関投資家は、いよいよESG投資だけでなく、ESG重視の議決権行使も本格化したのか?」といった感想を持つかもしれません。ただ、日本の株主総会でも同様の事態が起こるかといえば、日本と米国では「会社の意思決定にどこまで株主総会の権限が及ぶか」という点において大きな違いがあることに留意が必要です。米国の株主総会では上記消費者保護団体(株主)による「勧告的決議」を求める株主提案も普通に取り上げられます。

では日本の上場会社の株主総会ではどうでしょうか?「御社の海外子会社で発生している児童労働を止めろ」「環境破壊を助長する部品納入は禁止せよ」といった「ESG関連の勧告的決議」を求める株主提案にどう対応すればよいでしょうか?実際、「事前警告型買収防衛策は廃止せよ」といった株主提案の是非が問われた事例も(昨年ですが)ありましたね。

Tokushujoukyou このように、有事における取締役会、株主総会の実務対応に役立つ参考書が3月5日に出版されるようです。

「特殊状況下における取締役会・株主総会の実務-アクティビスト登場、M&A,取締役菅の紛争発生、不祥事発覚時の対応」(弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士竹平征吾ほか著 商事法務 2020年3月 3,200円税別)

著者の方々から献本いただきましたので、さっそく拝読させていただきました(どうもありがとうございます!)。

「特殊状況下」という表現は、私なりに言い換えれば「有事」というもので、サブタイトルのとおり、本書の構成は①アクティビストファンドの登場、②TOBによる買収提案、MBO等による事業再編、③お家騒動(社内における支配権争い)、④企業不祥事発生時の取締役会運営や総会対応に分かれています。さきほどの「勧告的決議」を求める株主提案への対応なども上記①で解説されています。

2020年3月発売ということで、昨年のヨロズ事件判決(地裁・高裁判断)やアドバネクス事件判決、ユニゾ事例等が実務に及ぼす影響にも触れられています。またブルドックソース最高裁決定後の「買収防衛策に残された課題」なども、どっかから引用してきた理屈ではなく、本書執筆者の意見として書かれています。総会検査役が入った株主総会の投票実務の最新事例なども参考になります(そういえば、本日のレオパレス総会もマークシート方式だったようですね)。巻末資料も、2017年以降の「アクティビストによる株主提案一覧」など、参考になりそうなものが豊富です。実に読んでいて楽しい。

ただ、取締役会や株主総会の有事を前提とした実務書というのは「宿命」として、陳腐化が早いのが難点です。そこで解説されている法理論が的を得たものであったとしても、取り上げられている事例が古くなったり、政府の実務指針や取引所の規則がコロコロと変わったりすると、訴求力が失なわれる懸念がありますね(現に、最近の東芝機械の事例では「有事発動型買収防衛策」策定の是非を問う株主総会などが新しい論点として浮上しています)。近時の企業法務を取り巻く環境からすると、取り上げられたテーマはとても斬新だと思いますので、定期的に第2版、第3版を出すことができれば良いですね。

私も企業の有事対応に関わる業務が多いので、今後はぜひとも参考にさせていただきます。なお、私が当事者として関わった第三者委員会(株式交換比率の合理性判断)の職務執行の適法性(価格の相当性)が裁判で争われていますが、地裁・高裁の決定要旨を読む限り、やはり第三者委員会独自の法務アドバイザーを設置することも有用ではないかな・・・と感じております。「冷静な状況判断」や「将来起こりうることへの想像力」も、有事を乗り切る力量として大事だなぁと、つくづく思います。

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2020年2月27日 (木)

マーケットバリュー(証券市場の効率性)を高めるための国策-事業再編実務指針を策定へ

今朝(2月26日)の日経朝刊5面では「政府、新成長戦略に明記-事業再編促進へ指針」との見出しで、企業のデジタル化、グローバル化に対応して、政府として事業再編を促進するための指針を策定することが報じられていました。具体的には(未来投資会議における議論を通して)東証コーポレートガバナンス・コードの実務指針の形でまとめて、経営陣や社外取締役の判断基準として活用されることが予定されているようです。

「経営陣と機関投資家の対話ガイドライン」はコードの附属文書という位置付けでしたが、「企業統治指針」の「実務指針」という位置付けなのでしょうかね?(指針の指針?なんかややこしい・・・)ともかく、狙いを定めた上場会社に対して事業再編を迫るアクティビストファンドにとって、またひとつ有力な武器を手に入れることができるわけで、「ガバナンス改革3.0」(全上場会社にルールを適用して、望ましい方向に動かすだけでなく、ピンポイントで特定の上場会社に狙いを定めて、投資家にとって望ましい要望を出し、応じなければ「見せしめ」として損をさせ、恥をかかせて、その脅威によって他の上場会社を動かす、いわゆる「ポピュレーション・アプローチからハイリスク・アプローチへ」)の方向性は揺るがないものと予想しております。

実は、この「企業統治3.0」の流れが進むなかでの会社の有事(とりわけ株主総会、取締役会における有事)において、監査役、監査等委員(監査委員)の皆様が、どう対応すべきか・・・というのが(私が講師を務めます)今年の日本監査役協会におけるリスクマネジメント研修の「設例1~設例12」だったわけですが、すでに告知のとおり、大阪2会場以外の5会場分が中止となりました(*´Д`)。これ、上場会社の取締役、監査役の方々にとって、ものすごく重要なポイントだと思うのです(裁判規範ではなく、行為規範として会社法が「上手に」活用されるようになった意味は大きい)。

前にも述べましたが、昨年末のM&Aonlineの調査結果によりますと、上場会社に対する「敵対的買収」の勝敗について、2000年~2013年の13年間は、買収者側が3勝11敗でしたが、アベノミクス以降(2014年)~2019年には6勝3敗のようです(私が図表をもとに集計)。ブルドックソース事件最高裁判決の時代(2007年)とは、上場会社を取り巻く経営環境は大きく変わりました。社外取締役さんに本気で活躍してもらうためにも、事業の撤退や売却に関する社内ルールは明確にして、さらに開示することが、今後は普通に投資家から要求されるようになるのかもしれませんね。

なお、次回のエントリーでは、上記のような「企業統治3.0」の問題意識にピッタリの新刊書が商事法務さんから近日出版されるそうなので、コッソリご紹介したいと思います。どうかご期待ください(ちなみに私の著書ではなく、大手法律事務所の皆様が執筆されたものなので、安心して読めますよ)。

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2020年2月25日 (火)

上場子会社・社外役員の重責と親会社における「経営判断」

土曜日のエントリーに対して、関係会社の方から連絡をいただきました。まだ、どうすべきか思案中ですので、当該コメントの取扱いにつきまして、もうしばらく非公開といたします。とても長文なので少しお時間をください。。。

さて、2月24日(月)の日経朝刊(法務面)には、「アスクル、親子上場に一石、4人の独立社外取締役を選定、少数株主の権利に配慮」と題して、先日当ブログでもご紹介した「アスクル・モデル」が(比較的)好意的に紹介されていました(正確にはZホールディングスとアスクルは親子関係ではなく、支配・従属関係だと思います)。

当記事の中で、社外取締役候補者G氏の「抱負」(全体最適と部分最適が合致しないような有事のケースでは、部分最適を優先したい)が紹介されています。私も、子会社取締役の決意としては、この点が核心だと考えています。

ただ、昨年6月28日に公表された経産省「公正なM&Aの在り方に関する指針」でも、MBO等によって親会社と子会社の利益相反状況に至った場合には、特別委員会を構成する社外取締役は極力少数株主側に立って親会社と交渉することが要請され、その結果として初めて「(親子間の取引は)独立当事者間での取引と同視しうる」とされています。したがって、G氏の語った抱負については、現在の上場子会社(従属子会社)の独立社外取締役の行動規範として、至極当然に要請されるところではないかと。もちろん親子間取引が上場子会社の利益に適うかどうか、子会社取締役としての責任ある判断が求められますので、なんでもかんでも反対、ということが推奨されるわけではありません。

ところで、当該「公正なるM&A指針」が上場会社の実務として浸透すれば、今後、親会社の方針に対して、上場子会社(従属子会社)の社外取締役が反対の意思を表明するケースも増えてくるのではないでしょうか。上記アスクルモデルでは、(社外役員が多数を占める)指名委員会や報酬委員会が、取締役会の最終判断と異なる意見を取締役会に述べている場合には、同委員会が、対外的に意見表明できる権利が確保されているらしいので、上場子会社の株主にとっても、社外取締役の行動の透明性が高まります。

さて、そうなりますと、親会社側で考えておかねばならないのが「子会社管理上のミスに対する法的責任」です。これまで、子会社管理上のミスで親会社取締役の法的責任が認められた事例というのはほとんどありません。たとえば、リーディングケースとされる野村證券孫会社SEC課徴金事件株主代表訴訟判決(東京地裁判決平成13年1月25日 判例時報1760号)では、

親会社の取締役は、特段の事情のないかぎり、子会社取締役の業務執行の結果子会社に損害が生じ、さらに親会社に損害が生じたとしても、直ちに任務懈怠の責任を負うものではない。ただし、親会社の取締役が子会社に指図をして、その指図が親会社に対する善管注意義務や法令に反する場合には「特段の事情」として、親会社取締役の損害賠償責任が肯定される場合がある。

とされています(以上は判例の要旨です)。原則として親会社の取締役は、子会社管理上の法的責任を負わないように思えますが、子会社の経営判断が親会社によってなされたと同視しうる場合には法的責任を負う可能性が出てきます。たとえば社外取締役全員が子会社の取締役会で反対意見を表明し、それでもなお社内取締役の過半数で業務執行の決定を行った場合など、今後は親会社取締役の法的責任も認められやすくなるのではないかと。

そしてもうひとつの懸念事項が「監査役と社外取締役との関係」です。アスクルは監査役会設置会社なので、今後、独立社外取締役4名が選任された場合、この4名の職務執行を監視検証するのはアスクルの3人の監査役の方たちです。たとえば(有事にあたって)少数株主の利益に最大限配慮して行動しているかどうか、中立・公正な立場で監視検証しなければ監査役自体が善管注意義務違反・忠実義務違反に問われます。したがって、平時にこそ、親子上場の利益相反状況における社外取締役の行動規範を明示することが必要ではないでしょうか。

従前のアスクル・ヤフー問題では、社外取締役と社外監査役で構成される「社外役員会」が、親会社側と対峙していたように記憶していますが、監査役は中立・公正な立場で全取締役の職務執行を監視する立場、社外取締役は体を張って少数株主の利益を守る立場、ということで、役割には微妙に差があるように思います。今後は「部分最適の中の部分最適」のような問題も発生するのではないでしょうか。

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2020年2月22日 (土)

NOSを中心とした架空循環取引の件につきまして(関係者の方へ)

当ブログをいつもご覧いただき、ありがとうございます。このたびのネットワンシステムズ社(NOS)の営業社員を中心とした架空循環取引は、9社ほどが関与していたものと報じられています。関与会社の会見内容を報じるメディアの論調は「架空循環取引って、関与していた会社が『知らなかった』というのは少しおかしいのでは?」といった雰囲気が比較的多いようですね(循環取引のカラクリが、少しだけ世間にも理解されるようになったせいでしょうか)。

さて、本日のエントリーはここからが本題なのですが、当ブログ2月17日付けのエントリー会計不正事件の王道「架空循環取引」は増えることはあっても、減ることはない」に対しまして、当該架空循環取引の関係会社の方からコメントをいただきました。なぜ「関係会社の方」と判断できるかといいますと、明らかに関係会社の社内事情に詳しい方だからです。

当ブログは、基本的に全コメントをそのままアップするようにしておりますが、このたびのコメント内容は、私を含めて本件架空循環取引の根本原因を理解するためにはたいへん有用なものでした。しかしながら、内容が第三者委員会報告書にも記載されていない事実関係も含むものであり、そのままコメントをアップすることは(関係会社にも、またコメントをされた会社関係者の方にもご迷惑をおかけするおそれもあり)問題があると判断し、公表を控えております。

ということで、関係者と思われる方からのご承諾が得られれば、公表できる範囲において当職が内容を修正して、皆様にご紹介したいと思います。もし、コメントをお書きになった方から、「公表は控えてほしい」との連絡をいただいた場合には、非公開のままとさせていただきます。

すいません、ときどき企業不祥事関係のエントリーには関係者の方々から「メール」をいただくのですが、今回は「コメント」なので、エントリーの形で告知させていただきました。もう15年もブログを運営しておりますと、過去に何度か、コノテのトラブルに巻き込まれた経験がございますので(笑)、慎重な対応をとらせていただきます。 

会社関係者の方からのコメントから、上記2月17日付けエントリーで推測していたことが、かなり当たっているという印象を持ちました。しかし、私の意見に関して「底が浅い」点への批判も頂戴しておりまして、組織力学や商取引の慣行についての理解不足(まだまだ読みが甘い)を反省しております。もしご承諾が得らえない場合には、また「一般論」として、そのあたりを別エントリーにてご紹介したいと思います。

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2020年2月21日 (金)

タッチの差で遅かった!?-ハイブリッド型バーチャル株主総会の実務指針

前のエントリーにて、私の3月の講演が中止になったことをお話しましたが、そんなことよりも深刻なのは3月の定時株主総会(12月決算会社)ですよね。ご承知のとおり、6月総会に次いで3月総会の上場会社は多いわけでして、今年3月に定時株主総会の開催を予定している上場会社は447社に上ります。

約450社の上場会社は、新型コロナウイルスの感染の恐れによる自粛ムードが高まる中で、本当に定時株主総会を開催できるのでしょうか?もちろん「不要不急」の会合ではありませんので、今後、法務省から「総会延期には正当理由あり」といった措置が公表されないかぎりは、開催を前提として準備するのが当然かとは思います。でも、このご時世、株主の方々にご参集いただくことって、少し躊躇しませんかね?

実際、総会指導をされている同業者の方がSNSでおっしゃっていましたが、株主と対面する会社役員の皆様は全員マスク姿で登場すべき、議長をはじめ、マイクで発言する役員は、発言の前にはかならずマイクの消毒を行うこと、また、株主の皆様が発言する場合にも、かならず各株主の発言前にマイクの消毒を怠らないこと等、おそらく「危機対応型株主総会」の開催となりそうです。

ところで、名古屋ウィメンズマラソンが「代替オンライン」による開催に変更された、という記事に触れて、「もう少し早く、バーチャル株主総会の運用指針が出ていたら」と、ふと思いました。2月7日に意見公募が締め切られた「ハイブリッド型バーチャル株主総会の運用指針」のことです。ある会場でリアルに株主総会を開催しているのですが、そこに株主はネットで出席して、質問をしたり、議決権が行使できます(正確にはハイブリッド出席型バーチャル株主総会)。これなら不特定多数の集まる会合はできるだけ控えて・・・といった風潮のときでも安心して株主総会が開けそうです。

ちなみに、このハイブリッド出席型バーチャル株主総会は、現行会社法上でも運用可能とされています。ただ、昨年のアドバネクス事件判決からの教訓かもしれませんが、「なりすまし株主をどうやって見分けるのか」とか「先に委任状や書面投票を済ませた株主の参加をどうするのか」とか、ネット出席株主の権利行使に対する解釈上の問題点がありますので、もめそうな株主総会には向かないかもしれません。ネット環境が脆弱で、途中でネット回線が中断した場合なども、決議の取消事由に該当する可能性があり、ちょっとこわい気がします。

株主との対話促進が要請されている時代を想定した株主総会の在り方が模索されているわけですが、このような社会状況にも活用できるとなりますと、ぜひ先進的に指針を活用する企業が出てきてほしいと思います。

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2020年2月20日 (木)

当職が講師を務める日本監査役協会の講演(3月分)はすべて中止となりました。

すでに日本監査役協会のHPでご案内のとおり、当職が講師を務めます監査役協会主催の研修会は、新型肺炎関連の事情によりすべて中止となりました。先週、先々週と大阪で2回開催されましたが、残る5回(東京3回、福岡1回、名古屋1回)は中止(代替開催もなし)です。いやいや残念です(*´Д`)。

毎年、多くの監査役(監査等委員)の皆様とお会いするのを楽しみにしておりましたが、現在の情勢からすれば(苦渋の決断だったかもしれませんが)やむを得ないです。

ということで(?)、ぜひまた同じ内容で(「モノ言う株主の抬頭による会社の有事と監査役等の対応-具体的な事例から考える監査役等に期待される役割」)、もしくは取締役さん向けバージョンに修正したうえで、(世間の様子を見ながら)個人的に東京でも講演会を開催したいと思います。 

関西でも、時差出勤やテレワークなどが本格的に検討されております。どうか、適切な予防措置と免疫力の強化にご配慮いただき、ご健康を維持されますよう祈念いたします。私も東京と大阪を行ったり来たりですが、最大限の防御措置に留意いたします。

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2020年2月19日 (水)

「監査等委員会設置会社のベストプラクティス」について考えるべき時期では?

今年から、神田秀樹先生(学習院大学教授、東大名誉教授)が、判例時報に「会社法・金融法、随想-立法事実からみる、近況・課題」なる連載論稿を執筆されています。現時点で読めるものは1月11日号(2425号)における「上場会社の機関設計と監査等委員会設置会社」のみですが、会社法(上場会社関連)→会社法(中小会社関連)→金融法、と続く「随筆」はとても楽しみです。

第1回は「監査等委員会設置会社のベストプラクティス」をメインに語られていますが、すでに1000社を超える上場会社の監査等委員の皆様の中で、どれくらいの方がお読みになっているのでしょうか?神田先生の問題提起は、ご自身で「今後のベストプラクティスにゆだねられた課題である」と述べておられますが、私からみると「(広い裁量は認められるものの)善管注意義務の実践」のお話ではないかと思えるのです。

「妥当性監査」ないし「妥当性監督」の権限行使の局面において、指名委員会等設置会社における監査委員会と取締役会とは「共同・連携」して行うことは理解できるのですが、監査等委員会設置会社における監査等委員会(監査委員会と異なり、監査等委員会には、監査役のような独立性が制度上確保されています)と取締役会では、この権限行使はどちらが担当すべきなのか、実は明らかにされていないし、監査等委員会(監査等委員)の行動のモノサシとなるべき実務指針や監査基準でも明らかになっていません。

(ここからは私の推論ですが)おそらく監査等委員会設置会社というのは、限りなく監査役会設置会社に近い状況でガバナンスを機能させることも(たとえばマネジメント・モデルによる取締役会構成を採用する)、限りなく指名委員会等設置会社に近い状況で機能させることも(たとえばモニタリング・モデルの徹底も)可能なので、監査等委員の行動規範の中身も明確にできないのかもしれません。そして、仮にモニタリング・モデルに近い(取締役会の)運用を目指すのであれば、「監査等委員会設置会社のベストプラクティス」を平時から検討しておく必要があるのだろうな、と思います。

ただ、これだけ東証ルール(ガバナンス・コード)を遵守している上場会社が多いのであれば、実質的にみれば監査等委員会設置会社を選択したすべての上場会社が「モニタリング・モデル」のガバナンスを実施すべき(少なくとも目指すべき)とは言えないでしょうか?単に社外取締役を増員する目的だけでなく、迅速果断な経営判断を実現する目的のために監査等委員会設置会社に移行した上場会社でも、「監査等委員会の経営評価機能」をきちんと機能させている会社はほとんど見当たらないのは、私には「会社法違反」に映ります。

ということで、神田先生は、監査等委員会は、取締役会の定めた「経営の基本方針」に基づいて、一定の時期ごとに業績の評価を実施することが考えられる、と述べておられます。その評価の報告は「指名・報酬に関する意見陳述の理由説明」もしくは「監査報告」で行われる、ということになります。江頭教授の「株式会社法」では監査等委員会の意見陳述権は「経営評価機能」のひとつとして分類されていますが、いずれにしても、個々の監査等委員会設置会社としては、妥当性監査(効率性監査)ないし妥当性監督(効率性監督)を取締役会と監査等委員会でどのように分担しているのか、とりわけ監査等委員会の分担する妥当性監査、監督の結果は、どのように株主に対して報告されるのか、という点を対外的に説明する必要があるのではないでしょうか。

「裁判規範」から離れて、会社法を「行為規範」として捉えると、実務に及ぼす影響がいろいろと出てきます。監査等委員会設置会社の監査等委員の方が会長になられた日本監査役協会も、いまこそ監査等委員会(および機関を構成する監査等委員)の業績評価の役割について、取締役会と何をどのように分担すべきなのか、どのように株主に報告すべきなのか、「形式から実質へ」深化させた実務指針を示す時期に来ているものと思います。

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2020年2月17日 (月)

会計不正事件の王道「架空循環取引」は増えることはあっても、減ることはない

2月14日、東芝は連結子会社の東芝ITサービスなど複数のIT(情報技術)企業が関与した架空取引についての調査結果を公表しました。これに先立ち、2月13日に、従業員が同取引を主導したとされるネットワンシステムズが、特別調査委員会の中間報告書を公表しましたので、こちらの報告書を一読いたしました。

まず、取引に関与していたいずれの会社においても、国税によって取引の疑義を指摘されるまで、架空循環取引が行われていたこと(取引に関与していたこと)は知らなかった(わからなかった)と発表しています。さらに、会計不正事件を起こさないために、徹底的に内部統制システムを見直しておられたネットワンシステムズでさえ、5年以上にわたる架空循環取引を発見できなかったのですから、多くの上場会社において架空循環取引を許容する環境が構造的に存在しているのであり、今現在でも、多くの会社で架空循環取引が繰り返されていることは間違いないでしょう。

これは私の経験からですが、日本企業において、架空循環取引は今後増えることはあっても、減ることはないと思います。商品・サービスの現実的な移転を伴わないが、経済的合理性はあるとされている商流(商慣行上の介入取引)はいくらでもあります(カネボウ事件の「備蓄取引」、IXI事件の「紹介取引」、福岡魚市場事件の「ダム取引」等)。今回のネットワンシステムズの事例でも経済的な合理性のある取引(商流取引)と架空取引との境界線はあいまいです。

平成25年の「監査における不正リスク対応基準」の開発の際、会計監査人による取引先へのヒアリングの可能性が議論されましたが(結局、「取引先監査人との連携」が審議されたところ、多くの問題があるとして「継続審議」とされましたが)、取引先担当者も協力、関与することが架空循環取引の特色となりますと、もはや一企業の社内調査で発見することは困難です。

そして、私が「架空循環取引はなくならない」と考える最大の理由は「営業社員への会社の評価方法」です。架空循環取引を主導する営業社員は、いずれの事件でもチームリーダーだったり、各グループ会社、各部門、各支店の売上に多大な貢献を残してきた人が多いのです。では、なぜ彼らは結果を残し、会社から評価をされてきたのか・・・。

私事ではありますが、近日、架空循環取引が発生する根本原因の解明と、これを前提とした再発防止策・早期発見策について、某会計専門誌に論稿を掲載する予定です。詳しくはそこで述べますが、上場会社が「架空循環取引」の防止、もしくは早期発見を本気で検討するのであれば、日本企業が直視したくない「不都合な真実」に真剣に向き合う必要があると考えます。そうでなければ、いつまでたっても第三者委員会報告書に出てくるような「上司のプレッシャー」だとか「内部監視機能の不全」だとか「売上至上主義の体質」といったお決まりの発生原因への対策でお茶を濁すだけで終わってしまうように感じます。

 

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2020年2月14日 (金)

浸透するか?-ガバナンス改革3.0と上場子会社が目指す「アスクルモデル」

本日も日本監査役協会の研修にて、ヤフー・アスクル事案を取り上げて、監査役・監査(等)委員の有事対応をお話しておりましたところ、事務所に戻っておもしろい記事を見つけました(ヤフー・アスクル騒動、ここへきて「火中の栗を拾った人」たちの事情)。

昨年の支配会社(現Zホールディングス)との紛争の後、社外取締役が一人もいなくなってしまったアスクルが、3月に臨時株主総会を開催して、新たな社外取締役を選任する、とのニュースは(ちょこっとだけ)知っていました。しかし、上記のような事情があったことは全く存じ上げませんでした。アスクルのリリース「暫定)指名・報酬委員会「報告書」等および独立社外取締役候補者による「抱負文」に関するお知らせ 」は、なかなか斬新で興味深いところです。

とりわけ社外取締役候補者4名の「抱負文」が開示されている点が斬新です。その中のおひとり、元経営者(楽天の創業者のおひとり)でいらっしゃるGさんの以下の宣言が注目です。支配会社であるZホールディングスも、この宣言を理解されて、候補者として承認をされたのでしょうね。

1) 通常の意思決定において・・・可能な限り親子のベクトルを合わせるよう取り組むべきです。それにより、シナジー効果を得られるので、上場子会社単体の部分最適が親会社グループの全体最適に繋がるよう、自身の知見を提供していきます。

2) 親子の利害が異なる場合・・・上場子会社単体の部分最適を親会社グループの全体最適よりも優先させます。少数株主がいる以上、親会社への貢献は上場子会社の価値向上を通じて提供することを原則とすべきです。

企業統治改革3.0の時代は、個々の企業への敵対的買収やMBOを通じて、マーケットバリューをいかにして上げるか…という視点から、企業間におけるヒト、モノ、カネの流動性(市場の効率性)を高めることに関心が寄せられます(メガバンクの資金がファンド・事業会社を通じて投入され、大手証券会社がなりふり構わず買付代理人を務める時代です)。

そうなりますと(受け皿として)永続的にせよ、一時的にせよ、親子上場や支配・従属会社関係が増えざるを得ないわけで、「少数株主保護のための市場環境の整備」は待ったなしの状況です。アスクルでは10名のうち4名が独立社外取締役となるわけで、アスクルの株主としては「平時」と「有事」の使い分けができる社外取締役に期待が集まるものと思います(といっても、やはり利益相反状況が顕在化したときの支配会社の態度、従属会社の取締役の態度にこそ真価が現れる、と思いますが・・・)。

親会社、子会社双方の事情を十分に斟酌して、グループ全体としての企業価値向上を目指すバランス感覚と、どうしても利益相反が顕在化してしまう場合の身の処し方を共に兼ね備えている方にこそ、多くの上場子会社(上場従属会社)の社外役員に就任していただきたいと願います。そういった意味で、この「アスクルモデル」が、他の上場会社に広く浸透していくかどうか・・・、今後注目しておきたいところです。

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2020年2月12日 (水)

会社は誰のものか-経済事件から考えるコーポレートガバナンス

ネット通販の「送料無料プラン」に関する公正取引委員会VS楽天のバトルが熱くなってきました。両者の「優越的地位の濫用に関する哲学」論争は、企業コンプライアンスを考えるうえでたいへん興味深いですね。

昨年、楽天は「楽天トラベル」運営上の問題については、確約手続をもって公取の考え方に賛同していましたので、決して独禁法コンプライアンスに後ろ向き、というわけではないようです。ただ今回は、バトルを繰り広げるなかで、公取委とWIN・WINの関係を築きながら(まともに勝負できる相手ではない)GAFAに対抗していく考え(方針)ではないかと推測いたします。

願わくば、「楽天ユニオン」側にも、また楽天側にも、公取委で何年か審査官を務めた経験のある弁護士さんが代理人に就任すれば、さらに面白いと思います。このブログが15年来、ずっと唱えてきた「闘うコンプライアンス」(儲けるためのコンプライアンス)の典型例であり、最近の金融庁の課徴金処分のように「行政側が勝ったり負けたり」するなかで、健全なリスクテイクを後押しする法ルールが(ビジネスの世界で)形成されることに期待します。

414wfekqotl_sx342_bo1204203200_ さて(ここから本題ですが)、当ブログを御覧の皆様に、かなり関心が高いテーマを扱った本が出版されましたので、ご紹介いたします。2月12日に発売ということですが、著者より献本いただき、さっそく通読いたしました。

会社は誰のものか-経済事件から考えるコーポレート・ガバナンス(加藤裕則著 彩流社 1,700円税別)

朝日新聞経済部の記者として、長年、日本企業のガバナンス、監査制度、経済事犯を研究・報道してこられた加藤さんの新刊です(単著は初めてではないでしょうか?)

本書で取り上げられている経済事件はオリンパス、東芝、日産(ちゃんと逃亡の事実も記載あり)、関電、スバル(品質偽装)、その他ですが、それぞれの事件で登場する人物は、加藤記者が興味を抱いた人たちなので、事件を通じて浮かび上がる論点がとても新鮮です。語られる情報は(記者さんなので当然といえば当然ですが)一次情報であり、また意見もはっきり述べられているので(賛同するか、異論が出るかはわかりませんが)、あらためてガバナンスや内部統制について考える契機となりました。ちなみに「終わらぬオリンパス事件」とありますが、そういえば「別のオリンパス疑惑」について、株主の権利弁護団が動き出したようですね。。。

なかでも日産ゴーン氏の事件については、「加藤さんらしさ」が前面に出ていておもしろい。実はゴーン氏の業績連動報酬部分が「0円」と記載されていることに違和感を覚えて、事件の数年前に日産に問い合わせをしていた方がおられたそうです。そのあたりから、(取材を通じて)日産の役員報酬の「ナゾ」について語られることになり「いま、ゴーン氏がいたら、個人別報酬額の上限枠と連動報酬制度との関係についてぜひ質問したい」と、私も思いました。

経済事件との関連やガバナンス最前線の話題として、日本公認会計士協会や日本監査役協会の活動状況なども出てきます。私は関西在住なので、そうそうおもしろそうな東京のシンポには出席できないのですが、この本では、その時代のキーマンの方がシンポでどんな発言をしていたか・・・といったことにも焦点が当てられていて「なるほど」と何度も頷きました(後半部分に少しだけ私も登場しますが・・、ちなみに帯に出ている「会社における民主主義と立憲主義」というフレーズは、あるキーマンの方の発言でして、私も「なるほどウマいなぁ」と強く頷きました)。会計士協会も監査役協会も、「自分の首を絞める」ことを覚悟のうえで(?)、ぜひ会員の方々に一読をお勧めしていただきたい!

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2020年2月10日 (月)

武田薬品が導入決定-日本企業にクローバック条項は浸透するか?

私事ではございますが、毎年恒例の日本監査役協会リスクマネジメント研修の講演が、今年も始まりました(全国4か所、計7講演)。2月7日のANAホテル(大阪)での第1回研修にて「今後は株主総会の定量的評価機能が重視される時代になる」ということで、武田薬品工業のクローバック条項導入の可能性についてお話しました。クローバック条項とは、過去の巨額投資による損失が発生したときや財務情報に不正があった場合に、取締役に支払い済の業績連動報酬を返還させる仕組み、と一般的に説明されます。

翌日(2月8日)の日経朝刊(15面)に、「武田薬品、クローバック条項導入へ」と題する記事が掲載されていました。昨年の総会で(クローバック条項導入に関する定款変更についての)株主提案は否決されたものの、株主から52%の賛成票が投じられていましたので(可決には3分の2以上の賛成が必要)、私も武田薬品が自主的に導入するのではないかと予想しておりました。

なお、新聞報道では「定款変更」議案を会社側が上程するのではなく、取締役会決議をもって導入するとのこと。私見ではありますが、定款に記載するとなりますと、この仕組みの運用についての取締役会の裁量の幅が狭くなること、運用に問題があるとして、取締役解任の提訴がなされたり、財産検査役の選任が申し立てられるおそれがあること等から、「社内制度として導入する」ことも会社側からみれば合理的かと思います。

株主提案権の行使が活発化することが予想される中で、この武田薬品の決断を機に、今後は、他の上場会社においても同様のクローバック条項導入に向かうでしょうか。ここは私の個人的な意見を2つほど述べておきたいと思います。

ひとつは多用されている米国と日本の役員報酬制度の違いです。ガバナンス改革によって日本企業にも業績連動型報酬制度が採用されていますが、まだまだ米国のように連動報酬部分が高い比率とは言えませんし、また取締役会の現状もモニタリングモデルに移行している会社も少ないことから、クローバック条項導入の前提が未だ整備されておらず時期尚早ではないかと思います。

そしてもうひとつは、(これをクローバック条項というかどうかは別として)仮に条項を導入するとしても、たとえば返還とまでは言わなくとも、業績連動型報酬の支払いを延期することや、一定期間内にリスクが顕在化しないことを条件に連動型報酬の支払いを行う、といった「より厳格ではない」手法をもって導入する、という選択肢もあってよいのではないか、ということです。こちらのほうが会社側としても導入のハードルが低くなり、実現性が高いように思います。

昨年のヨロズ事件の高裁決定の内容や会社法改正審議の最終段階において濫用規制の一部が撤廃された経緯などをみますと、今後も(可決されるかどうかは不明だが、どれだけの賛同票が得られるのか確認したい、といった趣旨で)株主提案権の行使件数は増えることが予想されます。今回の武田薬品によるクローバック条項自主導入の流れをみておりますと、同様の提案が他社でも出されることが想定されますので、会社側がいかに対応すべきか、様々な工夫が必要だと考えます。

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2020年2月 7日 (金)

やはり関電・金品受領問題は「責任判定委員会」設置か?

あまりブログを書く時間がとれないもので、ほんの備忘録程度ですが、ひさしぶりの関電金品受領問題についてひとこと。昨年10月5日のエントリー「関西電力金品受領事件-第三者委員会は二つに分けるべきでは?」にて、私は責任判定委員会を第三者委員会とは別に設置すべきと提言していましたが、どうもそのとおりになりそうです(中日新聞の記事はこちらです)。3月に第三者委員会報告書を公表し、これを受けて責任調査委員会が設置されるようです。

ただ、日経ニュースでは「社内に設置する」とあります。しかし、純粋な外部有識者による責任判定でなければ意味がないわけで、社内では逆効果ではないかと。旧経営陣への提訴の可能性を探るわけですから、社内の委員会では6月総会は乗り切れないと思います。いずれにしても、まずは現在調査中の第三者委員会の報告書が、どこまで「組織の構造的な欠陥」に切り込めるか・・・、それが大前提ですよね。

そういえばリソー教育株主代表訴訟(平成30年)では、会計不正を防止できなかった内部統制構築義務違反(善管注意義務違反)について、取締役の法的責任が否定されましたが、判決理由の中で責任調査委員会の判断が尊重されていました(東京地裁第8民事部)。けっこう責任判定委員会の判断は重要です。

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2020年2月 4日 (火)

公益通報者保護法改正-不利益処分への罰則導入は見送りか?

3日に各メディアが報じるところによると、自民党の消費者問題調査会が、公益通報者保護法の改正案を検討している消費者庁への提言をまとめたそうです。通報者に不利益な取り扱いをした企業に対する罰則については触れられておらず、一昨年12月に公表された内閣府消費者委員会の専門調査会の報告書に比べて後退した内容、とのこと。消費者庁は提言を基に改正法案を作成し、3月にも国会に提出する方針だそうです(毎日新聞ニュースがわりと詳しく報じています)。

当ブログにコメントをいただく常連の皆様には申し訳ないのですが、この結果は、消費者庁の公益通報者保護制度実効性検討会及びワーキングチームにて、私が主張していた意見と同様のものです。私も、気持ちとしては通報者に対して不利益処分を行った事業者に対して(少なくとも)行政による制裁措置が講じられるべきと思うのですが、いかんせん消費者庁は小さな組織です。他に消費者保護のための所管事務をたくさん抱えている中で、事業者の行政処分のための手続きを遂行するだけの人的資源も物的資源もありません(そういった意味で、「通報を受理した担当者の守秘義務違反への罰則制度」というのも、本当に機能するのかどうか、やや心配です)。

そのことを承知で消費者庁が行政処分権限を行使するとなれば、公益通報者保護制度の実効性がかえって失われてしまう結果となるので、私は検討会委員として反対をしておりました。改正内容としては「後退」かもしれませんが、私はむしろ実効性向上のために「実をとった」と考えています。改正法の実効性を高めるためには、厚労省の協力は不可欠であり、消費者庁としても、今後は各関係機関との連携をいかに果たしていくか・・・そこに注力をしていただきたいと願っています。

そして、公益通報者保護制度については、(私の理想論に近いものではありますが)お忙しい消費者庁の所管から離れて、個人情報保護委員会のような独立行政機関として設置されるべきと考えています(たとえば「公益通報者保護委員会」の設置等)。世界的に内部通報制度の拡充が話題になっていますので、日本でも品質偽装や経済法違反事案の予防、発見のためにも、公益通報者保護制度の機能強化を図るべきだと思います。

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2020年2月 3日 (月)

国策としてのガバナンス改革の潮流と買収防衛策の必要性

2006年の王子・北越TOB事例、2007年のブルドックソース事件判決の時代から10年以上が経過して、いまふたたび買収防衛策の発動の可否が話題になっています。ガバナンス改革が進み、また平成26年改正会社法によって(上場会社における)支配権異動時の特則普通決議の要件(株主総会)が定められたりと、買収防衛策を取り巻く環境も変化しております。

私自身、あまり法律論に詳しいわけではありませんので、以下は印象論であります。敵対的買収防衛策の是非を論じるにあたっては何をもって「正義」と考えるべきか、といった視点のお話です。

たとえばマクロで考えると、いまのガバナンス改革は「国策」としての意味が大きいわけで、GAFAにMSを加えた米国会社5社の時価総額が500兆円、いっぽう東証一部上場企業2160社を合わせた時価総額が620兆円。もはや日本のマーケットバリューを上げなければ、日本企業にお金が回らない。ということで、上場会社全体の資源の効率化(ヒト、モノ、カネの移動を促すこと)を図ることが、国策としてのガバナンス改革の大前提。「選択と集中」を促進するための「グループガバナンスの実務指針」の考え方もこれに近いのではないかと。

いっぽう、ミクロで考えますと「株主共同利益の最大化を図ること」「脱株主主権主義のもと、ステイクホルダーの利益を保護することで中長期的な企業価値の向上を図ること」が経営陣に課せられた使命。経営陣としては株主全体で「濫用的買収者」を排除しうるお膳立てを構築することが善管注意義務の履行として要請されて当然、とも思えます。「うちのは『買収防衛策』ではない。新しい株主判断スキームだ」とおっしゃる方のご意見も、ミクロの視点で考えますと「なるほど」と思います。

ただ、個人的には「濫用的買収者かどうか、という点は、わざわざ経営者がお膳立てしなくても、臨時株主総会やTOBの公正なルールによって株主自身が判断すれば良いのでは?そもそも今の時代に買収防衛策(株主が判断するお膳立て)って必要ないのでは?」との疑問が湧きます。「会社の質問にまともに答えない買収提案者」であれば、そもそも他の株主が支持しないので防衛策を発動する必要性に乏しいのでは、と素朴に感じます。TOBに応じる(株を売って出ていく)株主が、なぜ将来の企業価値のことまで真剣に考えるのだろうか・・・という根本の疑問もありますが、まぁそれは横に置いといて。。。

米国のように取締役の過半数が「経営のことを良く知らない」社外取締役で構成されているのであれば、買収者の提案を社外取締役が真剣に吟味するための「時間稼ぎ」として買収防衛策を導入することには意味があると思います。しかし業務執行を担当する社内の取締役が過半数を占め、買収提案者の意見に十分反論しうる日本企業であれば、買収防衛策がなくても株主はどちらが中長期の企業価値向上を図りうるのか判断できるのではないでしょうか。

決着に影響を及ぼしうる買収提案者以外の大株主も、以前と違って「スチュワードシップ・コード」を遵守する立場にあるわけで、提案者の属性よりも提案理由に関心が向けられるわけですから(今年のコード改訂では「議決権行使理由の開示」まで要請されます)、「濫用的買収者」かどうか、という点は、防衛策導入の是非を判断する側からみてもあまり説得力がないように思えます。さらに「濫用的」かどうかを判断するのではなく、現経営者と買収提案者のどっちの経営が優れているか・・・という建付けで「普通決議の総会で決着」という思想も、社外取締役による社長選解任が推奨されているガバナンス改革の方向性と整合性があるかどうか、疑問を感じます。

グリーンメイラーという存在があまり日本で知られていなかった時代には、これを排除する「正義」があったように思いますが、M&Aに関する関係者のリテラシーが向上し、また開示ルールも充実している昨今の状況のなかでは、むしろマーケットバリューを上げること、ひいては株主による経営者管理の手法としての敵対的買収を活性化させることに「正義」を感じる方も増えているのではないでしょうか。

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