« 産業經理(最新号)に「架空循環取引の根本原因を考える」と題する論稿を掲載いただきました。 | トップページ | 監査役(取締役監査等委員)は、6月下旬の継続会(株主総会)を切り抜けられるのか?-6月定時株主総会完全延期のススメ »

2020年4月30日 (木)

行政指針「継続会方式による6月総会のガイドライン」表明-それでも6月定時株主総会は完全延期すべきである

こんなにゴールデンウイークを感じさせない4月末を経験するのは初めてです。緊急事態宣言の解除が1カ月程度延長されるといったニュースも飛び交うなか、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、当ブログでは「コロナ禍における有事の株主総会対応」として、一貫して「6月総会は継続会方式(二段階総会開催方式)ではなく、少なくとも7月以降に完全延期すべきである」と主張し続けてきました。また、その合理的な理由も縷々述べてきました。

ところで、金融庁・法務省・経済産業省による「企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会」は、6月総会の柔軟な対応を推奨するものとして、完全延期の選択肢のほかに「継続会方式(会社法317条)も選択肢のひとつである」との内容で、継続会方式を採用することを前提とした指針を表明しています(4月28日付け)。5月中旬までに決算が確定しない上場企業、監査終了が見込まれない上場企業にとっては、まさにありがたい指針になりそうですね。

ただ、上記指針を拝読いたしましたが、やはり私は(法律面ではなく、実務面において)継続会方式には無理があり、6月総会はきちんと延期決定を行い、議決権行使、配当請求権行使に関する基準日を変更すべきと考えます(すでにサマンサタバサやJDIのように、基準日を変更して5月総会、6月総会の完全延期を決定した上場企業も出始めており、連休明けの各社動向が気になるところです)。その理由は以下のとおりです。

まず一つ目の理由は「役員選任議案」について。上記継続会指針では「6月総会の際に、計算書類は提供されていないとしても、既に公表されている四半期報告等を活用して、この1年間の事業の概況、新任経営者に求められる役割等について丁寧な説明を行うことで、役員選任議案を通すことは問題ない」とされています。当ブログでも、この論点については議論したところです。

しかし、何度も申し上げるとおり、これは会計監査、監査役監査の重要性を全く顧みないものであります。イレギュラーな理由で、上場会社の1社、2社が計算書類を提出できずに「継続会方式」を採用するのであれば、(過去の例にもあるように)ディスクロージャー問題として、機関投資家はクリアできるでしょう。しかし、多数の会社がこの方式を採用するのであれば、丁寧な説明がされたからといって会計監査、監査役監査に代替できるとは到底思えません。

機関投資家が多数の会社の計算書類を短時間のうちに信認できるのは、そこに(社会的インフラである)会計監査人や監査役の適正意見、財務報告内部統制への相当性意見が付されているからです。いちいち「丁寧な説明」を聞いている時間的余裕などないはずです。もし多数の上場会社の「丁寧な説明」を聞いて議決権を行使しなければならないとすれば、それこそ機関投資家の方々の健康や安全を損なうことを奨励することになります。それを承知のうえで、このような意見が出される、ということは、あまりにも監査制度の実務を軽視(無視?)したものと言わざるを得ません。

さらに、いま継続会方式の採用を検討している上場会社は、6月下旬の総会を、できるだけ株主には出席してもらわない方向で準備をしています。議決権も事前行使を推奨する予定だと思います。そのような総会準備の状況と株主への丁寧な説明を要求することとは明らかに矛盾しています。株主から質問も受け付けない状況を一方で推奨しながら、もう一方で株主への(経営状況に関する)丁寧な説明を要求する、というのは、どのように考えても合理的な説明がつきません。

次に二つ目の理由は「剰余金の配当」議案についてです。継続会方式を採用する場合の最初の総会(つまり6月の総会)で剰余金の配当決議を行う場合、2020年3月期の計算書類が確定していなくとも、2019年3月期の確定計算書類に基づいて算出された分配可能額の範囲において配当を決議することは可能とされています。これは私も当初から述べているとおり、そもそも分配可能額に問題がない上場会社であれば配当は可能であり、違法配当や計算書類に欠損が生じる可能性が少ないのであれば継続会の当初の総会で決議することも可能でしょう。

しかし、2019年3月期の確定計算書類に基づいて剰余金配当を決議するためには、その前提として、2019年3月期の計算書類から分配可能額を計算しなおす必要があります。たとえば配当の効力発生日までの自己株式の変動、帳簿価格の価格算定、その他いくつかの項目について、あらためて減算を行い、分配可能額を確認しなければなりません。その作業は経理部門と会計監査人が行うわけですから、ただでさえ2020年3月期の決算確定に忙しいうえに、前年度の計算書類をもとに分配可能額の再計算を行うということは、この指針が「企業が従業員等の健康や安全を最優先に考えた」うえで継続会方式を採用することを前提としている趣旨と明らかに矛盾しています。

そして三つ目の理由は(法理論ではありませんが)欧米企業のコロナ禍における機関投資家の態度との整合性です。ガバナンス改革における「短期利益よりも中長期利益」といった企業価値の捉え方との整合性といってもよいと思います。継続会方式は、3月末決算時の株主への配当金支払いにどうしてもこだわっています。もちろん株主の重要な権利であるがゆえに、配当に関する基準日を変更したくない理由はわかります(ちなみに、一般社団法人信託協会は4月20日付け連絡協議会宛の要望書において「基準日の一律延長」を要望されています)。

しかし、現在は株主への配当や役員報酬を雇用維持や取引先支援、コロナ後の回復のための内部留保に振り向けるべき、といった意見が高まっています。米国ではGMもフォードも配当や自社株買いを停止しています。各企業が経済復興に向けて一致団結して動き出そうとしているときに、基準日を固定したいがためにイレギュラーな総会を開催しなければならないほどの切迫した理由になるのかどうか。私には理解できません。

ちなみに、配当に関する基準日を変更できない理由として「3月末の株主から訴訟を提起されるリスクがある」とよく指摘されます。しかし、この訴訟を提起されるリスクとは、いったいどのような訴訟を提起されるリスクなのでしょうか?ご承知のとおり、会社法上、基準日を変更することは可能であり、3月末の基準日をずらさない、という慣行は、株主にとっては反射的利益にすぎません(基準日を定款に記載している会社の場合には「反社的利益」は言い過ぎですから「期待権」と言い直したほうが良いかもしれませんが)。

また、株主の配当請求権は、株主総会の決議がない状況では抽象的な請求権にすぎず、会社に対して訴えを提起できる具体的な権利ではないとされています(江頭「株式会社法」第7版 692頁)。さらに、平時に基準日を理由なく変更するのではなく、「経営環境の先行きが全く見通せない状況の中で、事業の継続性を優先する、短期利益よりも中長期の株主利益を確保する」という大義名分のある中での変更です。私はどうも「3月末株主による訴訟リスク」というのはあまり考える必要はないのではないか、と考えております。

毎度申し上げておりますとおり、行政の指針が出されている以上、継続会方式を採用するのか、一気に6月総会を敢行するのか、それとも7月~9月あたりに総会を完全延期するのか、これは皆様方の経営判断です。そもそも「(基準日に関する)慣行は変えたくない」といった意見が強い日本企業に向けて継続会方式やバーチャル株主総会といった斬新な方式を推奨すること自体にやや無理があるように思いますが、この有事において、継続会方式やバーチャル株主総会を敢行するリスクが高いことは、おそらく感覚的に理解できるのではないでしょうか。

監査制度への懸念だけでなく、6月総会を断行することには安全面からの懸念もあります。想像してみてください。定時株主総会を開催する、ということは、その準備も含めて、社内外の多くの人たちの協力がなければなしえない、ということです。たとえ簡素化された総会が開催されるとしても、簡素化された分、準備にはたいへんな人たちのリアルな作業が増えるということです。それだけ多くの社内外の人たちの生命・身体の安全が危険にさらされることを、会社は許容することになります。それでも「断行する」ということは相当の覚悟が必要ではないかと。

働き方改革に前向きに取り組んでいる会社では「テレワーク」が比較的うまく運用されているのに対して、掛け声だけでお茶を濁してきた会社では問題が発生している様子からみて、「有事の株主総会」にも同じことがあてはまるような気がいたします。有価証券報告書の提出が猶予された9月末まで6月総会は完全に延期されるのが、もっとも妥当な選択ではないかと思います。

|

« 産業經理(最新号)に「架空循環取引の根本原因を考える」と題する論稿を掲載いただきました。 | トップページ | 監査役(取締役監査等委員)は、6月下旬の継続会(株主総会)を切り抜けられるのか?-6月定時株主総会完全延期のススメ »

コメント

(山口先生の前日=4月29日エントリーと併読しつつ…)
(幾つかの疑問点と、「そもそも論」視点)

この1ヶ月、ある数値を追求検証してきまして、あらためて…ですが、
肉眼では見えない程の微小な物体が、人類が100年近くかけて構築して来た経済:文化等の繁栄を、ここまで奈落の底に陥れている惨状(現在進行形)。その中の重要な一つ:上場企業に代表される株主総会延期議論。

仮に、従前例年のインフルエンザ類なら、感染者が多大になっても、死者が出ても、株主総会の開催に影響するなど考えられなかった訳ですが、社会インフラが実質上「死んでいる」GW前半、政府の緊急事態宣言期限の前に敢えて、日本医師会が「全国一律の解除は難しい」という重いコメントと、現存の国内ウィルスが、欧米起因のDNA変異型という報道と、欧州の先進国の「致死率推移」から、僭越ですが、昨年時の様な株主総会開催は「無謀に近い」=リスク軽視/判断に進む事に絶望的危惧を抱いています。
(「ただの風邪」が蔓延していても、代替要員等で株主総会を開催する等、延期など、あり得なかった/許されなかった筈です)

こじつけ的になり恐縮ですが、そもそも、ここまで国内世情を混乱不安増幅に歯止めがかからない一因:PCR検査の実態不明/暗部論。
外国から「JAPAN得意の、あやふや開示」という皮肉が聞こえて来そうな現状ですが、意図的な偽装や隠蔽では無いと信じたくても、いつの間にか「架空循環取引」等と同様の数値不信を世界中にバラまいているとしたら、根本原因は何処にあるのか?と思っています。
(有報の数値に不安を持つ投資家が、そんな企業に安心/確信もって貴重なオカネを投資し続けるでしょうか?)

発生数こそ各国色々ですが、フランス、ベルギー、イギリス、オランダそしてスウェーデンの致死率上昇(1桁から2桁に)の進度が、イタリアとスペインに比べ突出しています。(医療や福祉の最先端と、高度かつ充実したとされてきた諸国でのこの現実が、一体何を意味するのでしょう?)アメリカにおいては、パーセントこそ欧州比で低いものの、この1ヶ月で致死率が3倍近くに膨れています。そのアメリカ:主にNY起因の惨状を、国内の株主総会関係者が見落したり、見て見ぬ振りをしているとしたら、本社の集中するTOKYO/OSAKAのこの先1〜2ヶ月は?…何の為に、新幹線や旅客機を利用率をゼロ近くまで自粛させて来たのでしょう。高速道路のインターチェンジを封鎖要請する県知事が出てくるまで我慢して来たのでしょう。
コロナショックの怖さの根本原因は、感染「数」よりも、重篤〜死亡に急変貌する背景からの、未曾有の「油断大敵」警鐘の存在ではないでしょうか。
(感染症対策を軽視し、予算削減とマンパワー育成不足、医療物資調達ギクシャク=医療崩壊の責任追及よりも、直近に及んできた、国内の致死率急増を見据えた予防対策を含む、株主総会の延期議論こそ、(真剣に次の「V字経済回復」を目指すのなら)政府/国会の筆頭的優先順位ではないでしょうか。)

あらためて、法曹界と行政の併合的な喫緊リスクマネジメント実現を願っています・・・。

投稿: にこらうす | 2020年4月30日 (木) 08時32分

>「3月末の株主から訴訟を提起されるリスクがある」とよく指摘されます。
平時ではないこのような状況下で基準日を変更し定時株主総会を延期することにつき実質的にはリスクはない(訴訟が適されたとしても会社が負けることはないであろうという点も含めて)のだと思います。しかしながら、一部の経営者は、訴訟を提起されることそのもの毛嫌いしています。訴えられる前に何とかすることが、総務や法務の腕の見せ所と勘違いしている経営者も少なからずいるのでしょう。
今日の日経新聞にオリンパス、日本板硝子の基準日変更及び株主総会延期の記事が掲載されていました。これを契機に連休明けに次々と延期を表明する会社が現れることを期待します。

投稿: 名無し | 2020年5月 1日 (金) 19時24分

初めて投稿させて頂きます。先生の「それでも6月定時株主総会は完全延期すべきである」を興味深く読ませて頂いています。もし経営側が継続会方式を選択し、6月総会では計算書類を提供なしで、配当と役員選任議案につき議案とする場合、通常の総会のように冒頭に常勤監査役が監査報告を読み上げることは無理としても、「会社法第384条に関して調査した結果、取締役が株主総会に提出する議案等には問題がなかった」と監査役が例年発言している件は、如何様に考えればよろしいのでしょうか?監査役会にて議論した結果になるでしょうが、先生が述べられておられるように、後で法的な問題が出て来る可能性があるのなら、上述の発言にはネガティブな対応にならざるを得ません。監査役の対応につき、ご教授頂けますと幸甚です。

投稿: ふうさん | 2020年5月 2日 (土) 11時10分

専門家会議が「新たな生活様式」と言い出し、自粛が永久に続くことの既成事実化を進めていますね。医者の都合ばかりでは国が破滅すると、経済学者からの反論が出始めています。金融財政事情(2020年5月4-11日合併号)の「コロナ危機は供給サイドショック、需要刺激策は当面不要」(池尾教授)は、見出しと内容は異なり、出口戦略をどうするかという話で、今必要な視点だと思います。
中国韓国が、検査隔離を徹底し「感染者ゼロ」を達成してコロナに打ち勝ったのに対し、日本の戦略は「感染者ゼロ」は目指しておらず、「集団免疫」を目指して国民全員に感染させるようです。これが政治の決定なのか、専門家会議の暴走なのか、見極める必要があります。
毎日1000人ずつの感染であれば、「医療崩壊」を起こさず、1億人/1000人=10万日=300年で集団免疫を獲得できるという話であり、今後300年だから「新たな生活様式」という笑えない話です。
「感染者ゼロ」を目指すのか、目指さないのか、という重大なことは、専門家会議がなし崩し的に(水際対策の失敗を隠すために)決めてよい話ではなく、国民が決めるべき話でしょう。「感染者ゼロ」ができないのなら「集団免疫」しかないのですから。

投稿: unknown1 | 2020年5月 4日 (月) 12時53分

ご無沙汰してます。

各社の監査報告書を一社一社まじめに読んできた立場としては、理屈の上でも感情の上でも、定時株主総会には計算書類も監査報告書も不要であるとの、会計監査の監督官庁である金融庁の昨今の発言・行動は、理解できかねます。

役員選任その他の会社の重要な意思決定は定時株主総会で行うのが原則であり、(ぼやけた表現をしますが)決算書類が監査込みで一式揃っているのが、どの市場でも大原則です。

継続会前提の金融庁の協議会の情報発信は、決算が間に合わない各社の現場、総会スケジュールを動かしたくない経営者、クライアントから無理を押し付けられた監査法人の三者の悲鳴に基づき、関係各所の調整を行った結果なのだと思いますが、三者の利害関係の調整に終始しており、監査や定時株主総会の役割といった金融庁や法務省であれば当然に考慮すべき大原則が無視されており、金融庁や法務省の国を背負う立場のテクノクラートとしての矜持はどこに…とても残念です。

金融庁もようやく自身の矛盾に気づいたのか追加のコメントを出していますが、このコメントには論理性がなく「金融庁のご意向です」が印籠となる相手以外は納得できないと思います。
色々な事情があったのだとは思いますが、結果的に金融庁と法務省は本質論を顧みることなく(株主以外の)利害関係者の利益調整に終始したと評価されることになるでしょう。

今回の件は、資本市場の関係者よりも、監査関係者が怒りの声を上げるべき状況だと思います。

https://www.fsa.go.jp/ordinary/coronavirus202001/11.pdf

投稿: ty | 2020年5月 5日 (火) 00時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 産業經理(最新号)に「架空循環取引の根本原因を考える」と題する論稿を掲載いただきました。 | トップページ | 監査役(取締役監査等委員)は、6月下旬の継続会(株主総会)を切り抜けられるのか?-6月定時株主総会完全延期のススメ »