武田薬品が導入決定-日本企業にクローバック条項は浸透するか?
私事ではございますが、毎年恒例の日本監査役協会リスクマネジメント研修の講演が、今年も始まりました(全国4か所、計7講演)。2月7日のANAホテル(大阪)での第1回研修にて「今後は株主総会の定量的評価機能が重視される時代になる」ということで、武田薬品工業のクローバック条項導入の可能性についてお話しました。クローバック条項とは、過去の巨額投資による損失が発生したときや財務情報に不正があった場合に、取締役に支払い済の業績連動報酬を返還させる仕組み、と一般的に説明されます。
翌日(2月8日)の日経朝刊(15面)に、「武田薬品、クローバック条項導入へ」と題する記事が掲載されていました。昨年の総会で(クローバック条項導入に関する定款変更についての)株主提案は否決されたものの、株主から52%の賛成票が投じられていましたので(可決には3分の2以上の賛成が必要)、私も武田薬品が自主的に導入するのではないかと予想しておりました。
なお、新聞報道では「定款変更」議案を会社側が上程するのではなく、取締役会決議をもって導入するとのこと。私見ではありますが、定款に記載するとなりますと、この仕組みの運用についての取締役会の裁量の幅が狭くなること、運用に問題があるとして、取締役解任の提訴がなされたり、財産検査役の選任が申し立てられるおそれがあること等から、「社内制度として導入する」ことも会社側からみれば合理的かと思います。
株主提案権の行使が活発化することが予想される中で、この武田薬品の決断を機に、今後は、他の上場会社においても同様のクローバック条項導入に向かうでしょうか。ここは私の個人的な意見を2つほど述べておきたいと思います。
ひとつは多用されている米国と日本の役員報酬制度の違いです。ガバナンス改革によって日本企業にも業績連動型報酬制度が採用されていますが、まだまだ米国のように連動報酬部分が高い比率とは言えませんし、また取締役会の現状もモニタリングモデルに移行している会社も少ないことから、クローバック条項導入の前提が未だ整備されておらず時期尚早ではないかと思います。
そしてもうひとつは、(これをクローバック条項というかどうかは別として)仮に条項を導入するとしても、たとえば返還とまでは言わなくとも、業績連動型報酬の支払いを延期することや、一定期間内にリスクが顕在化しないことを条件に連動型報酬の支払いを行う、といった「より厳格ではない」手法をもって導入する、という選択肢もあってよいのではないか、ということです。こちらのほうが会社側としても導入のハードルが低くなり、実現性が高いように思います。
昨年のヨロズ事件の高裁決定の内容や会社法改正審議の最終段階において濫用規制の一部が撤廃された経緯などをみますと、今後も(可決されるかどうかは不明だが、どれだけの賛同票が得られるのか確認したい、といった趣旨で)株主提案権の行使件数は増えることが予想されます。今回の武田薬品によるクローバック条項自主導入の流れをみておりますと、同様の提案が他社でも出されることが想定されますので、会社側がいかに対応すべきか、様々な工夫が必要だと考えます。
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コメント
可愛い雀や鳩ぐらいしか身近に見る事のない東洋の島国では、鳥獣が、その鋭利な爪で相手を引っ掻く争い等のイメージを描く事が皆無?→クローバックという名称/条項の馴染みにくさも、背景要員の一つかもしれません。 (名付け人は、白頭鷲がシンボルのお国の御仁?)
アイルランド国のシャイアー社買収をめぐる、約6兆円もの買収/投資が、山口先生の本エントリーの背景にあると思いますが、「薬:くすり」という、生物の生死、疾病抑制を左右する製品をめぐる(直接/間接含めての)総合評価は、果たして、財務諸表類上の数値だけで損得が語れるのだろうか?と、新型肺炎の終息が見えて来ない現段階で・・・感じ考えます。
感染者が続出している「ダイヤモンド・プリンセス」号の、運航前の設計〜設備投資の判断時における、所有者(社)の乗客・乗員へのウィルス感染リスクマネジメントが、どこまで想定されていたか?は存じませんが、 自船および他社のクルーズ船はじめ、広範囲の経済損失や医療賠償、公的資金導入での医療体制等出費への補償などが、本エントリー「クローバック」条項に該当するか?どの様に推移?とも思いつつ…です。
(クローバック条項の「ビフォー/アフター」視点)
ノヴァルティス社、ロシェ社はそれぞれ、数千人〜1万人規模の中国内従業員の在宅勤務を指示したようで、仮に、船内で常備薬在庫が生死の分かれ目となっている乗船者の「唯一の薬」を製造しているとしたら、ヘリや軍用機を用いて(出費損失はやむを得ず)も、物流整備:人道支援を願う…と関係者各位は考えていると信じたい。少なくとも客船内の感染には、意図的な不正や、故意の損失は見つかっていないと(現時点での報道)。武田薬品社の製品も、然り。
それでも、有価証券報告書等で損失が出た場合、株主は返還を求めるのでしょうか…。文字通り、むしり引っ掻くかの如く…。
巨額会計不正に起因した、SOX法/ドッド・フランク法などは当然の流れかと思いますが、「業績連動報酬」視点でも、ビフォー/アフターが重要かと思っています。数日前に、「ギャンブル依存症」が診療報酬対象になったとの報道に触れましたが、
(パチンコ・公営ギャンブル等のレベルとは異質とはいえ)多数の株主を背景に抱える、ビジネス投資判断決定者に対する、上記依存症の危惧は、定期検診等でチェック出来ているのでしょうか?
(投資判断最終執行責任者は、利害関係の無い医師の健康診断書の、お墨付き/提出義務…とか)
飛躍し過ぎなら、恐縮です。
(有事の際の、返還リスクマネジメント対策は?)
組織規模の大小に関わらず、「業績連動報酬」を受け取った瞬間、人間は、どの様な心境になるでしょう。
いわゆる「大金」…を得た人間の全てが、冷静に受取後の金銭管理を維持出きる保証はあるのでしょうか…。
(税法視点然り。所得税の還付/法人税法:役員報酬の損金処理など)→国内の税務当局の方々が、クローバック条項はじめ、ビジネス法務の一歩先を読む視点…そしてそれらを学ぶ機会の有無など。
受け取った業績連動報酬が、我が懐に入った瞬間から、どの様に使うか?…等々。
(某アスリートの事例で恐縮ですが)
スイス在住のドイツ人は、類いまれな才能から、歴代の記録を塗り替える金字塔樹立を繰り返し、(タバコマネー原資ながら)毎年数十億の契約金で活躍を続けましたが、スマトラ沖の震災時に、蓄財の中から1,000万ドルの寄附をしました。
又、四半世紀前に不慮の事故で死亡した、(国葬された)ブラジル人は、母国の貧困チャリティーや、イタリア、スペイン等の医療施設に多額の寄附をしていた事が、後日談として残っています。
そんな感覚/実行力とは無縁の経営者が業績連動報酬を得たら、私欲に浪費した後では返還もされずじまいかと。
(素人発想的で恐縮ですが)
(その対策:一定の条件付きでの業績連動報酬とか…仮定ですが)
・上限金額付きの、絵画や骨董等し好類の購入制限に署名
・反社会的組織の原資に繋がる遊興や飲食等の防止項目に署名
・得た報酬の半額以上は、元本保証の金融商品で運用…金融機関側の定期報告義務など。
(特定の人物を指していませんが…)
(会社/重役会等で)強硬にクローバックを主張する役員や、個人投資家、機関投資家の担当者も、実は自宅に帰れば恐妻にクローバックされている…?(その腹いせに?)冷静さを欠く判断で、多くの人のお金を無駄にする様な投資行動:暴走をされない事を、願っています・・・。
投稿: にこらうす | 2020年2月10日 (月) 12時58分
税理士の観点からは、クローバック条項がある業績連動報酬が企業にとって「確定債務ではない」ということで、業績連動報酬支払い時に損金算入できなくなったりするのかしら?というのが気になりますね。たぶん、報酬支払い義務は確定し、取締役が条件付き債務を負っているだけだと2つに分けるのだとは思うのですが。
投稿: ひろ | 2020年2月11日 (火) 11時02分