天馬社の経営トップ、海外贈賄事件で退任-どこで対応を間違ったのか?
昨日(5月11日)の日経朝刊1面の広告に出ておりましたが、「社外取締役ガイドラインの解説(第3版)」(日弁連司法制度調査会 社外取締役ガイドライン検討チーム編 商事法務)がこのたび大幅改訂により出版されまして、ようやく大手書店にも並ぶようになりました。私も、2015年の初版以来ずっと「監査等委員である社外取締役」のガイドライン解説を担当しておりまして、本書の一部を執筆しております。
今回の改訂版は2019年までのガバナンス改革の進展状況(ガバナンス・コード、経産省指針、スチュワードシップ・コード等のソフトローの流れ)を把握して、これを反映させたものです。ようやく東京や大阪では大型書店も営業を再開しているようなので、ぜひともご購入いただければ幸いです。
さて、表紙の帯に記載されている「社外取締役は何をすべきか」と問いたくなるような企業不祥事が、またまたマスコミで取り上げられています。当ブログ4月6日付け「社内抗争が不祥事を生む-経営者必読の第三者委員会報告書」でもご紹介しましたプラスチック成型・加工大手の天馬(東証1部) の外国公務員贈賄事件に関する続報です。当ブログにも「はりさん」や「幹ちゃん」さんから続報についてコメントをいただき、第三者委員会の調査結果を受けて、社内抗争の中心だった創業家名誉会長は4月下旬に解任され、また社長も6月総会で退任されるそうです。
第三者委員会報告書では国名や海外子会社名が伏せられていましたが、天馬の海外子会社(天馬ベトナム)担当者が、ベトナムの税務担当者に2500万円(2017年と2019年分の合計)の賄賂を提供していたこと、実は会社として東京地検に自主申告していたことが明らかになりました。事件の概要は上記4月6日付けエントリーをご確認いただきたいのですが、5月11日の読売新聞朝刊が独占スクープとして取り上げ、12日には日経、朝日でも報じられています。
読売新聞記者のもとには、(未だ社内抗争が続いているせいでしょうか)関係者から社内資料が提供されており、役員報告会の証言内容なども報じられています。その中でショッキングだったのは、役員報告会を招集する社長のもとへ財務経理部長がやってきて「社長、監査等委員である3人の取締役が出席すれば、彼らはなんらかの対応に出ないといけないので、報告しないほうがよいのでは」と進言したそうです。結局のところ、監査等委員である取締役3名は報告会から除外され、他の6名の取締役によって贈賄事件の隠蔽が合意されたそうです。報告書資料によると「丸く収めた」「これで収束するしかない」「終わってしまったこと」といった発言が残っている、とのこと。
「ほれみろ、やっぱり社外取締役など、不祥事防止には何の役にも立たない」と言われそうな典型的な事案です。たしかに、天馬の事例にみられるように、他の役員から「監査等委員の3人にだけは知らせるな」といった「かん口令」が敷かれてしまえば、もはやどんなに厳しい面々が監査等委員にそろっていたとしても何の役にも立たないように思えます(もちろん、監査等委員への報告を怠った社長以下、監査等委員以外の取締役の善管注意義務違反の責任は免れないところですが)。しかし、だからこそ「内部統制システム」の運用面へのチェックが必要となってきます。
私は上記「社外取締役ガイドライン解説本」の中で、監査等委員である社外取締役は、単純に情報を受領するだけでなく、自ら報告体制が機能するような環境作りを行う必要があると書きました。なぜなら、監査等委員会による組織的監査は「内部統制システムを活用すること」が基本であり、当該内部統制システムの中でも、監査等委員会への報告体制の整備こそ重要だからです。多少は業務執行に準ずる行動かもしれませんが、リスク情報の収集のためには、ダイレクトに内部監査部門や担当取締役から情報を入手する仕組みを構築しておかねばなりません。
さらに、そういった公式な報告体制だけでなく、たとえ非公式なものであったとしても、社外取締役にもイレギュラーな事態におけるレポートラインを確保しておくことも有益です。会社は社外役員が思うほど「一枚岩」ではありません。上級幹部職の中にも「こんな慣行でよいのか」といった疑問を抱いている方もおられるので、そういった方から信頼を得ておく必要があります。
ところで、天馬の第三者委員会報告書や先日の読売新聞記事を読み、もし、タイムリーに監査等委員会が(海外贈賄に関する)情報を入手して、的確に社長をサポートしていれば、社長は退任せずに済んだのではないか、と思いました。その理由としては、監査等委員会が海外贈賄に詳しい法律専門職に相談をすれば、不正競争防止法違反行為に関する立件の可能性、検察への対応方法(司法取引の成否)、会計監査人の対応、隠蔽発覚の可能性、海外当局の立件可能性、そして社内調査による自浄作用の効果等を認識できたからです。とりわけ社外取締役の人脈ルートを活用して、そういった分野に詳しい法律専門職に相談する機会を持つことができたのではないでしょうか。過去に3回ほど、社長の海外贈賄関与事件を担当しましたが、海外贈賄の事実よりも贈賄を隠蔽する事実のほうが悪性が高い、というのが実感です。
4月6日付けの上記エントリーでも書きましたが、社内抗争の中で、経理担当部長はおそらく社長と秘密を共有したかったのではないかと推測します。過去にも海外贈賄に目をつぶった経験も社長の負い目だったのかもしれません。しかし、不祥事対応と社内抗争とは冷徹に分けて考えるべきであり、取締役監査等委員と不祥事に関する情報を共有できなかったことが、社長の対応として大きな間違いだったと感じます。本事件の第三者委員会報告書には、他社も学ぶべき多くの教訓が示されており、コロナがいったん落ち着いたころでも結構ですので、どうか取締役会を構成する皆様で、「当社取締役会ならどう対応するか」検討していただきたいと思います。
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コメント
山口先生、おはようございます。
文中に「リスク情報の収集のためには、ダイレクトに内部監査部門や担当取締役から情報を入手する仕組みを構築しておかねばなりません。」という箇所がありますが、これまた言うは易し、行うは難し、の側面がございます。
内部監査部門の所属員もただの社員、サラリーマンなので、最終的な人事権をもつ社長の意向を忖度せざるを得ません。監査等委員会設置会社では、組織図上は、内部監査部門を監査等委員会の配下に置く傾向がありますが、内部監査部門が「上がり」のポストとなった年配者はまだしも、ジョブローテーションの一環で配置された若手社員が、それ以降の会社での人生を考えると‥‥ という悩みもございます。
よって、内部監査部門の所属員が、「これは社長の意図には従えない、なんとかせな」と思った場合、社外取締役に相談するか、あるいは内部通報制度を使うか、という選択肢があれば、たぶん、内部通報を選択すると思います。通報者を保護する制度ができつつありますので。
勤務先の社外役員もそういう認識があるらしく、役員会や監査役会や内部監査連絡会で
「もっと内部通報制度を使いやすくして、通報件数が増えるようにすべき」
と言われます。まだまだ終身雇用の色合いが強い会社ほど、そういう状況ではないでしょうか。
投稿: しがない内部監査員 | 2020年5月13日 (水) 12時22分
「読売新聞社への内部資料の提供」、しかも経営上層部のやりとりです。
本当に勇気あるメディアへの提供で、結局「真実であれば、メディアに通報しても政府、行政には批判されない」と考えたいです。
当該企業からの脅迫、言いがかりのような「報復」もないことを祈ります。
「しがなくはない内部監査員」の方も、社外役員に期待していますが、私、不正発覚前から社外取締役、社外監査役に通報し、政府、行政にも通報して、当該企業から不利益受けました。
当該企業からは社外役員に通報しないよう威嚇も受け、日本国政府、行政にメール等の「証拠」提出しています。
国益毀損の不正で、政府、監督行政から公表された不正なので、首相官邸や関係閣僚、関係行政に不利益の報告、支援要請を続け、「公益通報者保護法改正」にも協力しています。
内閣府消費者委員会にも、国会、政府、行政、「経済団体(中西宏明経団連会長や櫻田謙悟経済同友会代表幹事)」の協働を、四半期ごとに要請しています。
「正解のない、長い道のりを覚悟しなければならない」、安倍晋三内閣総理大臣の言葉を聴きながらも、「公益通報者保護法改正」は審議願いたいと要請します。
投稿: 試行錯誤者 | 2020年5月14日 (木) 22時16分
天馬の会計監査法人の交代が発表されました。重要なステークホルダーのひとりで、同社上場以来の会計監査法人からベトナムの贈賄事案について適時適切な説明・報告がなく、信頼関係が損な われているとして、監査契約の継続に難色を示されたと説明があります。財務担当取締役(CFO)が、社外取締役監査等委員との情報共有を故意に避け、その後も仮装の経理処理で隠蔽工作を主導していたわけですから、会計監査法人側から三下半を突きつけられても仕方がないことですね。他のステークホルダーへの影響も心配されますが、こういう時こそ社外取締役監査等委員の活躍が期待されると考えます。
投稿: 幹ちゃん | 2020年5月16日 (土) 07時02分
「長年の不正隠蔽、そして発覚」
「社内調査による自浄作用の効果(不足)」
「取締役と不祥事に関する情報共有をできなかった」
私が通報している事案、官邸や閣僚、監督官庁の当該企業調査に協力した事案、その後も脅迫受けた事案についても、上記同様の経緯を示す文書やメールを記録・保存しているため、関係行政、捜査機関と再度面談確認しています。
関係行政、捜査機関との過去の面談記録開示もいただきました。
私個人には権力がない(悔しいです)ので、官邸や閣僚に御理解を得たり、社外取締役にも礼節を尽くして通報し、当該企業経営陣への指導を要請しています。
そもそも、経営陣への通報者たる私が当該企業と面談すると、「不正事実判明後にもかかわらず、上層部への通報を批判される」「侮辱される(まさしく人格否定)」「経営陣、社外役員への通報を禁止される」等の恫喝を密室で実行されたので、政府、行政の励まし(ありがたいことです。感謝します)を受けながら、社外役員に報告、懇請しています。
経済産業省、経団連、経済同友会にも連絡しています。
私が詳細に「言葉を尽くして」通報すること(本当は「筆舌に尽くしがたい」報復・苦痛を受けながら、勇気を振り絞っての通報です)が被通報者には憎悪の対象になるようです。
通報経緯の真相解明に関する第三者調査委員会(形だけでない)設置に舵が切り替わるタイミング、効果的な切り替え方法を、政府、行政に正直に相談(一人では思いつきません)しながら試行錯誤(コロナ禍でのストレスも蓄積していますが)しています。
「公益通報者保護法改正」も国会審議入りし、関係各位の心血注いだ御尽力に感謝しつつ、私も立法事実の提供に誠心誠意尽くします。
投稿: 試行錯誤者 | 2020年5月17日 (日) 21時26分