コロナ禍における上場会社の決算短信-会計監査人の頑張りに期待します
今朝(5月14日)の読売新聞経済面には「総会延期 企業は慎重-株主の反発警戒か」と題する記事が掲載されています。決算作業が遅れるなかで、株主総会を延期する、あるいは継続会方式を採用する、といった上場会社が増えるものと予想していましたが、なんとか通常通り6月総会を開催するところが多いようです。私も「定時株主総会は7月以降に完全延期すべき」との意見ですが、本日までの各社決算短信をみるかぎり、圧倒的に6月総会を予定どおり1回開催する(予定の)上場会社が多いですね。
もちろん決算短信の数字は会計監査の対象ではありませんが、事実上は監査法人のチェックを受けて公表するわけですから、計算書類や財務諸表といった法定開示書類への監査意見が(決算発表後に)変わることはまずないと言えるでしょう(昨年、決算発表後に監査法人の審査部門からクレームが出て、実は会計不正が発覚した、という上場会社もありましたが、レアケースです)。
私の手元に、日本公認会計士協会が作成した「平成30年3月15日付け 期末監査期間等に関する実態調査報告書」があります。会員に対するアンケート調査の結果として、①単体監査開始から連結監査の期限まで平均13日~15日程度を要し、ほぼ決算短信発表までに対応すること、②94%の回答者が期末監査期間の延長を希望していること、③期末日後に発生する監査期間が、年間を通じて発生する総監査時間の3割を占めること、④監査がひっ迫していると感じている場合でも、被監査会社に対して十分に伝えていない(伝えることができない)傾向があること、そして⑤深刻な内部統制の不備がある企業ほど、また経理部門の人材が乏しいと感じる会社ほど、期末の監査に必要となる時間が長くなることが判明しています。
上記報告書はちょうど2年前、監査の品質確保を目的として公表されたものです。平成25年ころから、不正リスク対応の監査基準の深化などによって監査の品質確保が強く要請されるようになったのですが、被監査会社との関係において監査現場がひっ迫している状況が(上記調査報告書によって)判明しました。ましてやコロナ禍において、会社も監査法人もテレワークやリモート会議が多用される状況で、なぜ6月総会が予定通りに可能なのか、上記の調査報告書をもとに考えると、とても複雑な気持ちになります。
また、某協会の緊急企画として、私と会社法学者の先生と手分けをして監査役、監査等委員の方々からのご質問に回答することになり、多くの監査役、監査等委員の方々の2月~4月下旬までの様子に関するレポートをいただきました。中身はご紹介できませんが、傾向としてグループ会社の監査については、親会社の「6月総会ありき」の対応しか考えられず、たった1日で監査を終了して本社に戻さねばならない、といった状況のようです。ただただ驚くばかりです。
株主の皆様の興味は「今年度の事業に対するコロナの影響」に集中するのかもしれませんが、現実にはグループ会社において未発見の虚偽表示、しかも会計監査人の責任問題にも発展しそうな「投資家の判断に影響を及ぼすほどの重要性のある虚偽表示」「量的重要性は少ないけれども、質的に重要性のある虚偽表示」がたくさん眠ったまま6月総会を終えて、そのまま有価証券報告書を提出する上場会社が増えるものと予想されます。
最近の日本公認会計士協会から出されている監査の留意事項を読みますと、コロナ禍における監査の品質確保のために必死な様子がうかがわれます。しかしながら、5月11日に開催された企業会計基準委員会議事概要を読んでも、上場会社の開示状況への焦燥感がみてとれるわけでして、これをどう評価すればよいのでしょうか。
会計監査人としては、忙しい、忙しいと言いつつ「本気になったら、こんな緊急事態でも監査の品質を落とさずに対応できること」を示しているのか、それとも、上記アンケート結果は真実であり、監査の品質をどこかで下げながらなんとか対応できたことを示しているのか、あるいはどこの上場会社も平時から有事を想定して決算の早期化、内部統制の充実を図っていたのか、もちろん各業種、各会社で事情は異なるとは思いますが、ぜひとも検証していただきたい。
クレッシーの法則(不正のトライアングル)が、これほどまでに明瞭に揃う状況は珍しいと思います(動機→簡素化してでも6月総会を恙なく終わらせる、機会→時間的余裕のない監査体制、正当化事由→なによりもまず事業を継続、業績を回復させなければ「投資家の信頼」など二の次である)。また、「社長にだけは泥をかぶらせてはいけない」ということで、汚れ役を一手に引き受け、次の社長を狙う人たちが活躍できるチャンスでもあります。こういう時こそ、リスク判断に迷いのないカリスマ経営者か、もしくはダイバーシティ(多様性)による経営判断が、有事のガバナンスとして求められるのではないでしょうか。
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コメント
気付いていなかったのですが、株主名簿管理人大手3行が加盟している信託協会が、4月20日付で
・総会延期による配当基準日の変更
・継続会による会議の2回開催による感染リスク拡大
・継続会を前提とする総会では機関投資家が適切な判断が出来ない
・6月に総会を開催する事での株主及び「関係者」の感染リスク
を理由に基準日の一律延長を要請していたようです。
https://www.shintaku-kyokai.or.jp/archives/018/202004/20200420.pdf
5月14日には例年より総会が集中する事により「関係者」の業務遂行に大きな支障が生じる虞がある、として、
・監査が間に合わない場合は総会の延期や継続会を(早期に)意思決定する事
・早めに招集通知のPDFを東証のウェブサイトにアップする事
・必要に応じて計算書類のウェブ開示を活用する事
・機関投資家は早期の議決権行使を行う事
を依頼しています。
https://www.shintaku-kyokai.or.jp/archives/018/202005/20200514.pdf
(機関投資家に短時間での議決権判断を求めると金融庁が求める「形式的・機械的な基準によるのではなく、その実質・趣旨に着目した対応」はできなくなりますが…)
5月12日時点で、総会の延期を検討している企業が75社、継続会を検討している企業が132社、招集通知の開示が通常より遅れるのが467社という数字は気になります。総会の延期を検討している企業が少ないのが残念です。
監査法人も株主名簿管理人も(企業の経理・総務部門の社員も機関投資家も)総会の延期を求めたにもかかわらず、多くの企業で総会が6月に強行される結果になったのは何故なのでしょうか。
ところで、5月12日の発表文で、
「継続会を開催する場合、定時株主総会で決議できなかった決議事項の継続会への 審議延期(議決権行使集計を延長すること)は実務上難しい虞」
との記載がありますが、基準日から3か月以上経過している継続会で議案の決議をする事は法的に可能なのでしょうか。
法的には問題ないが実務上の問題があるが故の指摘なのか、可能だというのは少数意見だが違法とも断言できないので、そうした依頼をする企業に釘を刺すための指摘なのか、気になるところです。
投稿: ty | 2020年5月17日 (日) 00時06分
5月15日に緊急事態宣言が39県で解除されるなど、事態は刻々と変わっている中で(当然、グローバル展開している企業は世界中の事態の変化に直面)、来期以降の収益の見積もりなどはどのようにしているのでしょう。減損の判断や繰延税金資産の評価をするうえで、そして、その見積もりの適正性を監査人が判断する十分な時間は確保できたのでしょうか。日本公認会計士協会がいくら十分な監査時間と品質の確保を要請しても、企業側に押し切られてしまうのが歯がゆいです。株主総会を遅らせた企業はまともな企業だと考えて、そうした企業だけを絞り込んで運用するファンドなどが出てきて、「遅れた方がまともに見られる」という世の中にならないと駄目なんでしょうかね。
投稿: ひろ | 2020年5月17日 (日) 15時57分
tyさん、ひろさん、ご意見ありがとうございます。
4月20日の信託協会の意見については存じ上げておりましたが、5月14日の意見については初めて知りました。
総会が例年よりも集中することによる悩み、という視点はあまりなかったので、きちんと読んでおきたいと思います。
一昨日、ある会計監査人にお聞きしたところ、もはやリスクアプローチでやるしかない、とおっしゃっていました。ただ、決算短信が出た後でも、監査法人の審査部から異議が出れば限定意見もありうる、とのことでした。ただ、現実にはひろさんの意見のとおり、かなり危惧するところが大きいですね。
投稿: toshi | 2020年5月18日 (月) 10時16分
証券代行・各印刷会社・運用会社・資産管理信託銀行その他の株主総会関連業務を行っている各プレイヤーは、過去数年のトレンドに基づき繁忙期の1日あたりの作業量を見据え、人員配置と設備投資を行っています。作業が例年より集中しピーク時の1日あたりの作業量が前年比で50%増えたら、どの実務も対応は厳しいかと思います。
投稿: ty | 2020年5月20日 (水) 08時21分