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2020年4月10日 (金)

コロナ禍のもとで6月の定時株主総会を開催するリスクは極めて大きい

毎年、この時期は会社法に詳しい先生方が「今年の株主総会の傾向と対策」なるテーマで講演をされますが、今年はご存知のとおり「有事における株主総会」の話題一色です。おそらく6月総会を控えておられる会社の担当者の方々は、3月総会の様子を参考に、この「有事株主総会」を(平穏無事に)乗り切ることをお考えかと拝察いたします。しかし3月20日ころと現在では、もはや社会の状況は一変しています。

会社法に詳しい専門家の皆様は「定時株主総会は縮小してでも開催するほうがよい(望ましい)」とおっしゃています(ほぼ有識者の全ての方々のご意見だと思います)。しかし、東京や大阪に特措法に基づく緊急事態宣言が出され、国民に特措法45条1項違反(外出自粛要請違反)を推奨するような株主総会は、「開催することが望ましい」と本当に言えるのでしょうか?東京で181人、大阪で92人もの感染者(一日あたり 4月9日)が出る状況で、もはや株主総会の開催はあまりにも無謀と思います。

もちろん延期することのデメリットは大きいものがあります。退任予定の役員の方々に、もう少しだけ頑張ってもらわねばなりません。剰余金配当においても、権利付き最終日がずれることで(株価には配当分も織り込み済だ、として)投資家から批判されることもあります(現に、東証が「総会延期によって配当をもらえないことがある」と3月下旬に注意喚起して大騒ぎになったことは記憶に新しい)。事務手続きが増えて社員の方に負担をかけることも悩ましいです。

また、「まあ、そうは言っても6月下旬になったら収束しているかもしれないから、6月になって考えればいいのでは・・」といった楽観論もありえます。しかし、健康リスクに加えて、4月7日の日本公認会計士協会会長の声明は重い。重すぎます。私がリモート会議でご一緒している何人かの公認会計士の方々も「とうてい5月中頃までに計算書類の監査を終えることは困難」「会長はよくぞ声明を出してくれた」とつぶやいておられます。

テレワーク等、自宅での仕事が推奨される中で、どうやって経理部門や監査部門、会計監査人が5月中旬までに計算書類の作成、監査を終わらせることができるのでしょうか。たとえ物理的に可能であったとしても、切迫した状況の中で、不正の兆候を見つけた場合に声を上げる雰囲気などないと考えます。「監査や法務は二の次、ともかく例年通りにさっさと総会を終わらせろ」といった雰囲気で株主総会が開催されるとすれば、もはやコンプライアンスなど無いも同然です。「配当」が大切であることは重々承知しておりますが、株主の短期的利益に配慮するあまり、中長期的な利益をないがしろにする姿勢は、もはや昨今の企業統治改革の方針にも合致しません。

「延期したとしても、コロナ禍がいつ収束するのか見えないではないか」との声も聞かれます。いつまでも延期するわけにはいかないので、とりあえず6月総会の場合には7月末までに開催せざるを得ないでしょう。その際にこそ、先日公表された経産省・法務省連名によるQ&Aが(バーチャル総会の開催案も含めて)活かされると考えます。会計監査人の監査に(限定付き意見等)不十分な点が残るのであれば、会計監査の方法及び結果の相当性判断と財務報告に関する内部統制の相当性判断に責任を持つ監査役監査でカバーするしかないと思います。「いつコロナ禍が収束するかわからない不確実性」はありますが、6月総会を開催することによって感染者を出してしまう不確実性、会計不正事件が顕在化することの不確実性と比較すれば受容可能だと考えます。

有価証券報告書の提出期限の猶予、法人税および消費税の申告期限の延期についても、それぞれ「株主総会の延期」を見越してほぼ準備が整いつつあります。これで、株主総会延期(7月総会)のためのインフラは揃います。経路不明の感染が急増している現状からみますと、もはや「規模を縮小して、感染対策を万全に行う」というレベルの総会対策で国民の生命・身体を守れると考えるにはリスクがあまりにも大きすぎる(とくに出席株主には高齢者の方が多いことも心配です。基礎疾患がある方はご遠慮願う、といった対応では甘すぎるでしょう)。会計監査の重要性に目を背ける姿勢にも会計不正のリスクが大きく潜んでいます。

「延期したくでもできなかった」というケースと「延期できるのにしなかった」というケースでは、役員のリーガルリスクが異なります。また、緊急事態宣言が発出されたことで、株主および役員・従業員の感染の「予見可能性」も大きく変わりました。基準日と決算日を異にする実務慣行が日本企業には存在しないこと、株主確定コストが生じること、配当・税務スケジュールが遅延すること、第一四半期決算の時期が重なってしまうこと等、総会延期による様々なデメリットがあることは承知しておりますが、それらの弊害は「延期したくてもできなかった」ことの理由にはなりえません。コロナ禍の現状を踏まえますと、とりあえず6月に定時株主総会を開催する上場会社においては、開催時期を延期をして、考えられる弊害はトライアル&エラーで対応していくより方法はないと考えます。

なお、くどいようですが、上記は私個人の見解であり少数意見であります。どうしても6月総会を予定どおりに開催したいと考える場合のリスクについては重々承知のうえで実施に踏み切るべきであることを(社長を含めて)全社的に共有していただきたい。

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コメント

4月10日:朝の時点で、7都府県以外に、愛知県、京都府も緊急事態宣言を発令の動きとの報道に触れ、外出自粛を7〜8割減らす事が数値達成出来なければ、更に厳しく制限をかけざるをえないと、政府/大臣は述べられていますので、約二ヶ月先の総会開催…山口先生のご意見もごもっとも…かと。
(因みに、医療崩壊まで至った諸外国では、具体的にどんな株主総会対策なのか?→詳細までは存じませんが)

資料書類作成の視点でも、従前の様な100%仕上げは、恐らく不可能でしょうから、例えば…(各社へのヒアリング等を経て)上場企業一律一定のガイドラインを設け、「仮」有価証券報告書=暫定として計算関係書類をまとめるに抑え留める事で、作成/提出に携わる関係部署/スタッフへの(従前とはレベルの違う)心身への過剰な負荷を軽減する様な配慮も必要かと思っています。

(総会準備関係者の方々に、「感染クラスター発生」の余波等が及ばない事を願いつつ・・・。)

投稿: にこらうす | 2020年4月10日 (金) 10時08分

いつもありがとうございます。医療崩壊には至っていないと報じられているドイツでは、2020年に開催される株主総会に限っての時限立法として「株主の物理的な出席を認めないバーチャル総会」を認容する特別法を制定したそうです(詳しくは商事法務2227号に掲載されています)。ただ、その場合でも会社関係者は同席し、公証人の議事録作成が必要のようです。
3月27日のエントリーでもご紹介したように、議長となるべき社長が感染したり、凸版印刷の会長さんが感染したり、さらには大手メディアの事業会社の取締役の方が感染確認後2日でお亡くなりになったり(毎日放送)と、関係者自身の生命・身体の危機も招来しています。もはやコロナ禍への対応は株主総会のとりあえずの回避以外にはないと考えています。

投稿: toshi | 2020年4月10日 (金) 10時40分

勤務先でも出社制限が掛かっているなか、監査法人の担当者が来社され書類監査をされてるそうな。

これでいいのかなぁ? 日本国民として休むことが国家に貢献することになる事態だというのに‥‥ と思います。

当社の属する企業集団は、かつて、「〇〇の利益よりもまず国家の利益を優先する!」と宣言されたはずなのに。

投稿: しがない内部監査員 | 2020年4月10日 (金) 10時46分

いつもありがとうございます。ニュースで60代の公認会計士の方が「外出自粛と言われても、決算があるので休めない」とインタビューに答えていましたが、決算が遅延することよりも30代、40代の会計士の感染を防ぐことのほうが市場全体の利益に適うものと思います。ちょっと前までは、私もニュースを視ていて「そうだよな・・会計士はこの時期つらいよな」と考えていましたが、もはや状況が一変してしまいました。まずは監査法人の利益を守り、クライアント会社の計算書類、財務諸表監査の遅延については、金融庁、法務省を巻き込んで検討するべきです。

投稿: toshi | 2020年4月10日 (金) 11時02分

総会の基準日につき3ヶ月以内に限定しているものを、今回に限り特例法でも作って延長してくれれば、実務上の負担も、費用増加もなく、簡単に延期ができるのですけど。
(基準日の再設定=株主再確定だけで、かなりの手間と費用が掛かるので、3月末とは別の基準日は設けるのはきつい)
なお、当社は配当は取締役会決議で可能としているので、配当は通常どおりの時期に実施します。

投稿: 実務担当者 | 2020年4月10日 (金) 15時44分

コメントありがとうございます。法務省は定款の合理的な意思解釈によって総会開催が困難な場合の「基準日に関する定め」を柔軟に解釈しています。ただ、会社法124条2項の基準日の定め、つまり法文の解釈によって手当をすることは、基準日設定の柔軟化(できるかぎり総会に近い日に基準日を設定したい)という趣旨からみて難しいかもしれません。なぜ基準日を権利行使日の3カ月以内と定めたのか・・・、そこは296条1項を基にしたものと言われていますので、そもそも総会自体が物理的に開催困難であれば違法性が阻却される・・・といった解釈が成り立ちうるかどうか、ということでしょうね(うーーん、厳しいか)。
先日、ディップ社が5月総会を7月総会に延期したことが報じられましたが、ディップ社も会社法459条適用会社だからできたと理解しています。エントリーでは理解しづらいと思って書かなかったのですが、今後は各社における検討課題となりますね。

投稿: toshi | 2020年4月10日 (金) 17時06分

金融庁は有報の提出期限を一律に9月末に延長するとのニュースが出ました。一方、法務省からは、株主総会を延期できるというアナウンスは出ていますが、各企業の判断に委ねられている状況であり、大きな差があります。
企業が通常の総会スケジュールを維持すると、会社法の監査報告書提出期限には、監査が終了しておらず、意見不表明や限定意見を出さざるを得ないことも考えられると思います。
監査法人も大変な判断をしなければならないかもしれませんが、監査役の監査意見にも大きな影響を及ぼしてしまうかもしれません。

投稿: はり | 2020年4月11日 (土) 11時26分

「コンプライアンスなど無いも当然」という事態は避けたいですね。
有事の際こそ、政府、行政、経済団体のトライアル&エラー、試行錯誤が求められると思います。
「公益通報者保護法改正」が審議されるはずの国会が停滞しそうで忸怩たる想いです。
ところで、通天閣や新世界の状況も心配です。
「大阪のおばちゃん」に優しく道案内受けて「新世界」に行ったことがあります。
紅しょうがの串揚げ、土手焼き、キャベツ食べ放題(ウスターソース二度づけ禁止!)、冷やしあめ(関東にはないです)がリーズナブルに楽しめる「新しい世界」を祈ります。

投稿: 試行錯誤者 | 2020年4月11日 (土) 13時20分

はりさん、試行錯誤者さん、コメントありがとうございます。本日(11日)の日経、朝日が有報の期限延長の件は詳しく報じていますね。また、会計士協会で昨日リリースされました会計基準適用に関する留意事項も気になります。いずれも新型コロナウイルス問題に関連していますが、私もはりさんが指摘されるように、法務省がもう一歩踏み込んだ指針を公表してほしいと願っております。いくつか選択肢はあると思いますが、そのあたりは次回のエントリーで詳しく提案したいと思います。
公益通報者保護法の改正案の審議については、私もたいへん憂慮しております。改正案が成立することを前提に法律雑誌で論稿を書きましたので「どうしたものか」と悩んでおります。ただ、社会の情勢からみればやむをえないですね(通天閣はたしか営業を停止したのではないでしょうか・・・)

投稿: toshi | 2020年4月11日 (土) 13時37分

 株主総会については、株主が協力して、会社が今までの考え方を返上できれば、バーチャル総会は十分可能です。
 その辺をとりまとめてお客様にご案内する予定ですが、倉橋雄作先生の論稿(商事法務)は素晴らしいです。時間のない中、相当集中して書かれてたのかなと。負けました。

投稿: 和幸 | 2020年4月11日 (土) 13時53分

和幸さん、コメントありがとうございます。(どなたか、すぐにわかっちゃいました 笑)。経産省・法務省連名による指針でも「会議場を設定して、事実上、株主出席者がゼロになっても」総会は成立します、とありますので、結果としてバーチャル総会になったとしても違法性は阻却されると考えます。ただ、それを飛び越えて最初からバーチャル総会を開催することは可能なのでしょうか。そのあたり、またご教示いただければ幸いです。
「会社が今までの考え方を返上できれば」というところ、本当に悩ましいです。会社とともに、株主も考え方を変えていただく必要がありそうです。

投稿: toshi | 2020年4月11日 (土) 14時30分

お久しぶりです。

現状、会社は短信の遅延は認められ、株主総会も参加株主の人数を制限した上での開催が認められる状況です。この前提に立つと当初の予定には間に合わないが、計算書類を6月2週に間に合わせられるのであれば、集中日開催・招集通知発送は法定の2週間前発送を前提にスケジュールを組むのが会社としては合理的な対応になってしまいます。
一方で、証券代行・各印刷会社・運用会社・資産管理信託銀行その他の株主総会関連業務を行っているプレイヤーは、現在のそれなりに分散をした6月総会のスケジュールを前提として体制を組んでいます。もし総会スケジュールが10年前や20年前のような短期集中型に戻ってしまった場合、株主総会周りのロジスティック回りが対応できるか懸念しています。
最悪の場合、運用会社の意思決定が追いつかず、機関投資家の議決権が行使されず定足数に満たさないといったケースが出てこないか心配しています。

また本筋とは異なった論点ですが、株主総会関連業務を行っている各プレイヤーは6月総会対応では短期スタッフを大量に雇用していることが容易に想像されます。もし6月総会対応が短期決戦型になるのであれば、より多くの短期スタッフを雇用する(一ヶ所により多くの人を集める)事を強いられ、公衆衛生の観点からも懸念があります。

投稿: ty | 2020年4月11日 (土) 21時04分

tyさん、コメントありがとうございます。非常に現実的なご意見だと思います。
とりわけ後半部分は私がよくわかっていない実務感覚なのでとても参考になりました。機関投資家の方々にとってもかなり問題が大きいことを、どなたが声を大にして主張していただければよいのですが。。。しかし4月11日だけで全国で740人もの感染者が確認されています。東京も感染者最多を記録したそうで、株主総会の開催を取り巻く人たちが5月と6月に密集しなければ準備できない、というのも、私は大問題だと思います。株主総会は会場だけで行われるわけではない・・・という点は重要です。

投稿: toshi | 2020年4月12日 (日) 00時34分

1月末決算の某社から、4月23日の株主総会を予定通り実施するという葉書が届きました。事前にオンラインでも意思表明はできます、と強調されてましたが、従来通りの集合形式の総会を東京都内のホテル実施する、とのこと。

「ホンマにやる奴おるかい!」
(ざこば師匠の30年前のサントリーモルツの宣伝のもじり)

の気分です‥‥

投稿: しがない内部監査員 | 2020年4月13日 (月) 10時27分

はじめまして。
私の勤務先は3月期決算の計算書類を作成しましたが、監査法人の監査が滞っているようです。
監査法人が要求する資料、平時であれば直ぐに用意できるものが、在宅勤務(出社禁止)で用意ができない、というのが理由の一つのようです。監査が終わらない(実施できない)のであれば、従来のスケジュールを変えざるを得ません。
有報提出期日が延長となっても、決算短信、株主総会とセットで検討すべきものと考えます。
取締役会選任などは予定通り6月の定時株主総会で決議し、事業報告は臨時株主総会で行うといことは法令上、可能なのでしょうか。

投稿: 都心部の会社員 | 2020年4月14日 (火) 20時50分

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