監査法人の「意見不表明」でピンチ?-素朴な疑問が残るJDI不適切会計事件に関する第三者委員会報告書
4月16日夜の日経ニュースで初めて知りましたが、会計不正事件で揺れるJDI(ジャパンディスプレイ)の過年度有価証券報告書(訂正後)について、会計監査人(あずさ監査法人)が「意見不表明」「限定意見」を出したそうです。意見不表明の根拠としては「2013年4月に吸収合併した親会社などの会計帳票および勘定科目残高明細などについて網羅的に保存されていないため、財務諸表全体の監査ができない」とのこと。 第三者委員会報告書の指摘に従って訂正した有価証券報告書について、会計監査人から適正意見がもらえない、というのはあまり聞いたことがありません(報告書作成の時点で、第三者委員会は会計監査人と全く協議はされなかったのでしょうか?)。
そういえば先日、4月13日に開示されたJDI社の不適切会計処理に関する第三者委員会報告書をちょうど読了したところでした。会計不正の手法については、典型的なパターンが多いようです。公益通報者保護法の改正法案が今国会に提出されていますが、「公益通報」の取扱いにかなり問題があったのではないかと思われる点など、いろいろと興味深い点がありました。
ただ、本日は詳しくは書きませんが、当該報告書を読んで、そもそもの「素朴な疑問」がいくつか湧きました。JDI社の第三者委員会は、不適切会計の疑惑が生じたことから設置されたのですが、その不適切会計を申告したのは、報告書で「主犯格」とされている(すでに死亡された)A氏の告発です。その告発では「経営陣に指示されて不正会計処理をしてしまった」とされていますが、その「経営者が関与しているかどうか」という点が「不正の疑義ある事実」とはされていないのです。しかし、152名ものフォレンジック部隊を調査に投入しているので、普通であれば告発がある以上、メールや電子ファイルの調査によって「不適切会計に関する経営陣の認識」にターゲットを絞って調査するわけですが、そのような調査に関する記載も見当たりません(このあたりは実際は調査されたのでしょうか?)
また、2018年5月に、従業員からの公益通報が役員に届くわけですが、その通報対象事実がまさに不適切会計に関する事実でした。その後、通報を受理した役員が調査を続行している間に、会計不正を主導していたとされるA氏に、まったく別の横領に関する不正行為が発覚します。結局、このA氏は横領事件について懲戒解雇となり、その直後に不適切会計の告発に至ります。しかし、A氏の横領事実をどのように社内の経営陣が確知するに至ったのか、報告書を読んでも全くわからないのです。A氏はJDIにおいて強大な権限を有していたそうです。しかし、そのような権力を誇っていたA氏の横領事実を、取締役らがいかにして確知したのか(そして懲戒処分まで出すに至った経緯)は、JDIに自浄能力があるのかどうかを外部から判断する(評価する)際にどうしても知りたい事実です。なぜ記載がないのか、よくわかりませんでした。
そしてもう1点ですが、このJDIの不正問題はとても珍しいケースです。何が珍しいかといいますと、自死された(とされる)主犯格のA氏は、横領事件と不適切会計事件の両方に手を染めています。一方は私利私欲のため、もう一方は「業績が悪化している会社のため」です。しかし、この二つの動機は両立するものでしょうか?報告書では、A氏はJDI社ではとても評価が高く「男気」があり、部下からの信頼もとても厚かったと記載されています。そんな「男気」のあったA氏が、会社のために不正会計に手を染めることまではわかりますが、5億円以上もの金員を私欲を満たすために領得するのでしょうか?また、自死する寸前に(男気のある人が)「私は経営陣に嵌められた」と告発するでしょうか?もし二つの動機が両立するのであれば、その両立を合理的に説明できるほどの真因分析が必要です。その真因分析の対象事実こそ、フォレンジックで明らかにならなかったのか、そのあたりに素朴な疑問が湧きました。
こんなご時世ではありますが、本業の不正調査やガバナンス構築支援の関係で、いろいろと忙しくしております(もちろん関係者との面談は控えております)。時間のない中で上記報告書を読みましたので、ひょっとしたら読み飛ばしている点もあるかもしれません。もし上記の素朴な疑問について、お読みになった方から「その点は報告書のココに書いてありますよ」といったご示唆をいただけましたら幸いです。
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コメント
(事実は、小説よりも奇なり(?))という言葉が脳裏に浮かぶ心境で拝読致しました。
新型コロナウィルス問題においては、全国の道府県にも緊急事態宣言がかかり、緊張感が増す日々です。
山口先生もどうぞお身体ご自愛下さい。
投稿: にこらうす | 2020年4月17日 (金) 08時01分
JDIの調査報告書、私も精査しています。ご指摘のように不思議・笑なことばかりです。
不正会計の手口は古典的なものの応用でしかないのですが、少額のものも含めていろいろ頑張って数字を作った苦労が忍ばれて味わい深いですね。ほとんどの操作は膨らませずに四半期後などに戻している点は律儀という印象さえ受けます。
最大の不思議というか納得いかないことは、経営陣の指示を複数認めておきながら、A氏の主導という結論に導いている点でしょう。
123ページ下段の「A氏が関与したほとんどのケースでは、上位者から A 氏に対する具体的な不適切会計処理の指示の存在を認め ることはできず、上位者への忖度その他の理由から、A 氏自らが主導したものであった」としていますが、「ほとんどの」と「具体的な」にひっかかります。報告書にはいくつも指示を記載しているため、皆無とは言えないため「ほとんど」、さらに指示の内容が開示されていない以上、「指示(らしきものはあったが、具体的ではなかった」と言い抜けられる。嘘ではないが、真実から目をそらす時の常套手段と感じます。
しかし、経営陣が具体的な不正手段まで指示するケースは少ないと私は考えています(統計的には難しいのであくまで経験上)。
18年5月の内部通報への対応もどう考えても不自然です。不適切会計処理の問題を人事の不満にすり替える。少なくともD氏、当時のCFO、L氏や各常勤監査役を始め、経営陣・幹部が見て、全員が会計処理に目を向けないのであれば、彼らの善管注意義務違反を問わねばなりません。
実際は、D氏はこの後に外部の弁護士に調査を依頼した(調査は進まなかった)とありますし、常勤監査役には16年に「適正会計を徹底するように」と指示を出したH氏がいます。
さらに現経営陣の関与はなかったという結論にも不自然さが否めません。現在のCEOは17年4月入社で財務ユニット長。17年10月からは財務統括部長です。この間にも複数の事案が発生していますし、内部通報の元従業員の所属は財務統括部財務部です。13日のWEB会見で、K氏は関与を否定し、財務と経理ではレポートラインが異なっていたことを知らなかった、監督責任もない、理由としていましたが。。
結局、現在、および過去の経営陣に波及するのを避けるのは、それがINCJ、ひいては経産省の責任に飛び火することを避けたいのだろうと邪推(当然の疑問でしょうが)してしまいます。たぶん、先生も同じように感じられているのでは。
東芝では不正会計の調査から原子力事業が外されていました。後に、原子力事業こそが本来は計上すべき減損を隠しており、その隠蔽のために巨額損失を招く結果となりました。
企業の内部調査は、それが独立第三者とうたっていても、しょせんは限界があるのでしょう。とはいえ、メディアでは到底できない調査が行われ、それなりにたくさんの事実が記載されています。丁寧に読んで矛盾点を見つけていくことで、いろいろ見えてくるものがあります。
長文失礼いたしました。
投稿: unknown1 | 2020年4月17日 (金) 12時00分
素朴な疑問に、同感です。一応、我流の解釈を試みました。
1.「経営陣の指示」について
確かに、A氏による不適切な会計処理についての調査報告に、特化している印象です。強いて経営者の関与に言及している部分は、次の箇所でしょう。
・B氏(初代CEO): 黒字化のために、費用を資産勘定に振り替えることなどを提案したA氏らに賛辞。(報告書P.79)
・C氏(2代目CEO):対外発表した業績予想の遵守を重視し、全社に強いプレッシャーをかけた。コンプライアンスの遵守も求めたと本人は語るが、そのやり方について、多くの役職員が疑問を呈している(P.100-102)。C氏からA氏に対して具体的な指示はなかったが、C氏からのプレッシャーがA氏による不適切会計の動機となった(P.125-126)。
・D氏(3代目CEO):部長クラスにアンケート調査し、費用の先送りや資産化を把握。先送りしないという方針を出したが、不適切な処理との認識なし。(P.103)
・現経営陣: 2020年3月期まで続いた不適切会計処理に、現経営陣の関与を示すものは検出されなかった。(P.103-105)
2016年7月頃に常任監査役さんたちが、C氏ら経営陣に「今のようなプレッシャーをかけていると、経理部門のモチベーションが落ち、不正会計や内部告発のリスクがある」と進言。C氏は経理部門のマネジャーたちを集めて「経営状況は厳しいが経理部門は適正会計を徹底するように」と、訓示を垂れたそうです。無理をするなよと、無理を言い、という図です。
2.横領事件発覚の端緒について
社内調査委員会の報告書(2019年2月13日)には書いてあるのかもしれませんが、第三者委員会は触れていない(別件扱い)ので、分かりません。5億7800万円も、どう使われたのか。死人に口なし、闇から闇へ、でしょう。週刊文春あたりが、報道してくれるかも。
3.会社のためと、私利私欲の関係について
日の丸液晶と言われ、国策を背負った企業の、技術者出身の経営陣にのしかかるプレッシャーは、計り知れないものがあったのでしょう。彼らの期待に応えて、営業利益を黒にする経理マンA氏は、頼りがいがあったことでしょう。
JDIを発足させるにあたって、経理のプロとしてA氏を中途採用した基準は、経理マンとしてのintegrityではなく。volatilityの激しい事業で、安定した利益を作出できる能力だったのではないかと、邪推したくなります。報告書では「規範意識に乏しかった」ことをA氏のパーソナリティと共に、正当化要因としてあげています(P.123-124)。不正実行者が、その道で優秀であることは、一般的な傾向かと思います。JDIという国策企業で優秀な経理マンであったればこそ、大胆な横領もできたのではないでしょうか。それと、上司のCFOであったJ氏とは、前職でも上司と部下の関係だった、と。J氏は2015年6月までCFOだったので、A氏がペーパーカンパニーを作って、横領を始めた2014年7月にはまだ上司で個人的な関係にもあったわけですから、何らかの関与があったのかもしれません。憶測です。
というわけで、当方の素朴な疑問の素朴な解釈です。
死人に口なし、と言えば。関西電力と、高浜町の森山元助役。森友公文書改ざんと、近畿財務局の赤木俊夫氏。そして今回のJDIと、A氏。それぞれの調査報告書はあるものの、どこまで真因に迫れているのか、難しいところかと思います。
投稿: コンプライ堂 | 2020年4月17日 (金) 18時01分
みなさま、細かなところまでチェックしておられるのですね。恐れ入ります。参考にさせていただきます。
さて、私の次の素朴な疑問は、2014年3月期の有報に監査法人が意見を表明しなかったことを受けて、東証がどう動くかという点です。これまで何度かJDIさんは市場から資金を調達しているように思うのですが。。。
投稿: toshi | 2020年4月17日 (金) 21時31分
第三者委員会報告書、大変長いものですが、山口先生やコメント記述された方々が細かく読んでいて尊敬いたします。
私は山口先生の以下のエントリー部分に心を奪われました。
【公益通報者保護法の改正法案が今国会に提出されていますが、「公益通報」の取扱いにかなり問題があったのではないかと思われる点】
「行政通報」においては法改正を待たず、各省庁独自に消費者庁ガイドラインに準拠して広く公益通報を受け付ける姿勢も感じています(自身の通報に関する某省庁のHP記述を見て実際に確認)。
「死人に口なし」。。。恐ろしい言葉です。
更なる犠牲者を生じさせないためにも、「法改正」の国会審議だけでなく、公益通報者の救済措置そのものを政府、行政に対し、コロナ禍の現在もトライアル&エラーしています。
投稿: 試行錯誤者 | 2020年4月18日 (土) 20時19分