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2020年5月28日 (木)

天馬社の経営権紛争-注目される監査等委員会の動向

5月27日の日経ニュースでも取り上げられていましたが、プラスチック成型大手の天馬社の(株主総会を前にした)経営権争いが厳しさを増しているようです。当ブログでは、当初は天馬社の外国公務員贈賄事件に注目しておりましたが、どうも(このたびの海外贈賄事件については)従前からの創業家間における経営権争いが表面化する契機となった意味のほうが大きかったようです。

27日は会社側、大株主側双方からリリースが出ていますが、私的に注目したのは大株主側(前名誉会長側)の立ち上げたHP「天馬のガバナンス向上を考える会」のリリース内容です。海外贈賄の事実を知った経営陣が、会社対応を協議する場に監査等委員である取締役らを除外していたという事実が読売新聞で報じられ、私的にはとても悲しい気分になりました。

しかし、その監査等委員会は「取締役責任追及委員会」を設置していたのですね(資料4シート参照)。3名の監査等委員の方々が創業家出身者を含めた取締役の責任追及に動くとは。。。うーん、これは驚きました(といいますか、こんな重大な事実については適時開示の対象にならないのでしょうかね?実務の詳しいところは存じ上げないのですが・・)。

ひょっとすると、これだけ監査等委員会に独立性、中立性があるからこそ、不祥事対応の場面で疎外されていたのかもしれません(勝手な推測ですが)。しかし天馬社が定時株主総会を控えて、現経営陣および大株主のいずれの側からも取締役選任議案が上程されているわけですから、監査等委員会として、さらに果たすべき職責があるはずです。そうです、平成26年会社法改正以来「抜かずの宝刀」とされてきた監査等委員会の経営評価機能の発揮であります。具体的には会社法342条の2、第4項に基づく取締役選任議案に対する意見陳述権の行使です。

ちなみに、会社法342条の2、第4項の条文とは、

監査等委員会が選定する監査等委員は、株主総会において、監査等委員である取締役以外の取締役の選任若しくは解任又は辞任について監査等委員会の意見を述べることができる。

というものでして、監査等委員会設置会社には指名委員会、報酬委員会が設置できないので、そのかわりに(指名委員会等設置会社における委員会に準ずる役割を果たすために)監査等委員会が取締役の人事議案や報酬議案に関する意見を形成し、意見があればこれを株主総会において陳述する権利があることを規定しています。

なお、平成26年改正会社法制定当時の立案担当者(法務省大臣官房参事官)の方の解説によれば、

・・・そして、監査等委員会が選定する監査等委員が、株主総会において業務執行者を含む取締役の人事についての監査等委員会の意見を述べることによって、監査等委員会の意見が広く株主に知らされ、株主による議決権行使に影響を与え、株主総会における業務執行者を含む取締役の選解任および報酬等の決定を通じた株主による監督も実効的に行われることになります

とのこと(坂本三郎編著「一問一答平成26年改正会社法」42頁)。そしてこの趣旨を受けて、会社法施行規則74条1項3号により、監査等委員会の意見の内容(正確には「意見の概要」)は、株主総会参考書類において開示されることになっています。

大株主と現経営陣との間で経営権紛争が表面化した以上、一般の株主にとってはまさに監査等委員会の意見を聴取したい場面です。少なくとも、社内の業務執行を担当してきた会社側提案の取締役候補者については、選任されることが妥当かどうか、監査等委員会としては意見を陳述すべきではないでしょうか。もちろん「意見陳述権」なので、監査等委員会から選定された監査等委員は意見を述べる法的な義務はありません。ただ、こういった場面のためにこそ、監査等委員会には経営評価機能を果たすことが期待されているわけでして、今後の天馬社における監査等委員会の動向には注目が集まるものと思われます。

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2020年5月27日 (水)

有事の定時株主総会-監査役(監査等委員)は「重要な後発事象」に配慮しているか?

(27日午前 追記あり)

私の本意ではありませんが、多くの上場会社が(予定どおり?)本年6月に定時株主総会を開催する予定のようです。そのような上場会社の場合、ちょうど今頃の監査役、監査等委員の皆様方にとりましては、会計監査人から監査報告の通知を受領して、期末監査の報告会を行い、監査役、監査役会、監査等委員会としての監査意見を形成する時期であります(さらには、監査意見を取締役会に報告する時期でもあります)。

何度も申し上げておりますとおり、(予定どおりに定時株主総会を開催するのであれば)会計監査にも、監査役監査にも(十分な監査資源が投入できないという)不安が残ります。このような有事における株主総会を前にして、監査役(監査等委員)の方々にご留意いただきたいのが監査報告に関する有事特有の内容です。具体的には会社計算規則127条、同128条に規定された「重要な後発事象」に関する記載であります。

上場会社においても、監査役(会)は会計監査の職責を負うわけですが、公認会計士という専門職の「会計監査人」が存在しますので、会計監査人の監査の方法及び内容の相当性を判断すれば足りる、というのが平時の会計監査の姿です。会計監査人は会計専門職が担当しており、監査役さんは(期中において)当該会計監査人と十分なコミュニケーションを図っていますので、あとは業務監査(会381条)と書面監査(同384条)に注力すればよい、というところです。

しかしながら、今年はコロナ・ショック、つまり有事における定時株主総会です。業績を伸ばしている企業もありますが、多くの企業の決算発表で示されているとおり、経営状況の悪化を回避できないまま株主総会に突入します。したがって、会社債権者や株主の方々は、計算書類や財務報告にはどこまでコロナ・ショックの影響が織り込まれているのか、そもそもそれらの書類は本当に信用できるものなのかどうか、高い関心を寄せることになり、当然のことながら開示情報をもとに、財務関連書類の信用性の高さを探ろうとします。

そこで、コロナ・ショックが当年度決算及び翌事業年度の決算にどのような影響を及ぼすのか、ステークホルダーが開示情報から把握することに有用なのが監査報告における「重要な後発事象」に関する記載です。決算日以後に生じた会計事象が今期もしくは翌期に適切に反映されるように、きちんと注記されているか(もしくは今期業績に織り込まれているか)会計監査人がチェックを行い、会計監査人自身が「重要な後発事象」を記載することが可能です(会社計算規則126条2項)。

会社法監査と金商法監査の役割分担ということで、どちらかというと会社法監査は「(書類が適正に作成されていることの)保証機能」が重視されがちですが、「後発事象」に関する記述は(本来は金商法監査が負うべき)「情報提供機能」としての役割を担うものといえます。金商法監査の結果は実務上株主総会の後に出てくるので、会社法監査の結果にも情報提供機能を果たしてもらわないといけない、というところです。

ただ、当ブログ5月12日付けエントリー「株主の出席を禁止してでも6月総会実施?-定時総会は(やはり)完全延期すべき」でも述べましたが、私の予想に反して、決算短信の注記には(コロナ・ショックによる業績への影響について)「重要な後発事象」への記載はほとんど見られませんでした。事業上のリスクとして、翌事業年度へのコロナ・ショックの影響に関する記述はみられるものの、結局は「コロナ・ショックの影響がそもそも重要性があるかどうかすらわからない」というのがホンネだったと思われますし、会計監査人もこれをやむをえないと判断しているものと推測されます。したがって、会計監査人による監査報告には「重要な後発事象」は記載されないことが予想されます。

ところで、計算書類への会計監査人による意見が監査役(監査役会)に通知されてから監査役監査意見の形成(決算承認取締役会)に至るまで、およそ3週間ほどの期間が経過します。3月期末日には、まだコロナ・ショックの影響がどこまで業績に及ぶのか判明していなかった上場会社も、すでに2カ月弱が経過して、そろそろ業績への影響も判明してくる頃ではないでしょうか。そこで有事の監査役監査として問題となるのが会計監査人設置会社における監査役(会)の監査報告の中身です。上場会社の監査役(監査等委員の場合は「監査等委員会」)は、(会計監査人による監査報告に「重要な後発事象」が記載されていない場合には)重要な後発事象の内容を監査役等の監査報告として記載することになります(会社計算規則114条、127条、128条、128条の2)。

具体的には、会計監査人が監査報告の内容を監査役や監査等委員会に通知し、監査役等がその監査報告の内容を取締役に通知するまでの間に生じた「重要な」後発事象については、監査役等の監査報告において報告されます。先に述べた通り、会計監査人がチェックをしている決算短信では、ほとんど後発事象が記載されていないので、(短信は監査の対象ではありませんが)計算書類に対する会計監査人の監査報告(会社計算規則126条)にも「後発事象」に関する記載がないものが増える可能性があります。※

※・・・(27日午前 追記)当該記載につきましては「名無しさん」から「私の思い違いである」として意見をいただきました(ありがとうございます)。記載の一部を修正したうえで、名無しさんからご指摘を受けた点について、ミスリーディングのないよう、ご意見部分を引用させていただきます。

監査人は決算短信の数値について大きな誤りがないかどうかといったレベルでの数値確認は行っていますが、何も保証は与えていません(短信にもそのように記載されています)。後発事象や追加情報、GCに関する記載内容も計算書類監査終了までに表現が変更になることは多々あります。増資しましたといった事実のみの後発事象であれば、記載内容の修正は生じませんが、将来見積に係る記載ですので、短信にこのように記載したからもう直さないという会社の主張に対しては、監査人は相当に抵抗するはずです。会計士協会やASBJから将来見積に関する仮定への影響については、積極的に開示するように発信されていますので、監査人も記載内容について慎重に検討を行っています。なお、コロナの将来見込に対する影響、仮定については「追加情報」として記載される場合も多くなります。(引用おわり)

そこで「では(会計監査人を監督する立場にある)監査役、監査等委員からみて、御社の今期もしくは翌期の業績に対するコロナの影響はどうなのか」と関心が向くわけです。債権者や株主にとっては情報収集のための重要な機会となります。監査役の場合には、独任制ですから、常勤監査役、社外監査役において「重要な後発事象」の判断が異なる可能性もあります(その場合には、監査役会監査報告に個別意見が付されることになります)。

当社業績に対するコロナ・ショックの影響が判明してきたので、今期の会計監査の修正を求めるべきなのか(会計監査人に対して監査のやり直しや限定付意見を求めるべきか)、それとも翌期の決算に影響を及ぼすものとして後発事象を報告すべきなのか、あるいは(やはり?)「後発事象」は認めるものの、業績に影響を及ぼすほどの「重要性」があるかどうか未だ不明なので記述は控える、とすべきなのか、監査役(監査等委員)が個別判断もしくは協議(監査等委員会の場合は決議)をしておかなければ、監査役、監査等委員の方々は善管注意義務違反に問われることになります。また重要な後発事象があるにもかかわらず、あえて何らの記載もしないとなれば、当該監査役等の方々は会社法976条6号(株主総会に対する監査役等の虚偽申述)によって過料に処せられる可能性もあります。

したがって定時株主総会において株主から質問を受けた監査役等の方々は、「重要な後発事象の有無、およびそのように判断した理由」について、口頭であっても説明義務が生じます。例年とは全く異なる「有事の6月定時株主総会」を実施する上場会社の監査役、監査等委員の皆様には、監査報告のご準備も含めて、この点十分にご留意いただいたほうがよろしいかと思われます。

なお、会計監査人による監査報告の通知前に、すでに生じていた「後発事象」で、会計監査人が看過したゆえに、その監査報告に記載されていないものについても、監査役監査報告で補充してよいものと解されていますので(「会社法コンメンタール10」216頁片木教授の解説参照)、監査役等の皆様は、会計監査人と意見が相反してでも真剣に検討すべき事項であることを理解しておかれるべきと考えます。

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2020年5月25日 (月)

緊急事態宣言解除後の6月定時株主総会は(やはり)完全延期すべきである

5月22日、経産省は「株主の皆様へのお願い -定時株主総会における感染拡大防止策について-」として、6月に予定されている上場会社の株主総会に参加される予定の株主の皆様へ向けて「呼びかけ」を行っています。とくに株主総会の会場への来場については

企業では、株主総会の開催に当たって様々な感染拡大防止策を講じていますが、多数の株主が会場へ来場した場合、結果として3つの密(密閉・密集・密接)が生じてしまう懸念があります。このため、御自身を含む来場株主の健康への影響等を十分考慮いただき、原則会場への来場はお控えいただくようお願いいたします。

として、出席自粛を呼び掛けています。株主の健康への影響を考えた場合、経産省がこのような呼び掛けをされるのは適切と考えます。しかし、株主に出席自粛を呼びかけるほど6月に総会を開催することが危険なのであれば、そもそも会社側には延期を呼び掛けるのが当然ではないでしょうか。

5月25日には緊急事態宣言が首都圏でも解除される予定ですが、全面解除後の政府の「基本的対処方針」原案によれば、(事業者に対しては)職場への出勤について、在宅勤務や時差出勤など、人との接触を減らす取り組みを続けるよう、今後も求めるそうです(NHKニュースはこちらです)。もし6月総会をそのまま実施するとなれば、これから関係社員や機関投資家、印刷会社、証券市場の関係者、さらには有報監査に向けた会計監査人の勤務状況は繁忙を極めるわけです。もし、緊急事態宣言後の基本的対処方針を遵守して、総会関係者の健康への影響は考慮するのであれば、6月総会は完全に延期すべきでしょう。

また、延期したとしても、いつまでコロナ禍が続くかわからない、といった意見も出ていましたが、東京都が5月22日に公表した「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」によれば、段階的ではありますが、100名から1000名のイベント開催も(モニタリング指標に従って)段階的に容認される見込みが示されています。もちろん「第二波」が生じないこと、事業者や株主が基本的な感染防止対策を怠らないことが前提ではありますが、総会を延期することによって、株主および総会関係者いずれの健康にも配慮した株主総会を開催する可能性が高まります。もはや完全延期のための条件はほぼ出揃ったものと考えます。このような状況であるにもかかわらず、なにゆえ「出席自粛」などといったイレギュラーな形をとってでも6月に総会を開催しなければならないのか、本当に理解が困難です。

「イレギュラーな状況での6月総会」という意味では、コロナ禍という緊迫した事態において、簡素化した総会を6月に開催することも、また7月以降に総会を延期することも同じです。ただ、「意味」の内容は大きく異なります。株主に示した配当の基本方針を守るために「つつがなく総会を終わらせる」こと、株主には議決権の事前行使を保障することが重要と捉えるのか、総会を取り巻くステイクホルダーの健康を重視し、また会計監査の役割を重視するために、短期的利益を喪失させることは申し訳ないれども、長期的利益を重視して経営したいというメッセージを示すことを重要と捉えるのか、という違いがあります。

5月24日のNHKスペシャルに、700兆円の運用を誇るブラックロックの日本法人代表の方が出演されていましたが「我々はコロナ禍でも変化できる企業、変化に強い企業を見極めたい」と述べておられました。コロナ・ショックにおいてビジネスモデルをどう変えていくのか、提供する商品やサービスに、「どのように役に立つのか」だけでなく「どんな意味を持たせるのか」という点へのメッセージにこそ注目しています。私は、株主総会ひとつとっても、その株主総会の運用にどのようなメッセージがあるのか、株主を含めたステイクホルダーに示す機会と捉えるべきではないか、と考えます。

かつての「上場会社の株主総会」といえば、総務担当者や法務担当者が主導して「つつがなく終わらせる」ことがなにより大切だったわけですが、私はもはや時代が変わった、株主総会は広報担当者や社外の広報コミュニケーション事業者と総務・法務部門との協働作業が必要になってきたのではないか、と考えております。とりわけ提訴リスクが極めて低い日本の上場会社の場合には、(バーチャル株主総会の実施も含めて)株主総会の在り方も、おおいに議論すべき時期が到来しているのではないでしょうか。

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2020年5月22日 (金)

(速報版)公益通報者保護法改正案、全会一致で衆議院通過(参議院へ回付)

今国会に提出されておりました公益通報者保護法の一部を改正する法律案(内閣提出)について、本日衆議院本会議において全会一致で可決され、参議院に回付されました。今国会での成立は困難かも・・・と少しあきらめかけておりましたが、なんとか成立する見込みです。

産経ニュースによりますと、附帯決議として「内部通報の記録作成や保管など後に検証できる体制整備の検討など8項目を政府に求めた」そうです。事業者の内部統制システムの一環として、(従業員300名以上の事業者に対しては)内部通報制度の整備義務が法制化されますが、その整備義務の内容についてはおそらく施行日の6カ月前までには(政府から)指針として示されるはずです。その指針として示される骨子が附帯決議で明らかになっているのかもしれません。なお、事業者が整備義務を尽くしていたかどうか、という点は、様々な法律効果や裁判上の利益(不利益)と結びつきますので、改正法施行日(公布日から2年以内)前に内部統制システムの整備が不可欠です。

また、原案は消費者問題委員会の段階で一部修正されていたようで、

修正案は、施行後3年をめどに検討する事項として「裁判手続きにおける請求の取り扱い」も盛り込んだ。裁判となった場合に、立証責任を法人側に負わせることを念頭に置いている。

とのこと。つまり、公益通報者が通報によって会社から不利益処分を受けたと(裁判で)主張する場合、通報行為と不利益取り扱いの因果関係については通報者側が負担するのが原則ですが、この立証責任の負担を会社側に転換する、ということです。2010年の拙著、および消費者庁の委員会等で、私がずっと改正すべきと主張してきた点が、ようやく本格的に検討課題に上るようで、これは公益通報者保護制度の拡充、ひいては企業のコンプライアンス経営の推進にとって大きな前進です。

衆議院・参議院のHPで内容が判明次第、もう少しエントリーを補足したいと思います。とりいそぎ速報版のみ。

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監査役等による株主総会の適法性維持に関する職務執行について

毎年恒例となっておりました日本監査役協会の春期リスクマネジメント講座ですが、全国7回の開催が予定されておりましたところ、ご承知のとおり大阪の2講演のみ開催後に中止となりました。その講演では、(レジメをお持ちの方は参照いただきたいのですが)監査役、監査等委員は株主総会の手続きに問題が生じた場合に、何らかの対応をとれるのか(とる義務があるのか)、それとも傍観者にすぎないのか、というテーマで例題をお出ししておりました。

昨年、一昨年のアドバネクス社の株主総会では、大株主による動議、出席株主の行動と委任状の処理等の適法性が問題となりましたので、もし同様の事態において、出席株主から「そこに座っている監査役さんの意見はどうなの?」と質問されたらどうしますか?といった例題です。

ところで、そのような例題が参考になりそうな事案が相次いでいます。ひとつは乾汽船さんの4月30日付けリリース(監査役による臨時株主総会開催禁止の仮処分に関する和解のお知らせ)、そしてもうひとつが本日(5月21日)付けプロスペクトさんのリリースです(当社監査等委員による臨時株主総会開催禁止の仮処分申立てのお知らせ)。いずれも大株主と現経営陣との経営権争いが表面化した株主総会に関する事案であり、この6月総会においても参考になるところだと思います。実際の例では、諸々の背景事情があるはずですが、そこは捨象して、理屈の問題として考えてみたいと思います。

監査役、監査等委員において、会社が上程する議案を通じて総会の適法性をチェックする、というのであれば会社法上の根拠があるのですが(たとえば会社法384条、399条の5等)株主側の提出する議案(および参考書類)を通じて適法性をチェックする、というのは、おそらく「株主総会の決議取消に関する提訴権」(会社法831条1項、同828条2項1号)くらいしか根拠はないと思います。いずれにしても、監査役等は取締役の職務執行の監視・検証を職務としますが、これに付随する職務として、株主総会の手続きの適法性を審査する義務もある、と考えることができるのではないでしょうか。

そうしますと、冒頭の例題のような場面においても、監査役さんは「私は取締役の職務執行の適法性を判断するのが職責であり、総会運営権は社長である議長の専権。議長交代の動議が成立して議長が交代してしまえば、その議長による専権。よって私は意見を述べる立場にはない」と逃げ切れるかというと、そうもいかないのでは、と考えております。

昨日のエントリーでも、少しだけ頭出しをしましたが、そろそろ6月総会に向けた株主提案権の内容が公表されるようになり、今年も株主総会で経営権争いが繰り広げられる事案がいくつか出てきそうですね。そういった経営権争いが表面化した総会、不祥事が明るみに出た企業の総会では、さすがに株主総会の簡素化はむずかしいかもしれませんね。

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2020年5月21日 (木)

コロナ禍における有事株主総会に潜む「会計不正の芽」に注意せよ

当ブログで「これは他山の石として教訓にすべし」と、2度ほど取り上げた天馬社の件ですが、なんと6月の定時株主総会において注目の「お家騒動」が繰り広げられる見通しとなりましたね(東洋経済のニュースはこちらです)。このたびの同社の不祥事についても、やはりそれまでの経営権争いが色濃く影響していたのでしょうね。公表された資料や記事などをもう少し読んだうえで、またコメントしたいと思います(以下本題です)。

さて、(コメント欄でtyさんも指摘しておられましたが)本日(5月20日)のフジサンケイビジネスアイに「企業の株主総会 延期3%止まり」なる見出しで、令和2年5月19日付け一般社団法人信託協会の「『新型コロナウイルス感染症の影響による株主総会対応』に係る要望書」の内容が紹介されていました。見出しのとおり、3月決算会社2400社のうち、6月定時株主総会を完全延期(基準日変更)する予定の会社は75社にすぎず、全体の3%程度であり、95%の企業は(継続会方式も含めて)6月に予定どおり定時株主総会を開催する、とのこと。

総会が簡素化され、また集中化されればされるほど、総会関係者の負荷が高まることも懸念されますが、私がもっとも懸念しているのが「監査の空洞化」です。大手監査法人の方々にお聞きしたところでは、期中監査の末期2カ月(3月、4月)と期末監査のほぼ全期(3月、4月、5月)については在宅勤務で監査作業が行われていたようです。また、内部統制監査の中心となる経営者とのコミュニケーション、経理・内部監査担当者との相談、監査法人内の社内審査等も原則として在宅勤務です。

その結果として、5月中旬に会社法監査を終了させた会計監査において、①国内外の子会社監査未了、②実地棚卸の立会率の低下、③取引先の残高確認の未了、④証憑確認(突合作業)のサンプル不足、そして⑤内部統制システムの運用評価未了といった問題が現実に発生しているようです。このような問題に直面しつつも、会計監査人は「特別な検討を要するリスク」を中心に、限られた時間内での監査手法に工夫をこらしながらリスクアプローチによって適正意見のための心証を形成しているのが現実ではないでしょうか。

今月号のFACTAでは、会計評論家の細野祐二氏が「無形固定資産(のれん)の減損処理がコロナ決算の最大の問題点」と述べておられますが、私も基本的に同じように考えております。要するに、コロナ禍における各上場会社の将来見積り自体は不明確なものは仕方がないと思うのです(おそらく、より正確な見積りについては、今後開示されていくものと期待します)。しかし、この「仕方がない」状況を利用(悪用?)して、過去の会計処理上の問題点を表面化させず、これが次第に大きな額となって、もはや隠蔽しかありえない状況になってしまうリスクを懸念しております。

「監査の空洞化が会計不正を招く」といっても、なにも大げさなことを申し上げているつもりはありません。というのも、私なりに、上場会社において「会計不正」が生じる、もしくは発覚する現実を見据えたうえで懸念を抱いているからです。

ちなみに、会計監査人が不正を発見する、というのは(かつてのNHKドラマ「監査法人」の主人公のように)、かっこよく被監査会社の倉庫から粉飾の証拠となる書類を見つけ出して経営者を糾弾する、というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、何度か内部告発の代理人や第三者委員会委員として経験したところから申し上げるならば、そんな「不正発見」の場面に遭遇したことなどありません。水戸黄門や遠山の金さんのような会計監査人はたぶん存在しないと思います。なぜなら、会計不正問題というのは、シロとクロの間に、とても深いグレーゾーンが存在し、このグレーゾーンはシロにもクロにもなりうる領域だからです。どんなにAIが不正発見に有用な時代になったとしても、これは変わりません。

「とりあえず今年は重要性がないということにしておきますが、来年は修正が必要でしょうね」「これくらいの目標を達成しないと減損の対象になるのではないでしょうか、来年までの宿題にしておきましょう」「まあ、会社のほうで修正を認めていただけましたら、今年度の損失で済ませて、過年度決算の訂正までは必要ない、ということにしておきましょう」

といった具合に、会計監査人は「不正の芽」をひとつひとつ、会社側とのコミュニケーションの中でつぶしていくことが「会計監査人が不正を発見する」平均的な姿だと思うのです。これはとても地味な作業です。

そして、この6月総会で最大の問題は、会計監査人と経営者、監査役、もしくは経理責任者との間で、この「不正の芽をつぶしていくためのコミュニケーションの時間」がとれなかった、不十分であった、という点ではないかと。早い段階で「不正の芽」をつぶしておけば「粉飾」などと指摘されることもないわけですが、会計監査人が会社と協働して「つぶす」ことができないほどの金額的重要性が認識されるに至った場合には、もはや会計監査人も(原則に立ち返って)批判的立場を前面に出さざるを得ない、ということになります。

もちろん、日本公認会計士協会から「留意事項(2)」が公表されていますので、経営者の見積り、とりわけ減損会計や税効果会計(繰延税金資産)に関する処理については厳格な姿勢で監査はなされていると思います(したがって、とくに問題はない企業も多いはずです)。また、経営者確認書のドラフトには「新型コロナウイルス感染症の業績への影響にも慎重に配慮しました」といった項目を追加しているはずですから、会計監査人のリーガルリスクには一定の保険がかけられているものと思います。

ただ、そのようなリーガルリスク以前の問題として、やはり会計監査人も会社になかなか物言えない立場になってしまい、最終的には株主の損失が発生してしまうのではないか。そのような会社がいくつか出てきてしまうと、会計監査の信頼、ひいては証券市場の健全性維持にとってマイナスではないか、との懸念が生じます。やはり私は6月の定時株主総会は完全延期すべき、もしどうしても6月総会を開催するのであれば、計算書類、事業報告の品質確認が大前提、と考える次第です。

いつも長文を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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2020年5月18日 (月)

伊藤忠商事の定時株主「出席自粛要請・役員のみ開催」総会に関する素朴な疑問

(18日午前9時45分 最終更新)

5月11日の日経新聞では「経産省が株主の来場を禁止する株主総会を容認?」といった記事が掲載されましたが、5月15日、伊藤忠商事は6月の定時株主総会を株主の出席を控えることを要請して一切認めずに「役員のみで」開催する旨をリリースしています。伊藤忠さんとしては、経産省がQ&Aで「株主出席禁止総会もOK」なる指針に対応したものであり、株主の健康に最大限配慮した結果であると思いますので、とくに批判されるものではありません。

※ これは「出席禁止」ではない。お願いレベルであって、株主への出席自粛要請のレベルだとのご意見をいただきました。「禁止」という言葉は言い過ぎ、とのことなので、少し言葉を改めました(18日更新)。ただ、どう読んでも「事実上の出席禁止要請」としか読めませんので、以下の記述はそのままといたします(もし、この招集通知の表現で、問い合わせをされた株主に対して「出席したいと思えば可能です」というのであれば、こんどは株主平等原則違反のおそれが生じると思われます)。

ただ、私個人としては、やはり「株主を一切出席させない総会」にはリーガルリスクのうえで素朴な疑問が湧いてまいります。7月以降に延期すればノーマルに開催できるにもかかわらず、なぜ無理をしてまで6月に開催しなければならないのか。私自身も合理的な理由を知りたいのですが、どうも見つかりません。

経産省がQ&Aとして出席禁止総会も可能としていることへの違和感は、すでに5月12日のこちらのエントリーで述べたとおりであり、ここでは繰り返しません。ただ、今回は伊藤忠さんのリリースが出ましたので、伊藤忠さんのケースを前提に素朴な疑問を3つ書いておきたいと思います。

まずひとつめは会社法310条との関係です。株主の総会への(現実の)出席を禁止するとなると、株主は代理人をたてて(つまり他の株主さんに委任状を渡して)出席することはできないのでしょうか。伊藤忠さんは定款18条では株主への委任状交付による議決権の代理行使を認めていますが、このような出席禁止総会の開催は、会社法310条、定款18条違反にならないのか、という疑問です。

議決権の代理行使を認めるにあたっても、代理人が前日までに書面行使すればよいのではないか、という意見もあるかもしれませんが、次の二つ目の理由で述べるとおり、総会当日に委任状を株主が持参して議決権を行使することには独自の意味があると思います。

ふたつめは会社法304条との関係です。株主には議案提案権が保障されていますが、会社側が上程する議案に対する株主提案(具体的には当日の動議)がなぜ保障されないのか、という問題です。たとえば昨年まで株主総会の在り方が裁判で争われていたアドバネクス事件では、委任状を持参した株主の総会当日における動議が問題になりました。つまり、(代理人による当日出席による議決権行使、株主提案権の当日行使ともに)前日までに会社側が集計できる票読みでは判明しないような株主の動きによって経営支配権に変動を来す可能性もあるわけです。

たしかに、伊藤忠さんの会社規模からみて「経営支配権の変動の可能性」など、(アドバネクスのケースとは異なり)現実味がありません。しかし、伊藤忠さんもコンプライしているガバナンス・コード補充原則1-1➀によって、もはや株主総会は議案の賛否だけを判断する場ではなく、どれだけの反対票が集まったかといったことを判断する場(経営評価の場)に変わっています。これは武田薬品工業さんが、株主提案によるクローバック条項の導入を否決したにもかかわらず、株主提案に一定数の賛成票が集まったことを重視して後日、導入を決めた事案などからも説明可能です。こういったことを考慮しますと、やはりコロナ禍における総会でも株主提案権を保障すべきではないか、といった疑問です。

そして最後に会社法319条との関係です。株式会社では、実際に株主総会を開催しなくても、取締役会で決定した議案を株主に送付して、すべての株主が会社議案に賛成の意思を表明していれば、株主総会における決議があったものと「みなす」という規定です。つまり株主に対して「書面決議」を行うことについてあらかじめ同意を得ていなくても、事実上の書面決議が認められるからこそ「総会での決議があったものと」みなすわけです。

どうして書面による(株主間での)持ち回り決議をもって「総会が開催されたものとみなすのか」という趣旨ですが、それは全株主の会社議案に対する書面による賛成があるならば、会社運営の効率性の見地からは(たとえ株主が「書面決議はけしからん」と主張しても)会議体としての株主総会を省略してもよい、という判断です(前も申し上げましたが、株式会社法は、株主の権利の制限根拠として、全体の運営における効率性はかなり重視されています)。逆にいうと、全株主の会社議案に対する賛成が期待できない場合には、会議体としての株主総会は省略できないわけです。

伊藤忠さんの事例でいえば、あらかじめ会社議案に反対票を投じる株主さんも(少数かもしれませんが)いらっしゃるので、当然のことながら会議体としての株主総会を開催する必要があります。では、この「会議体」が現実の株主出席を禁じるものでもよいのか、という疑問です。いままで説明した319条の趣旨からすると、事前に書面もしくはインターネットで議決権を行使した株主が定足数のうえで出席株主として扱われるからよいのではないか、という理屈は成り立たないと思うのです(事前の書面行使、インターネット行使の有無は「会議体」が必要かどうか、という法律要件の問題であり、「会議体」といえるかどうか、という判断の要件にはなりえない)。

私は6月総会は完全延期すべき、との意見です。会計監査、監査役監査への十分な資源の確保、株主の安全を確保したうえでの総会出席の必要性、機関投資家の要請(具体的には国際コーポレートガバナンスネットワークの4月23日付け書簡)、法務省、金融庁、経産省による指針の公表、国税庁の指針等、7月以降に総会を延期することの障碍は取り除かれました。

それでも6月総会を実施することが経営判断として必要であるならば、簡素化したうえでの6月総会もやむをえないのかもしれません。しかし、簡素化にも限度があると考えます。株主への当日出席自粛を要請するところまではわかりますが、どうしても出席禁止とインターネット参加の省略はリスクが高い。コロナ禍において、6月しか総会を実施できないという事情があれば別ですが、7月以降に延期するという選択肢がある以上、その選択肢を無視してまで株主締め出し総会を実施することについては、「例外的な措置をとることを正当化するやむをえない理由」が見当たらないと考えます。

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2020年5月15日 (金)

コロナ禍における上場会社の決算短信-会計監査人の頑張りに期待します

今朝(5月14日)の読売新聞経済面には「総会延期 企業は慎重-株主の反発警戒か」と題する記事が掲載されています。決算作業が遅れるなかで、株主総会を延期する、あるいは継続会方式を採用する、といった上場会社が増えるものと予想していましたが、なんとか通常通り6月総会を開催するところが多いようです。私も「定時株主総会は7月以降に完全延期すべき」との意見ですが、本日までの各社決算短信をみるかぎり、圧倒的に6月総会を予定どおり1回開催する(予定の)上場会社が多いですね。

もちろん決算短信の数字は会計監査の対象ではありませんが、事実上は監査法人のチェックを受けて公表するわけですから、計算書類や財務諸表といった法定開示書類への監査意見が(決算発表後に)変わることはまずないと言えるでしょう(昨年、決算発表後に監査法人の審査部門からクレームが出て、実は会計不正が発覚した、という上場会社もありましたが、レアケースです)。

私の手元に、日本公認会計士協会が作成した「平成30年3月15日付け 期末監査期間等に関する実態調査報告書」があります。会員に対するアンケート調査の結果として、①単体監査開始から連結監査の期限まで平均13日~15日程度を要し、ほぼ決算短信発表までに対応すること、②94%の回答者が期末監査期間の延長を希望していること、③期末日後に発生する監査期間が、年間を通じて発生する総監査時間の3割を占めること、④監査がひっ迫していると感じている場合でも、被監査会社に対して十分に伝えていない(伝えることができない)傾向があること、そして⑤深刻な内部統制の不備がある企業ほど、また経理部門の人材が乏しいと感じる会社ほど、期末の監査に必要となる時間が長くなることが判明しています。

上記報告書はちょうど2年前、監査の品質確保を目的として公表されたものです。平成25年ころから、不正リスク対応の監査基準の深化などによって監査の品質確保が強く要請されるようになったのですが、被監査会社との関係において監査現場がひっ迫している状況が(上記調査報告書によって)判明しました。ましてやコロナ禍において、会社も監査法人もテレワークやリモート会議が多用される状況で、なぜ6月総会が予定通りに可能なのか、上記の調査報告書をもとに考えると、とても複雑な気持ちになります。

また、某協会の緊急企画として、私と会社法学者の先生と手分けをして監査役、監査等委員の方々からのご質問に回答することになり、多くの監査役、監査等委員の方々の2月~4月下旬までの様子に関するレポートをいただきました。中身はご紹介できませんが、傾向としてグループ会社の監査については、親会社の「6月総会ありき」の対応しか考えられず、たった1日で監査を終了して本社に戻さねばならない、といった状況のようです。ただただ驚くばかりです。

株主の皆様の興味は「今年度の事業に対するコロナの影響」に集中するのかもしれませんが、現実にはグループ会社において未発見の虚偽表示、しかも会計監査人の責任問題にも発展しそうな「投資家の判断に影響を及ぼすほどの重要性のある虚偽表示」「量的重要性は少ないけれども、質的に重要性のある虚偽表示」がたくさん眠ったまま6月総会を終えて、そのまま有価証券報告書を提出する上場会社が増えるものと予想されます。

最近の日本公認会計士協会から出されている監査の留意事項を読みますと、コロナ禍における監査の品質確保のために必死な様子がうかがわれます。しかしながら、5月11日に開催された企業会計基準委員会議事概要を読んでも、上場会社の開示状況への焦燥感がみてとれるわけでして、これをどう評価すればよいのでしょうか。

会計監査人としては、忙しい、忙しいと言いつつ「本気になったら、こんな緊急事態でも監査の品質を落とさずに対応できること」を示しているのか、それとも、上記アンケート結果は真実であり、監査の品質をどこかで下げながらなんとか対応できたことを示しているのか、あるいはどこの上場会社も平時から有事を想定して決算の早期化、内部統制の充実を図っていたのか、もちろん各業種、各会社で事情は異なるとは思いますが、ぜひとも検証していただきたい。

クレッシーの法則(不正のトライアングル)が、これほどまでに明瞭に揃う状況は珍しいと思います(動機→簡素化してでも6月総会を恙なく終わらせる、機会→時間的余裕のない監査体制、正当化事由→なによりもまず事業を継続、業績を回復させなければ「投資家の信頼」など二の次である)。また、「社長にだけは泥をかぶらせてはいけない」ということで、汚れ役を一手に引き受け、次の社長を狙う人たちが活躍できるチャンスでもあります。こういう時こそ、リスク判断に迷いのないカリスマ経営者か、もしくはダイバーシティ(多様性)による経営判断が、有事のガバナンスとして求められるのではないでしょうか。

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2020年5月13日 (水)

天馬社の経営トップ、海外贈賄事件で退任-どこで対応を間違ったのか?

Img_20200512_211735_400 昨日(5月11日)の日経朝刊1面の広告に出ておりましたが、「社外取締役ガイドラインの解説(第3版)」(日弁連司法制度調査会 社外取締役ガイドライン検討チーム編 商事法務)がこのたび大幅改訂により出版されまして、ようやく大手書店にも並ぶようになりました。私も、2015年の初版以来ずっと「監査等委員である社外取締役」のガイドライン解説を担当しておりまして、本書の一部を執筆しております。

今回の改訂版は2019年までのガバナンス改革の進展状況(ガバナンス・コード、経産省指針、スチュワードシップ・コード等のソフトローの流れ)を把握して、これを反映させたものです。ようやく東京や大阪では大型書店も営業を再開しているようなので、ぜひともご購入いただければ幸いです。

さて、表紙の帯に記載されている「社外取締役は何をすべきか」と問いたくなるような企業不祥事が、またまたマスコミで取り上げられています。当ブログ4月6日付け「社内抗争が不祥事を生む-経営者必読の第三者委員会報告書」でもご紹介しましたプラスチック成型・加工大手の天馬(東証1部) の外国公務員贈賄事件に関する続報です。当ブログにも「はりさん」や「幹ちゃん」さんから続報についてコメントをいただき、第三者委員会の調査結果を受けて、社内抗争の中心だった創業家名誉会長は4月下旬に解任され、また社長も6月総会で退任されるそうです。

第三者委員会報告書では国名や海外子会社名が伏せられていましたが、天馬の海外子会社(天馬ベトナム)担当者が、ベトナムの税務担当者に2500万円(2017年と2019年分の合計)の賄賂を提供していたこと、実は会社として東京地検に自主申告していたことが明らかになりました。事件の概要は上記4月6日付けエントリーをご確認いただきたいのですが、5月11日の読売新聞朝刊が独占スクープとして取り上げ、12日には日経、朝日でも報じられています。

読売新聞記者のもとには、(未だ社内抗争が続いているせいでしょうか)関係者から社内資料が提供されており、役員報告会の証言内容なども報じられています。その中でショッキングだったのは、役員報告会を招集する社長のもとへ財務経理部長がやってきて「社長、監査等委員である3人の取締役が出席すれば、彼らはなんらかの対応に出ないといけないので、報告しないほうがよいのでは」と進言したそうです。結局のところ、監査等委員である取締役3名は報告会から除外され、他の6名の取締役によって贈賄事件の隠蔽が合意されたそうです。報告書資料によると「丸く収めた」「これで収束するしかない」「終わってしまったこと」といった発言が残っている、とのこと。

「ほれみろ、やっぱり社外取締役など、不祥事防止には何の役にも立たない」と言われそうな典型的な事案です。たしかに、天馬の事例にみられるように、他の役員から「監査等委員の3人にだけは知らせるな」といった「かん口令」が敷かれてしまえば、もはやどんなに厳しい面々が監査等委員にそろっていたとしても何の役にも立たないように思えます(もちろん、監査等委員への報告を怠った社長以下、監査等委員以外の取締役の善管注意義務違反の責任は免れないところですが)。しかし、だからこそ「内部統制システム」の運用面へのチェックが必要となってきます。

私は上記「社外取締役ガイドライン解説本」の中で、監査等委員である社外取締役は、単純に情報を受領するだけでなく、自ら報告体制が機能するような環境作りを行う必要があると書きました。なぜなら、監査等委員会による組織的監査は「内部統制システムを活用すること」が基本であり、当該内部統制システムの中でも、監査等委員会への報告体制の整備こそ重要だからです。多少は業務執行に準ずる行動かもしれませんが、リスク情報の収集のためには、ダイレクトに内部監査部門や担当取締役から情報を入手する仕組みを構築しておかねばなりません。

さらに、そういった公式な報告体制だけでなく、たとえ非公式なものであったとしても、社外取締役にもイレギュラーな事態におけるレポートラインを確保しておくことも有益です。会社は社外役員が思うほど「一枚岩」ではありません。上級幹部職の中にも「こんな慣行でよいのか」といった疑問を抱いている方もおられるので、そういった方から信頼を得ておく必要があります。

ところで、天馬の第三者委員会報告書や先日の読売新聞記事を読み、もし、タイムリーに監査等委員会が(海外贈賄に関する)情報を入手して、的確に社長をサポートしていれば、社長は退任せずに済んだのではないか、と思いました。その理由としては、監査等委員会が海外贈賄に詳しい法律専門職に相談をすれば、不正競争防止法違反行為に関する立件の可能性、検察への対応方法(司法取引の成否)、会計監査人の対応、隠蔽発覚の可能性、海外当局の立件可能性、そして社内調査による自浄作用の効果等を認識できたからです。とりわけ社外取締役の人脈ルートを活用して、そういった分野に詳しい法律専門職に相談する機会を持つことができたのではないでしょうか。過去に3回ほど、社長の海外贈賄関与事件を担当しましたが、海外贈賄の事実よりも贈賄を隠蔽する事実のほうが悪性が高い、というのが実感です。

4月6日付けの上記エントリーでも書きましたが、社内抗争の中で、経理担当部長はおそらく社長と秘密を共有したかったのではないかと推測します。過去にも海外贈賄に目をつぶった経験も社長の負い目だったのかもしれません。しかし、不祥事対応と社内抗争とは冷徹に分けて考えるべきであり、取締役監査等委員と不祥事に関する情報を共有できなかったことが、社長の対応として大きな間違いだったと感じます。本事件の第三者委員会報告書には、他社も学ぶべき多くの教訓が示されており、コロナがいったん落ち着いたころでも結構ですので、どうか取締役会を構成する皆様で、「当社取締役会ならどう対応するか」検討していただきたいと思います。

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2020年5月12日 (火)

株主の出席を禁止してでも6月総会実施?-定時総会は(やはり)完全延期すべき

unknown1さんのコメントで知りましたが、5月11日、議決権行使助言会社であるISSが新型コロナウイルス感染症の世界的流行を踏まえた ISS 日本向け議決権行使基準の対応(2020年6月1日施行版)」を公表しましたね。決して「すべて反対推奨」ではありませんが、予想どおり「継続会方式(二段階方式)」による6月定時総会上程議案(配当、役員選任、報酬、会計監査人選任等)に対しては、かなり厳しい姿勢で推奨されることが明らかになりました。とりわけ剰余金処分(配当決議)については厳しい推奨基準のようです。総会ご担当者の方々は必読ではないでしょうか。

さて、5月11日夜の日経デジタル版ニュースにおいて「新型コロナ:株主総会『来場禁止』も容認 経産省が指針」と題する記事が掲載されました。おそらく、こちらの経産省指針「新型コロナ関連 株主総会運営に係るQ&A」の最終更新版を指して、経産省が「株主の健康・安全を最優先と考えて、株主の来場を一切禁止したうえで開催する株主総会も適法」との解釈指針を示したものと報じていると思われます。正確にQ&Aから引用しますと、

なお、株主等の健康を守り、新型コロナウイルスの感染拡 大防止のために株主の来場なく開催することがやむを得ない と判断した場合には、その旨を招集通知や自社サイト等にお いて記載し、株主に対して理解を求めることが考えられます。

と、示されています。連休前からリリースされております3月決算会社の決算短信をみると、たしかに決算発表を延期している会社も多いのですが、定時総会を予定どおり6月に開催する予定の会社も多いようです。おそらく、5月、6月に総会を開催する会社としては、できるだけ株主の出席を制限したうえで短時間で終了させることを検討していると思います。

計算書類、事業報告の監査が終了しているかぎりにおいて、6月の定時株主総会を断行することについては、株主の権利を合理的に制限した形で開催することはやむをえないのかもしれません(もちろん私は7月以降に延期すべき、との意見は変わりませんが)。3月末の配当基準日問題、6月総会終了時における役員新旧交代問題等、会社が大切にしている慣行を重視する姿勢は私も理解いたします。しかし、だからといって「株主に出席を禁止する」というのは問題だと考えます。

まず、会社法に詳しい方であればチッソ株主総会(決議取消)事件最高裁判決(昭和58年6月7日民集37巻5号517頁)との関係が思い浮かぶのではないでしょうか。会社が株主に対して会場に入場させず、株主総会に出席させないことは、通常は株主総会の招集手続または決議方法の瑕疵となり、総会の取消事由になると解されています(田中亘 企業会計2020年6月号 41頁「コロナショックにどう対応するか-会議体としての株主総会のゆくえ」参照)。

上記チッソ株主総会事件は、多数の株主が総会に出席すべく参集し、入場制限がなされた事案です。このような事態を予見することは会社にとって不可能であり、入場制限自体も不公正なものではなかったとはいえ、一部の株主が現に入場し得ずにいる状況下において、これらの株主の議決権行使につき何らの配慮もなされることなく、総会の延期等の決議もなく議事が進行きれたものとして、総会の決議には重大な鍛疵がある、とされました。コロナショックによる株主、関係者の身体の安全確保のために、株主の出席に合理的な範囲で制限をかけることは適法だとしても、一切の株主の参加・現実出席を禁止することは、上記最高裁判決の射程範囲を検討しても違法ではないかと考えます。

そうはいっても

「いやいや、チッソ株主総会事件は『議決権行使』が侵害された事案でしょ。あらかじめ議決権行使は保障したうえでの出席禁止なら最高裁判決の射程範囲を超えたものであり、合理的な権利制限といえるのではないか」

といった意見もあるかもしれません。ではつぎに、コロナ禍の株主総会との関係で、どこまで株主の権利制限が可能か・・という点を考えてみます。これは「株主総会の民主主義と立憲主義」として考察します。

まず、株主総会への出席する権限が制限される根拠としては、「民主主義としての株主総会」が妥当します。つまり、権利を濫用する株主に対しては、議長が(株主総会の秩序維持の観点から)退場命令を出して株主の権利を制限できます(会社法315条2項)。また、株主への権利制限が違法であったとしても、全体としての株主総会の意思決定機能に大きな影響がなければ権利制限も許容されます(会社法831条2項-いわゆる「裁量棄却」の発想)。会社運営の効率性を阻害する株主の権利主張まで保障されるわけではない、ということであり、これは多数決原理が妥当する場面だと思います。

しかし、会社の行為によって、そもそも多数決原理(民主主義)の根幹が喪失されかねない場面では、たとえ一株株主であったとしても、その株主の意見は尊重されなければなりません(いわゆる立憲主義の妥当範囲)。代表例でいえば株主平等原則(会社法109条1項)や、違法行為の差止請求権(会社法360条1項~3項)などが妥当する場面です。

今回問題となっている株主総会の場面では、株主には保有株式数に関係なく、招集手続きまたは決議方法に瑕疵ある場合における決議取消を求める権利(提訴権)が認められています(会社法831条1項)。そして、通説判例によれば、この提訴にあたり、株主は自己の権利侵害が認められる場合だけでなく、他の株主の権利侵害によって株主総会の意思決定に瑕疵が認められる場合にも提訴できる、とされています(江頭憲治郎「株式会社法・第7版」370頁)。つまり、たとえ一株の株主であったとしても、当該株主総会の手続きが適正になされているかどうか、監視すべき権利は保証されなければならない(現実に出席したい意思があれば、会社はこれを最大限尊重しなければならない)ということです。

したがって、私は会社の(株主に対する)「出席禁止」は違法であり、また、たとえ合理的な出席制限措置であったとしても、議決権行使さえ保証されればよい、というものではなく、その「場としての」株主総会のプロセスの適法性を監視できること、つまり現実の総会運営が恣意的に行われていないことを監視しうる環境を整備してはじめて適法になるものと考えています。この点が、(平時において)株主が出席したいと思えばできるのだが、現実には出席せずに議決権行使書面や委任状を提出する総会運営とは明らかに異なる点です。

連休前から各上場会社の決算短信を閲覧していて、たいへん気になるのは、(コロナの影響について)「重要な後発事象」に関する記載が(セブン&アイホールディングスほか数社を除き)ほとんどない、ということです。3月末決算会社にとって、おそらくコロナ禍が業績に及ぼす影響については、修正後発事象にせよ、開示後発事象にせよ、ほとんど把握できていないものと思われます。

有価証券報告書を提出する前に株主総会を開催するわけですから、そのあたりはどのように株主に説明するのでしょうか?コロナ禍だからこそ、もし株主総会を簡素化するのであれば、その分、ディスクロージャーには十分気を遣う必要があります。監査法人と協議のうえ、臨時に「ディスクロージャー委員会」を設置して、判明次第開示することを検討している会社もあるようですが、ごくわずかだと聞いています。

株主総会を延期することも「株主権の制限」に関わりますが、もともと会社法で認められている選択肢であり、6月総会の出席を制限するよりも、「より権利制限的でない選択肢」ではないかと考えています。私はやはり6月総会をこのまま開催することにはリーガルリスクが伴うものであり、7月以降に完全延期すべきではないか、と考えます。

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2020年5月 8日 (金)

「第三者委員会の欺瞞」-不祥事の呆れた後始末

Img_20200507_194945_400 第三者委員会の委員長等を務める者として、どうしても読まずに(避けて)通れない一冊をGW中に拝読いたしました。まさに「怖いもの見たさ」で一気に読みました。もう10年以上前から、いろいろとお世話になっております八田進二先生の初めての新書版です。すでにAmazonでは高い評価を得ているようで、私がご紹介するまでもありませんが・・・

第三者委員会の欺瞞-報告書が示す不祥事の呆れた後始末(八田進二著 中公新書ラクレ 860円税別)

「山口さん、最近さ、『第三者委員会』って流行ってるじゃない?あれって、けしからんよね!『第三者』って言いながら、全然『第三者』じゃないじゃん!不祥事起こした会社の経営陣にとって都合がいい隠れ蓑でしょ?委員だって高い報酬もらってんじゃないの?過払い金ビジネスに次ぐヒットじゃない?」

(私)「( ˆ꒳ˆ; ) ・・・・・・・・・」

と八田先生がご立腹されていたのはもう6、7年ほど前だったと記憶しています。その後、八田先生は会計学者のお立場から、いろいろな座談会、ご論稿等で、第三者委員会について批判をされてきました。

大半の第三者委員会は、真相究明どころか、不祥事への関与を疑われた人たちが、その追及をかわし、身の潔白を「証明」するため、禊(みそぎ)のルールとして機能している

と、本著の中で喝破しておられます。本書は、八田先生がおよそ10年にわたって観察されてきた企業不祥事発生時の第三者委員会報告書(および委員会の活動)について、ご自身が委員をされている「第三者委員会報告書格付け委員会」が取り上げた事例を題材として、問題点を指摘し、会計学者という視点から(会計監査人の立場と対比しつつ)今後の在り方を提言する、というものです。

誰もが薄々「ちょっとおかしいのでは?」と思っているところを、八田先生の一刀両断の評価姿勢でズバッと指摘しています。私などは、ふだんから顔を合わせることの多い同業者の方々が(委員として)登場するものですから、ブログでも厳しい意見は避けてきましたが、本書では彼らの委員会報告書も、気持ちよくダメ出しされております。

そもそもタイトルに「欺瞞」なる表現を用いることができるのは、天下の(?)八田先生以外には無理ではないかと。。。ご本人が東京アマチュア・マジシャンズ・クラブの監事職にも就任されるほど、(プロ顔負けの)マジックの大家でもあるので、他人のマジックを読み解く、といった特技をお持ちなのかもしれません。

2013年2月、私は東大で開かれた法曹倫理国際シンポで「第三者委員会」についてスピーチをしましたが、海外の研究者の皆様も、「メイドインジャパン」の第三者委員会制度にたいへん興味を持っておられたのを記憶しています。カナダの研究者の方によれば、カナダにも不祥事発生時の第三者委員会に類似した制度はあるものの、委員には現役の裁判官が就任するそうです。

スピーチ終了後、「日本では、どうして民間の弁護士が委員になって独立性を保証できるのか」と(このカナダの研究者から)質問されました。精神的独立性という回答では全く理解してもらえず、制度として独立性が確保されるシステムでなければ法曹倫理上の問題ではないかとの意見をいただきました。本書を読み、海外の職業倫理に精通された八田先生の「独立性」への思いを感じ、あらためて当時の海外研究者の意見を想い出しました。「利益相反」や「独立性」に対する感度が、日本と欧米とではかなり違うのではないか、とあらためて感じる次第です。

朝日新聞社(慰安婦報道問題)、日大(アメフト重大反則事件)、東京医科大(大学入試差別合格事件)等の社会的に問題となった不祥事から、東芝事件、神戸製鋼事件、東洋ゴム事件等、いわゆる「企業不祥事」として世間を騒がせた不祥事まで、八田先生ご自身の意見をかなり明確に示して論評がなされています。そして、私も思い悩むところでありますが、一番痛いところを共通して指摘しておられます。

それは、どの第三者委員会報告書も、いわゆる「真因(根本原因)」に迫っていない、という点です。本当は、真因に迫っていなければ、有効な再発防止策を作ることはできないのですが、①特定の役職員に責任を負わせて、経営トップの不作為には触れない、②調査を委嘱された不正疑惑の範囲に調査が限定されてしまい、枠外の不正疑惑に目をつぶる、③コンプラ意識の欠如、内部統制の無機能化等、あいまいかつ抽象的な言葉で組織風土が表現されてしまい深堀りができていない、といったところでお茶を濁している報告書が多い。ここに最大の問題がある、と指摘しておられます。

ご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、この「第三者委員会制度」というのは大きなジレンマを抱えています。八田先生のおっしゃるように、不祥事が発生した企業で再発防止策を検討するにあたり、根本原因にまでさかのぼって解明しなければ委員会を組成した意味は半減します。しかし、そのような意欲をもった委員は会社から敬遠され、選任されません(会社が報酬を払う以上は仕方がないといえばそれまでですが)。私自身も(社名は控えますが)、監査法人からの推薦で、会計不正事件の第三者委員会委員長に就任予定でしたが、事件に関与していた会長、社長さんの意向で就任直前に拒絶された経験があります。

当時、よく委員長をされている某弁護士(元検事)の方から

「山口さん、そんな意欲満々の姿勢を最初から見せてしまってはダメですよ。まずは会社に協力的な姿勢をとって、だんだんとトップを説得する、『あなたが辞めないと会社がもたない』と説得する、そういう姿勢でなきゃ依頼されるわけないですよ」

と言われたことがあります。私自身は、この選任プロセスの透明性の有無、つまり不祥事企業のガバナンスによって、委員会報告書の巧拙の半分以上は決まってしまうのではないかと思います。

たとえば近時の不祥事を例にとれば、関西電力の金品受領問題で表出した関電のガバナンスの在り方です。私は、金品受領問題よりも、内々で「隠れ報酬」を歴代役員に支払っていたことのほうが大問題だと思っています。「橋下氏を社外取締役に迎える」「株主代表訴訟が提起される前に、関電自身が前会長、前社長以下、歴代の経営者を損害賠償請求で訴える」といった態度がなければ、とうてい「本気で変わる」ようには思えないのです。同様に、第三者委員会報告書の巧拙は、当該企業のガバナンス、自浄能力の有無に依拠するところが大きいのではないか、と考えています。

八田先生も問題提起しておられますが、最近は社外役員が増えましたので、企業不祥事発生時に、まずは社外役員の皆様に頑張っていただき、必要性に応じて第三者委員会を組成する、ということで上記のようなジレンマを解消する方向が妥当ではないかと考えます。一昨年、私が第三者委員会委員長を務めた会社の不祥事(製品偽装事件)では、発覚時に社外取締役4名の面接を得て、私が就任した経緯があり、これもすべて報告書に記載していました。

また、大阪弁護士会の「第三者委員会委員推薦名簿制度」のように、公的な機関が推薦する者によって委員会が組成されるのであれば、独立性は付与されると思います。しかし、この推薦名簿制度ですが、私の知る限りでは、過去に学校法人の「いじめ調査委員会」で2件ほど活用されただけで、いわゆる民間企業の第三者委員会の委員として推薦依頼はなかったと思います。こちらはかなり厳しいのが現実です。

もちろん、第三者委員会制度も進化したところはあります。やはりデジタルフォレンジックスの活用です。膨大な量の社内メールも、AIの活用によって、不正の兆候を示すメールを速やかに特定できるようになりました。八田先生の本でも比較的高い評価を得ている雪印種苗事件では、第三者委員会が、フォレンジックス調査によって隠れた不正を暴いています。

また最近は、機関投資家が議決権行使基準の中に、不祥事を起こした企業の代表者については、その対応次第では再任に反対するといった項目を入れるケースが増えています。そして現実には第三者委員会報告書を読んで判断する、というのが実務です。自浄能力があると判断すれば再任に賛成するが、どうも能力がないようだと反対票を投じる、ということで、それなりに社会的な影響力も高まっているように思います。

今後も、第三者委員会に対する社会の要請は高いと思いますので、なくなることはないでしょう。しかし、八田先生が指摘されいる数々の課題、問題点を少しずつでも解消して、社会の信頼を得られるように運用する必要があります。本書は、題材とされている各事件の内容にも丁寧に触れられており、とても読みやすい一冊です。(第三者委員会制度に関与する者として、やや複雑な思いもありますが?)ご興味がございましたら、ぜひご一読ください。

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2020年5月 7日 (木)

監査役(取締役監査等委員)は、6月下旬の継続会(株主総会)を切り抜けられるのか?-6月定時株主総会完全延期のススメ

政府による緊急事態宣言が5月末まで延長されました。3月決算の上場会社の決算発表も延期されるところが多いようですが、大都市部で「原則在宅勤務、8割接触制限」の要請が続くとなりますと、連休明け、いよいよ6月の定時株主総会をどう開催すべきか、各上場会社にとって本格的に検討することになります(5月中旬から下旬に決算承認取締役会が開催されるため)。

ここ1か月ほど、当ブログで自説を述べ続けているせいか、経理担当者、監査役さん、会計士さん、経営者の方々から、さまざまな情報をいただきました。例年どおり5月中旬には決算承認の取締役会を開催できますよ、といった意見もいただきますが、やはり会計監査人から「総会は延期してください」と報告を受けた会社もあるようです。例年、会計監査を担当されている公認会計士の方々はGWも関係なく大忙しですが、今年はそんなわけにもいかなかった方が多いように思います。

さて、前回(4月30日)のエントリーに対して、上場会社の常勤監査役さん(と思われる)「ふうさん」から、以下のようなご質問をいただきました。

初めて投稿させて頂きます。先生の「それでも6月定時株主総会は完全延期すべきである」を興味深く読ませて頂いています。もし経営側が継続会方式を選択し、6月総会では計算書類を提供なしで、配当と役員選任議案につき議案とする場合、通常の総会のように冒頭に常勤監査役が監査報告を読み上げることは無理としても、「会社法第384条に関して調査した結果、取締役が株主総会に提出する議案等には問題がなかった」と監査役が例年発言している件は、如何様に考えればよろしいのでしょうか?監査役会にて議論した結果になるでしょうが、先生が述べられておられるように、後で法的な問題が出て来る可能性があるのなら、上述の発言にはネガティブな対応にならざるを得ません。監査役の対応につき、ご教授頂けますと幸甚です。

ご質問ありがとうございます。そうなんですよね。経営財務のご論稿はいつも楽しみに拝読しております野村総研上級研究員の三井千絵氏のブログ(4月29日付)でも、継続会方式(二段階方式の総会開催)による6月総会では、長年常勤監査役として勤務されていた方が(今期で退任する場合)、監査報告もせずに会社を去っていく事態になることを危惧しておられます。

会社法上、監査役さんには定時株主総会への出席義務はありませんが、どこの上場会社でも「監査の結果、とくに株主の皆様にご報告すべき事項はありませんでした」と、常勤監査役が報告を行うのが慣行(通例?)となっておりますので、寂しい退任になるのかもしれません。もちろん7月~9月にかけて継続会が開催されるのであれば、(法律上は)継続会終了時まで務めるべきですが、実質的には新しい監査役さんがすでに活動している状況にあると思われます。

「そうか・・・、じゃあ継続会方式だと出番はないか」と落胆(安堵?)されている常勤監査役・監査等委員さんもいらっしゃるかもしれません。しかし、それはちょっと楽観的ではないでしょうか。

上記「ふうさん」がご指摘のとおり、監査未了のために継続会方式で(ともかく)6月総会を実施するのであれば、常勤監査役さんだけでなく、社外監査役、取締役監査等を含めて、監査役(監査等委員会)には「議案、紙の監査」(会社法384条)が待ち構えており、「特に問題ありませんでした」では済まないものと考えております。なぜなら、継続会方式で開催する6月総会は「計算書類が出ない、事業報告もない」「だけど議決権行使を株主の皆様にしていただく」という「会社法上の大問題」があることを前提に開催されるからです。

ちなみに会社法384条というのは

監査役は、取締役が株主総会に提出しようとする議案、書類その他法務省令で定めるものを調査しなければならない。 この場合において、法令若しくは定款に違反し、又は著しく不当な事項があると認めるときは、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない。

と定めるところでして、監査役監査は「取締役の職務執行の適法性を監視・検証すること」が中心(つまり「人の監査」)ですが、株主総会に提出する会社上程議案について、株主に説明するための書類があれば、これを調査する(つまり「議案、紙の監査」)必要があります。例年の株主総会では、計算書類には会計監査人の適正意見が付され、事業報告には監査役自ら適性意見を出しますので、そもそも「問題はないだろう」と推定されます。したがって「議案、紙の監査」については、あまり問題にはなりません。

しかし今年は、(7月~9月ころに継続会を開催することを前提に)6月の時点でとりあえず総会を開催するのであれば、計算書類や事業報告が出されない状況で役員選任や剰余金処分、報酬議案等が決議されるわけですから、「問題がないこと」は事実上推定されません。したがって、監査役・監査等委員は「問題がないこと」を調査義務を尽くしたうえで積極的に説明する立場にあります。「なぜ計算書類や事業報告が出ていないのに、議案に賛否を表明しなければならないのか?これに代わる書類については真正であることはだれが責任を持つのか」といった素朴な質問が株主から出されることが想定されます。

なかには「あなたの監査報告もないのに『重要議案の決議』が行われるということについて、あなたは違和感はないのか?監査役って、この会社ではその程度のものなのか?」「計算書類の監査結果も出ていないのに、どうして会計監査人の再任を決めたのか?本当に会計監査人の監督は行っているのか?」と質問を受けることも考えられます。

しかしそれ以前に、私は監査役・監査等委員が積極的に「これだけの書類が出ていますが、書類内容に虚偽はありません。我々は年間を通じて会計監査人とこれだけの作業をしてきました。会計監査人にも確認し、監査に代わるだけの意見は出せる状況です」と(質問がなくても)具体的かつ懇切丁寧に説明しなければならないと考えています。そして、その説明内容は、個々の上場会社ごとに異なるわけですから、日本監査役協会の「ひな型」を頼るようなことでは到底株主を説得できないと考えます。監査役・監査等委員会は、会計監査人を監督する立場にあるわけですから、当然のことながら会計監査人と協議のうえ、会社法384条に基づく調査結果の報告を行う必要があります。

考えてもみてください。機関投資家のバックにはアセットオーナーがいます。株主は、背後のアセットオーナーに議決権行使の理由を説明しなければなりません。生半可な理由で役員選任や剰余金処分、報酬議案に賛成することはできないのです。だからこそ、きちんとした監査役、監査等委員会からの説明を渇望するわけでして、どこかから引っ張ってきた「ひな型」でお茶を濁すような状況では納得できないのです。

以上申し上げたところから、継続会方式を採用する上場会社であれば、計算書類や事業報告がないにもかかわらず、第三四半期の開示内容や現状で作成されている決算関係書類等から、書類は真正なものであり、また議案の賛否を判断するにあたっては(書類については)充分であることを監査役さんが説明する必要があると考えます(以上が「ふうさん」のご質問への回答となります)。もちろん「問題なし」ということであれば、(株主総会参考資料にその旨を記載したうえで)監査役さんは欠席しても違法ではありませんが、今回の総会では事前質問だけでなく、当日の質問も当然予想されますので、出席しておかないと説明義務違反となるおそれがあります。

ちなみに、書類の中身が虚偽であるかどうか、といった「議案、書類の内容の適法性」だけでなく、議案審議にとって当該書類だけで十分かどうか、といった「議案審議のプロセスの適法性」についても監査役・取締役監査等委員の方々には調査義務があります。なぜなら、監査役・監査等委員には、監査役(監査等委員)の監査に付随する義務として「株主総会が適法に開催・運営されているかどうかを審査する義務」が認められるからです(根拠については、会社法384条だけでなく、会社法831条1項により、監査役・監査等委員には「株主総会の決議取消」の提訴権が認められているからです。なお、会社法コンメンタール8 411頁 吉本先生のご解説参照)。

つまり、株主総会の決議取消の原因となる事由については、監査役・監査等委員は未然に防止もしくは排除する義務がありますので、会計監査人との十分な協議のもとで、計算書類や事業報告に代わる書類だけで議案を審議してよいのかどうか、書類の虚偽性だけでなく十分性についてもきちんと説明しなければならないと考えられます。

逆の立場から申し上げますと、上場会社の社長さんや、社外取締役の方々からすれば「ほんとにこの書類だけで、役員選任や配当議案を通して後で問題にならないのか?」といった不安がよぎったとしても、会社法384条によって「監査役・監査等委員の方々からお墨付きをもらった」から免責される、と素直に考えるのではないでしょうか。とりわけ社外監査役に専門職が就任しているケースなどでは「弁護士や公認会計士の方々が議案を審議することに問題ない、とおっしゃっているのだから、堂々と継続会をやりましょう(後で問題が生じても、我々は過失はなかったと言えるのだから)」と決意できる安心材料となるはずです。

さて、そうなりますと監査役・監査等委員としては、どうしても会計監査人に頼るところが大きくなります。監査役や監査等委員会は、会社法上の計算書類については、会計監査人の監査の方法と結果の相当性についての最終判断を行う立場にありますから、会計監査人の意見を聞いたうえで問題なしと判断しました、と回答することになるでしょう。そうしますと、「監査責任」に準ずる形で、会計監査人もなんらかのリーガルリスクを負担する可能性が生じることになりそうです(監査役・監査等委員の方々も「会計監査人のお墨付きをもらったから」と抗弁して免責されたいですよね)。

上場会社の場合、2021年3月期からはKAM(監査上の主要な検討事項)の強制開示が施行され、監査役会・監査等委員会の活動状況も詳しく開示されます。なにか問題があれば、後日、開示情報をもとに「経営者の見積に問題があった、引当に問題があった、5年前から不正会計の予兆があった」と株主から指摘を受けることも増えるものと思います。このような状況は、おそらく今年限りのものだとは思いますが、誰かがイレギュラーな株主総会の「貧乏くじ」を引かないといけない事態だけは回避すべきと考えます。

5月1日付の東証「2020年3月期の定時株主総会の動向」によりますと、3月決算会社の15パーセントほどが「継続会」を検討している、と回答されています(私の周囲を見渡した「肌感覚」からすれば、3割程度は「継続会」を真剣に検討しておられるように思います)。私としては、従来から「6月総会は完全延期(7月~9月に計算書類も事業報告も出されたのちに開催)すべき」と申し上げておりますが、もし継続会方式で開催するとなれば、上記のような点に配慮したうえで開催すべきと考えます。また、冒頭にご紹介した三井千絵氏のブログによれば、4月22日の時点でISSの「コロナ禍における定時株主総会の開催に関する意見」が出され、(完全延期の選択肢がある中での)継続会方式には消極的な意見が示されているようなので、そのあたりにも配慮していただければと思います。

継続会方式を採用する場合に、3月に改定されたスチュワードシップ・コードとの関係でも問題となります(継続会方式だと、6月総会は9月まで継続することになるわけですが、それまでに各機関投資家が新しいコードへの順守を宣言した場合、6月に議決権行使を行った機関投資家は、当該議決権行使の理由の開示も(新しいコードに基いて)要請されるのでしょうかね?そうなると、やっぱりかなりやばい状況になりそうな気がしますが)。ここはもう少し検討してみたいと思います。

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