公益通報者保護法の改正法案が可決・成立-今後の課題について
本日(6月8日)は関西電力金品受領問題に関する責任調査委員会報告書の開示、天馬社における監査等委員会の反論書のリリースなど、コメントしたい事件がたくさんありましたが、やはり記念すべき「公益通報者保護法改正法案」の可決・成立日、ということで、少しマニアックな話題ではありますが、こちらを優先的に取り上げたいと思います。
参議院本会議にて、衆議院で一部修正されました「公益通報者保護法の一部を改正する法律」が全会一致で可決され、無事に成立いたしました(先日メモしておりましたように参議院では附帯決議が出されています)。これで施行から14年ぶりに(抜本的な)法律改正がなされたことになります(遅くとも2022年6月までには施行されます)。5年前に、今回の法改正を念頭に「消費者庁・公益通報者保護制度アドバイザー」に就任し、その後「公益通報者保護に関する実効性向上検討会委員」や「法改正ワーギングチーム委員」となり、この日を迎えたことについては、たいへん感慨深いものがあります。
手前みそになりますが、このたびの法改正の内容と企業実務への影響につきましては、ビジネスロージャーナル6月号(レクシスネクシス社)の拙著「2020年通常国会-成立・注目法案の影響度(公益通報者保護法)」をお読みいただければ概要は把握できると思います。いままでの公益通報者保護法と、改正法の内容が(その法的な性質において)大きく変わっていることがおわかりいただけるかと。
先日(6月3日)の参議院消費者委員会での審議では、3名の民間参考人からのヒアリング・意見交換が行われましたが、予想どおり3名(田中亘先生、拝師弁護士、オリンパスの濱田さん)とも「今回の改正法案は合格点だが、不満」という意見でした。その不満の要因は、事業者が通報者に対して不利益な取り扱いを行った場合のサンクション(制裁)が改正から抜け落ちたからです(この点は3年後の見直しの際に、重点項目となります)。通報者に対する不利益取扱いへの制裁条項(行政処分もしくは刑事罰)がないかぎり、通報者は安心して通報できない、という点は参考人全員が今後の課題として指摘しておられました。
たしかに「不利益取扱いへのサンクション」は改正法に盛り込まれませんでしたが、その分、公益通報対応業務従事者が「正当な理由」なく秘密を漏洩した場合の刑事罰(30万円以下の罰金)が盛り込まれ、また内部通報体制の整備義務を怠った事業者には行政処分(勧告、公表等)が規定されました。つまり、通報者に対して不利益取扱いが行われるような事態となれば、担当者には刑事罰が課されたり、事業者には体制整備義務違反(運用上の内部統制義務違反)による制裁が認められるケースが多くなるので、相当程度は通報者の安心は確保されるのではないかと考えております。
むしろ、日ごろ内部通報の窓口担当者や社内調査担当者を支援している立場からすれば、今回の公益通報者保護法が施行された場合には、いったい誰が刑事罰のリスクを背負ってまで内部通報の窓口や社内調査の担当者をやるのだろうか・・・と不安になってきます。どんな大会社でも、内部通報の専属従業員などいないのです。みなさん、法務や総務、人事、内部監査の仕事で忙しい中で、3年から5年程度のローテーションで窓口担当者に就任するのです。「通報者の秘密は、たとえ協力者にさえ漏らしてはいけない」という厳しい制約のなかで、自社やグループ会社のハラスメント問題や労務問題の是正に向けた調査を行っています(とりわけグループ会社の内部通報事案は、グループ会社の協力が不可欠なことから、通報者の秘密を守ることが極めて難しいのです)。
通報者から強い要求が出され、真摯に対応しているうちに、精神的疾患に陥ったり、退社してしまった窓口担当者、社内調査担当者も見てきました。サントリーホールディングス・パワハラ損害賠償請求事件の裁判例を示して「だいじょうぶ。そこまで通報者に寄り添っているなら、たとえ通報者の要望を受け入れなくても損害賠償で負けることはないから」と申し上げることも増えました。公益通報者保護法の改正を論じる際には「事業者vs通報者」という構図が描かれますが、そこにスッポリ抜け落ちているのは、制度運用の高まりとともに疲弊していく通報窓口、社内調査担当者の存在です。
このたびの改正で「公益通報対応業務従事者」として彼ら・彼女らには光が当たることになりますが、参議院附帯決議でも出てきましたように、彼らが過度に疲弊しない対策は喫緊の課題です。通報者が安心して通報できる環境を整えるためには、事業者による通報者への不利益取扱いに制裁を加えるという道もありますが、私はそれ以上にガバナンスの健全性の向上が必要だと考えています。先日の日本郵政グループによる不適切な商品販売でも明らかですが、現場の組織力学は、行政処分くらいでは治りません。経営トップからすれば「そんなことが起こっていたとは知らなかった」で終わりです。
むしろ、社外役員を含めた経営陣に「公益通報対応体制の整備義務の重要性」を認識してもらい、経営者が関与する不正にも内部通報が機能するシステムを構築すること、組織の信用を毀損してしまうような重大な問題についてはかならず情報がトップに届くシステムを構築することが最優先だと考えます。通報者が安心して通報でき、また窓口担当者、社内調査担当者が安心して対応業務に従事できるためには、まず公益通報者保護法の改正法をガバナンスの健全性が後押しする必要があります。
おそらく改正法に関わった方々の多くは、今後の課題として「不利益取扱いへの刑事罰、行政処分の導入」を挙げると思いますが、私はむしろ内部通報制度の重要性をどれだけ経営トップに認識してもらえるか・・・という点が最も重要な課題と考えます。
数年前の事例ではありますが、某社の不正競争防止法違反事件の調査に携わり、私は「過去に〇〇のような事例がある。このままだと通報は告発(外部通報)に変わり、マスコミから発覚したら信用はもたない。今回も〇〇だから公表すべき」と(意見書を書いて)社長に公表を勧めましたが、理屈では動いてもらえませんでした。その後、法務担当の執行役員のおひとりが私の意見に同調して、社外役員会にかけてくれて、社外役員全員が「公表すべき」となり、それでも社長は動きませんでした。最後に社長を動かしたのは、会社の苦楽を共にしてきた同期入社の専務の意見でした(「俺が連れてきた社外取締役に恥をかかせるなよ」的な言い方だったそうです)。その一連の動きを従業員が知り、この会社では「通報しても機能するんだ」ということで、その後は内部通報が活用されるようになりました。
まだまだ公益通報者保護法の認知度は高いとは言えません。しかし、今回の改正法が「民事解決ルール」の領域から「行政取締法ルール」の領域へと踏み込み、2号通報(行政機関への通報)の保護要件を緩和することで内部通報と外部通報の「制度間競争の論理」が活用されていることから、内部統制システムの構築を怠ると監督官庁から「ブラック企業」の烙印を押されてしまう結果となる・・・ということに(経営トップが)気づくようになるはずです。そうすれば、内部統制システムとガバナンスの両輪で対応する必要性が少しずつ理解されるようになるのではないか、と期待をしています。
これからも、真正面から、というわけではありませんが、側面あたりから改正公益通報者保護法の実効性を向上させるために尽力していきたい、と考えています。
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コメント
東証一部上場企業会長、社長、社外取締役宛てに通報文書を提出し不正発覚した国益毀損事案として、日本国政府、関係閣僚と相談しています。
通報経緯詳細のメール文書や開示された行政文書を官邸、行政、経済団体各位と共有して「通報者の実名の漏洩、それによる被通報者からの脅迫」「通報者の不利益実態」を報告しています。
昨日の法改正可決、関係各位に感謝するとともに、今後の政府、行政、経済団体の「公益通報者への報復禁止」を要請します。
投稿: 試行錯誤者 | 2020年6月 9日 (火) 12時38分
山口先生、いつも興味深く拝見しております。通報対応担当者の疲弊が心配、というのは大きく頷くところです。内部通報制度が注目されるのはいいことだと思いますが、理念として、「本来の不正は職制に沿い業務レポートラインで報告されるべき。それがうまく働かない事情があるときに通報窓口がある」との点がおろそかになり、かえって、風通しの悪い組織となってはよろしくないのではと懸念します。しかしながら最初から完全な法令はなく、まずは改正されたことを大きな一歩として勉強したいと思います。
投稿: 不勉強な読者 | 2020年6月10日 (水) 10時29分
自分宛の「親展文書」(社外監査役の指導による)で通報された経営トップの認識が課題、というより、何もしないなら「善管注意義務違反」です。
動かない経営陣には罰則が必要です。
山口先生の今回のブログを拝読すると、難しい感じもします、
当該企業、社外取締役と政府、行政に同一内容を通報し、行政機関は動いてくれましたので「制度間競争」は進んでいる思います。
経団連会長、経済同友会代表幹事は、当該企業と日本国政府の間で中立的に動いてくれると思います。
濱田正晴様の参議院参考人聴取、ご尽力が「公益通報者保護制度の実効性の向上」に繋がるよう祈念します。
山口利昭先生、初めてお会いしたのは2014年12月11日、山王パークタワー消費者庁「公益通報者保護制度に関する意見聴取(ヒアリング)」でした。
山王パークタワーから中央合同庁舎4号館に移動し長い年月経ちましたが、政府、行政に「直属上司に文書で不正通報した「公益通報者」の不利益」を訴え続けています。
首相官邸や安倍総理大臣への通報、監督官庁との面談など、通報記録の保存にも努力、政府と連携しています。
投稿: 試行錯誤者 | 2020年6月10日 (水) 15時45分
改正法の成立にタイミングを合わせるかの如く、山口県田布施町では、30年以上にわたる固定資産税の徴収ミスについて町議会に内部告発した職員を、独居房に隔離している、と騒ぎになっております。
田布施町と言えば、安倍晋三総理が敬愛してやまないお祖父ちゃま、岸信介の出身地(弟の佐藤栄作も)。町長はパワハラではない、と開き直っておりますが。そういう問題ではないのではないか、と。まるで国会のミニ版を見ているような。
公益通報者保護法が改正されても、こんな組織風土病が日本の政権中枢とリンクしていたのでは、百年河清を俟つ、ともなりかねませんが。
投稿: コンプライ堂 | 2020年6月10日 (水) 17時14分
The Smoke Detector (煙探知機)のスイッチを、ビルのオーナーが切ってしまったら。あまり幸せな世界には、ならないような気がしますが。
投稿: コンプライ堂 | 2020年6月10日 (水) 18時37分