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2020年8月21日 (金)

コンフリクトの疑われる代理人を相手方は裁判で排除できる-特許権侵害事件・知財高裁決定の衝撃

本日は企業法務マニアの方しかご興味が湧かないお話しで恐縮ですが(しかも長い・・・)、私の周辺でとても話題になっている件。令和2年8月3日に知財高裁から出されたこちらの決定(訴訟行為の排除を求める申立ての却下決定に対する抗告事件)です。なぜ「知財高裁」かといいますと、基本の事件は塩野義製薬等が原告となって、薬品販売会社を相手に特許権侵害を訴えている事件だからです。

今回話題となっているのは、この「特許権侵害に基づく損害賠償」という基本事件に関する部分ではなく、原告である塩野義製薬側から「相手方の代理人に就任している弁護士を排除せよ」といった申立てがなされた部分(本件申立て事件)です。このたび、本件申立てが知財高裁で認められました。正確には「弁護士A及び弁護士Bは,基本事件につき,弁護士としての職務として相手方の訴訟代理をしてはならない」といった主文です。

そもそも職務上で信頼関係を築いている人と法律上対立している相手方の代理人になる、という弁護士の行為は弁護士倫理上問題であり、弁護士法や弁護士職務基本規程に反する行為となる可能性が高いわけです。そういった事実が認められるケースでは、仕事に直接影響を及ぼすようなペナルティ(たとえば弁護士法に基づく懲戒処分)が課せられます。

しかし、このたびの知財高裁の決定は、相手方には排除を申し立てる権利がある、としています。弁護士法や職務基本規程の規定は、単に弁護士職務の公正を維持するだけでなく、公正な職務を信頼する当事者の利益を保護する趣旨も含む(だから信頼に傷をつけられた当事者は裁判で争っている権利保護のためにも代理人の地位をはく奪できる)、とのこと。うーーん、これはいろんな場面で使えそうな予感がします。

もちろんコンフリが疑われる事件は最初から受任しなければよいわけです。東京の大手法律事務所では「コンフリ審査担当者」として、ベテランのパートナー弁護士が厳しくチェックしていることも事実です。ただ、そうは言っても受任した後に「え?これって利益相反じゃない?」といった疑いが生じる案件が出てくることもたしかにあります。本件の事案についても、だれがみても「おかしい」と判断できるような事案、でもなさそうです。正確なところはご自身で判決全文をお読みいただくこととして、概要だけを以下に記します。

塩野義製薬で10年ほど社内弁護士を務めておられたC弁護士が塩野義製薬を退職されたのですが、在職時は自社の知財戦略チームのリーダーだったそうです。このC弁護士が退職後、知財で有名な法律事務所に転職されることになりますが、当該法律事務所の別のA弁護士が本件の基本事件を争っている相手方の代理人に就任します。C弁護士が塩野義で知財戦略に関わっていることを知ったA弁護士は、(C弁護士の入所後)直ちに事務所内で徹底したチャイニーズウォールを敷いて、基本事件に関する情報が一切C弁護士に入らないような体制を整えます。最終的には事の重大性を認識してか、このC弁護士は入所1か月で当該法律事務所を退職することになりました。

相手方に(C弁護士が入所したとされる)当該法律事務所の弁護士が代理人に就く、ということを知った塩野義製薬はおそらく激怒して本件申立てに至ったものと推測されます。しかしながら原審は当該法律事務所が徹底した情報隔離の対策をとっていたことから(弁護士法、職務基本規程の細かい法律解釈は省きますが)当該法律事務所のA弁護士が就任できないわけではないとして申立てを却下しました。そして抗告審である知財高裁の判断は、ほほ同様の事実認定のもとで原審とは真逆の結論となりました。

たしかに当該法律事務所としては、C弁護士の入所を基本事件において有利に活用しよう、といった気持ちはなかったのかもしれません。しかし「外から見ればどう見えるか」「相手方が不当に権利を侵害されるという不安を抱くのは当然ではないか」といった価値判断から、知財高裁は基本事件の原告側に代理人排除権(?)を認めたことになります。

ということで、こういった決定が出た以上、いろんなことを考えてしまいます。たとえば海外の(法務社員が1000人以上在籍しているような)大企業が日本企業を相手に1000億円規模の裁判を仕掛ける、もしくは仕掛けられるといった事態となった場合、東京や大阪の大手法律事務所にくまなく「法律相談」に出かけて、「ではまた依頼するかもしれませんのでヨロシク!」といって相談料を支払ったとします。

そして相手方日本企業がいざ提訴された(提訴することを決議した)場合、いわゆる専門性の高い大手法律事務所は(すでに海外企業の相談に応じているので)コンフリの関係で日本企業の相談に応じられない、代理人になれない、たとえ就任したとしても海外企業はこの代理人を排除できる、結果として海外企業は日本での訴訟を有利に展開できる、ということになるのでしょうか?

いままでも上記のような話は笑い話として語られていたかもしれませんが、上記の知財高裁の決定が出た以上、弁護士自身の懲戒処分のリスクにとどまらず、相手方企業の訴訟リスクにまで発展する話になりそうです。ほかにもたくさん素朴な疑問が湧いてくるのではありますが、私個人としては、ぜひとも上記知財高裁の決定が最高裁では維持されるのか、変更されるのか、当事者の皆様に争っていただきたいと(ひそかに?)願っております。

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コメント

興味深いお話ありがとうございます。
日本企業側も予防策として法律事務所に「ではまた依頼するかもしれませんのでヨロシク!」といっておけば、逆も然りで、海外企業に限らず相手の訴訟代理人を排除できるのでしょうか?
とすると、
①どれだけの法律事務所に声がけが必要か?世界中?大小問わず?→声がけ代行ビジネスがはやるかも??
②お互いに相手の訴訟代理人を排除可能なら、究極的には弁護制度って成り立たなくなる?憲法34条はどうなる?
③但し海外だけは日本の判決効果が及ばないということなら、日本企業が一方的に不利? でもその場合も国内企業間の係争なら①②が当てはまる?

私は法律には疎いので、①~③は杞憂かもしれませんが、これが企業のみならず個人の訴訟にも効力が及ばないかを懸念します。

投稿: TK | 2020年8月21日 (金) 09時55分

この決定の影響が大きくなると、大手企業のインハウスロイヤーの供給が乏しくなるという懸念もあるかもしれません。ファームとインハウスを行き来しつつ経験を積むようなキャリアプランは成り立たない可能性も秘めています。

ただ、このような決定が維持されるのは、知財村という狭い範囲のみで成立するのではないかとも思います。
インハウスで深く企業戦略に入り込む形で弁護士が業務が行えるのは知財ぐらいしか思い浮かびません。

投稿: 場末のコンプライアンス | 2020年9月24日 (木) 16時57分

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