« 経産省の不祥事(虚偽報告)は早く見つかって良かったのではないか? | トップページ | 新型コロナウイルス「緊急事態宣言」と企業コンプライアンスの実践 »

2020年4月 6日 (月)

社内抗争が不祥事を生む-経営者必読の第三者委員会報告書

(4月6日 16:40 一部修正しました)

新型コロナウイルスの対応に世間の関心が向いていて、ほとんど記事にもなっていませんが、4月2日、上場会社の経営者の方々にぜひともお読みいただきたい第三者委員会報告書が公表されました。プラスチック成型・加工大手の天馬社(東証1部)が公表した第三者委員会報告書(第三者委員会の調査報告書の公表等に関するお知らせ )であります。たいへん興味深い内容で、週末一気に読了いたしました。ちなみに報告書「公表版」については、公的機関による捜査・調査に支障を与える可能性に配慮し、外国公務員への現金交付 が行われた国や海外子会社が特定されないように記述を工夫し、現地通貨については 一定のレートで円換算した金額を「○円相当」と表記されています。

天馬社の海外子会社が現地税務当局から調査を受け、法人税法違反の事実を指摘されます。海外子会社トップに対して「だいたいこれくらいの追徴金額、罰金になりますよ」と税務調査のリーダーから連絡を受けるのですが、その際、当該調査リーダーは「まあ、1500万円くらい持ってきてくれたらなんとかしますけど」と贈賄の要求がありました。海外子会社のトップは、日本の海外統括責任者に相談をするのですが、最終的には支払いが承認されたことで、1500万円を(現金で)支払ってしまうことになります。

外国公務員に(求めに応じて)1500万円の賄賂を支払うことで、9000万円の追徴金額がわずか160万円になるのだったら(もしくは4億2000万円の罰金が1600万円の罰金で済むのだったら)、皆様はどうしますでしょうか?相談した本社トップから「そんなことはお前が自分で考えろ!相談するな!」と言われたら、海外子会社マターとして処理するでしょうか?そのように社長から言われて「社長と秘密を共有できた」と意気に感じてしまうでしょうか?

たとえ後ろめたい気持ちになったとしても、たとえば2年前に同様の事案で賄賂を提供してうまくいった事案(しかも社長も黙認)があれば、「今回も同じように・・・」と考えてしまうのではないでしょうか。また、日ごろから少額ではあるけれども、現地の公務員にファシリテーション・ペイメントを供与する慣行が続いていたとすれば、支払うことに躊躇しますでしょうか。

さらに、現地での対応にコンサルタントを活用している場合に、コンサルタント手数料の中に「現地調整金」名目のよくわからない経費が紛れ込んでいる可能性があるとすれば、コンサルタントに「絶対に袖の下に使ってはいけない」と厳命できるでしょうか。私は本報告書を読みながら、海外子会社で結果を残すことを期待されている子会社トップの気持ちになっていろいろと考えておりました。

本件は、日本の上場会社において、海外贈賄事件を防止するための教訓もさることながら、海外贈賄事件が発生してしまった際の経営陣の身の処し方を考えるうえで、たいへん大きな教訓を含んでいます。まずなによりも、①どのような企業行動が海外贈賄の要件(たとえばFCPA、中国商業賄賂、UKBA等を念頭に)に該当するのか、最低限のトレンドを認識しておくこと、②発生させてしまったことよりも、これを隠蔽することのほうが、より厳罰の対象となること、③贈賄の事実の隠蔽は、会計不正事件へと発展するおそれがあること等を、経営者は認識する必要があります。

そして本件の最も大きな特徴は、海外贈賄事件を公表するに至ったきっかけが社内における派閥争いにある、という点です。社長派と名誉会長派とに分かれて、本件の海外贈賄事件による責任問題を主導権争いの道具に活用してしまおう、内部通報制度も社内抗争の道具に使ってしまおうといった目論見が、本件をオモテに出したといっても過言ではありません(このあたりの社内抗争の詳細は、録音データなどによって如実に報告書で再現されています)。本来ならば、有事に活躍しなければならない監査等委員(取締役)らはまったく「蚊帳の外」に置かれていて、監査役等の活躍に期待する人から見れば悲しい限りです。

もし社内抗争がなかったとすれば、海外贈賄の事実が発生したことが速やかに取締役会で報告されて、監査等委員も交えて対応が検討されたと思います(そうすれば、社外有識者から、的確な海外贈賄リスクへの対応方法の指南を受けられたはずです)。また、これを(一部の取締役によって)隠蔽することなどは回避されたものと思われます。さらに、コンサルタントの活用方法も適切だったと思います(実は、今回の海外贈賄事例では、賄賂を提供せずとも、コンサルタントの助言によって相当額の追徴金の減額が得られたことが明らかになっています)。

なお、本報告書を受けて、天馬社は今後どのような対応をされるのか明らかにされていません。本来ならば、第三者委員会報告書の公表と同時に、会社としての今後の対応も公表します。たとえば検察へ不正競争防止法違反の事実を報告をするのでしょうか、誰にどのような社内処分をするのでしょうか、ガバナンスの再構築はどうされるのでしょうか。こういったことを速やかに公表できない、という点も、やはり社内抗争が存在するからだと推測されます。企業の社会的信用を回復させるために、いままさに自浄能力を発揮しなければならないときに、発揮できないというのは誠に痛い。

海外贈賄問題に関する経営者の認識は、どこの企業でも天馬社の経営陣と似たり寄ったり、というのが現実ではないでしょうか。現在は新型コロナウイルスへの対応で精一杯かとは存じますが、少し落ち着かれましたら、ぜひ当報告書をお読みいただき、経営陣のベクトルの方向が一致していることの重要性、海外贈賄問題への対処が不正競争防止法違反の問題だけでは済まないことをご理解いただきたいところです。

|

« 経産省の不祥事(虚偽報告)は早く見つかって良かったのではないか? | トップページ | 新型コロナウイルス「緊急事態宣言」と企業コンプライアンスの実践 »

コメント

(平常時の贈賄等の不祥事:悪巧み議論と、自国民の存亡がかかる背景とを同じには出来ませんが)

総ページが80ページにわたる、山口先生の本エントリーでのご案内頂いた該当報告書、確かに国内外の報道ペーパーが「日日新型コロナウィルス新聞」的に傾倒している昨今ですので、読む時間〜報道、論調するのは二の次になるかも…。ましてや、報道関係者の多くが首都圏集中では、業務対応とは別の「一市民」としての、本人自身や家族が居住の地ですから、「非常事態宣言」等へのTVの議論等での目つき/真剣度合いのレベルが違うと感じています。

欧米では「これ(新型ウィルス対応)は戦争だ」と公言、かつては人殺し合い、領地と資源を奪う争いでしたが、現在は「医療マスク争奪戦争」に発展している様です。中国製マスクが欧州某国に搬入される直前に、自国の大都市が深刻な某大国が、通常の数倍の高値で横取りしているとか…。外国人の世界における、別の意味での、贈賄的感覚を垣間見る心境です。

国内メディアは、「野戦病院」等の表現をCMや番宣をはさみ軽々しく報道している様ですが、今の欧米が、数週間先の東京、大阪になるという危機感が正しく十分に共有出来ない限り、空しい結末が待っている様に感じています。かつての戦争の「ホンネ」の部分を十分継承せず、同胞がバタバタと倒れ息絶えて行く地獄絵直前の瀬戸際なのに、「有事対応の法改正」に腰の重い現状では、普段は決して声高にならない医療関係者からの悲痛の「マンパワー不足」より、「生きてこそナンボ」より、組織の体裁や肩書き保身での時間浪費に偏る最終決定側の各位に、僭越ながら危惧を抱いています。
行政と医療界がモメている場合でもないのに、そこに法曹界からの「想定外の法解釈と有事改正」助言提起等が、国民レベルの耳に殆ど聞こえて来ない…。
NHKの「日曜討論」が6週連続で(感染覚悟で?)スタジオ熱論しても結論が出て来ない、2週連続で「(普段は念入りな収録画な)NHKスペシャル」が緊急的生放送しても、大地震時の様な「L時文字放送テロップ」にも切り替わらず、旧態依然のオチャラケCMや紙面広告を流していては、正しい緊迫感も届く訳も無いと危惧します。

平常時のコンプライアンス等の議論を、従前の様に再開する為にも、医療現場の(平常業務を大幅に超えた)涙ぐましい診療努力に報いつつ、物資不足や心身疲弊の改善を早急に施し、医師や看護士が「白旗」を挙げる前に、法曹界として、早期平常回復の為に、出来る事があるのではないかと、思っています・・・。

投稿: にこらうす | 2020年4月 6日 (月) 07時18分

監査等委員会に設置された内部通報窓口に、反社長派の拠点長らが、一斉に通報。こういう使い方も、あるのですねえ。それまでほとんど通報がなかったという、窓口に。

「外国公務員から日常的に金銭要求に遭うという過酷な現実」を抱えて、海外事業展開をしている会社。かつ、社内抗争の火種を抱える、オーナー会社。1番目の条件だけでも、不祥事が発生する可能性は高いのでしょうが、2番目の条件が重なると、さらに発生可能性は高まり、損害も拡大する、という事例として報告書を拝読いたしました。第三者委員会の皆さま、お疲れ様でした。

投稿: コンプライ堂 | 2020年4月 6日 (月) 10時06分

不正事実そのものより「隠蔽」しようとしたことが厳罰の対象になることはもっともで、だからこそ「隠蔽」しようとしたことを「隠蔽する」という負の悪意のスパイラルに陥ります。
経営トップや子会社トップが共謀・主導した「隠蔽」の前には、公益通報通報者は脅迫等の不利益を被るばかりです。
本当に怖い思いをし続けました。
社内の派閥抗争で内部通報窓口が利用されるのは倫理的にどうかと思いますが、結果、不正が暴露されれば正義の端緒、トリガー、隠蔽発覚効果はあります。
コロナウィルス緊急事態宣言に世の中の注意が集中、自己防衛、自己保身の本能制御が難しくなる中での金融庁、法務省、経済産業省の連携施策だと思いますが、コンプライアンス経営の風化は避けてもらいたいです。
三年前、大阪での消費者庁説明会で山口先生の基調講演を聴いたとき、道頓堀や大阪城は賑わっていました。
真田幸村のコスプレ屋さんも盛況(今春は、半沢直樹も帰ってきますが)でした。
あのころのような活気を取り戻せるよう、祈り続けるばかりです。

投稿: 試行錯誤者 | 2020年4月 6日 (月) 20時30分

4月23日付で天馬から名誉会長解任のお知らせというリリースが出ていました。
辞任ではなく解任ということを意外に思いましたが、内容を見てみると、名誉会長が役員人事に再び不当に介入してきたとのこと。
第三者委員会の厳しい指摘が経営者に大きの決断に大きな影響を与えたようですね。

投稿: はり | 2020年4月24日 (金) 19時07分

5月11日付読売新聞朝刊で天馬のベトナム公務員に対する贈収賄事件がスクープされました。司法当局の捜査はどうなるのでしょうか?

投稿: 幹ちゃん | 2020年5月11日 (月) 07時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 経産省の不祥事(虚偽報告)は早く見つかって良かったのではないか? | トップページ | 新型コロナウイルス「緊急事態宣言」と企業コンプライアンスの実践 »